魔王との最終決戦で禁断の奥義を使ってみた

夜々予肆

禁断の奥義

「ようやく来たか。勇者アレグレンとその取り巻きたちよ」


 天高くそびえたつ魔王城の最上階で、玉座に座っていた巨大な魔王が漆黒の闇のようにどす黒い目を勇者パーティに向けて言った。


「取り巻きじゃない! 仲間よ!」


 魔導士のエルミーヌが魔王に叫んだ。


「仲間、か……随分と薄っぺらい言葉だな」

「何ですって!」

「もういい」


 エルミーヌが激怒し魔王に詰め寄ろうとしたところで、勇者のアレグレンがエルミーヌの肩を掴んで止めた。


「ここまで来て言い合いは無駄だ。俺たちはこの剣でこいつを止めに来たんだ」


 アレグレンがマントをはためかせながら腰の鞘から白く煌めいている剣を抜いた。


「そうですよ。僕たちは僕たちの世界を守るためにこれから魔王を倒すんです」


 賢者のコーニエルが眼鏡を上げて槍を取り出した。


「だからあたしたちは戦うんだ!」


 召喚術士のリリアンヌが指笛を吹いて数体の使い魔を召喚した。


「そうね……。あんたの理想は間違ってる。もう、言葉はいらない」


 エルミーヌも気を取り直して杖を手に持ち、先端を魔王に突き付けた。

 

「よかろう。全員で向かって来い!」


 魔王が玉座から立ち上がりアレグレンたちに言った。たったそれだけの動作でも彼らの身体には凄まじい衝撃が伝わった。だが彼らは世界を守るという強い信念を胸に持っていたため怯まなかった。


「行くぞ!」


 アレグレンが先陣を切って魔王に突撃した。他の3人もすぐに続く。


 だが魔王の力はあまりにも強大だった。今まで幾多の戦いを切り抜けてきたアレグレンたちの力が一切通用しなかった。虫のようにあしらわれ、紙切れのように吹き飛ばされた。


「くそ……大丈夫か、みんな!」


 傷だらけになったアレグレンが仲間たちに言った。だが仲間たちに返事をする余裕は無かった。魔王の猛攻を受け続け回復も間に合わず満身創痍だった。


「取り巻きはもう動けないみたいだな。お前も最早限界だろう」


 剣を突き立てて何とか立っていたアレグレンを小突いて倒した魔王が言った。アレグレンは力なく地面に伏した。しかし彼の目はまだ諦めていなかった。


「まだだ……! 俺にはまだ、隠された力が残っている……!」

「隠された力だと? 笑わせるな。どこにそんな力が残っている?」

「ジノ・ブン!」


 アレグレンがそう叫ぶと、魔王はスパゲッティになった。


 アレグレンやその仲間たちが負った傷がみるみるうちに癒えていった。それどころか今までとは比べ物にならない程の凄まじい力が全身から湧き上がってくる。


「これが禁断の奥義『ジノ・ブン』だ。これを使うとこの世界の根幹を担う物質に干渉することができ、状況を自在に変化させることができる。だがそれはこの世界そのものを変えてしまうに等しい。だから今まで封印していたが魔王相手には使うしかなかった」

「そ、そう……何が何だかわたしにはわかんないんだけど……」


 エルミーヌは困惑していたがすぐに納得した。


「してないんだけど!?」

「訳がわからず困惑するのは当然だろう。なぜならこれは世界そのものを変えてしまう禁断の奥義『ジノ・ブン』なのだからな」

「全く理解できませんが、この広い世界にはこのような信じられない技もある……そういう事ですか」

「そうだコーニエル」

「ま、まあまあとにかくこの魔王スパゲッティ食べちゃおうよ!」

「そうだなリリアンヌ」


 アレグレンたちはいつのまにかサイゼリヤにいた。4人掛けのテーブル席に座っているアレグレンがさっきまで魔王だったスパゲッティを口にしたところででででででででででスパゲッティは魔王に戻った!


「禁断の奥義か……。だが我には……通用しない! ぜぇぜぇ……」


 魔王はそう言ったが無理をしているのは誰の目にも明白だった。ジノ・ブンは魔王にも使いこなすのは困難だ。というか無理だ。イケメン勇者のアレグレンのみがこの奥義を使いこなせるのだ。


「あの、ご注文を……」


 彼らの前に若い女性店員が現れた。アレグレンは瞬時にいくつかのメニューを注文した。魔王はかわいらしくチョコレートケーキを注文した。


「おい何だ今のは!? 我は注文などしておらぬ!」

「禁断の奥義ジノ・ブンを甘く見るな」

「今すぐ魔王城に戻すのだ! さもなくばここで皆殺しだ!」


 魔王は左腕に力を溜め込んだが魔王は7歳のか弱い幼女だったので特に何も起こらなかった。


「わ、われのからだが!」

「次にまたそんな事言ったら今度こそスパゲッティにして食うぞ」

「ひぃ~!」

「どっちが魔王かわからないわね……」


 アレグレンの隣に座っているエルミーヌがぼそっと呟いた。魔王は魔王だろう。アレグレンは魔王ではない。アレグレンはイケメン勇者だ。


「それよりここってどこなんですか? 僕たちの世界にこんな場所ありませんよね?」


 アレグレンの斜向かいに座っているコーニエルがアレグレンに尋ねた。アレグレンはクールな表情で告げた。


「イタリアンファミリーレストランのサイゼリヤだ」

「イタリアン……ってどこにあるんですか?」

「異世界だ」

「ええ!? 異世界に転移しちゃったんですか僕たち!?」

「ジノ・ブンの力は無限大だ。なぜなら世界の根幹を担う物質に干渉する禁断の奥義なのだからな」

「いくらなんでもいきなり異世界に移るなんて意味不明すぎます!」

「だから今まで封印していたんだ。使うと皆こんな風に混乱してしまうからな」


 コーニエルはもういいですと言って机に伏せた。アレグレンはコーヒーゼリー追加でと通りすがった店員に言った。


「どさくさに紛れて追加注文しないでください!」

「まーまー! 今はとにかくこの状況楽しもうよ!」


 アレグレンの前に座っているリリアンヌは楽しそうに笑っていた。楽しそうで何よりだ。


「これに座ってね?」


 若い女性店員が机の上に立っている幼女に注意しながら子ども用の椅子を持ってきた。幼女はうんわかったと言って素直にその椅子に座った。


「くちがかってにうごいたぞ!? ていうかわれはこどもじゃない! 1800さいだ!」


 と幼女は言ったが実年齢はもちろん7歳である。子どもの痛い妄想だ。


「うわーん!」


 幼女は泣きじゃくった。


「泣かないで魔王ちゃん! ていうか魔王ちゃんに名前付けてあげようよ! いつまでも魔王ちゃんじゃ可哀想だし! その、ジノ・ブンで!」


 リリアンヌがアレグレンにお願いと頼んだ。アレグレンは仕方ないなと返事し、渋々7歳の幼女に名前を付けることにした。熟慮の末グラタン子という名前に決めた。


「われのなまえをかってにきめるな! というよりグラタン子って! メニューみててきとうにきめただろ! なにもかんがえてないだろ!」

「いいや、ドリアにしようかポテトにしようかトマトにしようかちゃんと考えたさ。だがお前はもうグラタン子だ。魔王でもなんでもないただの7歳の幼女だ。よろしくなグラタン子」

「びえええええええん! やだあああああああ!」


 グラタン子は号泣した。リリアンヌが慌ててテーブルに備え付けられていたナプキンでグラタン子の顔を拭う。


「い、いいじゃんグラタン子! かわいいよ!」

「そうですよ! 唯一無二の名前ですよ!」

「めげないの」


 そうして3人がグラタン子を慰めていると注文していたメニューが次々と席に運ばれてきた。


「とりあえず食べろグラタン子。もう戦いは終わったんだからさ」

「おわったっていうか、むちゃくちゃすぎるだろ! みとめられるか!」


 だけどまあいっかとグラタン子は思った。そしてチョコレートケーキをぱくぱく食べ始めた。


「おもってない! だがこのケーキはうまい! あまみとにがみがぜつみょうなぐあいにまざっている!」

「それは何よりだ」

「それよりどうするのよこの状況……いくらなんでもこのままじゃ収集つかないわよ……」

「俺が上手い具合に調整してジノ・ブンを終了すれば大丈夫だ」

「本当に大丈夫なの?」

「多分」

「多分て!」

「まーまーエルミーヌ。今はこれ食べようよ。結構美味しいよー」

「リリアンヌの言う通りです。考えるだけ無駄ならばこの状況を楽しまなければ」

「もう何なのよ……」

「じゃあそういうことでよろしく。今は食べよう」

「そういうことですますな! われいまようじょだぞ! はやくもどせ!」

「それはこのままにしておこう」


 グラタン子は永遠に7歳のか弱い幼女だ。

 

「びええええええええええええええええええええええん!」


 こうしてアレグレン一行とグラタン子はサイゼリヤでたくさん料理を食べた。その後退店して魔王城に戻った。魔王城は彼らが出て行くと跡形もなく崩壊して消滅した。グラタン子は年相応の女の子らしく泣いた。そんなグラタン子を慰めながら励ましつつ故郷のグーランドに新しく開店したサイゼリヤに行くと世界がとても平和になっていたのでアレグレンはジノ・ブンを終わらせた。


「ひ、ひどいよぉ……」


 子ども用の席に座ったグラタン子がアレグレンに泣きながら言った。魔王だった頃の面影はどこにも無い。ひとしきり泣いた後、プリンを小さな口でゆっくりと食べ始めた。


「とにかくこれで戦いは終わったのよね……」


 エルミーヌがどっと疲れた顔で言った。テーブルには大量の料理があるが食欲は全く湧かなかった。


「はい。世界は平和になったんです。だから細かい事を考えるのはよしましょう」


 コーニエルはもう何も考えたくなかった。一心不乱にサラダを食べ思考を遮断していた。


「でも楽しかったなー! アレグレン、他に何か無いの?」


 わくわくした表情のリリアンヌが呑気にスパゲッティを食べている彼に訊いた。


「ある。『グー・グル』というこれもまた禁断の奥義なんだが――」

「なにもするなぁああ!」


 また禁断の奥義を使おうとしたアレグレンをグラタン子は全力で止めた。他の3人も身を乗り出し全力でアレグレンを抑え込んだ。


 その後彼ら5人はなんだかんだ仲良く楽しく暮らし続けたという。ジノ・ブンは二度と使われることはなかった、というより使わせなかった。


 だが、陰でこっそり使い続けていたのではないかという噂が絶えない。


 真相は、アレグレンのみが知っている。

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