50.歪み
アンジェリカの食事を持って地下室へと続く扉を開けた。
階段を降りながら、悶々とする気持ちを気の所為だと言い聞かせていた。
(私が苛々する必要はない。あんなやつ……好きにすればいいのよ)
ヨムトイドが誰と何をしようと勝手にすればいい。
ライナス王国を破壊する為に利用していて、ヨムトイドは闇の宝玉を取り戻す為に此処にいる。
けれど先程の自分の態度は誰がどう見ても…。
(誰にも心を許すな、誰も信じるな。私以外のもの全てを信用するな……全てが私を騙す嘘だ)
何度も念じるように繰り返した。
もう少しで何もかも上手くいきそうなのだ。
こんなところで自分の感情に振り回されてはならない。
自分の悲願を達成するために、心を殺さなければならない。
(最後まで、揺らいではいけない)
深呼吸を繰り返した。
もうすぐ望みが叶うのだから。
(……こんな気持ちは要らない、要らないのよ)
溢れそうな気持ちを奥深くに押し込んだ。
真っ暗で湿っぽい地下牢の中、憎しみを滲ませた瞳でアンジェリカの前へと歩いていく。
「純白の聖女様」
「ーーッ!」
「お食事をお持ち致しました」
「………ぁ」
アンジェリカは牢の端に体を抱え込むようにして座っていた。
目を真っ赤に腫らしたアンジェリカが、ゆっくりと顔を上げた。
もっと荒れていると思ったが、誰もいない地下牢の中で暴れるだけ無駄だと気付いたのだろう。
「アンタのせいよ…!」
「……」
「ーーアンタが現れなければ、全て上手くいったのにッ!!」
アンジェリカの擦り切れた声が徐々に大きくなっていく。
笑みを浮かべながら、ゆっくりと首を傾げる。
「申し訳ありませんが、意味が分かりかねます」
「……ッ」
「私を引き留めたのはアンジェリカ様ではありませんか…?」
「ッ!!分かってるわよ…っ!!」
「儀式が終われば、私は辺境の村に帰らせて頂きますので」
「……!!」
あれだけ引き留めておいて、矛盾しているにも程がある。
それだけアンジェリカの感情が乱れている証拠なのだろう。
「……アンジェリカ様」
「こんな国も、クソ男も大っ嫌いッ!!皆、みんな死んじまえ…ッ」
「………」
「っ、何とか言いなさいよッ!!」
「貴女にライナス女神の加護がありますように…」
「……煩いッ!うるさい!消えろ…消えろぉッ!!!」
食事が乗っているトレイを置いて、アンジェリカの前で丁寧にお辞儀をしてから地下室を出る。
食事は一日に二回。
その食事は全てサラが運ぶことになっていた。
地下牢を訪れる時にだけ、真っ暗な地下室に光が入る。
その日の夜も何事も無かったように地下牢を訪れた。
アンジェリカの暴言を聞き流して平然と対応していく。
(もう少しよ……)
儀式まであと五日、ここからどう追い詰めていくのか。
そしてその日の夜、国王に呼び出された。
次の日の朝、食事を運びながら憔悴しているアンジェリカに声をかける。
「アンジェリカ様、国王陛下からのお言葉です」
「……ッ」
「アンジェリカ・カールソン、四日後に迫った大結界の儀に参加するように命ずる」
「…っ、ぁ……!?」
「アンジェリカ様の聖女としてのお力が役に立つ時ですね」
「ーーッ!あなたが、貴女が代わりに結界を張ればいいのよッ!!」
「私は、力が弱いのでアンジェリカ様が選ばれたのでは無いのでしょうか?」
「…っ」
「それに女神様は私に"力なき者は大結界の贄になれず"と仰ったのですが…」
「ーーー!」
「アンジェリカ様は、その意味が分かりますか?」
柔らかい笑みを浮かべた。
また次の日も、その次の日も……壊れていくアンジェリカを静かに見つめながら食事を運んだ。
助けを求める声を無視して、吐き出す暴言を聞き流して、アンジェリカの為に女神に祈るフリをする。
これが贅と欲に溺れていた"アンジェリカ"の末路だ。
温かい食事をアンジェリカの元に届けて、手をつけていない食事を運んでいく。
「ウフフ…」
小さな笑い声が薄暗い地下室に響き渡った。
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