47.軽蔑
腫れた顔を押さえながら前に来て、慌てた様子で口を開いた。
「サ、サラ……!怪我を、今すぐに治してくれ」
「………」
「僕の顔がッ、顔を……!!」
「……」
「さっきは本当にごめん…!そんなつもりじゃなかったんだ」
「……カーティス殿下」
「ほら、アンジェリカって気性が荒いだろう?だから…っアンジェリカが怖くて耐えられなくて、つい!!」
悶えるカーティスの姿をもっと見ていたいところだが、周囲の目もある。
「ここは私にお任せください」と言って笑みを見せる。
周囲の人達は任せておけば安心だろうと、その場を去っていく。
そして腰をかがめてカーティスを介抱しているように見せてから耳元で囁く。
「カーティス殿下……嘘をつきましたね」
「…ーーっ!?」
怒りを滲ませて、低い声で囁けばカーティスは肩を揺らした。
自分自身が逃げる為に、アンジェリカに嘘をついたのだ。
床に座り込んでいるカーティスを冷めた目で見下ろしていた。
顔を押さえながら困惑した様子を見せている。
「……純白の聖女様を裏切り、私を売りつけた貴方の言葉は信用なりません」
「…っ!」
「貴方は許されない事をしました」
怒りに気づいたカーティスは小動物のように体を震わせた。
「ま、待ってくれ…!」
「この事を知った女神様はどう思われるでしょうか」
「違うんだ!サラっ、話を、話を聞いて…っ」
「このままだと女神様の天罰が下るでしょう」
「天、罰………?」
「貴方は素晴らしい王になれたはずなのに…」
「………ぁ」
一瞬、カーティスの動きがピタリと止まる。
動揺しているのか瞳が揺れ動く。
その様子を見ながら更に言葉を続けた。
「その事が残念でなりません」
「……ッ!」
口から出ている言葉は全て出鱈目だ。
けれど、ここでライナス王国で積み上げてきたものが役に立つ。
今まで女神の声を聞いたと言って、異世界人であるが故に教わらなければ得られない知識や聖女の魔法を「女神に教わった」と嘘を吐きながら周囲を信用させていった。
勿論、カーティスも女神の声を聞けると信じ込んでいる。
「ど、どうすればいい!?サラなら分かるだろう…!?女神様に伝えてくれッ」
カーティスに恐怖を与えて、未来を曇らせる。
それだけで焦りで判断力が鈍っている為、目の前にいる救いに縋りつく。
必死に服にしがみ付くカーティスの顔は、アンジェリカに殴られて皮膚が鬱血して、引っ掻かれたせいで以前の面影はまるでない。
可笑しくて堪らなかった。
助けを求めるカーティスの姿が、こんなにも渇いた心を潤してくれる。
カーティスの運命を決めるのは女神ではない。
(貴方が王になる未来なんて……永遠に来ないわ)
今からライナス王国を滅ぼすのだから。
(嗚呼、なんて素晴らしいの)
女神の名を使い、女神の守る国を壊していく。
「カーティス殿下の事を御守りしたいですが……女神様に嘘をつくわけには」
「こ、今回のことは間違いなんだッ!!本当はこんな事するつもりは…っ」
「確かに、誰にでも間違いはありますものねぇ‥?」
「そっ、そうとも!その通りだよッサラ!!」
「けれどそれは女神様がお決めになる事ですから、私には…」
「ーーッ!!本当だ!信じてくれ…!何でも、何でも言うことを聞くから……っ!」
一度突き放してから味方をする。
揺さぶっていけば自然と行きたい方向へとコントロール出来る。
「国王陛下も悲しむでしょうね」
「……ッ」
「……」
「っ、そうだ!!君と父上の前で真実を話すのはどうだろうかッ!?」
「真実を…?」
「罪を償えばっ、懺悔すればいいんだ!!そうすれば僕の未来は、きっと……!」
「陛下と私の前で、本当の事を話せるのですか?」
「も、勿論だ!!」
表情を消しながらも軽蔑したような視線を送る。
値踏みするように、疑うように…。
「そうすれば、大丈夫なはずだ!!!僕は、僕は立派な王になるんだ…そしてこの国の未来はっ」
「………」
「きっと女神様だってお許しになるさ…!」
ブツブツと何かを呟いているカーティスにニコリと微笑み掛ける。
また誘惑されただのと、有る事無い事を吹き込まれたら計画の邪魔である。
「そうですね……自分の罪を認め、行動を改めるのならば女神様はお許しになるでしょう」
カーティスの前で手を合わせる。
「今すぐ向かおう」と足早に国王の前へと向かった。
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