06.憎悪


這い上がろうと力を込めていた為、爪が擦り剥けて血が滲んでいく。

ゆっくりと辺りを見回してみると、明らかに自分のものではない黒々と乾いた血の跡が魔法陣にこびり付いている。


(………これって、以前に異世界から来た聖女達が必死にもがいた跡?)


今まで感じたことのない恐怖が目の前にある。

今、足を飲み込んでいる魔法陣は、命を奪うものだと実感したからだ。


死への恐怖が迫り来る。



「ーーーきゃあぁッ、嫌あぁァ!」


「……アハハハッ!サラも、そんな顔が出来るのね!」


「嫌だっ……死にたくない……ッ!!」


「ほんと最高の気分だわ!今まで頑張って我慢してきた甲斐があったわね」


「……ッ」


「本当に邪魔なのよ……サラ!貴女がライナス王国に来てから最悪だったものっ!本当の聖女にでもなったつもり?皆、貴女が大結界を張る為だから優しくしてあげたに過ぎないのに勘違いしちゃって。哀れすぎて見ていられなかったわ」


「ぁ、……っ」


「貴女ばっかり持て囃されて、わたくしはいつも引き立て役………けれど、今日でそれも終わりね!!これからわたくしがライナス王国の聖女として生きていくから、ご心配なく」



その言葉に目を見開いた。


話を聞いて、笑いながら大丈夫だと励ましてくれたアンジェリカはもう居ない。


(今までの事は全部………嘘、だったの?)



「やっと貴女が消えてスッキリするわ!この国のマナーやダンスを学んだって、なんの役にも立たないのに一生懸命頑張っちゃって……笑いが止まらなかったわ!」


「……ッ!?」


「だって披露する前に消えてしまうのに……!もう見ていて心が痛かったわ!あまりにも可哀想だったから教えてあげたかったくらいよ」



今までライナス王国で幸せになる為に懸命に努力した。

もう元の世界には戻れないと聞いたときには悲しくて堪らなかった。


何も知らない自分に、ライナス王国の人達はとても親切にしてくれた。

異世界人である自分を受け入れてくれたライナス王国の為に頑張ろうと決めたのに。


けれど国王達は皆、その事実を初めから知っていたのだろうか?

全て知っていて、それが分かった上で接していたのだろうか?


聖女として頑張る事を褒めてくれたのも、純白の聖女がいれば国は安泰だと言ってくれた事も……全て嘘だったのだ。


状況が上手く飲み込む事が出来ずに口をパクパクと動かしていた。

こんなにも怒りが心の中に満ちているのに言葉にならないのだ。


そんな姿を鼻で笑ったアンジェリカは、見た事ないほど顔を歪めて、まるで汚らしいものを見る目で此方を睨みつけていた。



「それに貴女のような異世界人が、この国の王妃になんかなれる訳ないでしょう?」


「で、でも……!」


「……カーティスが言ったって?フフ……弄ばれていただけよ。あと、もう一ついい事を教えてあげる。貴女が死んだ後、カーティスはわたくしの婚約者になる予定なの」


「うそ……っ」


「嘘じゃないわ……!貴女とカーティスの婚約は今日で破棄された」


「ーーッ!?」


「アハハハ、婚約破棄ね……おめでとう!」


「…………」


「ブッ……!これが終わったら結婚するんだったわよね?出来る訳ないじゃない」



腹を抱えて笑っているアンジェリカを唖然として見ていた。

もう腰あたりまで魔法陣に飲み込まれてしまった。

足の感覚は無くなっていた。


(………なに、どういう事?)


あまりの出来事に、理解が追いつかなかった。

アンジェリカの言っている現実を受け止める事が出来ずにいた。



「………嘘、うそよ」


カーティスは確かに『愛してる』と言ったのだ。

『一緒に国を守って行こう』 『サラしか居ない』と約束したのにはずだった。


鼻の奥がツンとした後、涙がボロボロと溢れた。

悔しいのに、喉が詰まって声が出ないのだ。


信じたくなかった。

何もかも嘘だと言って欲しかった。

努力は無駄じゃなかったと、そう言って欲しかった。



「あはは、嘘じゃなくて本当よ?この国の人間じゃない異世界人が王太子と結婚できる訳ないじゃない……知っていたから許したの。貴女とカーティスの婚約が必ず破棄される事を」


「……っ」



先程のカーティスの「ごめん」と言う言葉…。

その意味を初めて理解して、そして絶望した。


カーティスは、こうなる事を知っていたのに避けるばかりで何も言ってはくれなかった。

カーティスの愛は偽物だった。

簡単に切り捨てたのだ。


大結界の贄となるサラに見切りをつけて、早々にアンジェリカと関係を築いていたのだろう。


(…………許さない)


サラは今まで関わっていた人達、全てに恨みを抱いた。

魔法陣に飲み込まれて……サラの命は散った筈だった。

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