第82話 衛兵、カレンの場合 〈四〉

 翌日、休憩時間に馬を走らせ、隣町まで急いだ。はたして、マローンは店内にいた。


「よかった。こちらは代金と、お礼の品だ」


 マローンは心持ちやつれた様子で、だがどこか満足しているようにも見えた。


「あー、わざわざすみません。お礼までありがとうございます」


 そう言うと、無骨な男は、ぼくの目の前で包み紙を開けてしまった。


「あー!! これはまた高級なお菓子じゃないですかっ」

「その、四十肩は悪いのか?」

「え? ああ、ヒロユキが言ったんですね。歳も歳ですからね。仕方ないですよ。あっはは」


 マローンは笑うが、そのヒロユキの姿が見えない。


「あいつ、信用ならないんですよね。事務と経理全般まかせてるけど、少しずつ売上金ちょろまかしてるんですよ」


 やはり、ぼくの直感ははずれてはいなかったようだ。あの男は抜け目ない。


「今日もなんの連絡もなしに休んでるし。帳簿もなんだかあわなくて。あ、すいません。こんなグチ聞かせてしまって」

「かまわないさ。ティアラ、とてもよろこんでもらえたんだ。よかったらまた、なにか作ってくれないか? 今度はあなたのデザインで」

「おれのデザイン? いやぁ、カレンさんほど素晴らしいものは作れないですよ。でも一応聞いておきますが、どんなのがいいんです?」


 ぼくは大きく息を吸って、吐いた。この男のことを、ミミー様が好きになるかもしれない。そうとわかって、こんな話をしようとしている。ぼくは、おろかだったのだな。


「一見、とても弱そうに見えるけれど、だれよりも繊細で、分け隔てなくやさしい。それでいて芯の通った強い方だ」


 そう聞くと、マローンは黙って目を閉じた。まるでなにかをさぐるようにしばらくそうしてから、目を開ける。


「なんとなく、わかったような気がします。その方は、ひょっとして猫耳がついているのではありませんか?」

「猫耳? そんなわけがないだろう!!」


 おもいがけないことを言われて、強く否定してしまった。そう言えばヒロユキも、獣人がどうとか言っていたな。


「すみません。ただちょっと、最近読んだ本がそんな感じだったもので。気分を害していなかったら、もう少し具体的になにが欲しいか言ってもらえませんか?」

「そうだな……」


 ぼくは、ミミー様の華奢な手を思い出した。その指に、指輪を贈りたいと思ってしまうのは、ぼくのエゴだ。


「そうだ、ピンキーリングなんていかがですか? 小指にはめるんです」

「なっ。どうして指輪だとわかった?」

「だって、その方はあなたにとって、特別な方なのでしょう?」


 この男、無骨なくせに、見るところは見ているのだな。


「なら、それを。そうだ、タキシード一式を送るから、今度の舞踏会に来てくれないか? そこで、指輪を渡したい」

「おれが舞踏会に!?」


 マローンは心底おどろいていた。だが、本当におどろいていたのはぼくの方だ。舞踏会で指輪を贈るだなんて、とんだロマンチストではないか。それに、国王陛下もいる場でなんて。


「うー。わっかりました。カレンさんさえよければ、最大限の勇気を出して、おうかがいいたします。……でも、確認だけ。ヒロユキが持っていくのではダメですか?」

「ああ。マローンに来てもらいたい」


 ミミー様と引き会わせてしまうことになるかもしれない。そんな予感がしても、もう気持ちが止まらなかった。ぼくは、この舞踏会でミミー様に指輪を贈る。そしてもし、よろこんでくれたら、その時は勇気を出して告白しよう。たとえ、道化になったとしても。


 今度は料金を前払いさせてもらって店を後にした。


 指輪、よろこんでくれるだろうか?


 つづく

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