第九話 蘭の情報収集

菊花の行動に、蘭は呆然と立ちつくした。


――ラブラブですよ。


その言葉が耳の奥に残っている。


普通ならば、友人同士のたわむれでしかない。しかし、まるで自分に近づくなと言わんばかりに、その行動を菊花は見せつけたのだ。


いや――それだけではない。


菊花のことを調べている最中、ずっと蘭は引っかかっていた。


菊花と「いちご」の仲は妙に近くないか。


親戚同士なのだから、取り分けて仲がいいのは変ではない。しかし、二人の間にはそれ以上の何かがあると感じる。まるで、菊花との間に蘭が築きたい関係を、「いちご」は既に築いているかのようだ。


加えて、「いちご」に対する菊花の態度も少し妙だった。「いちご」へ向ける微細な視線や表情――注意深く観察すれば、何かを気にかけているらしいと判る。


真意は分からない。


――菊花ちゃん、まさか、いちごさんのことを?


少女は、百合の花を誰もが心に持っているのだと思う。同類の本当の良さを分かるのは同類だけだ。お互いに惹かれ合うことも珍しくない――友情であれ恋愛であれ、その中間であれ。


――ぢゃあ、いちごさんは?


「いちご」が同性に惹かれる可能性は高いのではないかとは、実は思っていた。顔立ち、素振り、女性と話すときの視線や動作など――何となくだが、自分と同じものを感じる。


まさか、二人には百合的な関係があるのだろうか。


「いちご」の腕を菊花が抱いたとき――何となく感じていたその疑惑は、急に真実味を帯びた。しかも、「ラブラブ」とまで言ったのだ。


――けど、本当に?


「いちご」は、少し戸惑った顔をしていなかったか。


ただの冗談という可能性もある。


蘭はきびすを返し、二人が去った方へ向かった。


教室棟の階段の陰に二人はいた。しかも小声で何かを話し合っている。


二人に気づかれないよう、こっそりと柱の陰から様子を伺う。


やがて、「いちご」は教室へ駆け始めた。


「私は――菊花ちゃんとはつきあえないんだから!」


ますます疑念は深まった。


――二人はつきあっていない?


けれども――菊花は「いちご」とつきあいたいのか。


そんなことを考えつつ、蘭もまた教室へ帰った。


やがて午前中の授業は終わる。


蘭は今日も学食で昼食を摂った。しかし、いくら待っても菊花たちは来ない。


――さすがに学食は避けるやうになりましたか。


昼食を終えると、菊花の姿を探して再び歩きだした。


だが、その日に限って菊花は見つからなかった。図書室に教室に文藝部室――いそうなところにいない。あてどなく校舎をさまよい、職員室前にさしかかる。


そんなとき、失礼しました――という声と共に何者かが職員室から出てきた。


梨恵だった。


梨恵は「いちご」と同じ部屋だったはずだ。菊花よりも情報を得られそうな人物である。


梨恵へと蘭は近づいた。


「伯伯伎さん。」


梨恵は小首をかしげる。


「――はい?」


「少し――お話しよろしいでせうか?」


「え――はい。」


「あまり他人には聞かれたくない話題ですので、ひとけのない処へ行きませうか。」


「はい。」


そうして二人は教室棟から出た。校舎の裏に廻り、テラスにあるベンチに腰かける。


「それで――お話ししたいことって何ですか?」


「実は――いちごさんのことなのです。」


「――いちごちゃんの?」


「はい。最近、何やら元気がないやうな感じが致しません?」


これは口から出まかせだった。


ところが、梨恵はうなづく。


「あー、鈴宮先輩もそう思われますか。」


――さうなの?


とりあえず、今は同意するしかない。


「はい。伯伯伎さんは、何か心当たりございますか?」


「ああ。」梨恵は少し考える。「恋の悩みっぽいですね。」


「――恋?」蘭の身体が固まる。「いちごさん、どなたか好きな方がゐらっしゃいますの?」


「え――ええ。そうみたいです。」


「どんな方か、分かります?」


「えーっと――ここだけの話――中学の頃の先輩みたいですよ? 片思いの彼がいたみたいで――」

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