第三話 雨の日の物置

麦彦を車で送迎するのが山吹の日課であった。


朝から激しい雨が降っている。しかも雷雨だ。時には空が輝き、胸を打つような雷鳴が響いた。


東條邸へ門から這入り、飛石を踏んで玄関へ向かう。低木に添えられた石灯籠、手水ちょうず—―そこから水が溢れ出るほど雨は激しい。


玄関から出てきた麦彦を目にして、山吹は眉をひそめる。


「御前、体調はいかがにございますか?」


干上がった蒼白い顔の中に、麦彦は笑みを浮かべる。


「なあに、大丈夫じゃ。これしきのことで理事長職が勤まるかい。」


近くで雷鳴が聞こえた。


麦彦は門へと向かおうとする。


「さあ、行くぞ、山吹。傘を差せい。」


はっ――とうなづき、山吹は傘をさした。


門を出る。麦彦を車へ乗せ、山吹は運転席へ坐った。


大粒の雨をかき分けるように車を走らせる。


「今朝、厭な夢を見てのう――」


後部座席でにやりと笑み、明朝の夢について麦彦は語る。


「――そんなわけで、もう、先祖がうるさかったのじゃ。」


「それはお気の毒にございました。」


「じゃがな――こんなことで儂がやめられるかい。たとえ先祖が地獄から這い上って来ようとも、枕元で恨み言をつぶやこうとも、儂は生徒たちで遊び倒してやるぞ。しかも、今年はオカマが入ったんじゃからな。こんな面白いおもちゃが他にあるかい。」


一瞬、車内へ閃光が差し込む。


顔を引きつらせて笑う麦彦の顔がバックミラーに写った。頬はこけ、目は充血し、隈までできている。ただでさえ悪どい笑みが妖怪じみていた。


「それにしても、一冴君も哀れじゃのう――女子寮で必死に女のふりをしておるのじゃからな。けけけ。一体、何で男のくせに女の服を着たがるかの――儂にはそれが分からんわい。」


やがて学園に着いた。


基本的に、山吹は麦彦の傍に侍っている。しかし、秘書と言えども休みがないわけではない。その日は、二時間目と三時間目のあいだの休み時間がそうであった。


理事長室を離れ、実習棟へと山吹は向かう。


頭の中では、麦彦の言葉が反芻されていた。


――何で男のくせに女の服を着たがるかの。


実習棟の一角――物置として使われている部屋に着いた。周囲にひとけはない。誰にも見られていないことを確認すると、その中へ這入った。


――上原君、その気持ちは分かるぞ。


棚の奥に備えておいた袋を取り出し、女性の服を取り出す。手早く着替え、サングラスを取り、あっという間に化粧を終え、ウィッグを被る。


変身するまで、わずか数分の早業である。


部屋から出たとき、山吹は完全な女教師の姿となっていた。

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