第五話 クラスメイトの視線

連休明けから、微かな違和感を一冴は抱くようになった。


クラスメイトや寮生から、ちらちらと見られているような気がする。ただし、気のせいではないかと思える程度のものでしかない。なので、最初はさほど気にかからなかった。


違和感の正体が明らかになったのは、五月九日金曜日のことである。


三時間目の授業は美術だった。


いつものメンバーと教室を移動する。


美術室へ這入り、テーブルに着いた。


桃が近寄ってきたのはそのときだ。


「ねぇー、上原さんってレズなの?」


教室中が凍りついた。


強張る空気の中、放射線状のひびが入るように視線が集まる。


「――は?」


「いや、だって、鈴宮先輩に告白したんでしょ?」


背筋が冷たくなる。


「え――何で?」


「いや、動画が回ってきたんだけど。」


桃はスマートフォンを取り出した。そして、短文投稿サイト「呟器つぶやき」を開き、そこに載せられているリンクをクリックする。「女子高生の愛の告白」というタイトルの動画のページが現れた。


動画が再生される。白山女学院の中庭――二人の生徒と、それに向き合う一人の生徒が写っている。顔にはモザイクがかかっていた。


スマートフォンから、一冴の声が大音量で流れる。


ピー先輩、好きです!」


わあ――と一冴は声を上げ、スマートフォンをひったくった。


慌てて動画を停止しようとする。その間も音声は流れていた。


「私が好きなのは、男の子でも、■■ピーーちゃんでもありません――貴女です。その髪も、栗色の髪も、上品なたたずまいも――」


動画を停止した時には、心臓が破裂しかけていた。


そんな一冴の手元に、桃は腕を伸ばす。


「あ、私のスマホ! 返してよ!」


スマートフォンを返し、恐る恐る一冴は尋ねる。


「こっ、こっ、これは――?」


「だから――呟器つぶやきで廻って来たんだって。多分、見た人クラスに多いよ?」


ぜんまい仕掛けの人形のように、ぎこちない動作で教室を見回す。


クラスメイトたちは一斉に顔を逸らした。そのうち何割かが動画を見たことは明らかだ。いや――クラスどころではない。もはや、全世界に向けて一冴の告白は公開された。


やがて授業が始まる。


当然ながら、何も頭に入らなかった。


――せっかく、カメラのないところに移動したのに。


授業が終わり、いつものメンバーと共に教室へ戻る。しかし、脚には力が入らなかった。恥ずかしさのあまり顔も上げられない。


梨恵はスマートフォンを取り出す。


「それにしても――本当に酷いな! あんなのを動画に撮って晒すなんて! うち、УоцТцЬеウオーッツヴィエ に動画を報告しとくわ!」


紅子もまたスマートフォンを取り出す。


「そ、そ、そ、そうだな! ど、ど、ど、どのような人を、どのような人を、す、す、好きになろうとも、あのような行為は許されないはずだ! 私からも報告しておこう! ついでに、鈴宮署のサイバー犯罪相談窓口にもな!」


一冴いちごが蘭に告白したことについて、紅子は動揺しているようだ。


菊花もまたスマートフォンを取り出す。


「わ、私も報告しとく。」


そんな気づかいをされればされるほど、いたたまれない思いに駆られる。同時に、静かな怒りも湧き上がってきていた。


こんなことをする人間は一人しかいない。


一人しか。


教室棟へ這入った時だ。


廊下の向かい側から、麦彦と山吹が近づいてきた。


凛とした山吹の顔には米粒が一つついている。


麦彦が声をかけた。


「よお――菊花、元気にやっとるかの?」


「あ――お祖父さま。」


「お前が作った回鍋肉ホイコーロー弁当、美味かったぞい。」


それだけ言うと、二人は背後へ去った。


菊花は何かを察した顔となり、教室へ向けて駆け始める。


残された三人は顔を見合わせ、菊花の後を追った。


一年桜組の教室へ這入る。


ロッカーの前に菊花はいた。鞄を開け、弁当箱を取り出し、包みと蓋を開ける。中には、飯粒一つ残っていなかった。


菊花はひざを突き、天井を仰いで叫んだ。


「祟りじゃーっ!」

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