第八話 無自覚デート
マッサージとわかめが効いたのか、髪は早く伸びた。
幸い、一冴の学校は髪型にうるさくない。伸びてゆく髪も縛るようにしか言われなかった。
ただし長髪でも、男子と女子では形が違う。美容室では、女装をするので女性の髪型にしてくださいと言わなければならなかった。そのたびに、気味の悪い薄ら笑いを理容師は浮かべた。
当然、声も変えなければならない。
女性の声を得るために、週に一度、東條邸を訪れて
そんな冬休みの初日のことだ。
女子化を終えて脱衣室から出ると、菊花が待っていた。
「完璧。」
女性用のコートとバッグを身に着け、二人で玄関へ向かう。
菊花や母からは大丈夫だと言われていた。しかし自信がない。第三者から見ても本当にバレないのか――入学する前に確認する必要がある。
胸を高鳴らせつつ東條邸を出る。
菊花と
全身が緊張で固い。
何人かの通行人とすれ違ったが、誰からも気にされなかった。
一冴の手を菊花は握る。
どきりとして隣を見る。にまにまと菊花は笑っていた。
「ね、気づかれてないでしょ?」
「うん。」顔をそむける。「けど、手――」
「いーの、いーの、女の子同士なんだから!」
そんなものなのだろうかと思う。同時に、そこまでしなくともと思った。
しかも、実際は男子と女子である。これでは恋人同士のようだ。よく考えれば、同年代の女子と二人きりで外出したのはこれが初めてだ。そこがなお気まずい。
手をつないで歩きたいのは――蘭なのだ。
路面電車に乗る。座席に坐る二人は完全に「女の子同士」だった。
繁華街で降り、デパートへ這入る。
デパートでは、新しい服を買ったり、ゲームセンターで遊んだりした。
ゲームセンターでクレーンゲームをプレイし、「だいふくねこ」の大きなぬいぐるみを手に入れる。菊花はそれを抱えると、一冴にさし出した。
「とりあえず、この子はあんたが持っときなさい。」
「――何で?」
「どうせなら、女の子らしい物を持っといたほうがいいでしょ。白山に合格したら入寮するんだしさ。この子がいたほうがバレにくいじゃん。」
「そっか。」
ぬいぐるみを受け取り、抱きしめる。
それからカフェへと這入った。
今日はレディースデイだ――女性限定のパフェが安い値段で出される日である。メニューを選ぶ間もなく、そのパフェを二つ菊花は注文した。疑うことなく店員は注文を承る。
店員が去ったあと、菊花はほほえんだ。
「ね――意外とバレないでしょ?」
「うん、確かにそうだけどさ――」一冴は声をひそめる。「けど、これ、詐欺罪になるんじゃないの? 女性向けに安く売られてるんでしょ?」
「いーの、いーの。」菊花も小声で言う。「大体、レディースデーなんて男女平等じゃないんだから。つまり憲法違反なの。」
「そういうもんかなぁ――」
「あんまりガタガタ抜かすと店員さんにバラすよ?」
そう言われると、一冴は黙らざるをえない。
やがてパフェがきた。
店員が去ったのを見計らい、菊花は言う。
「ともかくも――その格好してる以上は、女の子としてふるまってもらうからね。」
パフェのいちごをフォークで刺し、一冴の前にさしだす。
「はい、いちごちゃん♡ あーん。」
一瞬ためらったが、一冴は口を開ける。
そして、いちごをかみしめた。
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