第四話 体育

その日の一時間目は、入学して初めての体育だった。


身体測定のときと同じことが起こらないよう、一冴は菊花と打ち合わせをしている――早めに一冴が更衣室で着替え、出てゆくこととしたのだ。


朝学活が終わると、すぐに一冴は教室を出た。


更衣室へ這入る。


当然、まだ誰もいない。


クラスメイトが来る前に着替えをすませた。


更衣室から出て、校庭へ向かう。


途中で梨恵とすれ違った。


「あ――いちごちゃん、先に着替えとったんだ。」


「え――うん。まあ。」


言葉を濁し、梨恵から逃げる。


――俺はここにいちゃいけない人間だ。


梨恵はそれを知らない。一冴のことも警戒していない。


――女子更衣室にいたら普通は逮捕されるのに。


校庭へ出る。


やがてクラスメイト達が集まり、授業が始まった。


教師に命じられ、校庭を一周する。


周囲の女子に合わせて走った。一冴は運動があまり好きではない。それでも体力は男女で違う。女子らしく見られるためには、本来の力を抑えなければならない。


問題は、その次のハードル走だ。


校庭の中央には、百メートルの白線が五つ引かれている。その途中にハードルが四つ置かれていた。


クラスメイトと共にスタートラインへ立つ。


そして体育教師が声をかけた。


「よーい――スタート!」


四人の生徒が一斉に走り出す。


最初は隣の女子に合わせて走った。しかしハードルを前にして、それを飛び越えることに意識が集中する。地面を蹴り、飛び越えた。地に足が着くと同時に、爽快感に包まれる。次のハードルが目に入った。駆け――跳ね――飛び越える。さらに次のハードルへ意識を集中させる。


ゴールに着いたとき、クラスで最も高い成績を一冴は弾き出していた。


背後から歓声が上がる。


「すげー。」


「マジか。」


「いちごちゃんすごーい。」


冷や汗が流れる。力を抑えるはずだったのに、思わず忘れていたのだ。


それに続く走り幅跳びでは、一冴はさらに優秀な記録を打ち出すこととなる。


授業が終わった後は、運動好きのクラスメイトたちが次々と話しかけてきた。


「上原さんって、中学のときはどこか運動部に入ってたの?」


「あ――いや――別に。」


「凄い運動能力だね? 陸上部入りなよ!」


「そういうのは――別に――好きじゃないから。」


「好きじゃないなら何であんな運動能力高いわけ?」


「さ――さあ。」


更衣室へと戻る。


制服を仕舞ってある棚に近づいたとき、床に落ちていたトランクスに目が留まった。


背筋が冷える。


クラスメイト達が騒ぎ始めた。


「何あれ?」


「トランクスじゃね?」


「男物の?」


「何で落ちてんの?」


――知るか。


とりあえず、菊花が帰って来る前に着替えなければならない。


授業前と同じく、体操着の上にセーラー服を羽織り、スカートを履いた。


着替えを終え、更衣室から出る。


同時に、菊花とすれ違った。


――やっぱり着替えは見られたくないんだろうな。


キャーキャーという声が更衣室から聞こえている。トランクスを見て騒いでいるのだ。女子更衣室に――いや女子校に落ちているはずがない物だから当然だ。


しかし、なぜ落ちていたのか。


二時間目の授業のあいだも、トランクスのことは気にかかっていた。


授業が終わり、手洗いへ向かう。


唐突に、スカートを背後からつまみ上げられた。


「ひゃっ!」


振り返ると、菊花が立っていた。


「な――何すんの、菊花ちゃん?」


「いや――なに履いてるのかなって思って。」


「そ――そんなもん、体操着に決まってるでしょ。」


「あっ、そう。」


そして、疑うような視線を菊花は向ける。


「あのトランクスって、あんたの?」


「ち、違うけど?」一冴は声をひそめる。「大体からして、男物の下着なんか持ってくるわけないじゃん。」


「じゃあ、あんなもんが更衣室に何で落ちてたの?」


「知るわけないでしょ。」


「まあ――そうか。」


しかし、一冴自身も疑問だった。


この学校に、トランクスを履いている人間などいない。


それでは――誰が。

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