三 章
イトヒコの工房で翡翠の首飾りを受け取ったヌナカワは、大広間に戻った。薄暗くなりかけた大広間に灯りをともそうと松明を掲げると、炎の向こうにオオナムチがひっそりと佇んでいた。
「…もうおられたのですか」
オオナムチはヌナカワの方を見て、微笑んだ。
「気配を消すのは得意なのだ」
悪戯っぽく言うので、思わずヌナカワも微笑んでしまう。壁の松明掛けに灯りを掛けて、目の前の青年を見つめる。昨日の印象どおり、陽光が人の姿を取って現れたかのような美丈夫ぶりに、やはり心がときめいた。
「翡翠の女王、ヌナカワヒメ。約束どおり参ったぞ」
オオナムチは楽しげに言いながら、近づいて来る。
「いかがいたすつもりかな?」
ヌナカワは祭祀用の麻布に包んであった翡翠の勾玉を差し出した。とろりとした明るい緑色の美しい勾玉は、穴が穿たれて紅白に染められた麻紐が通されていた。
「これを、オオナムチさまに」
「なんと美しい…これが越の国の翡翠か。噂に違わぬ美しさだ。手に取るのも恐れ多いような…」
ヌナカワはオオナムチの帯に、麻紐を結び付けた。
「こうしておけば、これを解く時には私を思い出していただけますね」
オオナムチは笑みを引っ込めてヌナカワをじっと見つめた。
「これは驚いた…私の想い人は、大層情熱的なのだな」
オオナムチはヌナカワの頬を両手で包むようにして、少しあお向かせると、顔を近づけた。
「ヌナカワヒメ、そなたに誠を捧げよう」
ヌナカワは瞳を伏せたままその麗しい声を聞いていた。言葉の意味など、もうどうでもよくなっていた。
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