男装令嬢、森の中~呪いの森で庶民を目指す!~

灰色毛玉

男装令嬢の断罪

 それは、いつも通りの日常の中で突然起きた断罪劇。

婚約者のアレクセイに突然、なんの心当たりもない悪行を数え上げられ、あれよあれよという間に手枷と足枷をつけられて、やたらと揺れる馬車に押し込められた。

ひどく揺れる締め切られた空間の中、多少なりとも居心地よく過ごせないものかとあれこれ試したけど、どうあっても体中が痛くなるのは確定だ。

痛みに耐えつつ、この後のことを考えようとして、すぐにやめた。



「馬車の行き先がわからないのに、考えても仕方ないものね……」



 ついつい独り言を口にして、舌を噛みかけ、慌てて口を閉じたけど、頬の内側を噛んでしまったのが地味に痛くて涙が出る。

なんで自分がこんな目に合わなきゃいけないんだと思いつつも、アレクセイとの縁が切れるということだけは素直に嬉しい。

最初に顔を合わせた時から、彼のことがずっと大嫌いだったのだ。


 私、メレディス・ウォルシュはマンディロア王国に連なる貴族家の中でも真ん中のど真ん中に位置するウォルシュ家の末娘で16歳。ついさっきまでは、貴族子女の義務である王立学園で学ぶ身の上だったのだけど、冤罪による身分剥奪の上、どこかに捨てられる予定と相成った。

家に帰ることすらも許されずに馬車に押し込められたことから、家族の助けも期待できない。10も年の離れた妹を、兄のジョナサンはとても可愛がってくれていたけれど――私の冤罪の連座なんてものを被せられていないことを願うしかないのがもどかしい限りだ。


 ちなみに、アレクセイとの婚約が決まったのはアチラのゴリ押し。

どうやら、私の容姿が好みにドンピシャだったらしく、15の歳で王立学園に入学した直後、親の権力にモノを言わせて婚約成立させられてしまった。

と言うか、婚約成立の書類が王宮から届いて、家族ともども驚いたのが去年の話だ。

なにせ、アチラはとにかく、私の方は相手を認識していなかったのだから……学園内でいきなり手にキスされて悲鳴を上げなかっただけ、上出来だったと思う。

 それからは、変な虫がつかないように男の格好をしろだの、なんだのかんだの。微に入り細に渡り、私の行動に制限をつけまくり――王家を除くと最上位に位置する彼の家を慮って、粛々とソレに従った。


――女の子の制服、結局3回しか着られなかった……


 可愛らしくて、お気に入りだったのに。

でも男物の制服も、コレはコレで悪くない。なにせ、女物よりずっと機能的で動きやすいのだ。最近では、私服にまで男性物よりの服が増えてしまって、兄を嘆かせていたっけ。


 それほどまで、執拗に自由を奪っておきながら、その結果にあのお方は満足できなかったらしい。婚約者をすげ替えるために私がじゃまになったというのが、今回の断罪撃の真相だろうと思ってる。


 何せ、断罪理由のトップに『女でありながら男の真似事をする』なんてのが入ってて、ビックリしました。男装も、護身術の習得も、学科の習熟も、全部全部申し付けられた通りにしてきただけ。……彼に勝りすぎたのがいけなかったのかな?

唯一、普通に負けたのは魔法学だけ。

上位貴族の彼と中位貴族の私では、素の魔力が違い過ぎて勝負にならないんだよね。

でも、『言われたとおりにした結果です』としか言いようがない。

何故か、手を抜くとすぐにバレるのだ。

そういえば、『お気に入りの彼女に手を出した』ってのも罪状に入ってたよね。

「ただの友人で、恋愛対象じゃありません」って言葉は、断罪してる本人の耳だけを素通りしていった。

件の彼女――シャロン・フィリプーシス嬢は、貴族の中でも最下位の家柄だったから逃げ切れるだろうか?

意外と血の気の多い、彼女の行く末も心配。私が手枷を着けられた時、彼女の髪の毛が逆だってたけど……怒髪天を突くの現物を見る日が来るとは思わなかったな。


――ほんとに大丈夫かな?


 なんだか、あのアホ男をタコ殴りにする姿しか想像できないんだけど……

自分の今後も不安だけど、家族や友人、屋敷の人達のことが心配で仕方ない。


――ゴメンね。

  私が、上手くやれなかったせいで、迷惑ばっかりかけちゃって……






 ただただ体を揺すられるというのって、意外と疲れるものらしく、何度かウツラウツラと意識が飛んだ。何度か馬車は止まったけれど、私は閉じ込められたまま。

自然の摂理は勿論訪れたけど、仕方ないので魔法で処理した。下の処理も、飲水もまかなえる魔法が使えて本当に良かったです。


――お腹と背中がくっつくってこういうことかぁ……


 魔法で作ったお水で空腹を紛らわせるのも、そろそろ限界。

こんな限界に挑戦したくなかったなと思っていたら、扉をガチャガチャやる音が聞こえてきた。目的地に着いたらしい。



「さっさと出ろっ」



 ガラガラ声で乱暴に促されて顔を上げると、声の印象通りに粗野な風体の男が馬車の扉の向こうから私を見て、目を見開いた。


――馬車に乗せた人とは、違う人。


 こんな風体の人間が王立学園内に立ち入ることが出来る訳がない。馬車自体は変わってないということは、途中で御者をすげかえたのだろうか。

そう思いつつ、ぼんやりと男を眺めていると、土埃で茶色くなった汚い手が顔に伸びてきた。舌なめずりをしながら、ねちっこい目で値踏みをするように見つめられ、怖気が走る。


――ここは、森の中……?


 薄暗いけれど、光があるから昼間だと思う。けれど、人気のないこんな場所では助け手なんて、望むべくもないだろう。



「……こんな上玉たぁ、聞いてなかったなぁ」



 男は私を馬車から引きずり出すと、生い茂る草の中に乱暴に投げだして、自らの服を緩め始める。



「え……あ、いや――」



 馬乗りになって服に手をかけられ、やっと止まっていた思考回路が動き始めた。

身を捩り、何とか逃げ出そうとしたけれど既に手遅れだ。そもそも、手足に枷が着けられた状態でまともに動けるわけもない。

布を裂く音が木立ちの中に響き、悲鳴を上げる。

ソレが、相手の嗜虐心を唆るものだろうがなんだろうが、気にする余裕なんてなくて――怒鳴り声の後、頬に何度も打たれて、私は意識を失った。

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