番外編:人民委員会本会議場女子会

【27.覚悟を決めた女は強い】の直後、リント視点のお話です。

 *)虫が苦手な方は御注意ください。


********************



 会議前、ユッティが一方的に宣言したように、昼過ぎから応接広間は人間男性の出入り禁止となった。


 リントとメルル、ウルリッヒが床に寝転んでいる。


 円卓えんたく香草茶こうそうちゃと菓子が並べられ、ジゼル、ユッティ、マリリと、わざわざ呼び戻されたティシャが、丸く囲んで座っていた。


「……なぜ、私が呼ばれているんです? 皆さんだけで、ゆっくりされれば良いでしょうに」


「そりゃあもちろん、あんたに、はっきり言っておきたいことがあるからよ!」


 ユッティが威勢良いせいよく、ティシャに人差し指を突きつける。そして尻尾しっぽを巻いて逃げるように、寝転んでいるウルリッヒにしがみついた。


「この子を一人占ひとりじめするの反対! ずるいわよ! なに、さっきの通じ合っちゃった感じ! この愛人泥棒あいじんどろぼう!」


「おっしゃる意味が、わかりません」


 ティシャが、軽く眉間みけんにしわを寄せた。


えさの世話をしているのが私なのですから、なつかれるのは当然でしょう。別に、あなたを邪険じゃけんにしているようにも見えませんが」


「そういう問題じゃないのよ! ジゼルも、なんか言ってやんなさい! 父親が、あたし以外の女に取られそうになってるのよ!」


「……ますます、意味がわかりません」


 ひとしきり騒ぐユッティを尻目しりめに、ジゼルとマリリは、すずしい顔で菓子をつまんでいた。


 でんぷんを煮固にかためてみつを塗った餅菓子もちがしや、木の実の粉と乳脂と砂糖をった焼き菓子が、相変わらずの速度で消費されていく。


 ただ、芋虫いもむし素揚すあげして塩をまぶした菓子だけは、二人とも手をつけなかった。


「まあ、先生の憤懣ふんまんは置いておくとして……申し訳ありません。ややこしい状況になっているのは、おおむね私の責任です」


 ジゼルが謝罪して、父親の名前とユッティの関係を、かいつまんで説明する。ティシャが、少し意外そうな顔をした。


軍事顧問ぐんじこもんのニジュカ=シンガ様と、それらしい雰囲気に思っていましたが」


「ええ。現在は、そのようです」


「ちょっと! 本人を抜かして、適当に話を進めないでよ!」


「そ、そうですよ、ジゼル様。エトヴァルト様にだって、まだ望みは……」


「マリリちゃんっ? 余計なこと言わないのよっ?」


 ユッティがやや慌てて、円卓えんたくに戻ってくる。


 香草茶こうそうちゃを飲んで、遅れを取り戻すように菓子をほおばったが、やはり芋虫いもむしには手を出さない。


 ジゼルが、ふと思い出したように、くちびるに手を当てる。


「そう言えば、今まであまり気にしていませんでしたが、先生の御嗜好ごしこうには幅がありますね」


「や、やめてよ。なに掘り下げる気?」


「少なくともお父さまが亡くなった時、先生は24歳で、48歳のお父さまとはちょうど倍の差ですよね」


「ユ、ユッティ様……?」


「いいじゃないの! れたれたに、年齢なんて関係ないわよ!」


「おじさまとも、おつき合いされていた時期は存じませんが、計算すると14歳差です。先生が20歳以前と考えると、これは相当な年上好みに思っておりました」


「貴族社会じゃ珍しくないの! 金持ちのおっさんが、扱いやすい小娘たぶらかしたりめかけにしたり、普通なの!」


 ティシャが香草茶こうそうちゃを飲みながら、あきれたような細目ほそめでユッティを見る。


「私も先ほど、それを不思議に思いました。ニジュカ=シンガ様は、弟が聞いた話ですが、覚えている時から二十年くらい、とのことです」


「まあ、奴隷だったって聞いてるけど……それにしても、馬鹿っぽい数え方ね、あいつ」


「でも、それでしたら、むしろ年下ですよね? エトヴァルト様は、ええと……今、26歳のはずですから、大体同じでしょうか」


「ええ。これは、実に興味深い可能性が出てきました。ニジュカ様が、大変良い仕事をなさいましたね」


「あんたら……好き勝手言ってくれるわね、もう」


 ユッティが嘆息たんそくして、ジゼルをじとりと見据みすえた。


「それで、ここまでいじってくれたからには、自分達がいじられる覚悟もしてるんでしょうね?」


「そう言われましても……私には別に、人様ひとさまの興味を引くような話はありません。すでに伴侶はんりょがいる身ですので」


「今のところ、七、八人くらいは味見あじみしたの?」


「正確に数えてはいませんが、そんなものですね」


「で、どんな感じよ?」


「身体だけと言っても、いろいろな個性がございましたが……やはり、思い入れでしょうか。最初のお方が、一番、馴染なじむ気がしますね」


 ティシャがなにやら、酷薄こくはくな目をジゼルに向けた。満足そうに、ユッティが今度はマリリを見る。


「マリリちゃんだって、他人ひとのことは言えないわよね。お兄様とは、けっこうな年の差じゃない?」


「し、知りませんよ、あんな奴のことなんか……!」


「……お兄さん、ですか?」


「そう。婚約してるのよ、この。ちなみに恋敵こいがたきは妹ちゃんで、浮気相手がジゼルと、ペルジャハルのネクシャラさんね」


「ユッティ様、そんな、大雑把おおざっぱな……」


「大丈夫? しもの方、浮気相手に破られてない? お兄様に邪推じゃすいされたら大変よ?」


「心配無用です。とてもきれいで、可愛かわいらしい状態ですよ」


「ジ、ジゼル様まで、そんな……は、恥ずかしいですっ!」


 ティシャが、初めて遭遇そうぐうする生物を見るような目で、まっ赤になったマリリを見た。


 勝ち誇った顔のユッティが、豊かな胸を張る。


「どうよ? とりあえず男だけを相手に、浮気もしてないんだから、あたしが一番まっとうでしょ! 嗜好しこうの幅が広いだなんて、言われる筋合いないわよ!」


「意外と、返す言葉がありませんね」


「はい……自分を、かえりみます……」


「皆さん、御経験が豊富なようで、うらやましいです」


 心底どうでも良さそうに、ティシャがため息をついた。


「まあ、経験で言ったら、ネクシャラさんには全然かなわないけどね。今さらだけど、どうせならネクシャラさんにも来てもらえば良かったかしら。マリリちゃんと、ついでにカザフーも喜んだろうし」


「そんなこと、ない……わけでは、ない……ですが……」


「マリリはともかく、あの御仁ごじんを喜ばせる筋合いなど、これっぽっちもありませんよ」


 ジゼルの口の両端りょうはしが下がる。


 本人が言うところの複合的なうらみがあるのだから、無理もない。マリリも同様だろう。


 仇敵同士きゅうてきどうしが、今は行動目標を共有しているのだから、戦争とは混沌こんとんとしたものだ。


 ふと、ティシャが香草茶こうそうちゃはいを置いた。


「先ほどもお名前が出ていましたが……その、ネクシャラ様というのは、どのような方なのですか?」


 ジゼルとマリリが、目を見合わせる。二人がなにを言うより早く、ユッティが口をすべらせた。


「ペルジャハルの旅芸人の座長で、夜のお仕事もしてる美人さんよ。カザフーも、あんなしかめっつらで、ずいぶん贔屓ひいきにしてて……」


 ティシャが、素揚すあげの芋虫いもむしを一握り、むさぼり喰った。


 なかなかの光景に、ジゼル達が絶句ぜっくする。


「そうですか……。まあ、そういうことも……あるのでしょうね……」


 芋虫いもむしに、なにかうらみでも思い出したのか、わった目つきでまた一握り、ティシャが口に放り込む。


 少し離れて、ジゼル達が顔を寄せ集めた。


「ねえ……どう思う? あれ……」


「どう、と言われましても……他に考えようが……」


「あ、あり得ませんよ! おかしいですよ、絶対!」


 マリリが、器用に小声で叫ぶ。


 もう一度、三人そろって、こっそりティシャの顔をのぞき見る。芋虫いもむしはそろそろ、全滅していた。


「あたしが言うのもなんだけど、どうしてクロっちや軟派中尉なんぱちゅういを飛び越して、そっちに行くのかしら……?」


「可能性、としましては……お父君ちちぎみやワンディルへの愛憎あいぞうを、こじらせているような気もしますが……」


「だとしても、こじらせ方が尋常じんじょうじゃありませんよ……!」


 好き勝手にささやく三人を見もせずに、残った香草茶こうそうちゃを一息に飲み干して、ティシャが立ち上がった。


 珍しく三人ともが気圧けおされて、中途半端な笑顔を作る。


「少し仕事を思い出しました。下がらせてもらって、よろしいでしょうか?」


 質問のような形だが、答えなど聞いてもいない。


「ウルリッヒ」


 昼寝していたウルリッヒが、呼ばれて起きるや、忠実な従者のようにつき従う。


 応接広間を出て行く一人と一匹を見送って、また三人が顔を見合わせた。


「あれ……放っといても良い、のよね……?」


「まあ、おめする理由も、ありませんし……」


「ええと……ウルリッヒが、人肉じんにくの味を覚えてしまわないか、だけが心配ですね……」


 リントとメルルは、半分ほど目を開いたが、すぐに昼寝に戻った。いい加減、こんな状況には慣れたものだった。


 なんとなしに、ジゼルもマリリも、ユッティまでが言葉少なに、残された餅菓子もちがしと焼き菓子を、感慨深かんがいぶかげに食べていた。



********************


本編の引きがシリアスでも、やっぱりやります。

誰が待っているのかわかりませんが、恒例の下ネタ全振り番外編です。

楽しいです。

ユッティの年齢差ネタは、いつか突っ込まなければ、と思っていました。

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