18.照れることはありませんよ

 メジェール朝ペルジャハル帝国を再統一したラークジャート新皇帝は、まず、すべての藩王国はんおうこくを帝国のしゅうとして再構成し、各地の藩王はんおうに領主の地位を保証した上で、段階的に身分制度と奴隷制の撤廃てっぱいを進めた。


 その基盤きばんとして必要な教育と職業訓練、税制ぜいせい統一施行とういつしこう、近代的な農地所有制度のうちしょゆうせいどの改革を、それまで植民地統治しょくみんちとうちの支配者であったエスペランダ帝国貿易商会からの知識も吸収して、注意深くペルジャハル帝国の風習に馴染なじませながら進めていった。


 ニジュカ=シンガも本人の強い希望で無位無官むいむかんながら、新皇帝の片腕として、人心をよく掌握しょうあくした。


 ペルジャハル帝国の、特に藩王国はんおうこくを解体した制度改革は明確な植民地支配からの脱却だっきゃくを意味し、エスペランダ帝国との全面戦争の可能性もあった。


 だが、今となっては大義名分のない戦車大隊の追加派遣ついかはけんとその悪夢的あくむてき壊滅かいめつは、すべて弱みとなってエスペランダ帝国にはね返っていた。


 背後に環大洋帯共栄連邦かんたいようたいきょうえいれんぽうの影も見え隠れし、政治的判断で参加こそしなかったものの、フェルネラント帝国、イスハバート王国と国交を樹立じゅりつし、つかず離れずの関係自体が隠然いんぜんたる抑止力よくしりょくとなって働いていた。


 諸改革しょかいかくに要する当面の原資げんしは、セラフィアナ皇妃こうひを通じて貿易商会の資産から流されており、その見返りとして法制度にのっとった貿易商会の段階的な縮小と、商会員の安全な国外退去こくがいたいきょが確約されている、といううわさだった。


 責任者であるヘスティング=ゴードウィン頭取とうどりもくして語らず、整然と事務処理をこなした。


「セラフィアナ嬢は、お父様の意志を理解し、と言っていましたね。ゴードウィン頭取とうどりにも、ペルジャハル帝国を良くおさめんとする意志があったのでしょうか」


「事実としてペルジャハル帝国は、保護国という形であっても、皇帝の下に存続していた。貿易商会の背景と規模きぼを考えれば、もっと早い段階で、完全に植民地化することも可能だっただろう」


「でも、植民地経営としては高圧的で、搾取さくしゅもひどそうな感じだったわよ?」


「ジゼル様、その……私が言うのも僭越せんえつですが、セラフィアナ様のお言葉は……娘としての、希望的な感傷かんしょうに過ぎないのではないでしょうか?」


「すべて推測すいそくだ。ただ、確かに言えるのは、あの言葉がなければ貿易商会の関係者は、誰一人として無事にこの地を離れることはできなかった、ということだ。案外、策士の才能があるのかも知れない」


 港町カールハプルを離れ、シュトレムキントの甲板かんぱんから見る熱砂ねっさの大地は、徐々に水平線に遠ざかる。


 ジゼル、ユッティ、マリリの足元で、リントが、にゃあ、と、メルルが、にゃ、と鳴いた。異国いこくの友よ、また会うことがあれば昼と夜を共にしよう、と、いて訳せば言っていた。


 ペルジャハルをく新しい時代のねつは、雄大ゆうだい蜃気楼しんきろうとなって、いつまでも陽光ようこうに輝いていた。


「あれ? ところで、クロっちは?」


「せまい船の長旅は御免ごめんだと、一人で旅立たれました。西に向かうことは伝えておきましたので、また、なに食わぬ顔で現れるでしょう。今度は先に見破ってやりたいものです」


 ジゼルの鼻息に、ユッティとマリリが、顔を見合わせて苦笑する。


「それにしても、連邦れんぽうに参加してもらえなかったのは、なんだか残念でしたね」


「いいじゃないの。世の中、なんでもかんでも仲良しこよしが最高ってわけじゃないわよ、マリリちゃん」


「先生の言われる通りです。自主独立の国体を増やす、という戦略目標は達成しましたし、エトヴァルト殿下も一安心なされるでしょう」


「あー、忘れてた。今回の報告、書きにくいなあ。ぶっちゃけ、どこまでぼやかして良いかしら?」


「え……?」


「ニジュカ様との一夜は、あえて書く必要もありません。状況の推移すいいだけで充分です」


「あの……?」


「大体あんた、どこまで見てたのよ? ジゼルにほいほい説明してないでしょうね?」


「ユッティがヴィルシャを視認している範囲で、おおむね相違そういない。安否確認、偵察ていさつ哨戒しょうかいの必要もないと判断した。詳細情報しょうさいじょうほう開示かいじも要請されていない」


「……まっ、まさか……っ?」


「マリリも同様に、ヴィルシャを視認できていた時点までと考えて問題ない。メルルも一緒に退散した」


 言葉が終わるより先に、マリリの顔が、赤銅色しゃくどういろを超えて赤熱せきねつした。


 発汗はっかん動悸どうきの乱れ、手足のふるえも現れた。原因は不明だが、なにかに異常をきたしたらしい。


「ちっ、ちが……違いますっ! 違うんですっ、その……ジゼル様……っ!」


「照れることはありませんよ、マリリ。大人になってしまったのですね……少しさみしい気もしますが、成長は喜ばしいことです」


「違いますっ! ジ、ジゼル様……違うんです……ちが……っ!」


 涙目なみだめに、語彙ごいまで失調しっちょうさせて、マリリが中空ちゅうくうに手を泳がせる。ジゼルとユッティが、多分、暖かいつもりの目で見守った。


 晴れた波間に潮風しおかぜは穏やかで、戦場を後にする船影せんえいに、向かう先もまた戦場であっても、光のしずくにきらめいているようだった。



〜 第四章 ペルジャハル灼熱編 完 〜

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