我慢のゴルフ
福田 吹太朗
1
・・・僕は、都内で一人暮らしをしている。
名前は・・・森 茂男、というのだが・・・それが本名であるのか、そうで無いのかはご想像にお任せする。
僕の日々の生活は、ごくごく平凡で、毎日、特にこれといって変わった事は無く・・・ただただ自宅である安賃貸マンションと、会社の間を行ったり来たりする毎日なのである。
その日は休日であったのだが・・・特にやる事は無く・・・まあ、それはその日に限った事ではなかったのだが・・・午前中は部屋でただボゥーッとして、漠然とTVを見ていた・・・というより、適当にリモコンのスイッチを押すと、ついてしまった、ので、ただ眺めていたといった感じなのであった。
適当にリモコンを持ってザッピングしていると・・・ショッピング番組やら、ワイドショー的なものやら、いろいろとやってはいたのだが・・・特に興味がある番組は無かったのだが、とりあえず、ゴルフ中継を、ただ漠然と見ていたのであった。
誰かがボールを打っている。鮮やかな色の芝生の上で。まあ・・・当たり前の事なのだが・・・球技ならば、おそらく打つか投げるか蹴るか捕るかのどれかであろう。
ふと、アナウンサーだか、解説者だかがまるで決まり文句のように、
「・・・いやあ・・・今日は我慢のゴルフでしたねぇ・・・」
などと、言っていたのだが、ゴルフの事は良くは分からない僕にとってみれば、何が何やら、といった感じなのであった。
TVにはそろそろ飽きてきて・・・ふと時計を見ると・・・12時10分前になっていた。どうりで腹がすくはずだ。
僕はその日は休日にも関わらず、何かしらの料理を作るのは非常に面倒だったので、割と良く行く・・・月に2,3回程だったのだが・・・近所のラーメン屋へと向かう事にしたのだった。
そのラーメン屋は・・・自分のマンションから歩いて10分程なのだが、あっという間にたどり着き、そして・・・平日という事もあってなのか、店内には1、2名の客しかいなかった。
僕はというと・・・大体いつも注文している、味噌ラーメンを・・・醤油ラーメンと交互のローテイションなのだが・・・だって、それが一番無難なのではないか・・・?
・・・ともかく、ほんの僅かばかり待っただけで出て来た、その、決して美味とまではいかないまでも・・・まあ、そこそこの・・・味であるのでいつもほぼほぼ満足はしているのであった。
ふと・・・いつもついている・・・個人経営の、昔ながらのラーメン屋などには有りがちの、天井付近の高い位置にある・・・なぜそもそもあの高さなんだろう・・・?・・・TVを、味噌ラーメンをすすりながら何気なく見ていると・・・お昼のニュースだろうか?・・・が、流れていて・・・それはもうそろそろ終わりを向かえるところであったのだが・・・そのディスプレイに映し出されていた、とても生真面目そうなアナウンサーは、最後にこう言ったのであった・・・。
「・・・これで、お昼のニュースを終わります・・・。・・・今日も・・・我慢のゴルフでした・・・。」
何だって・・・!? 一体なんだって・・・! 一体何の事なんだろう・・・? ・・・ゴルフ中継の中ならば分かるのだが・・・実際のところ、この僕にはさっぱり分かりはしなかったのであったが・・・しかし、よりにもよって・・・ニュースの・・・それも、真面目なニュースの最後にである。
僕は思わず、カンスイたっぷりの麺を口から吹き出しそうになったのだが・・・他の客は今のTVを見ていなかったのか、あるいは・・・とにかく、気にしている者は、そのラーメン屋の中には1人もいなかったのである。
そして僕は・・・半分首を傾げながら・・・それは決して今日食べた味噌ラーメンの味がイマイチだったという事ではもちろん無い・・・しかし、店の主人にはそう勘ぐられてしまったかもしれない。・・・ともかく・・・今日の僕は何かおかしい。別に決して・・・いつも常に必ずしもマトモだという事を証明するものは何も無かったのだが・・・。
2
僕はラーメン屋を出ると・・・特にこれといって取り立てて用事も無かったので・・・その辺りをただ取り留めもなく、ブラブラと・・・していたのだが・・・ふと、不意に喉が渇いて、すぐ近くにあったコンビニに入り・・・とりあえず他には何も買う物は思い当たらなかったので、ミネラルウォーターのペットボトルだけを手に取って・・・とりあえず、硬水か軟水だかはチェックしたのだが・・・レジへと向かったのであった。
レジではごくごく普通に、バーコードをスキャンし、そのごく普通のオバちゃんの店員が、
「・・・108円になります。・・・我慢のゴルフは御座いますか・・・?」
・・・などと、ごく自然に聞いてきたのであった。
僕は、何かの聞き間違いなのか、はたまたもしかしたら新手のカードの名前なのかな?・・・とも思ったのだが・・・しかし、今日我が身に起こった事を考えると、なんだか嫌な予感もしたので、
「いえ、ありません。」
と、そこはキッパリと返答したのである。
店員の方はというと・・・そのまま何事も無かったかの様に、レジを処理して・・・僕は110円を財布から出して、2円のお釣りを受け取ると、コンビニを平然と出て行ったのであった。
3
・・・何かがおかしい。確かに・・・何かが・・・僕は歩きながら早速水を飲みつつ・・・そしてスマホを取り出して音楽を聴き始めたのであった。こんな時は・・・気でも紛らわそうと・・・しかしながら、こういう時に限って、嫌な事は続いたりするのであった。
音楽が・・・厳密に言うと恐らくイヤホンの調子が・・・スマホは先月新調したばかりなので・・・しかも片側だけが聴こえなかったので・・・たまたますぐ近くに電器店がある事を思い出して、何だかモヤモヤとしたまま、そちらへと向かったのであった。
・・・ジャマダ電器店へと入り、目的のコーナーをすぐに見付けると・・・まあ、とりあえず、今は安物でもいいかな? ・・・などと、初めは思ったのだが、しかし待てよ? ここに、ハイレゾでしかもワイヤレスでしかも高性能広音域高音質・・・? これはもしかして‘買い’なのではないか・・・? しかも値段は意外とお手頃で、税抜で2,980円ときている。
僕は特に箱の裏とか、専門用語などは何も分からぬまま、その商品を手に取るとレジへと向かったのであった。
そして・・・又してもレジという、今日の僕にとっては一つの冒険といえば大袈裟なのだが、ともかく、何かがありそうな予感はしていたのだった。
案の定、レジ担当の店員が、
「・・・3・・・円になります。・・・お客様、我慢のゴルフ、はお持ちでしょうか・・・?」
僕はここで遂に、持てる限りのすべての勇気を振り絞って、こう尋ねたのだった。
「・・・我慢のゴルフ、ですかぁ・・・それは、つまり・・・」
すると店員は、
「・・・今なら、ポイントが2倍になりますが・・・? お作り致しますか・・・?」
僕はその店員の言葉で、ははああ〜ん、これはきっと、カードの名称の事なのだな? ・・・と、完全に理解したので、即座に、
「ハイ! ・・・まだ持ってはいないので・・・お願いします・・・!」
と、言うと、
店員は真顔のまま、一枚の用紙を取り出すと、
「・・・ではここに・・・この太枠の中だけでよろしいので・・・お書き下さい・・・」
と、手慣れた対応をしたのであった。
そして僕は素早く、しかしとても慎重に用心深く・・・その用紙の太枠内に丁寧に個人情報を書き込むと・・・
「・・・ハイ。では、こちらに、600ポイントお付けしておきますね?」
と、僕は、その、「我慢のゴルフ」などというフザけた名前の付いた、カードを受け取ったのだが・・・その実際の物はというと・・・表面も裏面も真っ白の、無地で・・・ただ裏面にだけとても小さな文字で「有効期限は1年となります」という、簡潔な文言が記されていただけで・・・どこにも「我慢のゴルフ」などという記載は成されてはいなかったのであるが・・・しかしこれが、我慢のゴルフ、の正体なのは疑いの余地は無いのであった。少なくとも・・・その時点では・・・僕はそう確信したのであったが・・・。
4
しかし僕は、少なくともその時点では何だか、今日の朝からのモヤモヤがスッキリと晴れた気がして・・・そうして家路に着こうとしていたのだが・・・さらにテンションを高めようと、買ったばかりのイヤホンを箱から取り出して使おうとしたのだが、よくよく箱の裏面を見ると、同期だの何だの、いろいろと煩わしそうだったので、それはとりあえず、家に帰ってからにするか? ・・・などと、少しだけ能天気になっていたのだった。
・・・しかしふと、そこでYシャツをクリーニングに出しておいたのを思い出し、ちょうど方向も一緒だったので、そのクリーニング店へと、向かったのであった。
・・・そのクリーニング店に入り、受け取っていたはずの伝票はあいにく今日は持って来てはいなかったのだが・・・やはり今日は何かとツイているらしい。レジのパートのおばちゃんが、登録した電話番号で検索出来ますよ? ・・・と、言うので・・・僕は自分の携帯の番号を告げると・・・すぐに僕の預けておいたYシャツは見付かったらしいのであった。
そして、お会計を済まし・・・
「・・・円になります。」
僕は財布からその金額を取り出すと、
「・・・お客様? ええ・・・」
僕はそこで、そら来た!・・・と、真っ先にその、まだ真新しい、作りたてホヤホヤの「我慢のゴルフ」を取り出した・・・。
「・・・あわやホームラン、はお持ちでしょうか・・・?」
僕は一瞬キョトンとしてしまったのだが、慌てて「我慢のゴルフ」は財布の中へと引っ込めて、
「あ・・・いや、今は持ってはいないです・・・持ってはいるんですけど、家に置いてきちゃって・・・ハハハ・・・」
などとうまく誤魔化したつもりだったのだが、
「・・・お作りいたしますか・・・?」
と言う店員のその言葉には、
「いえ。」
と、きっぱりと断ったのであった。
だって、面倒くさいじゃん。もうすでに・・・600ポイントたまったばかりの、我慢のゴルフ、があるのに・・・。こういう事を繰り返すたびに、世間一般の人々はどうでもいいようなポイントカードの類を無数に作ってしまい、いざ、っていう時にそれを持っていなかったり、あるいは、同じカードを何度も作ったりしてしまうのだ。
僕にはこの「我慢のゴルフ」があるではないか。そこは別にダジャレというわけでは決してないのだが・・・じっと我慢をしたのであった。
クリーニング店の店員はそれでもしつこく、
「・・・ポイントは後日レシートではお付けできませんが、構いませんか・・・?」
などと言うのだが、
僕はそこはあくまで、
「あ、はい・・・」
と、幾分のためらいは感じつつも、断ると、Yシャツ3着を持って、そそくさと店を後にしたのであった。
5
・・・しかしながら不思議なもので、たとえ小さな魚でも、逃してみると惜しくなるものである。
僕はYシャツとイヤホンの箱の入ったビニール袋をぶら下げて・・・今度こそ真っ直ぐ家に帰ろうとしたのであるが・・・そこでまた・・・これが資本主義の利点、いや、欠陥どころか罠なのか、はたまた悪魔の囁きなのか・・・家のすぐそばまで来ているというのに、一軒の書店へと、入ってしまったのであった。
そこは割とよくあるチェーン店で、中はそこそこの広さがあり・・・僕はとりあえず今日は意外と散財をしてしまったような気がしていたので、ここでは何も買わないぞ?絶対に何も買わないぞ?立ち読みだけにするぞ?・・・と、心に誓ったのであったのだが、その鉄の誓いが破られるのは意外に早く、たった10分ほどで・・・いつもはあまり買わないメンズファッション雑誌などを手に取って、パラパラとめくっているうちに・・・それを手にしてレジの方向へと・・・実を言うと、その中にあった「今シーズン、オトコを磨く、マストアイテム特集。これでアナタも職場の若い女性にモテモテ。」などという、陳腐な文句に惹かれてつい、まあ、買い物のついでだしな、家に帰っても特にやる事も無いしな、暇な時間にでも読むとするか?・・・という、ケインズだかマルクスだかフォードだかの魔の手にまんまと落ちてしまったのであった。
そして・・・またまたレジである。
今度の対戦相手は、明らかに僕よりは若いであろう、大学生か、あるいはフリーター、といった感じの愛想の悪そうなにいちゃんで、僕をほんの一瞬だけ・・・おそらく両手にYシャツとビニール袋を持っているせいであろう・・・? ・・・食い入るように見たのだが、そこは敵もさる者、すぐに無関心さを装って、ただ黙ってその「メンズシャレオッツー」などというこれまたフザけた名前の、雑誌の裏にあるバーコードを、ピッとスキャンしたのであった。
「・・・870円になります。・・・ええ・・・」
そら来たか。・・・この流れの展開からすると、ここは「あわやホームラン」に違いない。・・・しかし、もしかしたら「我慢のゴルフ」っていう可能性も十分にあり得るのではないか・・・?
しかしながら、敵のHPの方が数段上であった。さすがは資本主義の申し子、さてはマクロ経済に通ずる者だな?・・・などとしか思えない言葉を発したのであった。
「・・・僅差の勝利、はお持ちですか・・・? 今ならポイントが・・・」
という、予想だにしない口撃を受けたのだが、
「・・・いえ!」
と、そこは幾分強目に、つまりは・・・目には目を・・・というところなのである。
しかしその若いキャピタリズムというものを知り尽くした、歴戦の強者は、一切怯む事はなく、とてもクールな表情を保ったまま、レジ処理をして、そのどうでもいい雑誌を、紙の袋に入れてお釣りと一緒に寄越したのであった。
僕はそこで、ただ黙って店を出て行こうとしてレジを離れかけたのだが・・・しかしそこでなぜなのか、メラメラと僕の中の、騎士道精神的なもの、と言ってしまえば解りやすいだろうか・・・? ・・・ともかく、そのまま引き下がる訳にも行かず、こう訊いてみたのであった。
「ちなみに・・・我慢のゴルフ、は使えますか・・・?」
するとその、僕よりは戦闘力は高いが、経験値は低いであろうにいちゃんは、プッと少しだけ吹き出してから、
「・・・何ですか、それ?」
などと反撃されたので僕はやむを得ず、「たたかう」「じゅもんをとなえる」「せっとくする」「にげる」の選択肢のうちの、最後のものを選択してしまったのであった。
6
・・・気が付くと、陽が暮れそうになっていた。
僕はなぜだかはよくは分からないのだが、その日はせっかくのオフだというのに・・・クタクタに疲れきってしまい・・・自宅である安賃貸マンションの一室にたどり着くと・・・Yシャツと雑誌と、さすがにイヤホンは壊れたらシャレにはならぬので・・・丁寧に床へと置いた。
そうして・・・雑誌は開かず、Yシャツは適当にそこいら辺にあったハンガーに掛け、イヤホンだけは・・・箱から出してはみたのだが・・・いきなりは使えないらしく、充電が必要そうだったので・・・とりあえず、U S Bに繋いで、電源コードだけは差し込んで・・・。
・・・その日の夕食は、レトルトのカレーで済ませた。「モリモリ3倍アンド激辛50倍」と「絶品秋の高原野菜カレー」とで迷ったのだが・・・
ご飯だけは炊いてはあったので、同じく前日に買っておいて、冷蔵庫に入れてあったコンビニのサラダとともに食すると・・・ほんの少しだけ疲れは取れたので・・・TVを何となくつけると・・・特にこれといった番組はやってはいないようで・・・ただ適当に、大して笑えはしないお笑い芸人の出ている番組などを、見たりしていたのであった。
ふと、さり気なくすぐ脇の床の上に目をやると・・・「今シーズン、オトコを磨く、マストアイテム特集。これでアナタも職場の若い女性にモテモテ。」と、おどろおどろしく書かれた雑誌と、充電中のイヤホンの、ピカピカと点滅する小さな光だけが・・・そして、ああ明日は仕事だな・・・と、思った途端、なぜだか大あくびが出て・・・そうして同じ様に放り投げてあった財布の中身を確認すると・・・949円しか無いのであった・・・。
僕もまだまだ修行が足りないな?・・・などと考えたかは今となっては定かではなかったのだが・・・ともかく、気が付くといつの間にやら、眠りについていた様なのであった・・・。
そしてもちろん・・・財布の中には・・・あの、我慢のゴルフ、もまだ真新しい状態で入っていたのであった・・・。それを使う日が来るのは・・・一体いつの事になるのやら・・・。
終わり
我慢のゴルフ 福田 吹太朗 @fukutarro
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