第518話 冒険者登録祝い
その後しばらくは平和な日々が続いた。
ライトはラウルとの約束を果たすため、今まで以上にラグーン学園の図書室に通っては煉瓦作りのことを調べている。
とはいえ、初等部の図書室にはそこまで専門的な書物が置いてある訳ではないので、中等部の図書室へも出入りしている。
もちろん中等部の図書室への出入りの許可は取ってある。ラグーン学園理事長であるオラシオンに直談判したのだ。
さすがにライトも『うちの執事が家庭菜園を作るために、どうしても煉瓦作りの方法を知りたいんです!』という本当の目的まで赤裸々には明かさなかった。
その代わりに『ちょっと難しい調べ物をしたいんだけど、それには初等部の図書室では全然足りない!中等部や高等部の図書室の本が読みたい!』という方向でオラシオンに訴えたのだ。
オラシオンとしても、学園生に熱意を持って勉学に励みたい!と訴えてこられたら否やは言えない。
「何の調べ物かは知りませんが、帰りがあまり遅くならない程度にしてくださいね」と軽い注意に留めて許可をくれた。
おかげでライトは昼休みだけでなく、放課後も図書室通い三昧である。
レオニスの方は、魔術師ギルドに【火の乙女の雫】の鑑定依頼を出したり、ライトから預かった新種の回復剤を薬師ギルドに追加譲渡しに行ったり、それなりに多忙な日々を送っている。
そんな中のとある日のこと、レオニスはラウルを伴ってアイギスを訪れていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アイギスの扉を開くと、内側に備え付けられた呼び鈴が揺れてチリンチリン、という軽やかな鈴の音が店内に響き渡る。
店の中では、マキシが商品棚の整頓をしながら店番をしていた。
「いらっしゃいませー。……って、レオニスさんにラウル!ようこそ!」
「おう、マキシも頑張って働いてるな。もう店番を任されるようになったのか」
「メイさんが接客中だけですけどね。さすがに僕ではまだ貴族のお客様の対応はできないので、メイさんが不在中は僕が店番をして、また誰かお客様が来たらセイさんやカイさんを呼んで繋ぐ役です」
「それも立派な仕事じゃないか、なぁラウル?」
「ああ、マキシもすっかりアイギスの一員として認めてもらえてるんだな。良かったな」
「そ、そうかな? ラウルやレオニスさんにそう言ってもらえるなんて、何だか嬉しいな……えへへ」
マキシは商品棚の整理の手を止め、レオニス達のもとに寄っていく。
今は接客担当のメイが奥の部屋で先客に対応中ということで、マキシがメイの代わりに店番をしていたようだ。
メイが接客で店番から離れる時だけとはいえ、アイギスの店番と繋ぎを任されるようにまでなったのはかなりの進歩と言えよう。
マキシの日頃の真面目な働きぶりが伺えて、レオニスもラウルも手放しでマキシを褒め称える。
そして二人から褒められたマキシは、照れ臭そうにしながらも素直に喜んでいる。
かつてのマキシは廃都の魔城の四帝の奸計により、魔力を簒奪され続けてきた。それ故魔力がほぼ無いに等しいくらいに乏しく、故郷の八咫烏の里では長い間無能者の誹りを受けていたマキシ。
褒められること自体まだそんなに慣れていないマキシだが、それでも親しい二人から褒められれば嬉しいと感じるようだ。
「今日は二人とも、アイギスで何かお買い物ですか?」
「ああ。ラウルが冒険者になった祝いに、アイギスで防具一式を作ってもらってやるって以前から約束してたんでな」
「そうなんですね!アイギスの防具一式をお祝いにもらえるなんて、こんなすごいことはないよ!良かったね、ラウル!」
「おう。良い品を祝いとしてもらうからには、執事としてだけでなく冒険者稼業の方も頑張らないとな」
ラウルの冒険者登録祝いと聞き、今度はマキシが手放しで大喜びする。
アイギスの従業員として働くようになって、マキシはこのアイギスという店がどんなにすごいかを日々身を以って実感していた。
三姉妹が生み出す品物が最高品質であることは言うまでもない。その最高品質の品々は、糸一本、縫い目一つに対しても一切妥協しない姿勢により作られているのだ。
そしてそれは服飾だけに留まらず、アクセサリーや防具に至るまで商品全般に言えることである。
マキシがアイギスで働きたいと申し出たきっかけは、彼女達が作る美しいアクセサリーに魅せられたからだ。
色とりどりの美しい宝石に、繊細な金銀細工が施されたアクセサリー類はもはや芸術品の域に達している。
だがマキシは、今ではそれら芸術品以上に三姉妹の才能、人柄、仕事に対する姿勢、全てに対して尊敬の念を抱いていた。
「じゃあ、僕はカイさんを呼んできますので、二人は先に第二客室に入って待っててください」
「了解ー」
「あ、マキシ、すまんがセイ姉も手が空いてたらカイ姉といっしょに来てもらうように伝えてくれ」
「分かりました!」
マキシはそう言うと、店の奥の作業場の方へパタパタと走っていった。
レオニスとラウルもマキシに言われた通り、第二客室に向かい中に入ってソファで座って待つ。
しばらくすると、第二客室にカイ一人が入ってきた。
「レオちゃん、ラウルさん、いらっしゃい」
「カイ姉、久しぶり。元気にしてたか?」
「ええ、もちろんよ。この通り、いつだって姉さんは元気よ。ラウルさんの方も、お怪我の方はもう大丈夫?」
「ああ、おかげ様であれから何の後遺症も出ずに過ごせている」
「それは良かったわ」
挨拶がてら、互いの安否を確認し合う三人。
ラウルは一ヶ月ほど前、ポイズンスライム変異体遭遇事件後にアイギスに預けられたフォルを引き取りがてらアイギスを訪れている。
一方レオニスは、神樹ユグドラツィの枝を加工したアクセサリーを受け取りに来て以来なので、アイギスに来るのは二ヶ月ぶりのことだ。
挨拶や近況報告をしていると、セイがお茶を乗せたワゴンとともに第二客室に入ってきた。
「レオ、ラウルさん、いらっしゃい。今日はラウルさんの冒険者祝いの防具一式を作りに来たんですって?」
「セイ姉も久しぶり。その通り、今日はこいつの防具一式を作ってもらいに来たんだ」
「ラウルさんも冒険者デビューしたんだものね、身を守るための防具は必須よね」
「ああ、カイ姉達の作る防具なら間違いないからな」
セイが会話をしながら四人分のお茶とお茶菓子をテーブルに置いていく。
今ここでカイ達への手土産、ラウルの特製スイーツを渡してもいいのだが。そうするとまたセイが、小躍りしながらスイーツの箱とともに退室してしまう。
セイにも話を聞いてもらうためにも、ここは手土産は最後に渡そう……レオニスは内心でそう考える。
「ラウルさんの採寸は、先月うちにいらした時にもう済ましてあるわ。後は防具に用いる素材さえ決まればいつでも作れるわよ」
「ン? ラウル、そうなのか?」
「ああ、こないだの下水道の事件でマキシを休ませてもらったり、フォルを預かってもらったりして何かと迷惑かけたからな。フォルの引き取りも兼ねて礼を言いに来たんだ」
「そうか……ラウル、お前も随分と人付き合いができるようになってきたなぁ」
「……まぁな」
ラウルの話にとても意外そうな、でもそれと同時に感慨深そうな目でラウルを眺めつつ感心するレオニス。
かつてカタポレンの森で手負いのラウルを拾った頃に比べたら、これまたかなりの成長ぶりである。
「じゃあ、そしたらどの素材で防具を作るか決めましょうか。レオちゃんやラウルさんは、何か希望とかある?」
「俺は武器や防具の素材のことはさっぱり分からんから、ご主人様とアイギスの皆に全てお任せする」
「ンー、そうだなぁ……とにかく頑丈で軽くて動きやすいものがいいな。つーか、お前、盾は要らんよな?」
「そうだな、盾は不要だな」
「だよな。あっても小盾つきの篭手でいいよな」
人族ではないラウルに冒険者としての知識は皆無なため、全てレオニスとカイ達に一任するのは当然の流れだ。
そしてラウルの性格上、盾は不要と早々に判断するレオニス。
邪龍の残穢に拳一つで突っ込んでいくラウルに、盾など不要どころか邪魔なだけである。
「そうすると、一般的な流れでいけば帽子や兜なんかの頭、胸や腹を守る鎧、篭手や腕当、脛当なんかになるんだが」
「ンーーー、そういう冒険者然とした装備もいいんだが……俺もご主人様のジャケットのような、気軽に脱ぎ着できるものがいいんだが」
「ン? 俺のジャケットのように、か? ……ま、確かに楽っちゃ楽だがな」
全てお任せと言いつつ、何気にちらほらと要望を出すラウル。
だが、ラウルがレオニスの装備を見てそういうのがいいと言うのもある意味当然と言えば当然だ。
いくつものパーツに分かれた防具を脱ぎ着するよりは、レオニスのように普段着を羽織るような感覚で装備できる方が楽に決まっている。
そして、何よりラウルにとって最も身近な冒険者とはレオニスだ。ずっと間近で見てきたレオニスを、先輩冒険者の見本として基準に考えるのも当たり前である。
ただしレオニスを基準にして物事を考えると、いろいろと問題が出てきそうではあるが。
「そしたら革製のジャケットとかパンツを作って、そこにいろんな魔法を付与していくか」
「そうしてもらえるとありがたい」
「あら、それならレオちゃんのロングジャケットとお揃いにするのはどうかしら? 基本的な型は同じでところどころ装飾を変えて色違いとか、素敵じゃない?」
「「え"??」」
レオニスとラウルの会話を聞いていたカイが、その手をパン!と合わせ叩きながらとんでもない提案をしてきた。
そのとんでも思いがけない提案に、レオニスとラウルはカイの方を見ながらフリーズする。
「あー、それもいいかも。ラウルさんはレオと背格好が似通っているし、背丈もほぼ変わらないから型紙を起こす必要もないわよね」
「そうなのよね。レオちゃんが今着ているロングジャケットだって、ラウルさんが着ようと思えばそのまま着れるでしょうし」
「レオのパターンがそのまま使えるなら、その分早く仕上げられるわよね!」
「色は、そうねぇ……ラウルさんの黒髪に合わせた黒のロングジャケットなんてどうかしら? 絶対にラウルさんに似合うと思うわ」
カイとセイの思った以上に乗り気な様子を見て、レオニスが慌てて介入する。
「え、ちょ、待、カイ姉? セイ姉もちょっと待って? 俺とラウルでペアルック? いくら何でも冗談キツいよ?」
「あら、別に冗談じゃないわよ? ロングジャケット装備は何もレオだけの専売特許じゃないし」
「そ、そりゃそうだが……お、おい、ラウルも何か言ってy」
「俺はご主人様とお揃いでも別に構わんぞ?」
「何で!? そこ、否定するとこじゃねぇの!?」
レオニスのやんわりとした抗議など、意にも介さないセイ。
レオニスはカイどころかセイやメイにすら勝てないので、こりゃダメだと早々にその矛先をラウルに向ける。
だが、てっきり自分の味方になると思ったラウルにまでペアルック案を肯定されてしまったではないか。
四面楚歌に陥ったレオニス、思いっきりガビーン!顔で愕然となる。
「いや、だってご主人様のようなジャケットタイプなら動きやすそうじゃないか。それに、カイさん達の作業の手間が省けて、品物も早く仕上がるんだろう? 良いこと尽くめじゃないか」
「うぐぐ……た、確かにそうなんだが……」
「ご主人様は一体何が不満なんだ?」
「ぃ、ぃゃ、不満とかそういうんじゃないんだが……」
レオニスがやいのやいのと言い募る理由がさっぱり分からないラウル。きょとんとした顔でレオニスを見つめる。
何故レオニスが難色を示しているのか、本当に理解できないといった様子だ。
そんな純粋なラウルに向かって、まさか『お前とペアルックなんて御免だ!』とは口が裂けても言えない。いや、ラウルとのペアルックが嫌なのではなく、男同士のペアルックというのがレオニスにとっては甚だ寒いだけなのだが。
上手く回避できそうな異論の言葉が見つからず、レオニスは口ごもるしかない。
レオニスの言葉が続かなくなったのを『異論なし=承認』と受け取ったラウル、早速カイ達に向かって声をかける。
「じゃあ決まりだな。色は俺も黒がいいと思う。黒のロングジャケットなら誰でも着る普通のデザインだしな」
「素材の革は何がいいかしら? 素材までお揃いにするとなると、天空竜の革が要るけれど……ねぇ、セイ、今天空竜の革の在庫ってあったかしら?」
「こないだちょうど天空竜の革を売りに来た行商人から買ったばかりよ!」
「まぁ、それは良いタイミングね。じゃあそれでラウルさんのロングジャケットを作りましょうか」
レオニスが呆けている間に、ラウルの黒のロングジャケット話がとんとん拍子に進んでいく。
まさかラウルへの冒険者登録祝いがこんなことになるとは、夢にも思っていなかった。
こんなはずじゃ……どうしてこうなった? と茫然自失になるレオニス。
そんなレオニスへの放置プレイはなおも続き、ラウルが若干心配そうな顔でカイに尋ねる。
「天空竜の革って、いくらくらいするんだ? 何かものすごく高そうだが……」
「あ、代金はそんなに高く取らないから安心してね? 私達もラウルさんにはいつもお世話になってるし、私達からもラウルさんへお祝いの気持ちとして材料費だけで作らせてもらうつもりよ」
「そうか、気を遣ってもらってありがたい。アイギスの女神達の祝福をもらえるなんて、これほど光栄なことはない」
「うふふ、ラウルさんってば本当にお口が上手ね」
カイとセイ、ラウルの三人がキャッキャウフフな空気を醸し出す横で、レオニスだけがただ一人暮れなずんでいる。
だが、暮れなずむレオニスはまだ知らない。『ラグナロッツァに
ラウルの冒険者登録祝いは、こうして一部を除き和やかな空気で進んでいった。
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ポイズンスライム変異体遭遇事件やらライトの春休みで延び延びになっていた、ラウルの冒険者登録祝いの防具一式オーダーメイド。ようやく実現です。
ぃゃー、まさかそれがレオニスとのペアルックになるとはね、作者も思っていませんでしたがね!(º∀º)
でも、普通に考えたら鎧やら兜やら盾やら、盾役のタンクでもなきゃそんな重たいものを進んで着たくはないでしょうしねぇ( ̄ω ̄)
もちろんそうした古式ゆかしい王道ファッションが好きな冒険者だっているでしょうけど、少なくともラウルはそういうタイプじゃないですし。
ご主人様とのペアルックに、何の異存もなく受け入れてしまうところもまたラウルらしいですよね!
レオニスとラウルの主従ペアルックのお披露目が楽しみです。
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