第519話 リンクコーデ
しばし魂が抜けかけていたレオニス、はたと我に返りコホン、と軽く咳払いをしつつ改めてカイ達に声をかける。
「ぁー……カイ姉、ラウル用の装備はいつ頃出来上がる?」
「そうねぇ、天空竜の革を黒く染めるところから始めるから、少し時間はかかるけど……一ヶ月で仕上げてみせるわ」
「そうか、そしたら黄金週間が過ぎたあたりか?」
「そうね、それくらいになると思うわ」
「黄金週間と言えば、カイ姉達に別件で頼みたいことがあるんだが……」
ここでレオニスは、今日アイギスを訪ねたもう一つの用件を切り出した。
それは、黄金週間中に開催されるビッグイベント、鑑競祭りへの協力要請である。
レオニスは今年の鑑競祭りへ参加することや、それに至った経緯などをカイ達に説明していった。
「……という訳で。今年の鑑競祭りのオークションに、ちょっとしたお宝を出すことになってな。オークションで得た金は、全てラグナロッツァ孤児院の再建に使う予定なんだ。だからカイ姉達にも、是非とも協力してほしいんだ」
「もちろんよ。私達もレオちゃんと同じく孤児院で育った身、その恩返しができるなら喜んで手伝わせてもらうわ」
「そうね、父さんや母さんを亡くした私達三姉妹が路頭に迷うことなくこうして生きてこられたのも、全ては孤児院で十五歳まで育ててもらったおかげだものね」
レオニスの話に頷きながら、その頼みを迷うことなく快諾するカイとセイ。
彼女達もまた孤児院に多大な恩義がある。その恩を返す機会とあらば、どれほど日々多忙であろうとも断ることなどあり得ないことだった。
「ちなみに今のラグナロッツァ孤児院には、あのシスターマイラがいてな。今も元気に子供達の世話をしてるよ」
「えっ!? シスターマイラがこのラグナロッツァにいらっしゃるの!? まぁ、それは知らなんだわ」
「ああ、カイ姉達が知らんのも無理はない。去年の秋頃にラグナロッツァ孤児院に赴任したらしいからな」
「そうだったの……私達が育ったディーノ村の孤児院は、とうの昔になくなってしまったものね。シスターもずっと、全国各地を回っておられたんでしょうね……」
ラグナロッツァ孤児院にシスターマイラがいることも伝えると、カイとセイがびっくりした顔になる。
ディーノ村の孤児院が閉鎖されてから、誰もシスターマイラの足取りを知らなかった。何年ぶりかに恩人の名を聞き、カイもセイも吃驚した後すぐに懐かしそうな表情を浮かべている。
「俺もシスターマイラがラグナロッツァに来たという噂を聞いてな、二度ほど孤児院を訪ねたんだ。シスターマイラはそりゃもう元気も元気、あの恐怖の脳天チョップも健在だったぞ」
「シスターの脳天チョップをいっつも食らってたのは、主にグラン君やレオでしょ……え、何、レオ、あんたまさか、その年になってまたシスターの脳天チョップをいただいてきたの?」
「そんな訳ねぇだろう……食らってたのは孤児院の子供達だって」
「えーーー、ホントにぃー??」
シスターマイラの伝家の宝刀、脳天チョップ。それはレオニスにとってシスターマイラの象徴そのものであり、脳天チョップの健在はシスターマイラの健在をも表しているのだ。
だが、その破壊的な威力を身を以って知り尽くしているのは、この場にいる者の中ではレオニス唯一人のみのようだ。
そしてレオニスだけでなく、ライトの父グランもまたよく食らっていたらしい。きっと二人して散々散々いたずらやら喧嘩やらしていたのだろう。
「それにしても、あの鑑競祭りにレオちゃんが出品者として出るなんて……すごいわねぇ」
「本当ね、あのイベントは大貴族や世界中の大富豪がこぞって参加するのよね。私達にはあまり縁のない話だけど、そこで落札した珍しい素材を装飾品に加工してくれって依頼は何度か引き受けたことがあるわね」
レオニスは鑑競祭りのことを全く知らなかったが、カイ達はこれまでに何度か間接的に関わったことがあるらしい。
確かにオークションで世にも珍しい素材を手に入れたら、その加工も超一流の職人に任せたいと思うのは当然である。
「レオちゃんが私達に頼みたいというのも、アクセサリーへの加工をしてくれってことよね?」
「ああ。鑑競祭りの担当者によると、アイギスへの加工権利もつけて出品すれば絶対に値が上がると言われてな。カイ姉達なら孤児院再建にきっと協力してくれると思って、既にそういう条件で出品申請してるんだ。事後承諾になってしまって申し訳ない」
カイ達への協力を取り付ける前に、レオニスの方で勝手に『アイギスでの加工権利』を出品物に付随させたことを謝るレオニス。
もちろんレオニスとしては、カイ達なら絶対に協力してくれるという確信のもとに出た行動だったのだが。
事後承諾を詫びるレオニスに、カイが小さく微笑みながら口を開いた。
「そうねぇ。もちろん私達としては、レオちゃんの頼みならば大抵のことは叶えてあげたいと思うし、できる限り協力するけれど。なるべく先に相談してくれるとありがたいわねぇ」
「本当にすまん」
「いいのよ。今回の話はレオちゃんといっしょに孤児院とシスターマイラへの恩返しさせてもらえるってことなんですもの。私達にとっても願ってもないことだし、むしろレオちゃんにお礼を言わなければならないわね」
「そんな……俺の方こそいつもありがとう」
レオニスの謝罪を快く受け入れるカイ。
いつもレオニスの願いを叶えてくれるカイには、本当に感謝しかない。これからもレオニスは一生カイには頭が上がらないだろう。
いつもと変わらぬ穏やかなカイの笑顔に、レオニスは今日も救われる思いだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニスの謝罪をカイに受け入れてもらえたところで、人心地付くために出されたお茶を一口二口啜るレオニス。
そんなレオニスの顔を、カイとセイがワクテカしたような眼差しで覗き込む。そして実に興味深そうな顔で、レオニスに出品物が何なのかを問うた。
「で、レオちゃんは一体どんなものを出品するの?」
「鑑競祭りの出品者側になるってくらいなんだから、ものすごいお宝なんでしょ?」
「ああ、今回俺が出品するのはこの二つなんだが。あ、これ一応誰にもナイショな?」
レオニスは二人の問いに答えるべく、空間魔法陣を開き【水の乙女の雫】と【火の乙女の雫】の現物をそれぞれ一つづつ取り出した。
レオニスの手からカイの手に【水の乙女の雫】を、セイの手には【火の乙女の雫】を、それぞれ直接手渡す。
レオニスから渡された現物を見たカイとセイは、その美しさに思わず息を呑む。
「これは……何て素晴らしい輝きなのかしら……」
「澄み切った色合いに、絶えず中心で揺らめいている煌めき……単なる宝石よりもはるかに綺麗だわ……」
「レオちゃん、これは一体何なの? ただの宝石ではないわよね?」
「水の女王からもらった【水の乙女の雫】と、火の女王からもらった【火の乙女の雫】だ」
「「……!!」」
カイ達の手のひらに乗せられた、コロンとしたまん丸の球状の品。
それらは水の女王や火の女王からもらったものだと聞き、カイとセイの目が大きく見開かれる。
カイやセイは冒険者ではないが、『水の女王』や『火の女王』が一体何者であるかくらいは分かる。
二人の口からほぼ同時に「ほぅ……」という感嘆のため息が洩れる。
「そんなすごいものだなんて……でも、この尋常ではない煌めきを生み出せるとしたら、確かにそれくらい高位の存在でないと無理でしょうね」
「火の頂点が生み出す火って、青白いのね。私、青い火って初めて見たわ……」
カイとセイは、それぞれの手のひらの中の雫に見惚れるようにじっと見つめている。
小さな珠の中をよく見ると【水の乙女の雫】は渦のような水紋が絶えず湧き、【火の乙女の雫】の方は青白い炎が揺らめいている。
何とも神秘的で、見る者全てを魅了する美しさを放っている。
ただの宝石なら、このような流動的な煌めきは発生しない。その輝きは属性の女王が生み出す雫ならではの産物であり、内包する魔力の膨大さを示している。
魔力の多さで言えば、レオニス達が普段使っている水晶の魔石など比べ物にならないほどの高魔力を秘めているのだ。
「この大きさなら、指輪にネックレス、ブレスレット、イヤリング、ブローチ、どんなものにも使えそうね」
「そうね、タイピンやカフスボタンにも良さそうだから、男女問わずどんなアクセサリーにも対応できるわね」
二つの雫を眺めながら、早速あれやこれやと様々なアクセサリーをイメージするカイとセイ。
宝石以上に美しい、この世のものとも思えぬような稀少品。それを手にした二人の職人魂は存分に刺激され、早くもうずうずと疼き出しているようだ。
「とりあえずその二つはカイ姉達に預けておく」
「「えッ!?」」
「鑑競祭りが終わったら早速加工依頼が入るだろうから、イメージ作りにでも役立ててくれ。つーか、祭りが終わってからも返してくれなくていい。二つとも今回のオークション出品の協力の礼として受け取ってくれ」
「そ、そんな、レオちゃん、こんな貴重なもの、簡単にもらう訳にはいかないわ」
見本として出した二つの雫を、レオニスは今回のオークションの協力の謝礼として三姉妹に譲渡すると言い出した。
レオニスの申し出に、慌てて首を横に振るカイ。
鑑競祭りの出品物として正式に認められるということが、どれほどすごいことかをカイ達も知っているのだ。それ故に、そんな高価なものをホイホイともらう訳にはいかない、とカイが固辞するのも無理はなかった。
ちなみにセイは、カイの横でその目をキラキラと輝かせている。言葉にこそ出さないが、セイは普通に雫が欲しいようだ。
そのままでは受け取ってもらえなさそうなので、レオニスは改めて別の提案をする。
「なら、さっきのラウルの冒険者登録祝いの品。天空竜の革を使ったロングジャケット、その代金も込みってことで受け取ってくれ。それならいいだろう?」
「でも……天空竜の革でさえ、この雫一つ分の半分にも満たない値段だと思うわよ?」
「カイ姉さん、いいじゃない!レオもこう言ってることだし」
「うーーーん、でも……」
セイは早速賛成に回るも、カイはまだ戸惑っている。
まだ躊躇うカイに、レオニスがその背を押すかのように追加注文を口にする。
「そしたらカイ姉、ラウル用のロングジャケットについてもう一つ、俺の要望を聞いてくれるか?」
「要望? なぁに?」
「その、できればというか、なるべくだな……俺と全く同じものじゃなくて、ところどころ違うデザインを取り入れてくれるとありがたい……」
「えーと、例えば襟の形とか裾の長さとか?」
「そうそう、そういうのでいいから、ぱっと見てすぐに分かるくらいにいくつか違いをつけてくれ。さすがにラウルとペアルックになるのは、ちょっと……いや、かなり気恥ずかしい……」
「「……ペアルック……」」
レオニスの言わんとしていることが、ようやく飲み込めてきたカイとセイ。
一瞬だけポカーン、としたものの、すぐに納得したような顔になる。
「ああ、そういうことね!確かに全く同じものを着ていればペアルックになっちゃうわね!」
「ああ、だからレオちゃん、さっきからそんなに気にして慌ててたのね……気づかなくてごめんなさいねぇ」
「ン? ペアルックって何だ?」
それまで鑑競祭りの話だったので、ずっとおとなしく聞いていたラウル。
それが今度は自分がもらう予定の祝いの品の話になり、早速疑問に思ったことを素直に聞いてきた。
ラウルの素直な問いに、セイがその疑問に答える。
「えーとねぇ、ペアルックっていうのは同じデザインの服を二人揃って着ることよ。主に恋人同士や夫婦が好んでやるわね」
「何ッ!? 俺とご主人様が恋人同士だとッ!?」
「別に恋人同士でなくても、仲の良い友人でもアリだけど……まぁそれでも大親友レベルの間柄でないと、って感じ?」
「恋人同士……夫婦……大親友……」
セイの懇切丁寧な解説に、ラウルの顔が思いっきりガビーン!顔になっていく。
妖精のラウルが人族のそうした慣習を全く知らなかったのは、全く以って致し方ないことである。
だが、危うくレオニスと恋人同士認定されるところだったと知ったラウルの衝撃たるや。想像を絶する衝撃だったに違いない。
ラウルは首をンギギギギ……と軋ませつつ、ゆっくりと90°向きを変えてラウルの座る方向に向けた。
「ご主人様よ、何故それを早く言わんのだ……」
「ぃゃ、俺はちゃんと抵抗したよ? 一生懸命抗議したよ? したけどお前ら、ちっとも俺の言うこと聞いてくれなかったじゃんかよぅ……」
「俺はご主人様と恋人同士になるつもりはねぇぞ……俺にだって選ぶ権利はある」
「俺だってねぇよ!つーか、選ぶ権利があるのはお前だけじゃねぇっての!」
恨みがましい目つきでジロリンチョ、と睨んでくるラウルに、レオニスもまた懸命に抗議する。
あまりの言われようにレオニスは半べそ一歩手前である。
頼りないご主人様は放置放置、とばかりにラウルはカイ達の方に向き直る。
「あー、ジャケットのデザインの件はご主人様の言う通り、ある程度違って見えるようにしてくれ。袖なんかの共用できる箇所は大いに活用してくれていい、カイさん達のやりやすいように進めてくれ」
「分かったわ。そしたらリンクコーデくらいにしましょうか。ラウルさん用のロングジャケットのデザイン画を起こすから、明後日あたりにレオちゃんだけ確認にし来てくれる?」
「了解」
レオニスの要望が通り、デザイン画を起こすところから作ってもらえることになった。
ようやく一安心したレオニスに、今度は横にいるラウルがちょっぴり不満そうにカイに尋ねる。
「そのデザイン画、俺には見せてくれないのか?」
「あら、ラウルさんはお祝いをもらう側でしょう? プレゼントを受け取る楽しみくらい、当日まで大事にとっておかなくちゃ、ね?」
「ン、そりゃまぁそうだな……」
カイの答えに、レオニスは毒気を抜かれたようにおとなしく同意する。
小さい子をあやすかのような、カイの優しい口調にかかればラウルだってイチコロである。
「ラウルさんの冒険者登録祝いの品のお代も先にいただいちゃったし。私達からも、ラウルさんの冒険者としての新しい門出を祝って誠心誠意作らせていただくわね」
「ああ、よろしく頼む」
何とかラウルとのペアルックを回避できたレオニス。ようやく心の底から安堵し、笑顔でカイと握手を交わしたのだった。
====================
レオニスとラウルのペアルックが見事回避されました。
ぃゃー、作者的にはそのまんまペアルックでも別にいいんですがね?( ̄ω ̄)
ですが、ペアルックを強行するとレオニスの精神がゴリゴリ削られてしまいそうで。さすがにそれは可哀想かなー……ということで、リンクコーデという方向に落ち着きました。
というか、リンクコーデって便利な言葉ですねぇ。要はプチペアルック的なもんですよね? 今回の話作りの調べ物途中で、リンクコーデなる概念があることを作者は初めて知りました。
ガッツリコピペのペアルックは恥ずかしいけど、仲の良い友達なんかとはちょっとだけ部分的にお揃いにして仲良しアピしたいーなんて人向けの、何という適切な言葉!
新しい言葉を知った作者、また一つ賢くなった!+゜(・∀・)+.゜←無駄知識
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