第514話 使い魔のステータス

 冒険者ギルドディーノ村出張所を出たライトは、まず村はずれの父母の家に向かう。

 玄関と窓を全て開け払って空気の入れ替えをし、そのまま残されている箪笥や棚、引き出しなどを開けるライト。


「とりあえずここにアークエーテルを入れておこう。五十本も入れておけばいいかな?」


 ライトはアイテムリュックからアークエーテルを取り出し、直射日光の当たらない食器棚などに並べて収納していく。

 その後ライトは裏山側に面した窓だけ鍵をかけずに、他の窓と玄関の戸締まりをして父母の家を後にした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 父母の家を出た後、ライトはまず裏山東側を登り咆哮樹の枝を刈りに向かう。いわゆる『柴刈り』である。

 一昨日の転職神殿の帰りにも咆哮樹は刈ったのだが、まだまだ足りない。今後もコズミックエーテルを大量生産しなければならないことを考えたら、その材料はいくらあってもいいのだ。


「キエエェェエェエエェッ!!」

「待ってーーー、逃げないでーーー!」


 咆哮樹の絶叫と追い縋るようなライトの声が、山中に響き渡る。

 ここ最近、この辺りの咆哮樹はライトの顔を見ると一目散に逃げるようになった。どうやら咆哮樹はライトのことを『枝葉を問答無用で毟り取る、とんでもねー極悪非道な恐ろしい奴!』と認識しているようだ。


 何度も枝葉を刈り取られ続けていれば、そりゃ嫌でもその顔を覚えられてしまうというものだ。今ではライトと目が合った時点で、咆哮樹の方から瞬時に逃げ出す始末である。

 本来なら恐ろしげな顔に見えるはずの咆哮樹。その木目やうろが、何故か『ウヘァ』という顔に見えるような気がするが。多分気のせいだろう。キニシナイ!


 樹の幹のド真ん中に必中スキルの手裏剣を当てると、今のライトの力では一発でトドメを刺してしまう。なので、わざと横に逸らすように手裏剣を繰り出し、横に生えた枝を切り取るようにしている。

 咆哮樹を生かさず殺さず、よりたくさんの枝葉を刈り取れるよう、というライトの創意工夫である。そう、これでも一応ライトなりに配慮しているのだ。


 だが、当の咆哮樹にしてみれば『フザケンナコノヤロー!』である。

 これ以上丸刈リータにされてなるものか!とばかりに、咆哮樹は狩人ライトの手から必死に逃げ回り続ける。

 すたこらさっさと逃げる咆哮樹を追いかけ、一枝刈っては拾ってまた追いかけ、を繰り返すライト。

 これもまた毎朝のルーティンワーク同様、足腰を鍛える体力作りにはもってこいの良い修行である。


 山の結構上まで駆け登り、何とか満足のいく量まで咆哮樹の枝を刈り取ったライト。

 ひとまず小岩に腰を掛け、アイテムリュックから取り出したハイポーションを飲んで一息つく。ハイポのお供にラウル特製のシュークリームも頬張り、糖分補給も欠かさない。

 一頻り休んだ後、ライトは飲み終わった空き瓶をアイテムリュックに仕舞う。


「咆哮樹君、また来るねぇー!」


 すくっ!と立ち上がり、どこかに隠れているであろう咆哮樹達に向かって軽やかな言葉をかけ手を振りながら颯爽と駆け出すライト。

 ライトが走り去るその後ろ姿を、咆哮樹がワナワナと小刻みに震えながら見送っていたような気がするが。多分気のせいだろう。キニシナイ!



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 咆哮樹の柴刈りを終えたライト、今度は転職神殿に向かう。

 一昨日使い魔の卵から孵化させたばかりの力天使ヴァーチャー、ミーナの様子を見に来たのだ。


「こんにちはー」

『ライトさん、こんにちは。ようこそいらっしゃいました』

『あっ、主様!こんにちはー!』


 転職神殿のエリアに入り挨拶したライトを、巫女ミーアと天使ミーナが揃って笑顔で出迎える。

 今はまだ二人きりしかいないが、エルフの巫女と女性型の天使がいるというだけで既にここはまるで花咲く楽園かのようだ。


「一昨日ぶりですね。ミーナが生まれてここで暮らしてからまだ三日目ですが、二人ともどうですか?」

『はい、ライトさんのおかげで何事もなく無事過ごせております。ミーナさんもとても良い子で、何かと私のことを気遣ってくれる優しい子です』

「そうなんですね、それは良かった!ミーアもお利口さんにしてて偉いね!」


 ライトの問いに、ミーアがにっこりと微笑みながら答える。

 神殿に仕える巫女という職業柄か、ミーアも何気に嘘をつくのが下手な方だ。あまり言い難いことを言う時に、何とか上手く取り繕おうとしてもすぐに顔に出てしまう。

 そんな彼女が、穏やかな笑みとともに良好な関係だと答えた。それは紛れもなくミーアの本心からの言葉である。


 ミーアとライトに褒められたミーナ、とても嬉しそうな顔でそれに応える。


『だって私、主様の次にミーアお姉様のことが大好きですもの!主様やミーアお姉様の言うことなら、何でも聞きますわ!でも……一つだけ、不満があるのです』

『不満……ですか?』

「不満? どうしたの、何かあったの?」


 ライトもミーアも大好き!と言ったミーナが、一つだけ不満があるという。

 思わぬ言葉が飛び出してきたことに、ミーアの顔は途端に不安げになり、ライトも心配そうにミーナの顔を覗き込む。


『ミーアお姉様は、私のことを『ミーナさん』と呼ぶんです。私は主様のように『ミーナ』と呼んでほしいのに……そうお願いしても、ミーアお姉様はさん付けのまま変えてくれないのです』

「ミーアさん、そうなんですか?」

『あ、あの、えっと、それは……はい、その通りです……私、今まで人様を呼び捨てにしたことは一度もなくて……』


 ちょっとだけ口を尖らせて、むくれたような顔をするミーナ。

 ミーナの不満は『ミーアからの名前の呼び方がさん付け』だと言う。

 それを聞いたライトがミーアに聞き返すと、ミーアはもじもじしながら小さく頷いた。

 やはりこれも職業柄か、他人に対して常に丁寧な呼び方しかしてこなかったミーア。そんな彼女に、名前の呼び捨てはかなりハードルが高いようだ。


 そこら辺はライトも分かるのだが、ミーナの気持ちも分かるのでまずはミーナの方に声をかける。


「ミーナは、ミーアさんともっと仲良しになりたくて、名前も『ミーナ』のままで呼んでほしいんだよね?」

『はい、主様の仰る通りです。だって私はミーアお姉様の妹分なんですもの。妹を呼ぶのに、さん付けはおかしいと思うのです!……それでは余所余所しくて、ミーアお姉様に妹と認めてもらえていない気がして……寂しいのです』


 ライトの問いに、最初のうちはフンス!とばかりに鼻息荒めに答えていたミーナ。だが、彼女の声のトーンが次第に落ちていく。

 ミーアの他人行儀な呼び方が、ミーナにとっては『妹と認めてもらえていない』という壁のように感じていたのだ。

 ミーナの言葉としょんぼりとした顔を見て、ミーアはハッとした顔になる。


「ミーアさん、ミーナの言うことはもっともだと思うんですが」

『そうですね……私としてはそんなつもりはなかったのですが……確かに名前をさん付けのままでは、他人行儀な話し方と思われても仕方ありませんよね』

「ミーアさんには慣れないことでしょうけど、可愛い妹分の願いを叶えるためと思ってここは一つ『ミーナ』と呼んであげてくれませんか?」


 ライトの言葉を受けて、ミーアは俯くミーナの真向かいに立ち、その手をそっと握る。


『ごめんなさい、ミーア……貴女にそんな悲しい顔をさせてしまって』

『……!!』

『これからは貴女のことをちゃんと『ミーア』って呼ぶわ。だって私は貴女のお姉さんだもの』

『ミーアお姉様、ありがとう!』


 ミーアからさん付けでない名前を呼ばれたミーナが、バッ!と顔を上げて破顔しつつミーアに抱きついた。

 ミーナにガバッ!と抱きつかれたミーア、思わず『キャッ!』と小さな声が漏れるも、しっかりと抱きとめている。

 気がつけば、ミーアの身体はもうほとんど透けてなどなくなっていた。

 これはミーナの抱擁を受け止められるまでに、ミーアの身体が実体化しているということだった。


 そしてミーアの変化は身体だけではない。ミーナへの話し方も、普段の丁寧な敬語ではなくなっている。

 ともすれば他人行儀な壁になってしまいがちの敬語が消えるというのは、その壁が取り去られたという証である。


 ライトの一番の懸念だった、ミーアとミーナの転職神殿での二人暮らし。

 二人の見えない壁が消えてより深い絆が生まれたことに、ライトは二人の横で大いに喜びながら見守っていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「さて、そしたらですね、次の話題に行こうと思います」

『『はい』』


 ミーナの唯一の不満が消えたところで、ライトは次の話題に移行する。


「ミーナはご飯は不要ということだけど、魔力充填は必要と言っていたよね。生まれてからもうすぐ丸二日経つけど、体調はどんな感じ?」

『えーとですね、まだそんなに減ってはいないです。減って二割程度といったところですかね。私は生まれてからまだ一度も神殿の外に出ていませんし、激しく動いたりしてもいないためかと思いますが』


 ライトのもう一つの懸念は、ミーナの魔力の減り具合だ。

 天使であるミーナは、食事そのものは不要だが魔力の充填は必要だ。ミーナの話では、魔力が減り過ぎると動けなくなってしまうという。

 だが、どれくらいのペースで魔力充填が必要になるのか、まだ生まれたばかりのミーナには全く分からない。

 ミーナの魔力切れを防ぐためにも、この問題は早々に解決しておかねばならなかった。


「そっか。魔力を消耗するような行動をしてなければ、そんなに減らないってことだね。……そういえば、使い魔のステータスって見れるのかな? ミーナのステータスをちょっと鑑定してみてもいい?」

『もちろんです』


 ここでライトがふとあることを思いつく。

 それは『使い魔のステータスは見れるのか?』ということである。

 これまでライトは使い魔の卵を三度孵化させたが、いずれも使い魔達のステータスを鑑定したことはなかった。

 そもそもBCOでは、使い魔のデータはレベルと種族名が出るだけで、それ以外の詳細なステータスが表示されることは一切なかったからだ。


 だがこのサイサクス世界では、ライトが知るBCOよりも違う箇所や進化した部分がかなりある。もしかしたら、レイドボスである水神アープのアクアを鑑定した時のように、使い魔達のステータスも見れるかもしれない。

 ミーナの許可を得て、ライトは早速ミーナのステータスを『アナザーステータス』で鑑定した。



 ==========



【名前】ミーナ

【レベル】1

【属性】風

【状態】通常

【特記事項】従属型使役専属種族第三十七種乙類


【HP】20

【MP】70

【力】3

【体力】4

【速度】8

【知力】7

【精神力】8

【運】4

【回避】8

【命中】5



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「おおお……ホントにステータス見れちゃったぞ……」


 初めて見る使い魔のステータスに、ライトはいろんな意味で内心驚愕する。

 まず使い魔のステータスを見ることができたこと自体に驚愕し、そしてミーナのステータスの貧弱さにも驚きを隠せない。

 これは迂闊に転職神殿の外には出せない。外に出たらすぐに魔物にやられてしまう弱さだ。


 とはいえ、この貧弱なステータスを見ただけで絶望することはない。その数字はレベル1のものであり、ここから先レベルアップとともに大いにステータスが伸びる可能性はある。

 スタート時点では人族の赤ん坊並みの弱さだが、ライトだってレベルリセットして1になれば基本ステータスはミーナと大差ないのだ。

 もっともライトの場合、複数の称号を持つおかげでレベル1になってもとんでもないステータスになるのだが。


 それに、そもそも使い魔は人族ではない。人族どころか通常の魔物などとも違う、BCO由来の特殊な種族である。

 水神アープのアクア程ではないにしても、使い魔とはレイドボス同様特異的な存在であり、強力な力を秘めているかもしれないのだ。


 使い魔が特殊な種族であることを示すのが、特記事項の【従属型使役専属種族第三十七種乙類】だ。

 これらの文字列は、ライトでも今まで一度も見たことがない。だが、その字面から大凡のことは推察できる。


 まず『従属型使役専属種族』というのは、使い魔であることを指し示すと思われる。

 その後に続く『第三十七種』は、その数字の大きさからして使い魔の種類や種族を指しているのだろう。

 ミーナはライトも知らない『力天使』という種族だ。ミーナの数字が三十七ということは、力天使は使い魔の中で三十七番目の種族であり、新たに追加された後発の新種の使い魔であることが分かる。

 使い魔の種類が追加されればされるほど、その数字はどんどん増えていくだろう。

 そして最後の『乙類』は、おそらくは性別を表す箇所か。

 使い魔の卵には雄雌の性別が存在するので、その区分のための表記も必要である。女性型のミーナが『乙類』ならば、『甲類』が男性型になるはずだ。


 ライトも全く知らない、初めて見る使い魔のステータス画面。そこには様々なデータが詰まっており、いろんな情報が読み取れる。

 ライトはそれらを食い入るように見ながら、頭の中で夢中になって考察していた。





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 ライトが二年生になって初の土日の修行兼素材採取の風景です。

 咆哮樹の柴刈りで、ライトは必中スキルの手裏剣を使っていますが。必中スキルとはその名の通り、繰り出した攻撃が必ず敵に当たるというスキルです。

 なので、今のライトの能力値だと一撃で倒してしまうところなのですが、そこは本来のゲーム仕様でのお話。現実世界に生きるライトならば、スキルの使い方も創意工夫で使いこなすことが可能です。

 そう、必ず当たる攻撃を繰り出す方向を敢えて大きくずらし、わざと外し気味に当てることで咆哮樹の枝だけを刈り取るという、とても!高度な!テクニックを!ライトは駆使しているのです!

 まぁ咆哮樹もリポップする通常の雑魚魔物なので、本当は一撃で倒しちゃっても問題ないんですけど。

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