第513話 困難に挑む決意

 翌土曜日。ライトが二年生になってから、初の土日休み。

 朝のルーティンワークを終えたライトは、カタポレンの家の自室でうんうん唸っていた。


「ンーーー……この土日はどう過ごそうか……」

「使い魔の卵の孵化もしたいけど、でもそれにはまず質の良い餌をたくさん準備しておかなきゃならないし」

「ヴァレリアさんに会って質問するには、職業習熟度上げて【神霊術師】をマスターしなきゃなんないし」

「クエストイベントも進めたいし……って、進めるにはまず天空島への行き方を見つけなきゃなんないんだった」

「……あ"ーーーッ!やることあり過ぎて身体一つじゃ足りなーいッ!」


 ライトは頭を抱えながら天を仰ぎ絶叫する。

 春休みも終わり、遠出を要する作業はまた土日祝日に限られる。その貴重な休みの日をどう過ごそうか、ライトは悩みに悩んでいた。


「ぬーーーん……職業習熟度は学校にいる間でもSP消費できるし、クエストイベントも天空島への行き方分かるまではストップ確定だし」

「ここは素材採取にしとくかぁ」

「さてそうすると、何を採りに行こうかなー」


 ライトはマイページを開き、レシピコレクションを眺めたりアイテム欄を開いて手持ちの素材の在庫数を確認したりしている。

 ある程度目星をつけたところで、ライトはマイページを閉じて出かける支度を始めた。

 アイギス製の特別仕様のマントを羽織り、アイテムリュックを背負ったライト。


「さ、今日も一日頑張りますか!」


 ライトは意気揚々と玄関から外に出かけていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「こんにちはー」

「あら、ライト君。こんにちは。お久しぶりですねぇ」

「クレアさん、ご無沙汰してます」


 ライトがカタポレンの家から出てまず一番目に向かったのは、冒険者ギルドディーノ村出張所。

 かの『サイサクス大陸全ギルド受付嬢コンテスト』の殿堂入りを果たした伝説の受付嬢、クレアの御座す地である。


「もうラグーン学園は始まったんですか?」

「はい。一昨日から始まって、ぼくも二年生になりました!」

「二年生ですかぁ、月日が経つのは早いものですねぇ……ライト君がラグーン学園に入学する、とレオニスさんから聞いたのは、つい先日のことのような気がしますのに」


 ライトが二年生になったと聞き、クレアがしみじみとした口調になる。

 ライトがラグーン学園に入学したのは去年の九月の初日。それから七ヶ月の月日が経った勘定だ。

 半年強という月日は、クレアの言うように短いようでもあり、長いようでもある。


「初めての春休みは、楽しく過ごせましたか?」

「はい!レオ兄ちゃんにいろんなところに連れてってもらいました!」

「そうですか、それは良かったですねぇ」

「それでですね、クレアさんとクー太ちゃんにもお土産がありまして……」

「まぁ、私達にお土産ですか?」


 ライトの言葉にクレアが少しだけびっくりした顔をしていると、ライトは背中のアイテムリュックを下ろして中をガサゴソと漁り始める。

 今日ライトが一日の手始めとしてここに来たのは、クレア達に買ったお土産を渡すためであった。


 そうしてライトが取り出してきた中小二つの小包を、カウンター越しでクレアに差し出した。


「お土産なんてお気遣いいただいちゃって、嬉しいですぅ。早速中を開けて見てもよろしいですか?」

「もちろんです!」

「では、遠慮なく…………」


 まず小さい方の小包から、いそいそと開けていくクレア。

 袋を破かないように、ゆっくりと慎重に開けていく。

 慎重に開けた包みの中からは、コロンとした丸くて可愛らしい鉄製の鈴が入っていた。


「まぁ、可愛らしい鈴ですねぇ!では、こちらは…………」


 小さい包みに続き、中くらいの小包の方も開けていくクレア。

 そちらの方にも、先程と同じ型の鈴が入っていた。


「お揃いの鈴ですか!小さい方は私に、大きい方はクー太ちゃんに、ということですよね?」

「はい!クレアさんとクー太ちゃんはとっても仲良しですし、是非ともお揃いのものを身に着けてもらいたくて。……って、あまり可愛らしいデザインのものがなくて、そんな地味な色で申し訳ないんですけど」


 カラフルなメッキや可愛い彫刻などの装飾がある訳でもなく、色も鉄そのままのシンプルな鈴。だが、クレアの手の中でチリン、チリン、と可愛らしい音色を奏でる。

 それは鉄鋼の街ゲブラーで購入したものだった。

 ライトがレオニスとともにエリトナ山に遠征した帰り、冒険者ギルドゲブラー支部で力尽きてベンチで寝落ちする前に、支部内の売店で買った品々だ。


「地味だなんてとんでもない!お洒落天使なクー太ちゃんは、可愛らしいだけでなく格好良さも持ち合わせてますからね。それに、そのクー太ちゃんとお揃いの鈴だなんて、私にとってもこれ以上の喜びはありません!」


 天高く掲げた拳にグッと力を込めて握りしめながら、高らかに喜びを表すクレア。その姿はまるで、どこぞの覇王もしくは拳王を彷彿とさせる世紀末的オーラを感じさせる。

 あー、クレアさんの覇王姿、久しぶりに見たわー。やっぱこの人はこうでなくっちゃなー、とライトはクレアの覇王オーラの神々しさを眺めながら思わず合掌している。


「そんなに喜んでもらえて嬉しいです。これ、冒険者ギルドのゲブラー支部の売店で買ってきたんですよー」

「まぁ、ゲブラー支部ですか。末妹のクレンのいる街ですね」

「はい、クレンさんにもお会いしてきました!」

「あの街は、小さい規模ながらも鉄鋼業が盛んで割と重要な街なんですが。上層部がイマイチ能無しゲフンゲフン、無能ゴフンゴフン、役立たずらしくて、クレンもすごく苦労してるらしいんですよねぇ……」


 目を閉じ頬に手を当て、心底困り果てた顔でため息をつくクレア。

 末妹の苦労を案じる姿は実に良き姉であるが、その可愛い末妹を困らせる元凶に対しては壮絶に辛辣なクレア。能無し、無能、役立たず、どれも咳の一つや二つでは到底誤魔化しきれない扱き下ろしようである。

 とはいえ、ゲブラー支部のクレンの様子からすると、その罵詈雑言は動かしようのない事実らしいが。


 そしてライトはライトで、困り顔のクレアをじーっと観察している。

 ゲブラー支部でレオニスに指南された『見分けるポイントは口』という言葉を思い出したからである。


 あの時レオ兄は「十二姉妹の中で最も口が大きいのがこのクレンだ。一番口の小さいクレアに比べて4mmは横幅が長い」って言ってたけど……大差なくね?

 つか、4mmってほぼ誤差の範囲内でほとんど変わらないじゃん!一体何がどう違うのよ、何でレオ兄は区別つくの!?


 何度見てもクレア姉妹の区別がつかないライト。

 一向に分からない微妙な差、チョモランマ級の難易度の高さにライトの顔は次第にぐぬぬ顔になっていく。

 そんなライトの顔を見たクレアが、不思議そうに尋ねる。


「ライト君……そんなに難しい顔をして、どうかしたんですか?」

「……あ、いえ、何でもありません!」


 慌てて言い繕うライト。

 まさかクレア本人に『十二姉妹を見分けるコツは何ですか?』と直接聞く訳にもいかない。

 そんなことを聞いてクレアが傷ついたらいけないし、傷つくどころか逆に『え、ライト君、そんなことも分からないんですか? 嫌ですねぇ、そんなことでは立派な冒険者にはなれませんよ?』などと揶揄されでもしたら、今度はライトが立ち直れなくなってしまう。


 くっそー、見分けるのほぼ無理ゲーだけど、やっぱ一目でクレアさん達を見分けられるようになりたい!レオ兄にできて俺にできないはずがないだろう!絶対に見極めてやる!

 一度はクレア姉妹の見分けを諦めかけたライト。だがこうして元祖受付嬢であるクレアの顔を見ると、やはり見分けられるようになりたい!と強く思うライト。

 決意も新たにフンスフンス、と鼻息を鳴らす。


 クレアの前で百面相を繰り広げるライトを見て、クレアは「今日のライト君はおかしいですねぇ。さてはレオニスさんに何か変なことでも吹き込まれましたかね?」と胡乱げな顔で呟く。

 別にレオニスはライトに変なことを吹き込んではいないが、クレアにしてみれば十二姉妹の顔など区別できて当然ですよ?というくらいにそれぞれ違う顔だと思っているので、区別の仕方の伝授はある意味当たらずとも遠からず、といったところか。


 全くレオニスさんってば、しょうがない人ですねぇ……と呟くクレア。

 とんだ濡れ衣を着せられたレオニス、今頃どこかで盛大なくしゃみをしているに違いない。


 ふぅ、と小さなため息をついたクレアは、気を取り直してライトに別の話題を振る。


「して、ライト君。本日はこれからどこかお出かけになるのですか?」

「あ、はい、父さんと母さんの家の手入れをしてから周辺の散策をしようかと」

「そうですか。定期的にお家のお掃除しに来てくれて、グランさんもレミさんもきっと喜んでくださってますよ」

「そ、そうですか? だといいな……」


 ライトの言葉にクレアは微笑みながら褒め称える。

 親孝行な子だ、と褒められればライトも悪い気はしない。

 照れ臭そうに笑うライトに、クレアは太鼓判を押すように続ける。


「親孝行なだけでなく、私やクー太ちゃんにまでこんな素敵なお土産をくださるんですもの。こんな気遣いのできる子はそうそういません。レオニスさんのもとで修行すれば、将来きっと立派な冒険者になれますよ」

「!!……はい、これからも頑張ります!」


 クレアからの励ましに、ライトの顔はパァッ!と花が咲いたかのように笑顔になる。

 BCOの名物キャラにして冒険者ギルド随一の看板受付嬢クレア。彼女のそうした言葉は何にも勝る激励なのだ。

 感激に浸るライトに、クレアが何やら思いついたのか、ピコーン☆顔の後に右手の人差し指をピシッ!と立てながら、ライトに向けて注意事項を付け足す。


「……あ、でも冒険者としての修行だけでなく、ラグーン学園での勉学もたくさん頑張ってくださいね? 間違ってもレオニスさんの寝言癖だけは見習ってはいけませんよ?」

「……はい!学園の勉強もいっぱい頑張ります!」


 冒険者として力をつけるだけでなく、常識も身に着けなさい、ということだ。

 もしレオニスがこの場にいたら『常識云々とか、あんたにだけは言われたかねぇな!』と、クレアに聞こえない程度にぼやくことだろう。

 そんな情景が脳裏にありありと浮かんだライト、思わず笑いながら元気良く返事を返した。


 ライトは下ろしていたアイテムリュックを背負い、改めてクレアに向けて挨拶をする。


「お土産も無事渡せましたし、ぼくそろそろ行きますね!」

「そうですか。可愛いお土産をありがとうございました。お気をつけていってらっしゃーい」


 クレアへの用事を無事済ませたライトは、クレアに見送られながら冒険者ギルドディーノ村出張所を後にした。





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 久しぶりのクレア嬢の登場です。第468話以来なので、45話ぶりですかね。

 といっても、折々にクレア十二姉妹が登場するのであまりお久な感覚もないのですが( ̄ω ̄)

 でもそこはやはり、クレア十二姉妹の頂点にしてBCOの元祖名物看板受付嬢。ライトの思い入れが強いのはもちろのこと、第7話から登場している最古参人物でもあるので作者的にも一際思い入れのあるキャラなのです。


 あ、ちなみに本日のサブタイについて。

『困難に挑む決意』、何やらすんげー壮大なイメージのサブタイですが。それが指すものは、何のこたぁーない『クレア十二姉妹の判別』です。

 傍から見れば実にご大層な話ですが、クレアを神聖視するライトにとってはものすごーく深刻かつ重大な問題だったりします。前世でもずっと見続けてきたクレア嬢を見分けられないとあっては、BCOマニアの名が廃るというものですからね!

 とはいえ、ライトどころか作者にもおそらく彼女達の区別はつかないと思いますが('∀`)

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