第501話 見覚えのある光景

『ほう、地上ではそのようなことが起こっておるのか……』


 レオニスから二人がここに来た理由を聞いた闇の女王。

 ライトやレオニスが手に持つ他の女王の勲章を眺めながら、眉を顰めて難しい顔をしている。


「何はともあれ、闇の女王の無事な姿を確認できて良かった。廃都の魔城の手先もここには来てなさそうだしな」

『ん? ああ、時折大量のゴーストを引き連れた怪しい死霊使いは来るがな』

「ゴースト? スケルトンではなくて、か?」

『骨ではなくゴースト、いわゆる霊体だな。奴等、実体を持たぬ霊体故に一層二層はおろか三層の魔物達の攻撃も効かんようでの。時折三層まで押しかけて来てはしばらく彷徨いた後、何もできずに立ち去っていくわ』

「死霊使いに大量のゴースト、か……」


 闇の女王の話に、今度はレオニスが眉を顰めて難しい顔をしながら考え込む。

 大量のゴーストを率いる死霊使いなど、間違いなく普通の者ではない。おそらくは屍鬼将ゾルディスとスケルトン軍団のような、廃都の魔城の四帝が使役している部隊だろう。

 だが、スケルトン軍団ではなくゴースト軍団だということは、ここに攻め入ってきているのは屍鬼将ゾルディスではないようだ。


 よくよく考えれば、魔城の外で使役している実行部隊がゾルディス一隊だけのはずがない。廃都の魔城とその四帝が持つ強大な力を考えればもっとたくさんの、それこそ様々な魔物を率いた部隊が複数存在していてもおかしくはない。

 むしろ、使役されていたのがゾルディス一隊だけと思う方がおかしいのだ。


 屍鬼将ゾルディス以外にも、四帝の手駒として暗躍している奴がいる―――レオニスが顔を顰めて思案顔になるのも当然のことだった。


「そいつ等、そのゴーストや死霊使いはここまで侵入することはできないのか?」

『そりゃあな、奴等がここに足を踏み入れることは未来永劫あるまいよ。ここに来れるのは、吾が招き入れたいと思った者のみだからの』

「そうなのか? それは光栄の極みだな」

『其の方等がここに来た円陣、あれはずっと出しっ放しにしておるものではない。普段は消しておる』


 確かに闇の女王の言う通りで、ここに来る前の三層の最奥の部屋に入った時には中央の円陣はなかった。そのことは、ライトもレオニスも確信を持って言える。

 もし最初からあの円陣があったなら、入口から向かいの壁に行くために真ん中を突っ切って歩いた時に絶対に気づいていたはずだからだ。


 そして、闇の女王が暗黒神殿に向けて攻め入られながらも無事であることも納得である。

 暗黒神殿のあるこの空間に入るには、闇の女王の承認が必要不可欠なのだ。

 あの転移用円陣も、闇の女王の意思一つで出したり消したりできるという。

 廃都の魔城の四帝の手先がどれだけ三層で大暴れしようとも、闇の女王が奴等を拒絶し続ける限り暗黒神殿のある領域に入ることは絶対に不可能だった。


 そのからくりを聞いたライトが、改めて闇の女王に問うた。


「じゃあ、あの円陣は闇の女王様がぼく達をここに呼び寄せるために、わざわざ開いてくれたんですか?」

『ああ。吾が姉妹達の気配を幾つもまとう者が現れたのだ、気にならない訳がなかろう?』


 闇の女王はライト達が持つ属性の女王の勲章、その気配に興味を惹かれて二人を招き入れたという。やはりレオニスの策が大当たりしたようだ。

 炎の女王が言っていた通り、彼女達と知見がある者である証として勲章は大いに役立ってくれていた。


 するとここで、闇の女王がライト達に一つ提案をしてきた。


『こんなところでずっと立ち話というのも何だし、暗黒神殿の中に入るか?』

「えッ、神殿の中に入ってもいいんですか!?」

『特に何がある訳でもなし、大したもてなしもできぬがの』


 闇の女王の誘いに、ライトはキラッキラの瞳のワクテカ顔でレオニスの方を見つめる。

 ライトの顔には『絶対にOKだよね!』『まさか断るなんてあり得ないよね!』という文字オーラがこれでもか!というくらいにデカデカと浮かび上がっている

 そのあまりにもキラキラとした眼差しに、レオニスが抗えるはずもない。

 ライトのペカーッ☆とした眩い視線を受けたレオニスは、笑いながら答える。


「じゃあ、お言葉に甘えて暗黒神殿にお邪魔するか」

「やったぁ!闇の女王様のおうちにお招きいただけるなんて、すっごく嬉しいです!ありがとうございます!お茶菓子やテーブルはぼく達が持ってますので、是非とも中で皆でお茶会しましょう!」

『ふふふ、ほんに可愛らしき子よの』

「ライト……どこまでも恐ろしい子!」


 レオニスのOKを得たことで、ライトが大喜びしながら闇の女王に礼を言う。

 しかも礼を言うだけに留まらず、何とお茶会まで催そうと言うではないか。いつになく積極的なライト、見るからに大はしゃぎで実に嬉しそうだ。

 そのはしゃぎように、闇の女王もまた小さく微笑みながら喜びを表し、レオニスはレオニスでますます闇の女王に気に入られていくライトのモテっぷりを目の当たりにし、半ば絶句しつつ白目を剥きながら慄く。


 闇の女王の招待を受けた二人は、闇の女王の後に続いて暗黒神殿の中に入っていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 暗黒神殿に入っていく、闇の女王とライトとレオニス。

 神殿に入った途端、真っ暗だった空間に外の紫炎と同じ灯りが次々と灯されていき、神殿内部を紫色に染め上げていく。

 側廊と大広間のみという造りは、目覚めの湖の湖底神殿と全く同じもののように見える。


 今回は闇の女王という案内人がいるので、案内人を無視してあちこち勝手に歩いて探索する訳にはいかない。

 故にライトは闇の女王の後ろを歩きながら、周囲をキョロキョロと眺めている。


 ふーん、見た感じは目覚めの湖の湖底神殿と全く同じっぽいな。

 ここもいつか冒険ストーリーの舞台に出てくる予定だったんだろうか? それとも期間限定イベントか、あるいは将来課金任務の舞台にでもなっていたのかもしれないな。

 そんなことをライトが脳内でつらつらと考えていると、レオニスの足がピタリ、と止まった。


 突然歩を止めたレオニスの背中に、ライトが思いっきり顔をぶつけてしまう。

 思わず「ンガッ」と小さく叫んでしまったライト。ぶつけて赤くなった鼻をさすりながら、レオニスに向けてブチブチと文句を言う。


「ンもー、レオ兄ちゃん、急に止まんないでよー……って、どしたの、何かあったの?」

「ぃゃ、その……アレ……」


 レオニスが震えるような小声とともに指差した前方、身廊の最奥の祭壇。

 その祭壇の中央、ど真ん中に巨大な卵が鎮座ましましていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「えーと、あれは……卵?」


 ふかふかっぽい座布団?のようなものの上に、デデーン!と置かれたその佇まい。これ以上ないほどの威風堂々さに満ち満ちた巨大な卵。

 その光景に、ライトは見覚えがあった。


「これ……目覚めの湖の湖底神殿にあったのと同じだ……」

「アープのアクアが生まれた時と全く同じ状況か?」

「うん……」

「確かにこの祭壇だけでなく、神殿自体も湖底神殿と同じ造りではあるな」


 祭壇に近づいていくにつれ、その全貌が見えてくる。

 殻の色は白く、祭壇はかなり高さがある。おそらくレオニスの身長の倍以上の高さがあるだろう。

 そして暗黒神殿が湖底神殿と全く同じ造りであることを、レオニスの方も気がついていた。

 祭壇に近づくにつれ、ライトの心臓はバクバクと脈打つ。



『え、ちょ、待、何、これ、アクアの時といっしょ? もしかしてこの卵も、孵化させたらレイドボスが出てくんの?』

『どどどどーしよ、孵化できるならさせてみたいけど、今はレオ兄ちゃんや闇の女王様もいるし……』

『ていうか、神殿と名のつく場所にはレイドボスの卵が標準装備されてんの??』



 祭壇の卵を見たライトの脳内は、ちょっとしたパニック状態である。

 状況だけ見たら、この卵の中身というか正体はレイドボスであり、何らかの栄養を与えて孵化させればレイドボスが生まれる可能性が高い。

 しかし、どうやってこの卵に栄養を与えるかが問題だ。アープの時は、ライトの手持ちの聖なる餅を二千個与えたことで孵化に至った。

 そしてどうやってそのことをレオニスに伝えるかが大問題だった。何せライトから卵に餅を与えて孵化させたことまでは、レオニスに明かしていないのだ。


 頭の中でぐるぐると考えているライトを他所に、レオニスが闇の女王に向かって問うた。


「この祭壇の卵は、一体何なんだ?」

『何と言われても、吾もその正体を知らないのだ。この卵は吾が闇の女王になる以前、闇の精霊として生まれた時から既にここに御座しているのでな』

「そんな長い間、ずっとここにあるのか……しかし、卵というからには中に何かが居て、いつかは孵化するんだよな?」

『おそらくはそうだと思うのだが……どうやって孵化させるのか、そして何が生まれてくるかもよく分からないのだ』


 レオニスと闇の女王は、聳え立つ祭壇を見上げながら話す。

 属性の女王は過去の歴代の女王の記憶をある程度受け継ぐのだが、闇の女王の記憶には暗黒神殿の卵から何かが生まれたというデータがないようだ。


「実は俺達、他の神殿で同じものを見たことがあるんだ。……いや、正確に言えば卵を直接見たのはライトだけで、俺は卵から生まれたものと会ったことがあるだけなんだが」

『何と……それは真か?』

「ああ、俺達が知っているのは目覚めの湖というところにある湖底神殿で、そこの祭壇にあった卵から孵化したのは水神アープだ」

『他の神殿では卵が生まれたことがあるのか……ならばこの暗黒神殿の卵も、是非とも孵化させたいのだが』


 ここでレオニスと闇の女王が、双眸をギラリ!と光らせつつ、ギュルン!とその首をライトの方に向ける。

 未だ目を閉じうんうんと唸りつつ、頭の中で卵やレイドボスのことを必死に考えているライト。二人の鋭い視線に全く気づかない。

 二人はライトのド真ん前までズンズン、と近寄り、レオニスはライトの左肩を、闇の女王はライトの右肩を、それぞれほぼ同時にガシッ!と掴んだ。

 二人から突然両肩を掴まれたライト。「ヒョエッ!」と小さく叫びながら飛び上がる。


「ななな何ナニ!? レオ兄ちゃんも闇の女王様も脅かさないでよぅ、心臓に悪いよぅ」

「ライト。あの卵を孵化させるには、どうしたらいいと思う?」

『もし何か知っていることがあるなら、是非とも教えておくれ。できることなら、吾もこの卵を孵化させたいのだ』


 レオニスと闇の女王の顔が、涙目のライトの眼前までズズィッ、と近寄る。

 その距離約10cm、超至近距離である。

 超絶イケメンのレオニスに、超絶美麗の闇の女王。二人の美男美女に至近距離で迫られるライト。あまりのド迫力にライトはただただたじろぐ他ない。


「え、えーとね、んーとね……卵もお腹が減ってるんじゃないかなぁ?」

「卵も腹が減るもんなのか?」

「ぃゃ、ぼくは卵になったことないから分かんないけど……栄養が足りなければ身体は作られないし、身体が作られないうちは殻の外に出ることもできないんじゃない?」

『そうだのぅ……庭園の花や木々の実とて、栄養がなければ咲き実ることもできぬし』


 レオニスと闇の女王にド迫力で迫られたライト、咄嗟に『卵だって腹が空くんじゃね?』という謎の理論を展開する。

 それは一見突飛で荒唐無稽な戯言のように思えるが、子供のライトが言う分には年相応の意見で嘲笑われることもない。

 それに、ライトの言っていることはかなり奇天烈なように思えるが、実は案外そこまでおかしい話ではない。


 この世界の卵―――いや、BCOシステムから生まれた卵に限って言えば、殻の外から与えられたものは何でも吸収する。それは使い魔の卵やアクアが生まれた神殿の卵など、幾多の前例を見ても分かる通りである。

 卵に直接餌を与える、という図がかなりおかしいことを除けば『お腹が減っていて身体が作られないうちは、殻の外に出られない』という理論も十分通るだろう。


 そしてこの咄嗟に出た奇天烈理論は、次の一手に繋がる最善の手でもあった。


「お腹が空いてるなら、たくさんのご飯や餌をあげればいいんじゃないかな?」

「ご飯や餌、か? ンーーー、確かになぁ、栄養を与えれば卵の中身も育って外に出てこれるようになるかもしれんが……一体何を与えりゃいいんだ?」

「そこはほら、レオ兄ちゃんならアレをたくさん持ってるでしょ?」

「ン? アレって何だ?」

「ほら、アレだよアレ、えーと……そう、聖なる餅!」


 ライトはここで聖なる餅の存在をレオニスに示唆する。

 ライトもかつて湖底神殿の卵に聖なる餅を二千個与えることで孵化させるに至った。その時の経験を、今ここでレオニスに伝授しているのだ。


「あー、アレか? ……まぁな、確かに去年の大晦日にラグナ宮殿でアホほど拾ったが」

「あのお餅って、すごく栄養価も高いんでしょ? そしたらこの卵に聖なる餅をたくさん与えたら、卵の中の身体もぐんぐん成長して大きくなって、孵化できるかも!」

「とりあえず聖なる餅をいくつか出してみるか」


 レオニスは空間魔法陣を開き、聖なる餅を三個ほど取り出した。

 聖なる餅を両手に持ちつつ、レオニスは祭壇の卵を見上げながら悩む。


「つーか、餅を出したはいいが……卵ってどうやって餌を食うんだ? 普通の生き物と違って口すらねぇんだが」

「えーとねぇ、とりあえず卵の上に乗せてみたらどうかな?」

「そうだな……とりあえずやれることは全部やってみるか」


 ライトのアドバイスに従い、レオニスが地面を蹴って卵の上まで飛行する。

 レオニスが軽々と宙に飛ぶ様子を見て、闇の女王が下から見上げながら『おお……今時の人の子というのは、空も飛べるようになったのか』と感嘆している。


 レオニスはライトに言われた通り、卵の頂上に聖なる餅をまず一個だけそっと置いてみる。

 するとその餅は、殻に触れた途端にまるで卵が吸収したかの如く、すぅっと溶けるように掻き消えていく。そして聖なる餅を食べた?瞬間、白くて大きな卵が少しだけふるふる、と震えたように見えた。

 その卵の震えた様子は、卵の上にいるレオニスだけでなく下で見ているライトや闇の女王にも伝わった。


「おおッ、餅がすぐに消えたぞ!こりゃライトが言ったように、卵が餅を吸収して食べてるな!」

「そしたらレオ兄ちゃん、一個や二個じゃ全然足りないからもっとたくさんあげてみてー!」

「おう!」


 卵が聖なる餅を食べると分かったレオニス、ライトの呼びかけに機嫌良さそうに答える。卵から確かな手応えが得られたことで、レオニスのモチベーションもかなり上がったようだ。

 気を良くしたレオニスは卵の上に空間魔法陣を水平に開き、卵に直接降り注ぐように聖なる餅を続々と出し続ける。

 その様子は、まるで前世で言うところのライスシャワーのようだ。


 卵はかつての湖底神殿の時のように、降り注ぐ全ての餅を吸収しつつ少しづつ小さくなり引き締まっていく。

 途中レオニスが「これ、小さくなってるが、大丈夫か?」とライトに問うも、ライトの「卵が変化しているのは、成長している証だよ!きっと中で力が凝縮されていってるんだよ!」という言葉に励まされ、聖なる餅を継続して与えていく。

 ライトの言葉は実体験に基づいたものなので、妙に説得力があるのだ。


 そうしてレオニスの手によって数多の聖なる餅が卵に与えられ続け、その大きさがレオニスの身長くらいに縮まった頃。

 ついに卵の殻に、一筋の大きな罅が入った。





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 神殿生まれの祭壇の卵リターンズです。

 ライトが湖底神殿の卵に餅を与えた時には、百個、五百個、千個、とアイテム欄の在庫数できっちりと調整できましたが。レオニスの空間魔法陣には在庫数を把握する機能はないので、大雑把にザバーッと与え続けています。

 レオニスが大晦日にラグナ宮殿で拾った聖なる餅の数は約五千個。ここで二千個与えたとしても残り三千個以上あるので、ラグナロッツァ孤児院の毎月の差し入れにも支障は出ません。

 もっとも、もし支障が出て聖なる餅が足りなくなったら、その時はラウルに譲ってもらえばいいだけの話なのですが。


 また、卵に餅を与える光景をライスシャワーに例えましたが。ライスシャワーとは、言わずと知れた結婚式で行われる西洋式儀式の一つです。

 その意味は、米の象徴である豊穣に肖って「子宝に恵まれるように」、そして「食べ物に困らないように」という新郎新婦の未来の幸せを願う祝福の気持ちが込められています。

 今回卵に餌として与える様子をライスシャワーに例えたのも、そうした良い意味を持って生まれてきてくれたらいいなぁ、という作者の願いもちょっぴり込められていたりなんかして。

 卵から何が生まれるかは、次回更新時のお楽しみ☆です。

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