第500話 闇に溶ける

 拙作をいつもお読みくださり、本当にありがとうございます。

 今日は拙作の記念すべき第500話到達です!第400話では書き忘れてしまった前書きでの御礼も、此の度目出度く復活!重ね重ね御礼申し上げます!

 よろしければこれからも、拙作の続く限りご愛読いただけたら嬉しいです!

 今後ともよろしくご贔屓の程お願いいたします!



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 三層最奥の部屋の中央にあった転移用円陣。

 そこに飛び込んだライトとレオニスが行き着いた先は、真っ暗闇だった。

 それまでは、ハイパーゴーグルをかけることで暗闇の世界でも何とかモノクロで見えていたというのに。あろうことか、円陣の中に入って転移した途端に視界が一気に暗くなり、ライトの目の前には黒一色だけの世界が横たわる。


 そのあまりの暗さに慄くライト。キョロキョロと首を左右に振りながら周囲を見回すが、本当に何も見えない。

 普段ライト達が住んでいるカタポレンの森の夜でさえ、ここまで黒くない。

 ライトは思わずレオニスと繋いでいない方の手を、自分の顔の前に広げてみた。

 だが見えない。本当に顔の真ん前、目から3cmくらい前まで手を近づけても己の手のひらが全く見えないのだ。


 闇に包まれる、なんて生易しいものじゃない。まるで己の身体が全て闇に呑み込まれて溶かされたような錯覚に陥る。

 砂粒一つほども光が存在することを許さない空間―――真の闇が二人の目の前に広がっていた。


「レ、レオ兄ちゃん……」

「…………」


 今まで生きてきて、こんな黒一色の闇を見たことがないライト。震える声で横にいるはずのレオニスに話しかける。

 それに対し、レオニスからは一言も答えが返ってこない。

 だがその代わりに、ライトの手をギュッ……と握り返すレオニス。

 その手の温もりを感じたライトは、心の底から安心した。


 今まで幾度となくレオニスと手を繋いできたライトだが、今この時ほど強い安堵を得たことはない。

 まるで失明したかのように、全く視界が効かない世界に放り込まれたライト。そんな時に繋いだ手の温かさを感じられる、それは自分以外の存在がそこに確実に存在しているという確信を得られるということに他ならない。

 他人に触れられることがこんなにも心強く思う日が来るなんて、思いもよらなかった。

 ここに来る前に手を繋いでもらってて、本当に良かった……とライトは心中でレオニスに感謝した。


 ライトが暗闇の恐怖と懸命に戦う中、レオニスは息を呑みつつ周囲の気配を察知すべく全神経を集中する。

 しばらく様子を観察していたが、自分と横にいるライト以外の気配は周囲にない。


 これでは身動きが取れん……もうさっさと空間魔法陣からランタンなり何なり取り出すべきか?

 ……いや、もしここに暗黒神殿があるとしたら、光を灯すこと自体が敵対行為に捉えられかねん。そうなったら闇の女王の逆鱗に触れて、二度と会えなくしまうかもしれん……

 レオニスは無言のまま、脳内で必死に考えを巡らせる。


 そうして二人が立ち尽くしてから、どれくらいの時間が経っただろう。

 一分? 三分? あるいはもっとそれ以上か。先の見えない闇に包まれた二人の時間感覚はすぐに失われていく。

 普通の暗闇なら、しばらく経てば目も闇に慣れて少しは何か見えてくるものだが。この空間では一向に目が慣れることなく、ひたすら何も見えない状況が続く。


 あまりの緊張感に、ライトの心臓はバクバクと強く鼓動する。

 これからどうしていいのか分からなくなり、いっそのこともう大声を出して問いかけてみようと思って大きく息を吸い込んだ、その時。

 突如暗闇の中から声が響いてきた。


『其の方等、何者だ?』



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 真の闇の中、突如響いた声。

 凛とした中にも可憐な響きを持つその声の主に向かって、レオニスが即座に答える。


「俺はレオニス、横にいるのはライト。見ての通り人族だ」

『ほう、そうか、人族か。それにしては目元が面妖だが』

「目元が面妖?……ああ、ハイパーゴーグルのことか。これは暗闇の中でも目が見えるようになる魔導具なんだ。もっともこの層では全く効き目がなくてな、今は何も見えていないがな」

『……おお、そうか。ここではわれの姿は其の方等には見えぬか』


 レオニスが実に冷静に、声の主と会話し受け答えしている。何とも豪胆なことだ。

 そして声の主の方は、レオニスの言葉に納得とばかりに頷いているようだ。

 すると、周囲に仄暗い濃紫色の炎が灯りだした。

 壁一面に次々と灯されていく紫炎により、その空間の全貌が徐々に顕になっていく。


 ライトとレオニスの前には、ギリシャ風神殿が聳え立っていた。

 その外観は、目覚めの湖の底にある湖底神殿とほぼ同じ造りに見える。大きさもほぼ同じくらいだろうか。

 神殿の周りには庭園がある。あまり行き届いた手入れはなされていないようだが、至るところに可憐な花が咲いている。

 大きな木々もそこそこ見受けられ、それらの木々には何か花か実のようなものが成っているのが見える。

 神殿のみならず庭園や大きな木々が成るくらいに、そこはかなり広い空間だった。


 そして明かりが得られたことで二人が最も驚いたのは、自分達の目の前に声の主がいたことだ。

 それこそレオニスのド真ん前、その距離30cm前後という超至近距離に声の主はいた。


「おわッ!」

『何じゃ、吾は化け物ではないぞ?』

「ぁ、ぃゃ、今まで全く何も見えてなかったところに突然いろんなものが見えたから、つい驚いちまった……別に他意はないんだ、気に障ったならすまない」

『それもそうか。……まぁ良い、吾は心広き精霊だからの』


 レオニスが飛び上がらんばかりにびっくりしたことに、声の主は少しだけ眉間に皺を寄せつつ不機嫌そうになる。

 その様子にレオニスは慌てて言い募り謝ると、声の主は謝罪を受け入れて簡単に流す。

 その声の主の言葉の中に何気なく含まれているキーワードを、レオニスは聞き逃さない。間髪を置かずレオニスは声の主に問うた。


「心広き精霊……あんたが闇の女王か?」

『然様。吾は闇の女王、全ての闇を司りし精霊もの


 ライトとレオニスの前に現れたのは、他ならぬ闇の女王であった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 しっとりとした流れるような艶やかな黒髪に、濡れたような黒い瞳。すっきりとした頬や顎のラインにふっくらとした唇。

 滑らかな流線型のスリムな美しい体型に、存在感と気品に満ち溢れる特有のオーラ。

 紫炎に照らされた闇の女王、その全てが属性の女王達が持つ共有の御姿みすかたそのものである。


 それまで闇に呑まれる恐怖に慄いていた姿はどこへやら、ライトは本物の闇の女王を目の前にして内心大歓喜していた。

 姿形は他の女王、炎の女王や水の女王、火の女王などとほぼ同じだ。だが彼女達には、それぞれに違った魅力がある。

 炎の女王の気高さ、水の女王の愛らしさ、火の女王の力強さ、どれもが素晴らしく尊いものなのだ。


 はわぁ……とすっかり見惚れて骨抜き状態のライト。

 するとそこに何と、闇の女王がレオニスのド真ん前から移動してきて今度はライトのド真ん前に来たではないか。

 突然の出来事に、ライトは「!?!?」とびっくりする。


『こちらの人の子はまた小さいが……まだ子供か?』

「ああ、もうすぐ九歳になる人族の子だ。さ、ライトも闇の女王にご挨拶しな」

「ッ!!……ぼ、ぼくの名前は、ライトと言います!今日は闇の女王様に会いに来ました!闇の女王様にお会いできて、とても嬉しいです!」


 レオニスに挨拶を促されたライト、慌てて上ずった声で闇の女王に向かって名乗り挨拶をする。

 ライトの挨拶を聞いた闇の女王は、少し嬉しそうな顔でライトに声をかける。


『ほう、なかなかに礼儀正しい子ではないか。そんなに吾に会えたことが嬉しいのか?』

「はい!想像以上にすっごく綺麗で、お声も可愛らしくて、全てが神々しいです!こんなにお美しい闇の女王様にお目通りが叶うなんて、本当に光栄です!本当に本当に、とっても嬉しいです!」

『ふふふ、幼い割に口が達者で褒め上手な子よの』

「ライト……恐ろしい子!」


 いつになく饒舌に語るライト。立て板に水の如く、ライトの口から闇の女王に対する美辞麗句がスラスラと湧いて出てくる。

 もちろんそれらはお世辞やおべんちゃらなどではなく、正真正銘嘘偽りないライトの100%本音の言葉だ。

 フンスフンスと鼻息も荒く興奮した様子からも、それが本心からのものであることがよく分かる。

 故に闇の女王もますます嬉しそうな顔になり、レオニスはレオニスで己にはないモテ男の資質をライトにまざまざと見せつけられて、半ば絶句しつつ白目を剥きながら慄く。


 闇の女王がたおやかな顔で、興奮気味のライトが目に着けているハイパーゴーグルをちょん、ちょん、と人差し指で突つきながら二人に話しかける。


『ここでは紫炎を灯すくらいしかできぬが、この灯りは生き物の目に害を及ぼすことはない。故にそのような面妖な面も取ってよいぞ?』

「そうなんですか?」

『ああ、だから吾に其の方等の顔をちゃんとよく見せておくれ』

「そうか、ならここではハイパーゴーグルは外させてもらうとするか」


 闇の女王の言葉に、ライトとレオニスはハイパーゴーグルを外して頭上に乗せる。

 そして己の目、肉眼で改めて周囲の光景を見渡した。

 ハイパーゴーグルを通して見た時と違い、壁一面に灯された紫炎の仄暗くも柔らかい灯りが美しい。

 紫炎の灯りが照らす故、この空間の中にあるものも全て紫色に染まって見える。


 例えばレオニスのトレードマークである、深紅のロングジャケット。これもほぼ濃紫色にしか見えないが、もとの色が紫と同じ赤系統だけによく馴染んで見える。

 ライトやレオニスの肌の色も完全に紫色。紫の濃淡だけが織り成すモノクロームの世界である。


「レオ兄ちゃん……すっごく綺麗な世界だね……」

「ああ……この暗黒の洞窟の最奥で、ハイパーゴーグル無しに肉眼で物を見れるとは夢にも思わなんだ」


 今ライト達の目に映る木々や花々も、きっと外の世界に出れば違う色素で見えることだろう。

 だが、この空間ではこの色がデフォルトであり、本来ならばこの紫炎すら灯らない空間で過ごすのが本来の在り方である。

 この紫炎は闇の女王がライトとレオニスのために灯したものであり、来客に対する最大限の厚意ともてなしの表れなのだ。


 人類未踏の地、暗黒の洞窟の最奥にある暗黒神殿。

 未だかつて誰も目にしたことのないであろうその景色を、二人はしばし感慨の面持ちで眺めていた。





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 記念すべき第500話に、麗しき闇の女王の初登場です。

 綺麗なお姉さんの登場で、華やかな500回目となりました、嗚呼嬉しや嬉しや♪(*´艸`*)


 さて、その麗しき闇の女王の住まいである暗黒神殿のある場所について、ちと補足。

 闇の女王が住まう場所だけに、そこに光は欠片も存在しません。

 本当の暗闇とはどのようなものか、平凡な日常生活を送る作者には全く分からない世界なので、そこは想像で綴るしかないのですが。

 よく『ブラックホールは光をも飲み込む』『ブラックホールに捉えられたら、光でさえも脱出できない』とか言いますよね。

 凡人の私にはさっぱり分からない理論ですが、そうしたブラックホールのような世界というイメージで書いています。


 ちなみにブラックホール以外だと、光を吸収する『ベンタブラック』という物質があるそうで。Wikipedia先生によると『カーボンナノチューブから構成される、可視光の最大99.965%を吸収する物質』だとか。

 検索過程でそのベンタブラックを塗装に用いたフェラーリやBMWの画像を見ましたが、ホンッッッ……トに黒い!フロントガラスやライト、ナンバープレートなんかの塗装外の部品以外のライン、ドアの境界線とかが全く分からない!

 その初期開発はイギリス国立物理学研究所によって進められたものだそうなので、技術の粋が集められたすごいものなんだなぁ、とは思うのですが。

 さすがに車の塗装に用いるにはちと危険なんじゃ……夜に走ってたら見えなくね?と思う作者でした。

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