第471話 文明開化の影響

 レオニスがラグナ宮殿官府で【水の乙女の雫】のオークション出品手続きを進めていた頃。

 ライトはカタポレンの森の家の自室にて、朝っぱらからマイページとにらめっこをしていた。


「ぬぅーーーん……これは……」


 ライトがベッドの上で胡座をかきながら睨んでいるのは、マイページ内の『レシピコレクション』。そこに新たに加わった『マキシマスポーション』と『ギャラクシーエーテル』である。

 それらはクエストイベントの最新9ページ目、No.42の濃縮グランドポーションとNo.44の濃縮コズミックエーテルを遠心分離スキルで作り上げて得た報酬である。



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 ☆マキシマスポーションレシピ☆


【材料】

 火山蜥蜴の鋭爪5個

 グランドポーション3個

 エネルギードリンク2滴

 アンチドートキャンディ2個

 鬼人族の秘酒3個


 これらを混ぜ合わせて【遠心分離】1回かけて濃縮する


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 ☆ギャラクシーエーテルレシピ☆


【材料】

 猛毒蛇の鱗5個

 コズミックエーテル3個

 エネルギードリンク2滴

 パラリシスパイシードリンク2個

 小人族の丸薬3個


 これらを混ぜ合わせて【遠心分離】1回かけて濃縮する


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 材料の中にある『鬼人族の秘酒』と『小人族の丸薬』をガン見するライト。


「これ、どう考えてもオーガ族とナヌス族のこと、だよなぁ……オーガ族から秘酒?と、ナヌス族から丸薬?を譲ってもらえばいい、のか?」


 ライトの知識では、オーガ族以外にも鬼人族と呼ばれる種族は複数存在するし、ナヌス族の小人族もまた同様に他の小人族も複数存在する。

 もしかしたら、レシピが指す素材はオーガ族やナヌス族を指すものではないかもしれない。


 だが問題はそれだけではない。『秘酒』に『丸薬』という素材名もまた、これまでとは趣旨が異なるのだ。

 これまでの素材は世界各地で採取できる水だったり、あるいは羽、大顎、花弁、爪といった、魔物を狩り倒して得られるものばかりだった。

 それに比べて、今回出てきた『秘酒』や『丸薬』は魔物の身体を解体して得られるようなものではない。強いて言うなら交易や物々交換といった、交流的手段で得るものという色合いが強い。


 それらを踏まえて、散々悩んだライトが導き出した答えは一つ。


「とりあえず、ナヌスの里とオーガの里に行ってみるかなぁ。明日はエンデアン行きの予定があるから行くなら今日のうちの方がいいし、両方とも久しく行ってないし」

「お酒や丸薬を譲ってもらえるか、ダメ元で聞いてみよっと。もらえなくてもまた別の手段考えればいいもんね」

「よーし。そしたらお土産を用意して、今日はナヌスとオーガのとこに遊びに行くぞー!」


 そうと決まれば話は早い。

 ライトはベッドから降りて出かける支度を始めた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 まずはナヌスの里に向かうライト。

 今日はフォルをお供に連れてのお出かけだ。

 フォルはいつもライトがカタポレンの森の家から出かける時、お使いに出しているのだが。今日はナヌスの里に出かけるということで、いっしょに行くことにしたのだ。


「思えばクエストイベントをするために、小人族を探したんだよなぁ。当時はここの小人族がナヌスという種族だってことすら知らなかったけど」

「この場所は、イードに教えてもらったんだよね。イードは本当に賢くて優しいクラーケンだよね!」

「一番最初に来た時は、ナヌスの結界があって入れなかったっけ。フォルやウィカは森の友ってことで、難なく入れたけど」


 フォルを肩に乗せながら、のんびりと歩くライト。

 フォルもライトの語りかけに「フィィィィ」「クルルゥ」などと機嫌良さそうに返事をしている。


 のんびりと歩いているうちに、ナヌスの里の結界があるあたりに到着したライト。

 フォルとともに迷わず中に進んでいく。


「こんにちはー。お邪魔しまーす。エディさん、いるー?」


 木の上にいるであろう、ナヌス族の衛士エディに向けて声をかけるライト。

 しばらく待っていると、エディが木から降りてきた。


「よう、ライト!久しぶりだな!」

「エディさん、こんにちは!」

「お、フォルもいるのか、相変わらず綺麗なもふもふだな!」

「クゥ」

「うッひょー、このすべすべふわふわな手触りが堪らん!」


 フォルがエディに近寄り、すりすりと頬ずりをする。

 ふわふわで柔らかいフォルの薄桜色の長毛に埋もれ、嬉しそうな笑顔で存分に戯れるエディ。

 とても仲睦まじく、何とも微笑ましい光景である。


「今日は何か用があんのか?」

「うん、ナヌスの人達に聞きたいことがあって来たんだー」

「聞きたいこと? 何だ? 俺で分かることなら教えてやるぞ」


 存分にフォルのもふもふを堪能したエディ、ライトの本日の用向きを問うてきた。

 ライトとも仲良しなエディだが、仕事もきちんとこなす優秀な衛士である。


「ナヌスの里に、丸薬ってある?」

「丸薬って、薬草とかを捏ねて手で丸めて作る薬のことか?」

「そうそう、そういう丸い薬」

「丸薬、ねぇ……昔は薬といえば全て丸薬だったが、最近はライトがくれたポーションやエーテルが主流だなぁ」

「えッ!?」


 エディの言葉に思わずガビーン!顔になるライト。

 かつて自分がナヌスの里にもたらしたポーションやエーテル。まさかそれらがナヌスの丸薬作りの衰退を招いていたとは、夢にも思わなかったからだ。


 え、ちょ、待、嘘ウソ、待って待って、ホント待って、俺のせいでナヌスの丸薬が消えた!? ヤバいヤバい、どうしよ、こんなん想定外だよ!

 え、そしたら何、もしかして俺、文化破壊の大罪者? ウッソーーー!


 冷や汗をダラダラと流しつつ、内心でものすごく焦りまくるライト。

 前世の『散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする』じゃないが、まさか部外者ライトが持ち込んだ品々がナヌスの伝統文化を駆逐する羽目になろうとは。完全にライトの想定外である。


「そ、そしたらもうナヌスでは丸薬って作ってないの……?」

「ン? いや、普通の回復剤はポーションエーテルが主流だが、酔い覚ましや毒消しなんかは今でも丸薬作って備えているはずだぜ」

「そ、そうなの!? よ、良かったぁ……」


 おそるおそる問うたライトの質問に、エディはあっけらかんとした表情で答える。

 そもそもポーションは体力回復、エーテルは魔力回復に用いるもので、二日酔いや毒などは解消することはできない。そこら辺の解毒用の薬は今でもナヌス独自の丸薬で対応しているようだ。

 ナヌスの丸薬文化が完全に消えた訳ではないことを知り、ライトは心の底から安堵する。


「ライトは酔い覚ましや毒消しの丸薬が欲しいのか? 何、もしかしてライトは大酒飲みなのか?」

「違ッ、ぼくまだ子供だからお酒なんて飲めないよ!」

「だよなぁ。薬作りの勉強でもしてんのか?」

「う、うん、そんなところ!」

「ライトは本当に勉強熱心だよなー、俺なんか机に向かうだけで三秒で寝れるぜ!」

「そ、それほどでもない、よ……ハハハ」


 エディがライトの勤勉さを称えつつ、己の不勉強さを笑う。

 実のところライトはそこまで勤勉でもないので、勘違いでもそうやって褒め称えられるのは何だか申し訳ない気分になる。

 実際ライトは前世の学生時代、特に高校や大学では授業中によく居眠りしていたものだ。そんな自分が勤勉なんて言われたら、世の本当の勤勉な方々に申し訳ないというものである。


 そんな会話をしているうちに、いつもの中央広場に到着したライト達。

 ここに来るまでの間にも、ナヌスの人達から「あら、ライト君!お久しぶりね!」「よう、ライト!元気にしてたか?」「あー、フォルちゃんだー!ねぇねぇ、遊ぼー!」等々、たくさん声をかけてもらっている。

 ライトとフォルは、ナヌスの里では何気に人気者である。


「ライト殿、ようこそいらした」

「あ、ヴィヒトさん!お久しぶりです!」

「オーガの里の祝賀会以来か?」

「そうですね!あの時の祝賀会もとても楽しかったですね!」


 ナヌスの族長ヴィヒトがライト達をにこやかに出迎える。

 ヴィヒトだけでなく、このナヌスの里の皆がライト達を温かく受け入れてくれてくれる。そのことが、ライトにはとても嬉しかった。


「あ、これ、いつものお土産です。皆さんで飲んでくださいねー」

「おお、これはこれはかたじけない。いつも本当に助かっておr―――」

「ライト君!これ、いつものアレね!?」

「ありがとう、本当にありがとう!早速いただいていくわね!」

「皆!これで当分は安心よ!」


 ライトがアイテムリュックから取り出した土産。言わずと知れた『黄色いぬるぬるの素』である。

 それを目敏く見つけたナヌスの御婦人方が、瞬時にライトを取り囲む。その眼差しの熱さたるや、ノーヴェ砂漠の熱砂をも遥かに凌ぐ勢いだ。


 ヴィヒトに渡そうとしていたライトの手から、スルッ、と黄色いぬるぬるの素入りの袋が消え、いつの間にか御婦人方が数人で米俵か神輿を担ぐかのように運んでいる。

 その運ぶ先は、方角的に見て間違いなく共同倉庫のある方向だ。

 御婦人方の陽気でご機嫌な鼻歌とともに担がれていく、黄色いぬるぬるの素入りの大袋。まるでというか、そのまんま神輿そのものである。


「お姉さん方、本当にいつもお元気でいらっしゃいますねぇ……ハハハ」

「誠に以てお恥ずかしい……」

「ぃぇぃぇ、そんなことないですよ。世の女性達の美に対する意識というものは、いくつになっても衰えることを知らないと言いますからねぇ」

「人族でもそういうものなのか?」

「そこら辺は種族は問わないかと」

「そうか……ナヌスだけでなく、人族でもそういうものなのだな……」

「はい、そういうもんです」


 早々に手土産を神輿代わりに接収され、ぽつんと取り残されるヴィヒトとライト。

 女性陣のパワーというものは、本当に種族問わずどこも似たようなものなのだなぁ……と心底感嘆するライトだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「あ、ところでヴィヒトさん。さっきエディさんから聞いたんですが」

「ン? 何だね?」

「ナヌス族が作る丸薬があったら、是非とも譲って欲しいんですが。お願いできますか?」

「丸薬? 丸薬というと、今は毒消しや酔い覚ましの丸薬くらいしかないが……」


 賑やかな女性陣の喧騒が消え、落ち着いた空気に戻ったところでライトが本日の目的をヴィヒトに切り出す。

 先程エディから聞いた通り、ヴィヒトからも『丸薬と言えば酔い覚ましや毒消し』という回答が返ってくる。

 昔は回復用の丸薬も作っていたのだろうが、今は本当に作っていないようだ。


「毒消しや酔い覚まし用のでも構いません。できれば体力回復や魔力回復の丸薬も欲しいところですけど」

「そんなものを一体何に使うのかね? 人族にはポーションやエーテルという優れた回復手段があるではないか」


 ヴィヒトが口にした疑問は尤もなものだ。

 ナヌスが作る丸薬よりも、ポーションやエーテルの方がよほど即効性があって効きも抜群に良いのだ。

 ポーションやエーテルよりも効きが劣り、作る手間暇もかかる丸薬が必要な場面というのがヴィヒトには分からなかった。


「えーと、ぼく将来薬師になりたいんですよね。……あ、まずはレオ兄ちゃんのような立派な冒険者になるのが一番の夢なんですけど」

「でも冒険者って、とにかく体力が資本のお仕事なんですよねー。一生続けられる仕事じゃなくて、歳を取って体力がなくなってきたら引退しなくちゃならなくて」

「冒険者が続けられなくなってきたら、薬師に転向したいんです。それに今から薬の知識を蓄えていけば、冒険者になってからも絶対に役立つし」


 ライトは己の将来の展望も含めて、薬師を目指す理由をつらつらと語る。

 目下の目的はイベントクエストのお題クリアのためだが、ライトが語る将来の展望や薬師を目指すのも本当のことだ。

 レオニスのように世界各地を飛び回る冒険者となるには、薬学の知識も欠かせないのである。


「ふむ……ライト殿は本当に賢い御仁なのだな。幼くしてそこまで己の未来に向かって邁進するなど、そうはおるまい」

「ぃゃー、目の前にいる目標が偉大過ぎるんですよねぇ。何しろ人族最強で、大陸一の英雄ですから」

「ハッハッハッハ、違いない!」


 ヴィヒトがライトの姿勢に感嘆するも、ライトのぼやきにも近い呟きに大笑いしながら同意する。

 ライトが言う『目の前にいる目標』とはレオニスのことであり、己の目標とするには高過ぎる程の人物だからだ。

 伝説の金剛級冒険者、冒険者の頂点にして極みに立つレオニス。その高みははるか遠く、常人ならば手が届かないどころかその爪先にすら及ばないだろう。


 だが、ライトもまたレオニスとは違った意味で異端の素質を持つ者。

 埒外の魂を持ち、サイサクス世界の人間が利用できないBCOシステムを使いこなせる唯一の人間。

 もし人外レオニスに追いつき追い越せる者がいるとしたら、それは同じく人外要素を持つライトくらいのものだろう。


「相わかった。そういうことならば、我等も協力を惜しまない。というか、今まで我等はライト殿には世話になるばかりだからな、恩返しをする絶好の機会ぞ」

「恩返しだなんて、そんな……でも、聡明なナヌスの皆さんの薬の知識を見せてもらえたら、僕とっても嬉しいです!」

「ふふふ、ライト殿はお口もまた上手よの」

 

 ヴィヒトの言葉に、ライトは破顔する。

 そんなライトの綻ぶ笑顔を見て、ヴィヒトもまた微笑む。


「これからもポーションやエーテルはお譲りしますが、ナヌスの皆さんも丸薬は作り続けてください。ぼくが渡した品々のせいで、ナヌスの伝統的な丸薬の知識や製法が喪われてしまったら……ぼく、あまりにも申し訳なくて居た堪れません」

「そうだな。新しくて便利なものにばかり頼ってばかりでも宜しくないのは確かだ。体力回復や魔力回復の丸薬も久しく作っていなかったが、これを機に少量づつでも再び作り始めるとしよう」

「是非ともそうしてください!」


 ライトの言葉に納得したヴィヒトが、途絶えて久しい体力回復や魔力回復の丸薬作りを再開するという。

 危うく文化破壊の大罪者になるところだったライト、無事回避できそうだ。


「だが……ライト殿、一つだけ頼みがある」

「何でしょう?」

「黄色のぬるぬるの素だけはな、何としても今後とも継続してお譲りいただきたい。アレは我等の手で作り出せるものではないし、アレがないと我が里はもはや立ち行かぬ……」

「あッ、はい、それはもちろんですとも……」


 突如スーン、とした顔になり、表情が抜け落ちるヴィヒト。

 このナヌスの里に、黄色いぬるぬるはもはや欠かせない必須アイテムとなっているようだ。

 こればかりはナヌス族にはどうしようもないだけに、ライトにヴィヒトの願いを断る選択肢はない。


「そしたら今日は他のものでもいいので、ナヌスの丸薬をいくつかもらえますか?」

「もちろんだとも。これまでの黄色いぬるぬるの素の代金とするには全然足りぬが、今から里の者に用意させるので好きなだけ持っていってくだされ」

「ありがとうございます!」


 ヴィヒトと無事商談成立?したライト。

 果たしてこれでイベントクエストがクリアできるかどうか、それはまだ分からない。

 だが、己の知らぬところでナヌスの伝統文化を破壊せずに済んだことに、ライトは大きな安堵を得ていた。





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 作中の『散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする』という言葉。

 江戸時代が終焉を迎え、鎖国から開国し、外国の文化を取り入れるようになった、明治時代のいわゆる文明開化を象徴する言葉ですね。

 もとはもっと長い流行歌で、いわゆる都々逸なんですねー。該当箇所は最後の方なんだとか。歌の全文はコチラ↓


「半髪頭をたたいてみれば 因循姑息な音がする

 総髪頭をたたいてみれば 王政復古の音がする

 散切り頭をたたいてみれば 文明開化の音がする」


 半髪頭はちょんまげ、総髪頭は長髪、散切り頭は西洋風の散髪。

 ガチガチに頭が固い古い人、それよりマシだがまだ頭の固い人、そして流行の先端を行く人、なんだそうで。つまり本来は褒め言葉なんですね。

 今で言うところのリア充とか陽キャ的な人を指した言葉なのでしょう。

 ただし、ライト的には古い慣習を衰退に追い込んだ大罪人のように思えて仕方がないのです。


 そして、前世のライトの授業中によく居眠りしてたという話。これもまた作者の学生時代の実態であります。

 高校に入って一年生の時の数Ⅰの先生が、非ッ常ーーーに嫌な先生で。その腹いせというか、真面目に授業を受ける気もなくなりずーっと寝ていたら、その後の数学はほぼ壊滅というか滅亡しました。数学?何ソレ食べれるの?レベルにまで堕落。

 ええぃ、人間なんてね、四則演算できりゃいいのよ!平民の私に数学なんざ要らねぇわ!と当時は開き直ったもんですが。

 でもやっぱり今にして思えば、何と愚かなことか。嗚呼もっと学生の時に真面目に勉強しとけば良かった><

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