第470話 ラグナ宮殿官府

一話話を飛ばしてしまっていました……

読者の皆様方にご迷惑おかけしてしまい、申し訳ございません。


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 翌月曜日。

 レオニスは朝イチでラグナ宮殿に向かう。

 一昨日クレアから聞いた【水の乙女の雫】のオークション出品手続きをするためである。


 広大なラグナ宮殿内にはいくつものエリアや建物があり、中央にはラグナ大公他王族の直系一族が住まう大宮殿が聳え立つ。

 その周囲には別棟があり、宮廷勤めの大臣や高級官僚が住まう棟や国家運営に関わる議事堂、近衛騎士団の寮や鍛錬場など、様々なエリアが存在する。

 レオニスはそのうちの一つ『ラグナ宮殿官府』に入っていった。


 官府は外周城壁の正門を入ってすぐ、左側に見える五階建ての質素な建物だ。

 質素と言っても宮殿のような煌びやかさはないというだけで、建物自体は手入れの行き届いた良質な建物である。

 鑑競祭り等のイベントの主催もこの官府が担当しており、その性質から部外者や平民の立ち入りが多い。そのため、中央の大宮殿からは最も離れた位置にある。

 警備上の問題と来訪者の利便性、両方に配慮しているのだ。


 ここでは議事堂で取り扱う政策の草案や議事録の管理、他国との外交、通貨管理他経済業務等々、様々な政務が日々行われている。

 レオニスの目的である『世界のお宝発掘!鑑定&競売祭り』の出品も、このラグナ宮殿官府が取り扱う案件である。


 建物の手前には守衛所があり、ここで官府の訪問理由を告げる必要がある。

 外周部でラグナ宮殿本殿から遠いといっても同じ敷地内、あからさまに不審な者を通す訳にはいかないからだ。


 守衛所の前には二人の衛士が立っている。

 二人ともに立派な体格をしていて、その立派な身なりや佇まいからかなりの腕を持つ騎士級の強者と思われる。

 レオニスは二人のうちの一人に声をかけた。


「官府のとある部署に用事があるんだが」

「該当部署名とその目的は? 身分証があればその提示も求める」

「正式な部署名は知らんのだが、黄金週間中に開催される競売祭りへの出品の件で相談に来た。身分証はこれでいいか?」


 衛士の求めに対し、レオニスは目的を述べつつ冒険者ギルド発行のギルドカードを取り出して見せる。

 レオニスのギルドカードを見た衛士は、少しだけ驚いた表情をしたものの特に言及することなく努めて平静に振る舞う。


「レオニス・フィア卿でしたか、これは失礼しました。ですが全ての訪問者に等しく問うのが我等の務め、どうぞご寛恕いただきたい」

「気にすんな。それがあんたの仕事であり、当然の責務なんだからな。で、俺はここを通っていいか?」

「どうぞお通りください。該当部署は四階入口正面にあります」

「ありがとう、あんた達も仕事頑張ってな」


 ラグナ宮殿内で衛士を務めるあって、礼儀正しい人物だ。

 守衛所の衛士の許可を無事得たレオニスは、改めてラグナ宮殿官府に入っていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 衛士の教えに従い、階段で四階に向かうレオニス。

 四階入口正面には、衛士の言った通り該当部署と思われる受付があった。

 受付窓口には『世界のお宝発掘!鑑定&競売祭り 開催事務所へようこそ!』という、なかなかにポップな横断幕がデカデカと掲げられている。

 とてもお役所仕事とは思えない、かなりフランクかつフレンドリーな部署のようだ。


 受付窓口の近くに用意された椅子には、身なりの良い紳士淑女が数人座っている。どうやらその人達も競売祭りに関係しているようだ。

 まずは受付にいる女性職員に声をかけてみる。


「えーと。競売祭りに出品したいんだが」

「出品希望の方ですねー。番号札をお渡ししますので、あちらの椅子に座ってお待ちください。お待ちの間にこちらの書類に必要事項の記入をお願いしまーす。札の番号が呼ばれたら、窓口にお越しくださいねー」


 レオニスと同い年くらいの若い女性職員が、ハキハキとした明るい声と笑顔で対応する。なかなかに人当たりの良い職員で好印象だ。

 女性職員からレオニスに渡された番号札は『7』、今日ここに来た七番目の訪問者ということだろうか。

 今現在の時間は午前九時半少し前、レオニスとしては結構早い時間に来たつもりだったのだが。自分より先に来て待っている紳士淑女がいるところを見ると、遅い方だったのかもと思うレオニス。


 女性職員に言われた通り、椅子に座って書類に必要事項を書き込みながら待つこと約十分。

 受付窓口から「七番の札をお持ちの方。お待たせしました、受付窓口にお越しください」という声が聞こえてきた。

 自分の番号を呼ばれたレオニスは、早速番号札と書類を持って受付窓口に向かう。


「お待たせしましたー。書類を持ってあちらにある個室にお入りくださいー」


 受付の女性職員が手で指した先には、別室と思われる扉があった。

 競売祭りに出品される品は貴重なものが多いらしいから、情報保護の観点から別室での相談となっているのだろう。

 レオニスは言われた通りに別室の扉をノックし、入室していった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 入室した別室にはそこそこ立派な応接セットがあり、ソファには二人の男性が座っていた。

 一人は五十代後半くらいの中年男性で、先程の受付の女性職員と同じような制服を着ていることから官府の職員であることが分かる。

 もう一人は三十代前後で、魔術師のような格好をしている。出品物の真贋を確かめる鑑定士だろうか。


 男性職員が先んじてレオニスに声をかける。


「ようこそ、そこに掛けてくれたまえ。鑑競カンケイ祭りへの出品希望だってね、早速だが先に書類を見せていただけるかね」


 職員の勧めに応じ、レオニスは椅子に座りつつ必要事項を記入した書類を男性職員に渡した。

 レオニスから書類を受け取った男性職員は、早速書類に目を通し始めた。


「ふむ、レオニス・フィアさん、ねー……って、どっかで聞いたことあるような気がする名前だね。はて、どこで聞いたかな?」

「あー、レオニスなんてよくある名前だぞ?」

「!?」


 のんびりとした口調の男性職員の言葉に、適当な答えを返すレオニス。

 そしてレオニスの名を聞いた魔術師風男性が、目を点にしながら男性職員が持つ書類をガン見している。


「あーでも、姓持ちってことは……爵位も持ってるんですよね? 男爵様? それとも子爵様?」

「ぃゃ、爵位とかは持ってない。普通の平民だ」

「!?!?」


 男性職員が『姓持ち=爵位持ち=貴族』という図式に気づき、多少口調が畏まったものに変わるも、レオニスは平然と平民宣言をする。

 魔術師風男性、今度はレオニスの顔をガン見する。


「へー、そうなんだねぇ。じゃあ大店をいくつも持つ大富豪の関係者さん?」

「ま、そんなところだ」

「!?!?!?」


 未だにレオニスの正体に気づかず、再び砕けた口調でのほほんと会話する男性職員にレオニスも適当な相槌を打ち続ける。

 確かに今日のレオニスの格好は普通の普段着で、冒険者然とした装備ではないので普通の平民にしか見えないだろう。

 とはいえ、男性職員の言葉は言外に『金で爵位を買った成金大金持ちの一員』と言っているようなものなのだが。職員本人には全く悪意などなさそうなのが何とも微妙なところだ。


 ここで魔術師風男性が堪らず男性職員に物申した。


「ハンスさん……多分この方、世界的にとても有名な冒険者さんですよ……」

「冒険者? そうなの? ……あ、ホントだ、書類の職業欄に『冒険者』って書いてあるわ。君、もしかして結構な有名人さん?」

「一応冒険者界隈では多少名は知れてるとは思うが……それ、祭りへの出品に何か関係あんのか?」


 魔術師風男性に言われて、改めて書類に目を落とす男性職員。

 どこまでもマイペースな男性職員、おそらくレオニスのことを全く知らないのだろう。

 冒険者を生業とする者や貴族でもなければ、案外レオニスのことを知らない者も多いのかもしれない。日々平穏に生きる平民なら、冒険者とは生涯無縁の人も結構いるはずだ。


 どうにも話が通じなさそうな男性職員に代わり、魔術師風男性が書類を半ば強引に奪い取りレオニスに説明をし始めた。


「えー、こういったオークションでは品物自体の価値も然ることながら、出品者の名前によっても多大な付加価値が発生することは往々にしてあることでして……」

「あー……名の知れた有名人が持ってた品だと、それを欲しがる人も増えるってことか?」

「そうですそうです、そういうことです。著名な方の持ち物ならば、それだけで入札が増えて高値がつきやすくなるんです。なので出品の際にはそれを殊更強調して、より高値での入札や落札を促すこともできますが……どうなさいますか?」


 話の筋がようやく見えてきたレオニス。

 つまりは『イベント当日のお宝出品時に、出品者であるレオニスの名を全面的に出すかどうか』を、この魔術師風男性は問うているのだ。

 そういうことなら、レオニスが出す答えは一つ。


「その方がより高値で売れるってんなら、いくらでも俺の名を出してくれて構わん」

「……!!ありがとうございます!今回の鑑競祭りの、一番の目玉商品にさせていただきますね!」

「え、目玉商品にできるくらいの有名人さんなの? 君、すごい人なんだねぇ」


 ネームバリューのある人物が所持していた品。それだけで付加価値はぐんと上がる。

 自分の名前一つ出すだけで落札価格が大きく跳ね上がるというのなら、レオニスに否やはない。

 そんな二人の会話に、男性職員は相変わらずぽやぽやとした口調で感心する。


「そして、出品物の方ですが……え? 【水の乙女の雫】!?」

「鑑定を兼ねた調査結果報告書と現物はここにある、中身を検めてくれ」


 申請書類にある出品物の名称を見た魔術師風男性、またも目が点になり手に持つ書類をガン見する。

 どうやら彼は【水の乙女の雫】の稀少価値が分かっているようだ。

 レオニスに検品を促された魔術師風男性、レオニスが差し出した封筒の中から鑑定書類と現物入りの革製小袋を取り出してそれぞれに目を通していく。


「……はい、はい、ええ、はい……ああ、これはもう私が真贋を確かめる必要もありませんね……レオニスさん、この調査結果書も出品物のうちの一つとしてお預かりしてもよろしいですか?」

「もちろん構わん。魔術師ギルドの調査結果報告書なら、誰も文句はつけられんだろう」

「ありがとうございます!」


 魔術師風男性の申し出に、レオニスは即時快諾する。

 魔術師ギルドが出した【水の乙女の雫】に関する調査結果報告書。これを現物とともに出せば、その真贋を疑う者など一人もいなくなるだろう。

 最高の出品物に最強の鑑定書、まさに完璧な組み合わせである。


「本日は鑑競祭りへの出品希望ということで受付完了、出品は確定いたしました。出品時の詳細はまた後日、改めて官府にお越しいただけますか?」

「まだ他にもしなきゃならん手続きとかあんのか?」

「入札開始価格ですとか落札手数料など、いろんな説明や打ち合わせの必要がございまして。今はまだ出品受付期間中ですので、それが終わり次第改めて個別に打ち合わせするんです」


 レオニスの持ち込んだ【水の乙女の雫】は、無事審査通過してオークションへの出品が確定したようだ。

 だが、今ここで出品物を預ければそれで終わりというものでもないらしい。

 鑑競祭りが開催されるまでに、準備として様々な打ち合わせが必要なようだ。


「そういうことなら承知した。次はいつ来ればいい?」

「四月一日から十五日までに、当官府にお越しください。期間中ならばいつでも構いません。先程の受付窓口にお越しくだされば、担当官が対応いたします」

「分かった、じゃあまた後日来るわ。オークションが無事終わるまでしばらく世話になるが、よろしく頼む」

「こちらこそ!今年はきっと例年にない盛り上がりを見せることでしょう。打ち合わせや黄金週間のイベント開催時も、どうぞよろしくお願いいたします」


 レオニスが席から立ち上がると、魔術師風男性もまた急いで立ち上がり手を差し伸ばしレオニスに握手を求める。

 もちろんレオニスも快くそれに応じ、二人は固い握手を交わす。

 魔術師風男性の横では、男性職員が「おおー、何か良い出品物が出てきたようで良かったねぇー」とのんびりのほほんとした口調で話がまとまったことを喜んでいる。徹頭徹尾ブレない人だ。


 こうしてレオニスのオークション初出品は無事決まったのだった。





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 ラグナ宮殿内のお役所施設の初登場です。

 ラグナ宮殿にはまず中央に大公一族が住まう大宮殿があり、その周囲を取り囲むように国の中枢施設が多数設置されています。

 アクシーディア公国はラグナ大公一族が世襲で王政を敷き、貴族や官僚に政治を任せているため、国家運営の形態は『君主主権の絶対王政』ということになります。

 絶対王政とか専制君主制とか、大昔の学生時代に世界史とかの授業で散々散々勉強した気がするんですが。もちろん作者が覚えているはずもなく(*ノω・*)テヘ☆

 こうした内容を文章にするにあたり、設定や記述に矛盾が生じないよう毎回一応検索して調べるんですけど。ここら辺混乱しやすくて頭が煮えるぅぅぅぅ><


 そして今回レオニスが有名人であることに気づかれなかったのは、トレードマークである深紅のロングジャケットを着用していないから。

 とはいえ作中ののほほん男性職員の場合、レオニスが深紅のロングジャケットを着込んでいても誰だか全く分からなさそうですが。

 リアルでもTVなんかを見ていると『名前は何となーく聞いたことあるけど、顔や姿形までは一致しない』てこともよくありますよねー。

 冒険者業界に馴染みのない人ほど、そうしたことは顕著かもしれません。

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