第468話 【水の乙女の雫】の使い道

 ライトがラウルとともにジョージ商会で様々な品を見て回っている頃。

 レオニスは冒険者ギルドディーノ村出張所にいた。


「よう、クレア、久しぶり」

「あら、レオニスさんじゃないですか、お久しぶりですねぇ。……あ、もしかして今日は私が講師の『冒険者のイロハ講座』を聴きに来たんですか?」

「そんな訳ねぇだろう……こないだ渡した【水の乙女の雫】、あれの調査がどうなったか聞きにきたんだ」

「あらまぁ、それは残念ですねぇ。【水の乙女の雫】の件ですね、調査機関から結果が届いております。奥の部屋でお話しましょうか」

「何が残念なんだよ、ちっとも残念じゃねぇよ……」


 危うくまた『冒険者のイロハ講座』とやらの一週間合宿ミーティング連行されかけそうになるレオニス、クレアに聞こえない程度の超小声でブチブチと文句を呟く。

 面と向かって大きな声で抗議できないあたり、この二人の力関係が分かろうというものだ。

 クレアの案内で奥の部屋に通されたレオニス。クレアは所長の机の上に置いてあった封筒を手に取り、レオニスの向かいの席に座る。


「えー、先日レオニスさんから持ち込まれた【水の乙女の雫】ですが。内包する魔力の高さを鑑みて、魔術師ギルドに調査を依頼しました」

「まぁそれが一番妥当だろうな」

「で、先日魔術師ギルドから回答が来まして。こちらがその結果です」


 クレアが封筒から書類を取り出し、レオニスに手渡す。

 レオニスはクレアから渡された書類に目を落とし、書き記された内容を読んでいく。



『調査依頼対象品【水の乙女の雫】(以下『A』とする)』

『Aには強力な水属性魔力、しかも他に類を見ない程の高濃度の魔力を有しているものと思われる』

『また、Aには毒性や麻痺等の有害性は一切認められず、安全性は高い』

『このことから、Aを服用すればその者は水属性を得て、水属性の上級魔法を扱えるようになる可能性が大いにあると期待される』

『ただし、調査サンプルは一点しかないので実験や検証などは事実上不可であり、以上に記した内容はあくまでも推察に留まる』

『故にAを服用した場合、如何なる結果になろうとも当機関は一切保証しかねる』

『いずれにしても大量生産できる性質のものではないので、そうした実用性を重視するよりも美術的観点での価値を見い出す方が活用方法としてはより有用性が高いであろう』

『魔術師ギルド 第一研究室部長 ニコラス・クラッセン』



 記載内容に目を通したレオニスは、書類を折り畳み封筒に入れ直す。


「ありがとう。だいたいのところは分かった」

「お役に立てたなら幸いですぅ。あ、実物も返却されてます。こちらをどうぞ」


 クレアが先程書類を出した時に、同時に封筒から出していた小さな革の小袋をレオニスに渡す。

 その中に、レオニスが調査依頼に出した【水の乙女の雫】が入れられているようだ。

 レオニスは小袋を受け取り、袋の口を少し開けて中身を確認してからすぐに封筒とともに空間魔法陣に仕舞い込んだ。


「さて、そうなると……これを競売、いわゆるオークションにかけたいんだが。どうすればいいかな、クレアは何か良い方法を知らないか?」

「オークション、ですか? レオニスさんからオークションという言葉が出るとは意外ですね。この手の品は大事にとっておく人だと思っていましたが」


 レオニスの『競売、オークションにかけたい』という言葉に、クレアが心底意外そうなびっくりした顔をしている。

 クレアがびっくりするのも無理はない。何故なら、今までレオニスはこうした貴重な発見物を何度も提出してきたが、レオニスがそれらを後日売ったところをクレアは一度も見たことがなかったからだ。


「んー、まぁ【水の乙女の雫】に関してはこれ以外にも数粒もらったってのもあるんだが」

「こんな貴重な物を数粒ももらったんですか……まぁ数粒程度でしたら、結局は実用性を見い出すには乏しいままですが」

「だろう? だったらこの調査書が言うところの『美術的観点での価値』でもって、大金を得た方が良さそうだと思ってな」

「大金、ですか? これまたレオニスさんにしては珍しいことを仰いますね?」


 クレアが先程よりもさらにびっくりした顔になる。

 レオニスは基本的に金に関しては無頓着な方で、金を稼ぐことに全く興味や関心がないとまではいかないが、それでも金に執着する方ではない。

 生活に不自由しない程度に稼げればいい。普段は無駄遣いしない程度に貯金を心がけて、使うべき時にパーッと使う。レオニスの金銭に関するポリシーは、その程度のものである。

 そんなレオニスが、大金を得た方が良さそうだ、と言い出すこと自体がクレアの目には奇異に映ったのだ。


 そんなクレアの様子に、レオニスは視線を落としながら呟く。


「【水の乙女の雫】を売った金で、ラグナロッツァの孤児院を建て直してやりたいんだ」

「ラグナロッツァの孤児院、ですか?」

「今ラグナロッツァの孤児院にはシスターマイラがいるんだ」

「マイラさん、ですか……今はラグナロッツァにおられるんですね、それは知りませんでした」


 レオニスの話に、クレアも納得の表情を見せる。

 シスターマイラのことは、クレアもよく知っている。かつてマイラがディーノ村の孤児院にいた時から、クレアとも交流があった。

 ディーノ村の孤児院がなくなったと同時に、マイラは孤児院がある他の土地に移住せざるを得なくなりディーノ村を去っていった。

 それ以来クレアはマイラと再会する機会がなかったが、その懐かしい名前を聞いてクレアの顔もどこかしら和んでいるように見える。


「こないだここに来た時にも、ラグナロッツァの孤児院に行く用事があると言っただろ?」

「ええ、確かにそんなことを仰っていましたね」

「その前にも一度、公国生誕祭の時に初めてラグナロッツァの孤児院に行ったんだが。建物があまりにもボロ過ぎてな、俺ですらびっくりしたくらいだ」

「ええぇ……そんなに酷いんですか?」

「ディーノ村のオンボロ孤児院で育った俺でも、あれはない、と思った」

「それはまた相当ですね……」


 レオニスやクレアが知る、かつてのディーノ村孤児院。あれも結構なオンボロの建物だった。

 だが、そこで育ったレオニスをして『それより酷い』と言わしめる、今のラグナロッツァ孤児院。

 相当に悲惨で深刻な状況であることは、レオニス同様ディーノ村孤児院をよく知るクレアにも十二分に伝わったようだ。


「シスターの話だと、国からの支給が乏しい上に貴族からの寄付金も完全に停止してて、かなり運営状況が厳しいらしい」

「寄付金が完全停止? 何でまたそんなことに?」

「シスターの前にいた前任者が、貴族からの寄付金を全額横領してたんだとよ」

「ああ、それは……」


 レオニスが実に忌々しげな顔で、ケッ、と吐き捨てるように苦境の原因を語る。

 こういったことの積み重ねで、レオニスは貴族のことが苦手というか嫌いになっていったのだ。

 もっとも最近はウォーベック家のような、信頼に値する貴族もいるのだということをレオニスも少しづつ知ってきてはいるが。


「俺はこのディーノ村の孤児院で育った。幼い頃に父母を亡くし、兄弟もいない天涯孤独の身だった俺を引き取って育ててくれたのは、ディーノ村の孤児院とシスターマイラだ」

「一人じゃ生きていけない小さなガキだった俺が、今日ここでこうしていられるのも全ては孤児院とシスターのおかげだと思っている」

「俺はシスターマイラだけでなく、孤児院という存在そのものに大恩がある。その大恩に報いるには、今この時しかない」

「そのために、この【水の乙女の雫】を少しでも高値で売りたい。そしてその売却益の全額をラグナロッツァ孤児院に寄進して、建物を建て直すなり移転するなり支援したいんだ」


 静かな語り口の中に秘めた熱意を感じさせるレオニスの言葉を、クレアはじっと聞き入っていた。


「そういうことだったんですね……レオニスさんのそのお気持ちは、この私にもよーく分かります。レオニスさんも、マイラさんには散々散々散々散々苦労をかけたでしょうしねぇ」

「うぐッ……そ、そんな何度も散々散々言わんでも……」


 クレアがレオニスの意思にしみじみといった感じで大いに賛同する。

 だがその賛同の仕方がレオニスにとってはいただけない。とはいえ、そう言われても仕方がない程度にはレオニスにも自覚がある。

 クレアは過去のディーノ村での出来事は大概承知しているので、レオニスが抗議したところでまた寝言吐き呼ばわりされるのが関の山だ。

 そしてレオニスの方も、クレアに完膚なきまでに返り討ちにされるのが火を見るより明らかなので、強く抗議できないのである。


「でしたら、来たる黄金週間に開催される『世界のお宝発掘!鑑定&競売祭り』にこの【水の乙女の雫】を出品しましょう!」

「……何ぞ、その胡散臭い名前の祭りは?」


 クレアの提案に、レオニスは頭の上に『???』を浮かべつつ聞き直した。クレアが言う『世界のお宝発掘!鑑定&競売祭り』なるものは、レオニスが全く聞いたことのないイベント名だったからだ。

 そんなレオニスに、クレアは呆れ果てたようにレオニスを諭す。


「またまたぁ、金剛級冒険者ともあろうお人が何を寝言吐いてるんです?寝言は寝て言うものですよ? 黄金週間の三大ビッグイベントと言えば『黄金鯉のぼりの掴み取りチャレンジ』に『五月病御祓いスタンプラリー』、そして『世界のお宝発掘!鑑定&競売祭り』に決まってますでしょう? 長年冒険者やってて、そんなこともご存知ないんですか?」

「ぃゃ、黄金鯉のぼりの掴み取りやスタンプラリーは一応知ってるが、オークションとかには全く興味も縁もないんでな……」


 先程のレオニスの配慮も虚しく、結局今日もまたクレアに寝言吐き呼ばわりされてしまったレオニス。

 だがクレアの言う通り、黄金週間における三大ビッグイベントを知らぬとあっては無知扱いされても致し方ない。


「そんなことではいけませんね、世界一の金剛級冒険者の名がぴええええん!て泣きますよ?」

「ぴええええん!って、そんな……泣くにしてももうちょいマシな泣き方するよ?」

「泣くのにマシもへったくれもありませんよ。そもそも金剛級冒険者の名を泣かすこと自体が大罪というものですぅー」

「ぐぬぬぬぬ」


 金剛級冒険者の名がぴえん!と泣くと言われたレオニス。

 せめてもう少しマシな泣き方はないのか?と思うも、その名を泣かすこと自体が大罪と言われてしまい、レオニスはぐうの音も出ない。

 クレア vs レオニスの舌戦は、今日もクレアの完全勝利である。


「でもまぁ良い機会です。この【水の乙女の雫】を黄金週間の競売に出品して、オークションという経済の仕組みを勉強するのも良いかと思いますよ」

「そうだな、そうさせてもらおう……で、その競売にはどうやって出品すればいいんだ?」

「競売の主催者はアクシーディア公国、国家が主体となって運営しています。なので、ラグナ宮殿内に担当部署がありますよ」

「そうなのか? オークションってのは、国自らが運営するもんなのか?」


 クレアの話によると、『世界のお宝発掘!鑑定&競売祭り』は国家主導のイベントらしい。

 レオニスにとってはどれもが初めて聞く情報で、驚くことばかりだ。


「該当イベントは、アクシーディア公国が誇る世界規模の祭りでして。それこそ世界中のお宝や珍しい品が一気に集まります。それだけに高額落札される品々ばかりで、民間に運営を任せる訳にはいかないんですよ。出品者はともかく入札者も貴族や大富豪が世界各地から多数集いますからね」

「いずれにしても、それだけ大規模なイベントなら【水の乙女の雫】をより高値で売れるってことか」

「そういうことです」


 出品受付や出品物の鑑定、保管もラグナ宮殿の担当部署が行うようだ。

 ラグナ宮殿ならば警備も厳重なので、出品物の盗難等のリスクも減らせるということか。

 そして、それだけ大きなオークションならば高値での落札も大いに期待できるところである。


「イベントは黄金週間中に開催されるので、出品受付はもうだいぶ前から始まっているはずです。というか、三月末日が出品受付締切のはずなので、出品するならすぐにラグナ宮殿に行かないと間に合いませんよ?」

「え、マジ?」

「マジです」


 クレアの話に、レオニスがガビーン!顔になる。

 オークションへの出品話がとんとん拍子に進んだと思ったら、実は出品締切間近という崖っぷちギリギリのところだったのだ。


「というか、今日は土曜日ですよね。今日明日の土日は担当部署は閉まってると思いますよ? 一年365日年中無休の我々冒険者ギルドとは違い、あそこら辺は完全にお役所仕事ですので」

「じゃあ週明けの月曜日に駆け込めって話か?」

「そういうことですねぇー」


 崖っぷちギリギリで繋がったチャンスを活かすには、今月中にラグナ宮殿に行かなければならない。

 できることなら忘れないうちに、週明けの月曜日にさっさと出品手続きを済ませるのがベターだ。


「分かった、そしたら絶対に月曜日にラグナ宮殿行ってくるわ」

「レオニスさん、ラグナ宮殿とか苦手ですが大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃねぇが、そんなことも言ってられん。ラグナロッツァ孤児院とシスターのためにも頑張らないとな」

「良い心がけですねぇ、さすがは金剛級冒険者だけのことはありますね」

「だろう? ここで頑張らなきゃな、男が廃るってもんだ」


 心配そうに聞くクレアに、レオニスがニカッ!と明るく笑いながら答える。

 貴族嫌いで有名なレオニスがラグナ宮殿に自ら出向くなど、異例中の異例のことだ。

 だが、ここで己の好き嫌いや嗜好を優先していたら、大恩ある孤児院やシスターに恩を返すなど到底できない。

 レオニスもそんな子供みたいな我儘ばかり言ってはいられないことを承知していた。


「じゃ、俺はぼちぼち帰るわ。今日も有益な情報を聞かせてくれて感謝する。ありがとうな」

「どういたしまして。我々冒険者ギルドは常に冒険者達の益を考え、ともに歩み世に貢献する存在であれ、という理念のもと運営されておりますからね」

「本当にいつも世話になってばかりだな。今度何か礼でもしたいが、何かしてほしいこととかあるか?」


 いつも世話になっている礼をしたい、というレオニス。

 そんな思いがけない言葉を聞いたクレアは、きょとんとした顔をしながらも目を上に遣り少し考え込む。


「礼には及びませんが、何かしてほしいこと、ですか? んー、そうですねぇ……よく考えてまたお答えすることで、ひとまず保留でいいですか?」

「おう、『俺にできること』なら何でもするぞ? ただしドラゴンの着ぐるみだけは絶対に着ねぇからな?」

「あらまぁ、それは残念。してほしいことの二番目か三番目くらいにそれが来るのですが」


 以前クレアがレオニスに要望して、敢えなく却下された『レオニスにドラゴンの着ぐるみを着てもらって、冒険者ギルドの祭りに出てもらう』という願い。レオニスに先んじて再び却下されてしまった。

 クレアは少しだけ残念がるも、さほど苦にしてはいないようだ。クレアのことだから、多分諦めてはいないだろうと思うが。


「それ以外で頼むぞ。じゃあな」

「はーい。レオニスさんも、月曜日には忘れずにラグナ宮殿行ってきてくださいねぇー」


 用事が済んだレオニスは、席を立ち退席する。

 部屋を出ていくレオニスに、クレアは見送りつつ月曜日の件を忘れないように忠告する。

 レオニスは右手をひらひらと振りながら、クレアに見送られつつ冒険者ギルドディーノ村出張所を後にした。





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 何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディー!のクレア嬢、今日も博識で有能な女子オーラに満ち溢れています。

 というか、レオニスのやんちゃ坊主っぷりも熟知しているあたり、年齢に対する疑惑が猛烈に噴出しそうですが。乙女の年齢を詮索するなどという野暮なことは、決してしてはいけませんよ?

 ……と、我が脳内にお住まいのクレア嬢がビンビンに警告を出してきておりますぅ_| ̄|●

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