第466話 回る順番

「あ、ねぇ、レオ兄ちゃん。海産物と言えばさぁ、海の女王様がいる海底神殿、ラギロア島だっけ? そこはエンデアンからは近いの? それとも遠く離れた別の海なの?」

「あー、ラギロア島か? エンデアンとは別方向で、サイサクス大陸の最南端からさらに南に下った孤島だ」


 港湾都市エンデアンの話の流れで、海繋がりで海の女王のことをふと思い出したライトがレオニスに問うた。

 春休みの間に、属性の化身の女王達にも会っておきたいライト。ライト達が会えたのは炎の女王と水の女王だけで、まだ他にもたくさんの女王達が世界各地に存在しているのだ。


「ぼくが春休みの間に、一人でも多くの女王様達のところに行きたいんだけど。どこをどういう順番で回ればいいかなぁ?」

「んー、そうだなぁ……近場なら暗黒の洞窟最奥の地の女王と闇の女王、海の女王も水の女王に『水の勲章』をもらったから海中を潜るのも問題なくいけそうではあるが……」


 ライトの言葉を受けて、レオニスがしばらく思案する。

 効率の良い回り方でも考えているのだろうか?


「どうせなら、土日の二日間だけじゃいけないような遠出をしてもいいかもな」

「!!それいいね!長い休みの時でないと行けないような場所こそ、春休み中に行くべきだよね!」

「だろ? 暗黒の洞窟なら目覚めの湖同様、行こうと思えばいつでも行ける距離だからな」


 思いがけないレオニスの提案に、ライトは目から鱗が落ちる思いで同意した。

 そう、土日に行ける場所なら何も春休み中に行くことはない。休みが開けてからの土日に出かけたっていいのだ。

 長期休暇ならではのメリットを最大限に活かすなら、数日かけなければ到達できないような遠征をすべきである。

 ちなみにそのいつでも行ける暗黒の洞窟は、今朝ライトが入口の浅いところで散々魔物狩りしてきたばかりだが。レオニスにはナイショの話である。


「そしたら、一番行きにくい場所ってどこ?」

「光の女王と雷の女王のいる天空神殿とか、火の女王のいるエリトナ山あたりだろうなぁ」

「天空神殿かぁ……レオ兄ちゃんは天空島に行ったことあるんだよね? 天空島へはどうやって行くの?」

「前に行った時は、フェネセンといっしょだったんだ。あいつの魔法で、空飛ぶ絨毯みたいなのを空高くまで飛ばせるからそれに乗せてもらってな」

「……空飛ぶ魔法の絨毯……」


 数いる女王達の中で、最も行きにくい場所はどこかと問うたライトに、レオニスは天空神殿とエリトナ山を挙げた。

 天空神殿はその名の通り、天空島にあることはライトでも分かる。

 レオニスも以前行ったことがあると聞いてはいたが、まさかフェネセンの魔法で空飛ぶ絨毯を駆使して行ったとは思いもよらなんだライト。


「フェネぴょんらしいと言えばらしい魔法だけど……それだとフェネぴょんと連絡がつかない今は、すぐには天空島に行けない感じ?」

「そうなんだよなぁ……俺も少しくらいなら空を飛べるが、あんな雲の高さほどもある上空まではさすがに飛べん」

「だよねぇ……」


 天空島―――それは、ライトがかつてBCOの中で好んで出かけていた冒険フィールドのひとつだった。

 だが、ゲームのBCOと今ライトが生きるサイサクス世界は事情が大きく異なる。

 ゲームの中なら冒険ストーリーを進めていけばいずれ天空島にも行けたし、一度訪れた冒険フィールドはボタン一つでいつでも移動できた。だが、ここサイサクス世界ではそう簡単にはいかない。


 転移門という瞬間移動できる手段はあるが、どこにでも自由に移動ポイントを設置できる訳ではない。犯罪や悪用の防止の観点から無断設置は禁止され、緯度経度を用いたした座標入力での移動も厳禁となっている。

 そうした事情により、転移門があるのは冒険者ギルド他公的なギルドの本支部や、それらの組織の許認可を受けた極一部の限られた場所にしかないのだ。


 そして天空島は、そもそも人族の国家が治める領地ではない。天使や天空竜といった、空に住まう者達の領域である。

 そんな場所に、人族が使う転移門などあろうはずもない。

 現状では天空島に行くルートがほぼ閉ざされてしまっていた。


「じゃあさ、とりあえず天空島は一番最後に回すとして……火の女王様のいるエリトナ山ってのは、どんなところなの?」

「シュマルリ山脈南東部にある活火山だ。火口からはマグマがグツグツ煮え滾ってるところも見られるらしいぞ」

「ナニそれコワイ」

「エリトナ山ってのは、シュマルリ山脈の中でも二番目か三番目くらいに高い山でな。連峰の中にあって人里はおろか麓すらないから、いくつか山を越えないとエリトナ山に辿り着くことすらできないんだ。常人ならエリトナ山手前の谷に行くだけでも三日はかかる。まぁ俺達なら一日半もあれば着くと思うが」

「うへぁ……」


 レオニスの話では、マグマの煮え滾る活火山に火の女王の住まう地があるという。

 火口では常にマグマがグツグツと煮え続け、周辺では常に業火が渦を巻くように火柱が噴き出しているのだとか。

 話に聞くだけでも空恐ろしくなるようなそんな場所に、果たして人族が近づけるものなのだろうか? 如何に人外代表のレオニスでも難しそうだが。


「まさか……その火口に近づかないと、火の女王様には会えないの?」

「文献によれば、中腹あたりから出ている火柱から火の女王が顕現したという目撃談もあるらしいから、直接火口に行かずに中腹で探すのがいいだろうな」

「そっか、火口まで行かなきゃ会えない訳じゃないんだね、良かったぁ」


 レオニスの話に、ライトが心底安堵する。

 さすがにマグマが煮え煮え&業火渦巻く火口は、いくら何でもあまりに危険過ぎる。冒険好きのライトでもさすがに躊躇するレベルである。

 火口以外に火の女王とコンタクトを取れる場所があるなら、是非ともそちらにしたいものだ。


「まぁ俺達の場合、炎の洞窟で既に炎の女王と会って『炎の勲章』をもらっているからな。エリトナ山に辿り着きさえすれば『炎の勲章』を出して見せることで火の女王が姿を現すんじゃないか、と踏んでるんだが」

「そうだね、水の女王様に『炎の勲章』を見せた時も、それがすぐに炎の女王様からのものだって分かってくれたもんね」


 レオニスの思惑に、ライトも賛同する。

 属性の化身である女王達は、彼女達に授けられた勲章があればその女王の気配を察知できることが水の女王との交流で分かっている。

 精霊の頂点たる者同士、互いに通じ感じ取れる何かがあるのだろう。


「とりあえず、エリトナ山に行ってから帰るまで最低でも四日はかかると見ていい。片道ですら一日では辿り着けんから、山中で野営することになる。かなり本格的な遠征になるが……それでも行くか?」

「行く!」

「快適な宿屋に泊まるのとは訳が違うぞ?」

「寝袋買って、エクスポや退魔の聖水もたくさん持っていく!ホントは料理も外でしなきゃならないけど、今回だけはラウルに美味しいご飯をたくさん作ってもらって持っていく!」


 レオニスが何度もライトの意思を確認する。

 だが、ライトが折れる気配は一向にない。何が何でも行く!という気概に満ち溢れている。


「……そうか。ま、そうだよな。お前がこの程度のことでへこたれる訳ねぇよな」

「うん!遠征の予行演習にもなるし、絶対に行きたい!」

「……ま、いっか。ノーヴェ砂漠と違って、山登りならカタポレンの森の走り込み修行の成果も活かせるだろうし。それに、何より俺がしっかり守ってやりゃいいだけの話だしな」


 レオニスは、ふぅ、と小さなため息をついた後、ライトとともにエリトナ山に行くことを承諾した。

 寝袋を買う、エクスポや退魔の聖水をたくさん持っていく、食事もラウルに作ってもらってたくさん持っていく。どれも野営のために必要なものであり、存外しっかりと考えて出した答えにレオニスも内心で少し感心する。

 そしてレオニスからOKが出たことに、ライトは飛び上がらんばかりに歓喜した。


「じゃあぼくもエリトナ山に行っていいんだね!? やったー!」

「だがもし万が一途中で何か突発的な事故とか起きたら、火の女王に会えてなくても即中断して帰るぞ?」

「もちろん!」

「じゃあ細かい日取りは後で決めるか。どの道俺のエンデアン調査が終わってからでないと行けんしな」

「分かった!それまでにぼく、寝袋買ったり退魔の聖水を用意したり、いろんな準備しておくね!」

「おう、俺の分の食事もラウルに頼んどいてくれよ」

「はーい!」


 今から張り切るライトに、レオニスが小さく笑いながらラウルへの食事のオーダー追加をライトに頼む。

 こうしてライトの初遠征が決まったのだった。





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 ラグナ教支部再調査案件に続き、属性の女王様達の住処訪問スケジュールのお話です。

 これもまたライトが春休みのうちに、一つか二つはこなしておきたいところですからね!(・∀・)


 ちなみに拙作中では火属性は二種類、炎の女王と火の女王がいますが。どちらが上とかいうことはありません。Wikipedia先生によると


『炎(ほのお)は、火の中でも、気体が燃焼するときに見られる穂のような、光と熱を発している部分を指す。語源は火の穂ほのほから由来していると言われている。』


ということらしいので、総合的に考えれば『火』という大元の現象の先に『炎』が含まれる訳ですが。

 まぁ文脈的に言えば、火が本家で炎は分家みたいなもんになるんでしょうが。拙作の中ではそうした上下の序列はなく、対等な親戚同士というか従姉妹みたいなものだと考えてください。

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