第454話 しでかしたことの償い
私事で大変申し訳ないのですが、明日の午後に作者のコロナワクチン三回目接種予定が入っています。
ワクチンの副作用の出方次第なんですが、もしかしたら体調不良により更新をお休みするかもしれません。
予めご了承ください。
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時は一日遡り、ラウルがラグナロッツァの屋敷で目覚めることなく、丸一日以上意識が戻らなかった間のこと。
レオニスは朝から冒険者ギルド総本部に出向いていた。
朝は依頼の受け付けでかなり混雑するので、表の窓口ではなく奥の事務所の方に向かうレオニス。
事務所に入り様子を伺うと、昨晩当直をしていたダレンがちょうど席を立って出口に向かってきたところだった。
「あ、ダレン。昨夜はお疲れさん。今まで事務処理してたのか?」
「……おお、おはよう、レオニス君。本当ならもうとっくに夜勤明けで帰宅してるところなんだがね、昨晩の事件を上に報告しないことには帰るに帰れん」
「そうか、そりゃ大変だな」
「マスターパレンは午前中用事があるそうで、総本部に来るのは昼頃だそうだ。……俺はそれまで仮眠室で寝る。レオニス君もそれまでに清掃管理局に行って、昨日のアレの件を話し合っといてくれ」
「分かった。仮眠室じゃゆっくりもできんだろうが、休んでてくれ。また後でな」
ダレンはレオニスに背を向けて、右手をひらひらと振りながら仮眠室に向かって歩いていく。
ダレンが言う『昨日のアレの件』とは、夜遅くに押しかけて強引に下水道出入口の鍵である水晶玉を借り受けてきた件だ。そこら辺もちゃんと先方に説明してこなければならない。
パレンがいたら先に昨晩の件の説明をしようと思っていたのだが、昼頃まで不在となると仕方がない。
レオニスもダレンに言われた通り、先に清掃管理局に行くことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから数時間後のこと。
仮眠室で寝ていたダレンが起きて事務所に戻る。
事務所でお昼ご飯を食べていたクレナが、ダレンに向かって声をかけた。
「あ、ダレンさん、先程マスターパレンがお戻りになられましたよ。午後一時に昨夜の話をお聞きになりたいそうですぅ」
「分かった、伝言ありがとう。レオニス君はどうした? もうこちらに戻ってきてるか?」
「一度こちらに来ましたが、まだマスターパレンが戻ってきてなかったのでラウルさんの様子を見に屋敷に戻られました。レオニスさんも一時にまた来ると言ってましたよー」
「そうか。じゃあ俺も今のうちに直営食堂で昼飯食ってくるとするか」
ダレンはそう言うと、自分の机から財布を取り出して直営食堂に向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
午後一時。冒険者ギルド総本部のマスター専用執務室には、パレンとレオニス、ダレンの三人が集まっていた。
煌びやかな御内裏様の衣装に身を包んだパレン、その向かいの席にレオニスとダレンが対面で座っている。
まず一番先に口を開いたのはパレンだった。
「待たせてすまなかった。今日に限って、どうしてもラグナ宮殿に出向かなければならない約束が前々から入っていてね」
「いや、俺のことは気にしないでくれ。マスターパレンにしかこなせない仕事も多いだろうしな」
「うむ、理解してもらえてありがたい。……さて、早速だが起きた事件のことを話してもらえるかね」
「ではまず私から概要をお話しします。昨日の午後一時過ぎに、ラウル君が下水道壁面清掃の依頼を受けて―――」
ダレンが自身でまとめた報告書を見ながら、パレンに事のあらましを話していく。
一通り話したところで、ダレンは最後に昨晩回収したポイズンスライム変異体の核入りの袋を取り出し、中身を出してパレンに見せる。
「こちらが昨夜、下水道北地区五区にて回収した核です。気絶したラウル君の足元に落ちていたもので、ラウル君が一人でポイズンスライム変異体を倒したと思われます」
「これはまた随分と大きな核だな……核だけでこの大きさならば、本体もかなりの巨体だっただろう。変異体ならではの大きさ、ということか」
「ええ、これ程の大きな核は私も見たことがありません」
「ラウル君はよくぞ生還できたな……もしこれが並の者だったら、ポイズンスライム変異体に完全に食われていたであろう」
「ラウル君がどうやって一人で倒したのかは分かりませんが、他の者では生還できなかった可能性が非常に高いですね……」
ダレンがテーブルの上に置いた核の破片を見て、その大きさに驚く。
割れた破片ではあるが、その大きさからして完全形の核はパレンの拳二つ分くらいあることが見て取れる。
そんな巨大な核を二つも持っていたポイズンスライム変異体。そのサイズはかなりの巨躯であることも容易に想像がつく。
「レオニス君、ラウル君の容態はどうだね?」
「今は俺の屋敷で寝かせている。発見当時は皮膚がかなり爛れていたが、治癒魔法や回復剤の投与で治すことはできた。まだ意識は戻っていないがな」
「そうか、それは僥倖だ。ラウル君が完全回復したらまた話を聞きたいが、今は身体を治すことが先決だな」
「ああ、ラウルへの事情聴取はもう少し後にしてくれ。完全に良くなれば、本人の方からまた総本部に出向くだろう」
ラウルの無事を聞いたパレンが安堵の表情になる。
もしあの依頼を、ラウルではなく他のパーティーが引き受けていたら―――そのパーティーは、巨大なポイズンスライム変異体に襲われて全滅という最悪の事態に陥っていただろう。
パレンの安堵の顔には、そうした悲劇を回避できたことへの思いも含まれていた。
「しかし……下水道内にポイズンスライムが出ること自体、かなり珍しい事例のはずだが」
「ええ。その事例の少なさから、これまでは依頼を引き受けられる階級に指定はありませんでしたが……今後見直しが必要かもしれません」
「そうだな、これ以上何か起きてからでは遅いからな。その辺りは、依頼主である清掃管理局との打ち合わせを進めてくれたまえ」
「分かりました」
パレンの指示により、下水道清掃依頼の見直しがなされることになった。
依頼書に注意事項が書かれていたことからも分かるように、下水道内にポイズンスライムが出ることは以前から実際の事例としてあった。
だが、その事例は指折り数える程度であり、東西南北全地区を合わせても数年に一度出食わすかどうかという頻度だった。
それ故に階級指定もなく、注意事項に書き記すことで注意喚起を促すのみだったのだが。今回のような大事が発生したとなれば、制度の見直しも必至である。
「で、レオニス君。清掃管理局の方とも話はしてきたのかね?」
「ああ。午前中のうちにラウルが持っていたやつと俺が借りたやつ、計二つの水晶玉を無事返してきたし、向こうの局長とも昨晩の経緯を話して詫びてきた」
「そうか。緊急事態とはいえ、夜中に押しかけて鍵を強引に借り受けてきた訳だからな」
「今年を含めて三年、年四回のラグナロッツァ全下水道管内の無償定期点検を俺が引き受けることで手を打ってもらったよ」
パレンへの報告の前に、清掃管理局の方と話し合いをしてきたレオニス。
レオニスの方もかなり強引に水晶玉を借りた自覚はあるので、向こうでは平身低頭謝ってきた。
とはいえ、今回依頼を引き受けたのがラウルでなければあわや大惨事となるところだったことは、清掃管理局の方でも理解していた。
そのため、レオニスが自らの誠意を示すために申し出た無償定期点検の案だけで大喜びし、それ以上の責任追及などもしてこなかった。
「それはまた破格な条件を提示したな。だが年四回、三ヶ月に一度の割合で下水道管内の点検をレオニス君が引き受けてくれるならば、これ程心強いこともあるまい」
「まぁ、ラウルの危機を救うためとはいえ結構しでかしたからな。その償いになると思えば安いもんさ」
レオニスの言葉に、パレンもダレンも小さく頷く。
今日は三月一日、もうすぐ桃の節句。
華やかな桃の節句に相応しく、パレンの御内裏様の束帯衣装や冠、手に持つ笏、全てが凛々しく輝いている。
常人ならば豪華な衣装に完全に負けてしまうところだが、パレンなら何を着ても完璧に着こなしてしまうから不思議だ。
それこそがパレンの持つカリスマ性なのだろう。
「最後に、現場検証についてだが。あまり日を置くのも良くないが、これは我が冒険者ギルドだけの問題ではない。清掃管理局側にも経緯を把握しておいてもらわねばならない事案だ。故に清掃管理局側からも立会人を出してもらって、明日中にはともに検証を行うこととする」
「分かりました。今から清掃管理局に使いの者を出して、そのように伝えておきます。私は使いに出す人員を呼んでまいりますので、その間にマスターパレンは清掃管理局局長宛に一筆書いておいてください」
「承知した。ダレン君はそれが終わったら帰宅してくれたまえ。おーい、シーマ君、紙とペンを持ってきてくれるかね」
ダレンの要請に応え、パレンは早速清掃管理局局長宛に出す書簡をスラスラと書き記していく。
その間にダレンは使いに出す者を選出すべく、執務室を退出する。
本来ならダレンが使いに行ければ最もいいのだが、ダレンは昨夜の夜勤からずっと勤務継続中。そろそろ帰宅せねば、今度はダレンが過労で倒れてしまいかねない。
シーマが持ってきた便箋に一筆書きながら、パレンはレオニスに言葉をかける。
「明日の現場検証には、レオニス君にももちろん付き合ってもらうぞ」
「了解。明日の現場検証は何時に行う予定だ?」
「清掃管理局側の立会人とも合流しなきゃならんからな……それでも午前十時には行えるだろう。現場検証にはある程度時間がかかることも想定して余裕を見ておかなければな」
「じゃあ午前十時に現地、下水道出入口に集合な」
明日の現場検証の時刻を確認したレオニスは、ソファから立ち上がる。
「俺ももう今日は屋敷に戻ることにする。何かあったら屋敷に連絡を寄越してくれ」
「レオニス君もご苦労だったな。ラウル君も早く意識が戻るといいが」
「気持ちはありがたく受け取っておく。じゃあまた明日な」
「ああ。今回の件、引き続きよろしく頼む」
昨夜の事件の報告を一通り終えたレオニスは、ギルドマスター執務室を後にした。
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ポイズンスライム変異体遭遇事件の後始末というか調査の回です。
この手の話ってまぁ地味ーというか、よほどの新発見でもない限り面白さに欠けてしまいがちなんですが。作中時間は三月初日、マスターパレンの御内裏様コスプレのおかげで味気ない会議風景が一気に華やかさ満載に!
ちなみに御内裏様というのは、男雛と女雛の両方を指す言葉なんですね。男雛は天皇陛下で、女雛は皇后陛下。
衣装も男雛の立纓冠とかは天皇陛下専用の特別な衣装らしいので、さすがに王族ではないパレンに着せてもいいものかどうか悩んだんですが(=ω=)
でもまぁマスターパレンの衣装というのは、全てにおいて彼独自のリスペクトが込められていますし。サイサクス世界の季節を彩るイベント的な意味でも問題ないでしょう!……ということにしました。
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