第427話 【水の乙女の雫】の真価

 目覚めの湖で水の女王の無事を確認できた翌日の日曜日。

 この日のライトは、午後からラウルとともにネツァクの街に行く予定である。

 ラグナロッツァの屋敷で、ラウルとお昼ご飯をともに食べてから出かける予定なので、午前中はその他の細々とした用事を済ませていく。


 まずは朝イチで森の中をランニング修行兼魔石回収。

 その後カタポレンの家に戻り、着替えてから転職神殿に向かう。【求道者】の光系二次職【精霊師】へクラスアップするためだ。

 職業の一番最初である一次職はいわゆる初級なので、職業習熟度が上がるのも早い。SP50を超えた今ならば、平日の学園生活を送りながらでもニ日か三日あればマスターできる。

 このペースなら、二次職も一週間程度あればマスターするだろう。その後の三次職中盤あたりからだんだんとキツくなり、四次職では10%到達を表す星一つ上げるにも本当にしんどくなるのだが。


 ちなみに転職神殿への移動には、先日ヴァレリアから施工してもらった瞬間移動用の魔法陣をしっかりと用いている。

 あの時ヴァレリアからもらった、移動ポイント指定用の魔石。三個のうち二つは既に場所を決めて使用している。

 一つは『カタポレンの森の家の自室』、もう一つは『ラグナロッツァの元宝物庫』の二箇所である。

 この二箇所には普段使う転移門も設置されているため、瞬間移動の拠点として使うにも何かと都合が良いのだ。


 転職神殿にて無事【精霊師】にクラスアップし、巫女ミーアと笑顔で再会の約束を交わしながら神殿を後にしたライト。

 カタポレンの森の家の自室に帰還したら、次は称号ページのチェックである。


 マイページの称号欄を開くライト。まず目に入るのは、入れ替え可能な称号スロット列の上にある列。

 ここにはライトの意思に関係なく、取得した時点で自動装備および常時発動する特殊称号が表示されている。

 そこには以前出現した『大神樹の加護』『神樹の祝福』の他に、『水神の加護』『炎の女王の加護』『水の女王の加護』の三つが新たに加わっていた。


 これらは水神アープや炎の女王、水の女王と知己を得たことによる恩恵だろう。

 それらもまた神樹族同様高位の存在であるため、特殊称号入りしたと思われる。

 いずれにせよ、付け外しの選択なく常時装備できる強力な称号が増えるのは良いことだ。まだ本格的なレベルアップができないライトにとって、ステータスを大幅に上げてくれる特殊称号は命綱にも等しい。その増加ならば諸手を挙げて万々歳の大歓迎である。


 次に、入れ替え可能な称号スロット欄。

 久しぶりに見る称号ページには、また見覚えのない新たな称号がいくつも追加されていた。



『八咫烏の里の賓客』『餅拾いデビュー』『キノコ狩りの達人』『ぬるぬるドリンクマスター』『ねばねば初心者』『毒茨の天敵』『破壊神の友』『水神の生みの親』『プロステスを救いし者』『木の枝コレクター』



 どれも自覚なく増えていた称号だが、相変わらずその字面だけで大凡おおよその由来が察せるのが面白いところだ。

 早速ライトは新たに得た称号の内容を見ていく。


『八咫烏の里の賓客』、これはマキシ君の里帰りで得た称号だろうな。八咫烏だけに魔力や敏捷が率先して上がるんだな、賓客レベルじゃいまいち能力値少なめだけど。

『餅拾いデビュー』……高校デビューとか大学デビューの亜種か何かか? 餅拾いでデビューしたところで、何かいいことあんの?

『キノコ狩りの達人』に『毒茨の天敵』、素材採集のヤツか。暗黒の洞窟で狩りまくった暗黒茸はともかく、毒茨のデッドリーソーンローズちゃんに天敵認定されちゃうのはちょっと悲しい……ちゃんと球根や根っこを残して、それなりに気を遣ってるんだけどなぁ?

『ぬるぬるドリンクマスター』『ねばねば初心者』、うん、間違いなくスライム系素材のアレだな!つーか、俺とうとうぬるぬるドリンクのマスターにまで上り詰めてしまったのか……

『破壊神の友』……何だよこれ!? 前の同級生バージョンよりもさらにSP減って、命中率や回避率まで超大幅マイナス補正じゃねぇか!!ふざけんな、ンなもん絶対却下だ却下!!


 そんな感じで全ての称号の補正値をチェックするライト。

 これまでに得てきた称号と念入りに比較して、入れ替えするかどうかを検討していく。

 こうして一通りのマイページチェック作業を終えたライト。腕を真上に上げながら背伸びをする。

 そしてふと思い出したようにアイテムリュックを持ってきて、昨日入手したばかりの【水の乙女の雫】を取り出して手に取りじっと眺める。


 己の手のひらの上でキラキラと輝く【水の乙女の雫】、その美しさに見入りながら独りごちるライト。


「これ、一体どういうアイテムなんだろう? 何かに使えたりするのかな? それとも売却専用のアイテムかな?」

「まぁ宝石並みにすっごく綺麗だし、見ているだけでも癒やされるから、もし売却専用だとしても売らずに手元にとっとくけど」


 ここで一つ、BCOのゲームシステムについて説明しよう。

 BCOにおけるアイテムには、いくつかの種類がある。

 まずはHPやMP、状態異常などを回復させる回復剤や、『魔物除けの呪符』や『闘水』などの支援魔法やバフデバフに用いる、いわゆる消費系アイテム。これらは一回限りの使い切りで、使えばその場で完全に消えてなくなる。

 次に、スキルや特殊技能などを覚えることができる特殊アイテム。これも一回限りの使い切りではあるが、一度使って習得したスキルや特殊技能はその後永続して使うことが可能になる。

 他にも武器や防具なども広義で言えばアイテムの範疇であり、装備することでステータス補正したり特殊効果を利用したりできる。


 そして、それらのアイテムとはまた一線を画する、ある意味特殊なアイテムが存在する。

 それは『売却専用アイテム』である。

 それらの品は、アイテムとして使うことは一切できない。そもそも『使う』というコマンドボタンすら画面内に出てこない。

 では一体何のために存在するのか?と言えば、字面の通り『売却してゲーム内通貨を得るためのアイテム』なのである。


 存在意義がゲーム内通貨獲得のためのものなので、売却価格は総じて高い。ライトの記憶では、一個で数百万Gの価格がつくものもあった。

 BCOでゲーム内通貨を得るには、モンスターを狩りまくって不要アイテムを売却したりコロシアムで対人戦を大量にこなしたり等、かなりの労力が要る。

 売却専用アイテムとは、そうした労力を経ることなく一攫千金を狙えるアイテムなのだ。

 もっとも、売却価格が高ければ高いものほど入手困難なことは言うまでもない。


 さて、ライトの手のひらの上で美しい煌きを放つこの【水の乙女の雫】は、どういったアイテムに分類されるのだろうか。

 見た目の美しさからすると、売却専用アイテムである可能性が相当高そうではある。

 それらを確かめるべく、ライトは【水の乙女の雫】をマイページのアイテム欄に収納してみた。


 無事アイテム欄に収納された【水の乙女の雫】をタップするライト。

 すると、次のような表示が現れた。



 ====================


【水の乙女の雫】


 水の女王が零した涙の雫。

 彼女が流した美しい涙の中には、様々な喜怒哀楽が篭もっている。

 小さなひと粒の内に宿る力は強大であり、解放することにより大いなる力を手にすることができる。


 売価:10000000G


 ====================



「えーと……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん…………1000万G!?」


 出てきた詳細内容に示された売価の桁を数え、その数字に驚くライト。

 この【水の乙女の雫】ひと粒で、何と1000万Gの価値があるというのだ。

 日本円価格にして1億円相当、ライトが目を丸くして驚くのも無理はない。


 だが、この品の出処が水の女王であることを考えれば、この価格も妥当に思える。

 そもそも人族の身で水の女王に会えること自体がかなり珍しいことなのだ。水の女王に会うだけでも相当困難なことなのに、そこからさらに涙の雫を入手するなどどう考えてもほぼ無理ゲーである。

 そうした経緯を鑑みると、1000万Gの価値は十二分にあるだろう。


 だがライトには、超高額な売価以上に気になる点があった。

 それは解説の後半部分『解放することにより、大いなる力を手にすることができる』という記述である。


「これは……アイテムとして使える、ということか? 解説文の響きからして、どうもスキルアイテムっぽいが……」


 詳細画面をタップして一度消して、アイテム欄の一覧に戻るライト。

 すると【水の乙女の雫】の右端に『使う』のコマンドボタンが出てきているではないか。

 これはこの【水の乙女の雫】という品が、売却専用ではなくアイテムとして使用可能である、ということを指し示している。


「おお……試しに一つ使ってみるか。ポチッとなー」


 ライトは早速『使う』のコマンドボタンを押す。

 その後しばらく静かにして様子を見たが、身体の体調や視覚的には何の変化も起きない。だが、アイテム欄からは【水の乙女の雫】が消えてなくなっいる。

 アイテムとして消費した以上、何かしらの力なり効果は得ているはずだ。ライトはマイページ内のスキル欄をチェックした。


 スキル欄には、これまでにライトが職業に就いてその習熟度を上げることで得てきたスキルの数々が収められている。とはいえマスターした職業はまだまだ少なく、スキルの数もそんなに多くはないのだが。

 その数少ないスキルの中で、見覚えのない新しいスキルを発見したライト。

 その詳細を知るべく、ライトは早速そのスキルを長押しした。



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 【水ニ揺蕩タユタシトネ


 水の女王の力の片鱗。

 唯一無二の水の乙女、その清らかな純潔の力で敵対者を討ち滅ぼす。


 使用SP:1 使用MP:50


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「おおお……やっぱりスキルだった!」

「使用MPの量からすると、ちょっと強めの中級魔法ってところだろうけど……まぁ普通に考えて水属性の攻撃魔法だよね」


 レアアイテム【水の乙女の雫】を使用した結果、やはりそれはスキルアイテムであった。

 新たに習得したスキルの詳細文章や使用MPから察するに、水属性の中級程度の攻撃魔法と思われる。


「攻撃はいつも物理必中スキルの手裏剣だし、それ以外はあまり使ってないけど。それでも攻撃手段はたくさんあった方がいいもんね!水の女王様、ありがとう!」

「よし、そしたら今度どこか人目のつかないところでこのスキルを使ってみようっと!」


 思わぬところで新たなスキルを得て、超ご機嫌のライト。

 物理か魔法の如何や使う使わないはさて置き、冒険者を目指すライトにとって攻撃手段を数多く所持できるのは良いことだ。

 水の女王に感謝しつつ、ふと机の上の時計を見ると午前の十一時を既に回っている。


「あッ、もうそろそろラグナロッツァの家に行く支度しなくっちゃ!」


 ライトはマイページを閉じ、ネツァクに出かけられる格好をしてラグナロッツァの屋敷に移動していった。





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 ライトの新たなスキル獲得回。

 このサイサクス世界でライトがスキルを得る方法は二つ。

 一つは『職業システムを用いて、様々な職業の習熟度を上げていくことでスキルを獲得する』、もう一つは『モンスターを倒して得たドロップ品や、遺跡やダンジョンで発見したアイテムからスキルを獲得する』、この二種類です。

 今回ライトが得た水属性の攻撃魔法は、水の女王からもらった品を使用して得たものなのでタイプで言えば後者の方です。


 ちなみに解説文には『敵対者を討ち滅ぼす』というすんげー勇ましい文言が書いてありますが。実際にはそこまでものすごーく強大な攻撃力を誇る訳ではありません。

 大法螺吹き、という訳ではないのですが、サイサクス創造神は何かと大仰な表現が大好きだったりします。いわゆる『見掛け倒し』というやつですね!

 とはいえ水の女王がもたらす攻撃魔法なので、発動すればそれなりに力を発揮するでしょう。……多分。

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