第409話 サイサクス世界のバレンタインデー

 炎の洞窟の調査報告も無事終えて、冒険者ギルドの転移門でラグナロッツァに戻ったライトとレオニス。

 今日はプロステス領主邸での調査報告後に、アレクシスから昼食を共にと誘われたのでありがたくご相伴に与ることにしたライト達。

 おかげでラグナロッツァに戻るのが少々遅れたが、それでも時刻は午後の二時を少し回った頃。まだ外も普通に明るい時間帯だ。


「俺はこれから魔術師ギルド総本部に行ってくる。あの呪符をまたピースに頼んでおかなくちゃならんからな」

「そうだね、あの呪符はまたこれからも必要になるもんね」

「ライトは真っ直ぐ家に帰れよ。まぁ少しくらいなら寄り道しても構わんが」

「レオ兄ちゃんも気をつけて行ってきてねー……って、あ!ちょっと待って、レオ兄ちゃん!」

「ン? どうした?」


 レオニスがライトと別行動するために分かれようとしていたところを、ライトが慌てて引き留める。

 何事かと思いレオニスが振り返ると、ライトの視線はギルド内の売店に向けられていた。

 普段そこまで混雑していない売店が、今日はやけに人集りができていて何やら行列を作っているではないか。


「ねぇ、レオ兄ちゃん、あれ買って!」

「あれって何だ? 何か欲しいもんが売店にあんのか?」

「うん!」


 ライトがキラッキラの瞳をしながら指差したそれは『バレンタインデー限定!濃茶色のぬるぬるドリンク・チョコレート味』である。

 そう、今日の帰りにギルドの売店でこのチョコレート味のぬるぬるドリンクを絶対買おう!とライトは心に決めていたのだ。

 危うく忘れるところだったが、ギリギリのところで思い出せたのでセーフである。


「あー、そういやもうすぐバレンタインデーだもんなー」

「レオ兄ちゃんはあのチョコレート味って飲んだことある?」

「そりゃもちろん。結構甘めで美味かった覚えはある」


 二人で売店に近づいていくと、何やらこのチョコレート味のぬるぬるドリンクは二種類あるらしい。

 酒は飲めないが甘いものは好きなレオニス、この濃茶色のぬるぬるドリンク・チョコレート味は結構好きな方らしい。


「ン? 何ナニ、『たっぷり濃い目』に『すっきりサラサラ』だとぅ?」

「味の濃さが違うっぽいねー。レオ兄ちゃんはどっちが好き?」

「ぃゃ、これの濃い薄いなんてのは今初めて見たぞ……今年からの新商品じゃね?」

「そなの?」


 ライトとレオニス、二人して繁繁と該当商品の宣伝文句を眺めていると背後から声をかけられた。

 鈴が転がるような愛らしい声が二人の耳に届く。


「お二人とも、お目が高いですね。そうです、この『たっぷり濃い目』と『すっきりサラサラ』は今年からの新企画商品なんですよー」

「あっ、クレナさん!こんにちは!」

「よぅ、クレナ」


 ライト達に声をかけたのは、ラグナロッツァ総本部の看板受付嬢クレナであった。

 彼女の腕の中には、今話題の濃茶色のぬるぬるドリンクが何本も抱えられている。会計で精算し終えたばかりらしい。


「クレナさんも、その濃茶色のぬるぬるドリンクを買いに来たんですか?」

「ええ、只今私は絶賛休憩時間中ですので。このバレンタインデー限定のぬるぬるドリンクチョコレート味は、今しか飲めませんからねぇ。販売中は毎日休憩時間のお供として愛飲しているんですよ」


 クレナは今休憩時間中だという。

 休憩のお供にぬるぬるドリンクチョコレート味を買い求めに来たところ、ライトとレオニスを見かけて声をかけたということのようだ。


「クレナさん的にはどちらがオススメですか?」

「ぃゃー、どちらとも美味しくて一つに絞ることなんてできませんよぅー」

「そうですかー。どっちを選べばいいか迷うなぁ」

「あ、ちなみに購入個数制限ありますからね? お一人様につき合わせて五個までですので」

「あっ、そうなんだー。そしたらレオ兄ちゃんもぼくといっしょに並んで買って!ラウルやマキシ君にも飲ませてあげたいから」

「了解ー」


 クレナからの情報をもとに、二人してギルド売店にいそいそと行列に並ぶライトとレオニス。

 二週間だけの短期間限定販売だけに、どうやらかなりの人気商品らしい。このサイサクス世界にもお一人様何点まで、なんてあるんだー、と思いながら並ぶライト。

 数分待ってようやく買えたことに大満足しつつ、冒険者ギルドを出た。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「と、いう訳でぇ。今日のお土産はこの濃茶色のぬるぬるドリンクね!」

「お、バレンタインデー恒例の冒険者ギルド製期間限定販売のやつか? 」

「そうそう!ラウルももちろん飲んだことあるよね?」

「もちろんだとも。この俺がラグナロッツァで売られている甘味の研究を怠る訳ないだろ?」


 冒険者ギルド総本部でレオニスと分かれ、ラグナロッツァの屋敷に戻ったライト。先程入手したばかりのぬるぬるドリンクチョコレート味を一本づつ持ち帰り、早速ラウルに披露していた。

 クレナからの情報では今年からの新商品とのことなので、きっとラウルも知らないに違いない。

 ライトが差し出した二種類のぬるぬるドリンクを見て、案の定不思議そうな顔をするラウル。


「これ、何で二種類あるんだ? ぱっと見では色も違うように見えるが」

「これはねぇ、『たっぷり濃い目』と『すっきりサラサラ』なんだって!」

「ほほぅ、濃い目とすっきりの二種類か。なかなかに面白そうじゃねぇか」

「でしょでしょー、二種類販売するのは今年が初めてなんだってさ!」

「そりゃすげーな、売れ筋商品に力を入れてるんだな。……って、あの売店、冒険者ギルド内の施設だよな? 菓子屋じゃねぇよな?」


 ぬるぬるドリンクチョコレート味のバリエーション増加に感心しつつ、売店の経営母体が菓子屋ではなく冒険者ギルドであることに違和感を隠せないラウル。

 だが、そこに疑問を抱いてはいけない。冒険者ギルドのトップが誰であるかを考えるのだ。そうすれば、自ずと答えは見えてくるというものである。


 ラウルがコップを二つ用意し、そこにライトがぬるぬるドリンクチョコレート味の濃い目とすっきりをそれぞれ少しだけ注いでいく。早速二人で味比べである。

 濃い目はとろりとした口当たりに、濃厚なチョコレートの香りが漂う。すっきりはさらりとした口当たりで、喉越しも軽くココアのようにとても飲みやすい。


「んー、どっちも美味しいね!」

「ああ、こりゃまた甲乙つけがたいな。飲みたい時の気分によって濃い薄いを選べばいいな」

「レオ兄ちゃんやマキシ君が帰ってきたら、二人にも飲ませてあげようね!」

「おう、二人とも甘いもの好きだからな、きっと喜ぶだろ」


 季節限定品を味わいながら、きゃいきゃいとはしゃぐライトとラウル。

 人族と妖精族が織りなす、和やかなティータイムならぬチョコレートタイムだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ライト達がプロステスの炎の洞窟問題を解決してから四日後のこと。

 この日は水曜日で平日。だが、年に一度のビッグイベントの日でもある。そう、それは『バレンタインデー』だ。

 このサイサクス世界は現代日本準拠なので、本命チョコはもちろんのこと義理チョコ、友チョコ、世話チョコ、自分チョコ、何でもありの世界である。


 ちなみにライトの前世では、ファミチョコしかもらったことがなかった。ファミチョコとは家族ファミリーからもらうチョコレートのことである。

 いや、ライトの前世橘 光もそこまで不細工なキモ男だった訳ではない。ただ単にその性格がコミュ障気味で、人との繋がりが極薄だっただけなのだ。


 ああ、それでも母さんや妹からチョコもらえただけでも嬉しかったなぁ。家族の皆は元気にしてるかな……ここからじゃ確かめようもないけれど。

 ちょっぴりだけ前世に思いを馳せるライト。

 だがしかし、ファミチョコのことを思い出すと同時に別の問題が浮上してくる。それは『今世では女の子からチョコもらえるか問題』である。


 前世では母と妹がいたので、彼女達からファミチョコをもらえていた。だが、今世でのライトは両親なし兄弟姉妹なしの天涯孤独の身。保護者代わりのレオニスも独身男性、嫁どころか彼女の影すら見当たらない。

 今世ではファミチョコは完全に無理なので、残るはラグーン学園の同級生達という存在に賭けるしかないのだ。


 そんなあれこれを考えつつ、ラグーン学園に登校するライト。

 いつも通り1年A組の教室に入ると、そこには普段より多くの同級生達が既に登校していた。

 一体何事かと見回してみると、どうやら皆チョコレートのやり取りのためにいつもより早くに登校したようだ。そのほとんどが女子による義理チョコ、友チョコ配りで、皆仲良くチョコレートのやり取りをしている。


 そんな和気あいあいとした教室の空気に和んでいると、ライトのところにもイヴリンとリリィがやってきた。


「「ライト君、おっはよー!」」

「あ、イヴリンちゃん、リリィちゃん、おはよう」

「はい、これ。ライト君への友チョコね!」

「ありがとう!」


 イヴリンとリリィ、二人から手渡されたそれは一粒のチョコレートだった。

 可愛らしい包装紙に包まれた、まるで飴玉のようなチョコレート。赤色の包装紙はイヴリンで、ピンク色の包装紙はリリィのものだ。

 二人とも平民なので、そこまでたくさんの小遣いがある訳ではない。だが、少ないなりにも友達全員に配るために頑張ったのだろう。彼女達の努力や優しい心遣いが伺えて、ライトの心もじんわりと温かくなる。


 そして当のイヴリンとリリィは、ライトに友チョコを渡し終えると早速他の友達のところにピューッ!と移動していった。友達の多いリア充女子は何とも忙しく大変なことだ。

 すると、イヴリン達の移動を見計らったかのようにハリエットがスススー、とライトの横に来た。


「ライトさん、おはようございます」

「ハリエットさん、おはよう」

「あの、これ……私からの友チョコ?というものです」


 ハリエットが頬を紅く染めながら、小さな可愛らしい缶をライトに差し出す。おそらくその中に、何らかのチョコレートが入っているのだろう。

 伯爵令嬢であるハリエットまでバレンタインデーの習慣を知っているとは驚きだが、その兄ウィルフレッドもラグーン学園中等部に通っていることを思えばハリエットもバレンタインデーを知っていてもおかしくはない。


「ハリエットさん、ありがとう!ホワイトデーにはお返しするね!」

「……!!た、楽しみにしておりますっ」


 ライトから礼の言葉を聞いたハリエット、もとから紅かった頬をさらに紅く染め、耳まで真っ赤になりながらピューッ!とその場を走り去ってしまった。

 そしてハリエットが走り去るのを見計らったかのように、今度はジョゼがスススー、とライトの横に来た。


「ライト君、おはよう」

「あっ、ジョゼ君、おはよう」

「ねぇ、ライト君ももうイヴリン達から友チョコもらった?」

「うん、今さっき可愛らしいのをもらったよー」


 ジョゼからの問いに、ライトは先程二人からもらったばかりの赤色とピンク色の一粒チョコレートを手のひらの上に乗せてジョゼに見せる。

 それを見たジョゼは、安堵のような何ともいえない表情になる。


「そっか、ライト君も僕と同じのをもらったんだね」

「ジョゼ君もこれをもらったんだ? 良かったね」

「ン……まぁもらえないよりはマシ、かな?」


 ジョゼのはるか遠くを見つめるような目に、ライトは内心しまった、と焦る。

 そう、ジョゼはイヴリンのことが好きなのだ。それはライト達のような友達としての好きではなく異性、恋愛対象としての恋慕の情だ。だってジョゼは前々からイヴリンに『僕のお嫁さんになれば云々』を繰り返し言っているのだから。


 八歳にして既にそんなことを言っちゃうサイサクス世界の子供ってば、早熟過ぎるやろがえ!とライトも思わないでもないが、人を恋い慕う気持ちにどうこう言うほどライトも野暮ではない。

 若干落ち込んでいるように見えるジョゼに、ライトは懸命に声をかける。


「で、でもほら!イヴリンちゃんは皆に優しいから!」

「そう、僕以外の皆にも優しいのがイヴリンの良いところであり、僕の悩みでもあるんだよねぇ」

「ッ!!……で、でも、僕の目から見るとイヴリンちゃんと一番仲の良い男の子は、ジョゼ君に見えるけどなぁ?」

「……そうかな?」


 ライトの懸命のフォローに、気落ちしていたジョゼも少しだけ気分が上昇してきたようだ。


「う、うん!だってほら、朝の登校や下校の帰り道もよくいっしょに歩いてるでしょ?」

「うん、まぁね。家が近いから行き帰りの方向も同じだし」

「それこそ仲が良い証拠だよ!普通ならさ、大して仲の良くない子といっしょに登下校なんてしないって!」

「……そうだよね、少なくとも嫌いなやつではないよね」

「そうそう、二人ともとても仲が良くていいね。お互い何でも言いたいこと言い合えて、頼れる幼馴染って感じ?」

「……幼馴染ポジションって、その後の発展が難しい立ち位置だよね」

「…………あ」


 ライトがフォロー中にぽろりと言った『幼馴染』という言葉に、ジョゼは再びズゥゥゥゥン……と沈み込む。

 幼馴染から恋仲に発展し、家庭を持つに至るまでの確率とはどの程度あるのだろう。決して高くはなさそうだが、ジョゼの反応を見るあたりそれはこのサイサクス世界でも同様なのだろうか。


「ご、ごめんね。ぼく、今までずっとレオ兄ちゃんとカタポレンの森の中で暮らしていたから、幼馴染なんて一人もいなくて……」

「あー、うん、確かにね……カタポレンの森なんて、普通の人間は住めないもんね。そこで幼馴染作るとしたら、魔物とか妖精、精霊とか? まぁどの道人間じゃないよね」

「うぐッ」


 ジョゼの辛辣な返しが炸裂し、ライトの胸をグッサリと抉る。

 だがしかし、ジョゼの言うことは紛うことなき事実なのでライトも反論のしようがない。

 今度はジョゼよりもライトの方が凹んでしまった。


「ああ、ごめんね、ライト君。ライト君にはいろいろと特殊な事情があるもんね」

「う、ううん、いいんだ、本当のことだから……」

「でもさ、そしたら今ラグーン学園に通う僕達が君の幼馴染ということになるんじゃない?」

「……え?」


 ライトに向かって謝るジョゼの思わぬ言葉に、俯いていたライトが思わず顔を上げる。


「だってほら、僕達はまだ八歳の子供だし。これからラグーン学園で何年も共に過ごせば、僕達が大人になる頃には皆全員立派な幼馴染だろう?」

「……うん、そうだね……」

「もし中等部で別々の組になっても、僕達が友達であることに変わりはないさ。ね?」

「うん!」


 ジョゼがライトに『将来皆まとめて幼馴染!』という、とても魅惑的な未来の展望を示す。

 ライトの肩に腕を回し、もう片方の手で空のはるか高みを指差しているジョゼ。その姿はまるで一番星を指すかの如き神々しさで、ライトも思わず感激しながらジョゼの指差す高みをともに見つめている。

 何とも麗しき友情であり、彼らの姿は見る者全てに深い感動と感銘を与える―――かもしれない。


 さっきまではライトがジョゼを励ましていたのに、今は立場が逆転してしまっている。

 だが、ラグーン学園に入学するまで同年代の子供とは全く交流がなかったライトにとって、ジョゼの言葉はとても嬉しいものだった。





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 炎の洞窟の事件が終了した後は、ちょっと息抜きののんびり話です。

 というか、のんびり話なので今回特に小難しいことも書いてないはずなのに、何気に今回6000字近くなってしまったんですが……何でだ?( ̄ω ̄)


 そう思いながら見返してみると。『濃茶色のぬるぬるドリンク・チョコレート味』と『バレンタインデー』、この二つの単語のせいで文字数がアホほど嵩んでるのかッ!……ということに気づいた作者。特に前者の方なんて20文字も食ってるじゃん、ヤダー><

 でもまぁこれらが出るのは今回だけなので、お目溢しくらさいまし><

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