第408話 事件解決の追加報酬
「何と……炎の洞窟でそのような大それた事が起きていたとは……」
ここはプロステス領主、アレクシス・ウォーベック邸。
炎の洞窟の調査を終えたライトとレオニスが、調査の依頼主であるアレクシスに最終報告をするために領主邸を訪れていた。
レオニスから語られた事のあらましを聞いていたアレクシスは、事の重大さに半ば唖然としつつ報告に聞き入っていた。
「炎の女王に呪いがかけられていて、それが原因で火の精霊が全て禍精霊【火】に変化していたのか……」
「ああ。他の魔物ももれなく狂乱状態に陥っていたと思われる」
「なるほど……炎の女王はあの洞窟を統べる唯一無二の存在だ。その御方に異変が起きたとあれば、炎の洞窟内に棲む魔物達が怒り狂うのも納得がいく」
「全くだ。特に火の精霊なんて、炎の女王の子供みたいなもんだからな……それが全部禍精霊【火】になってしまっていて、その熱気が絶えず洞窟から出ていたんだ。それがプロステスの近年の異常な気温上昇の原因だったって訳だ」
アレクシスが沈痛な面持ちで、ふぅ、と小さくため息をつく。
プロステスにおける近年の煮え滾るような夏の暑さや、真冬でも春や初夏を思わせる気温上昇。その原因は禍精霊【火】の異常増殖のせいだ、ということはアレクシスも把握していた。
だが、その根本的な原因がまさか炎の女王にかけられた呪いのせいだったとは。アレクシスのみならず、誰にも予想できなかっただろう。
「しかし……よくぞ炎の洞窟の異変の真相を突き止めてくれたね。さすがは世に名高き金剛級冒険者だ。レオニス君に調査を依頼して良かったよ。心から礼を言わせてくれ、本当にありがとう」
「ん、まぁな……袖振り合うも多生の縁、てやつだ。あんたの弟のウォーベック伯は俺んちのご近所さんだし、その令嬢のハリエットちゃんもライトの大事な友達だからな」
アレクシスが座っていた椅子から立ち上がり、レオニスに向かって深々と頭を下げる。
ウォーベック家当主にして侯爵であるアレクシスが、一介の冒険者に対して深く頭を下げるなど異例中の異例だ。
だが、プロステスの異変はもはや常人には手に負えなくなっていた。最初のうちは『今年の夏は少し暑いなー』程度の異変だったものが、年を追う毎に事態は深刻化していき、もはや抜き差しならないところまで追い詰められていた。
そんな時に、アレクシスはレオニスと出会う機会を得て事態の解決の糸口と光明を見い出したのだ。
炎の洞窟の異変の真相を突き止めたレオニスに、アレクシスが深く感謝するのも当然のことだった。
「さて、そうすると今後我等はその呪いを解ける者を探せば良いのだな。冒険者ギルド、いや、魔術師ギルドにも依頼を出しておくか」
「あ、その必要はない。炎の女王の呪いは俺達がさっき解いてきた」
「…………ン?? レオニス君、今何と言ったかね?」
「炎の女王の呪いは、俺達がさっき解いてきた」
「………………」
炎の女王の呪いを解いたというレオニスの言葉を聞いたアレクシス、己の耳を疑いつつレオニスに聞き直すも同じ答えが返ってきて呆然とする。
確かにアレクシスはレオニスに炎の洞窟の調査依頼をしたが、まさか既にその先の問題解決にまで至っているとは夢にも思わなかったからだ。
「いや、炎の洞窟の最奥で見た炎の女王の呪われた姿が、あまりにも無惨で痛々しくてな。プロステスに来る前に魔術師ギルドでもらっていた浄化魔法の呪符で治したんだ。……って、余計なことだったか?」
「!!!!! いやいやいやいや、余計なことなどととんでもない!!感謝しこそすれ、文句など言おうはずもない!!」
「そうか? ならいいが……」
レオニスが心配そうにアレクシスの顔を覗き込み、アレクシスは慌てて椅子から立ち上がり言い募る。
炎の洞窟の異変の本当の原因が判明し、それを解決すべくこれから冒険者ギルドや魔術師ギルドで炎の女王の呪いを解除できる者を新たに雇おうとしていたアレクシス。
それが何と、レオニスが既に解除したと言うではないか。
アレクシスにとって、これほど喜ばしいことはなかった。
「……と、いうことは、だ。炎の洞窟の異変はもう既に完全に解決した、と考えていいのかね?」
「ああ。炎の女王が受けた呪いは解けて、女王の体調も回復した。俺は解呪師などの専門家ではないから、あの処置だけで完璧かどうかまでは分からんし断言もできんが。それでも女王と会話して、その様子を見た限りではもう大丈夫だろうと思う」
「そ、そうか……もう大丈夫なのか……」
レオニスの話を聞き、アレクシスは力が抜けたようにぽすん、と椅子に凭れかかる。天を仰ぐように上を向き、右手で己の目を覆い隠しながらしばし黙り込むアレクシス。
長年に渡りアレクシスの頭を悩ませ続けてきた、プロステスの異常な気温上昇。その原因が判明しただけでなく、呪いという根源を既に解呪済みだというのだ。
それが意味するところは、プロステスという街の存亡の危機が完全に回避されたということに他ならない。
アレクシスが天を仰ぎ感極まるのも無理はなかった。
ライトやレオニスも、アレクシスの気持ちが手に取るように分かる。故に、二人も無言のままアレクシスが再び動けるようになるのを静かに待つ。
ようやく落ち着いてきたのか、長い静寂の後アレクシスが身体を起こしてきちんとした姿勢で座り直した。
「レオニス君、ライト君。君達には本当に……どれだけ礼を言っても言い尽くせないし、感謝してもしきれない」
「君達はこのプロステスの救世主だ。このままでは人の住めぬ死の街となり、滅びゆくしかなかったプロステスを救ってくれた大恩人だ」
「プロステスに住む全ての者を代表して、礼を言わせていただきたい。本当に……本当にありがとう、心から感謝する」
アレクシスは再び椅子から立ち上がり、先程よりもさらに頭を深く下げてライトとレオニスに感謝の意を伝える。
本当に大貴族らしからぬ誠実な人だな、とライトもレオニスも内心そう思いながら、静かに微笑みつつアレクシスの礼を素直に受ける。
「アレクシス侯爵、頭を上げてくれ。俺達がプロステスの街を救う手助けができたことはとても嬉しく思う」
「そうですよ!このプロステスは歴史のある街で商業都市としても重要ですし、何よりハリエットさんの故郷でもあるんですから!ぼくも少しだけ力になれて嬉しいです!」
「君達という人は……どこまでも謙虚なのだな」
深々と頭を下げていたアレクシスは顔を上げ、ライトとレオニスを見ながら小さく微笑む。
「さて、そしたら解呪の報酬は何がいいかね?」
「私が出せるものなら何でも出そう。もちろん私の一存で決められる範囲ではあるが、君達の要望を叶えられるようできる限り努力をする」
「さぁ、何でも言ってくれたまえ」
今回の炎の洞窟調査を請け負うに当たり、その報酬は洞窟への潜入一回につき一万Gという金額でレオニスは引き受けていた。その金額が高いか安いかの判断は人それぞれだが、大陸最強の金剛級冒険者を雇える金額としては間違いなく破格の安値だろう。
今日は三回目の調査だが、原因究明どころか問題解決にまで至ってくれたことに対してアレクシスは追加報酬を出す腹積もりのようだ。
「んー、そうだなぁ……特に考えてはいなかったが、ライトは何かあるか?」
「えっ、ぼくの欲しいもの?うーん、何だろう……何がいいかな、んーーー……」
レオニスから話を振られたライト、突然のことに狼狽えつつも真剣に考え込む。
ライトは顔を顰めながらしばらくうんうんと唸り、パッと明るい顔になる。どうやら何か欲しいものを思いついたようだ。
「ぼく、熱晶石が欲しいです!」
「熱晶石、かね?」
ライトが出した欲しいものとして答えたのが、プロステス産の熱晶石だった。
その意外な答えにアレクシスが不思議そうに聞き返している。
欲しいものがお金や宝石などではなく、熱晶石だとは思いもしなかったようだ。
「はい!ぼく、魔石はよく使うし火の魔石もレオ兄ちゃんの家にありますけど、晶石は一度も見たことないんです」
「ああ、それはそうだろうね。熱晶石はほぼその全てがツェリザークとの取引にしか使われないし、一般人に売るものでもないからな。熱晶石を使うツェリザーク市民以外には馴染みのないものだろう」
「そう、そこなんです!お店では絶対に買えないものだから欲しいんです!」
「そ、そうか? そういうものなのか……?」
思わず力説するライトに、アレクシスも若干気圧されている。
でもまぁライトの気持ちも分からなくもない。熱晶石は普通のルートでは絶対に買えない品だ、使う使わないは別として非売品のレアアイテムの実物が入手できる機会などそうそうあるものではない。
「……あ、もしかして熱晶石は一般人に渡したり売ってはいけない、とかいう法律があったりしますか? だとしたら諦めますが」
「いや、そんなことはない。熱晶石はツェリザークの冷晶石を等価交換で得るための必需品というだけだ。もっとも、それを私利私欲で勝手に悪用したり転売できないよう、民間人の晶石生成や販売は一切許可していない。生成から管理まで全てプロステス行政が一元管理している」
熱晶石はプロステスの夏の暑さを乗り切るために、ツェリザークが生産する冷晶石と物々交換で毎年大量に取引されている。
プロステスとツェリザーク、双方が厳しい寒暖の環境を乗り越えるために欠かせない生命線であり、そこに商売としての利潤を追求する余地などない。
都市運営の最も重要な根幹を担う資源だけに、民間には一切触れさせないのも当然といえば当然である。
ライトの言葉にしばらく考え込んだアレクシス。数瞬の思考の後、徐に口を開いた。
「ふむ。そしたら年間100個を上限として、今後ライト君が望む時に熱晶石を譲る、というのはどうだろうか?」
「年間100個!?そんなにもらってもいいんですか!?」
「ああ。プロステスが生産する熱晶石は年間十万個を超える規模だからね。そのうちの100個など微々たるもの、誤差の範疇だよ」
アレクシスの太っ腹な提案に、ライトだけでなくレオニスも無言ながら若干驚いた表情を見せる。
晶石というアイテムの存在自体は、冷熱ともに広く知られている。プロステスとツェリザーク、双方にとって民の生活に欠かせない必需品だからだ。
だがそれを二都市以外の他の街に住む、晶石配給対象外の者が入手できることは非常に稀だ。いや、稀とか珍しい云々以前に未だかつて一度もなかったことである。
ラグナ宮殿に納めるなどの特殊な事情を除けば、今回ライトが提案された条件はプロステス史上でも正真正銘初のことだった。
「ライト君、君の一生涯に渡りプロステスの熱晶石をお譲りしよう。行政の方にはそのように手配しておくし、君のための100個分の熱晶石はウォーベック家で預かっておこう。いつでも君の好きな時に、我が家に遊びに来がてら受け取りに来てくれたまえ」
「貴重な熱晶石をそんなにいただけるなんて、とても嬉しいです……アレクシス侯爵様、本当にありがとうございます!」
「いや何、君達にしてもらったことを思えば本当に微々たる礼にしかならんがね。ライト君にレオニス君、此度はプロステスを救ってくれてありがとう」
年間100個という上限付きではあるが、今後ライトが好きな時にいつでも熱晶石を譲ってもらえることにライトは破顔する。
ライトの笑顔を見たアレクシスもまた笑顔になり、改めてライトとレオニスに事件解決の礼を述べた。
こうして炎の洞窟の異変は、ライトとレオニスの活躍により無事解決したのだった。
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――炎の女王を救った解呪方法について尋ねた、アレクシスとレオニスの会話――
ア「解呪に使用したという浄化魔法の呪符とは、一体どんなものなんだね?」
レ「文字通り浄化魔法が込められた呪符だ」
ア「それはどこで手に入れるものなのだ?」
レ「呪符は魔術師ギルドで購入できるぞ。今回俺達が使ったのはギルドマスターのピースが描いた呪符でな、その最上級品を十枚使ってようやく解呪できたよ」
ア「ということは、君達も魔術師ギルドから購入した訳か。良ければ調査の必要経費としてプロステスで負担しよう」
レ「いいのか?」
ア「もちろんだとも!その呪符のおかげで我がプロステスは救われたのだからな!」
レ「ちなみに最上級品一枚の値段はだな……(ゴニョゴニョ」 ←耳打ち
ア「……ッ……!!」
レオニスから聞かされた浄化魔法の呪符最上級品『究極』の正規価格、その衝撃的なお値段にアレクシスの目玉もどこかにコロコロと転がっていってしまったようです。
ちなみにその呪符代、レオニスは結局プロステス側には請求しませんでした。さすがにいきなり100万G以上をプロステスに負担させるのは忍びなかったようです。
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