第402話 炎の洞窟調査・三回目

 冒険者ギルドの転移門で、ラグナロッツァからプロステスに移動したライトとレオニス。そこから再び炎の洞窟に向かう。

 この炎の洞窟の入口に二人で立つのも、これでもう三回目だ。

 一回目は入口付近で早々に撤退、二回目は前回の状況を分析して魔物除けの呪符を用いることでそれなりに先に進むことができた。

 できることなら土日の今日明日のうちに、洞窟内部全ての通路及び部屋空間の探索を一通り終えたいところである。


「よし、行くぞ」

「うん!」


 ライトがマントの内ポケットから魔物除けの呪符を取り出し、真ん中から破いて効果を発動させる。

 二人は炎の洞窟に入っていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「よし、ここらで一回休憩するか」

「はーい」


 五枚目の魔物除けの呪符を使ってしばらくしたところで、小部屋のような少し広い行き止まりの空間に辿り着いた二人はここで小休憩することにした。

 五枚目ということは、炎の洞窟入口してから既に二時間が経過したということだ。五枚目分の約三十分を休憩に充てるのにキリもいいし、場所も少し開けていてちょうど良い。


 ライトとレオニスは、何もない小部屋空間のど真ん中に座り込む。アイテムリュックや空間魔法陣からそれぞれ飲み物などを取り出し、ライトがラウルに作ってもらったおやつのクッキーをつまみながら一息つく。

 ちなみにライトは橙のぬるぬるドリンク、レオニスはアークエーテルを飲んでいる。


「ふぅ……この部屋でようやく洞窟の半分くらいを見て回ったことになるな」

「そうだねー。残り半分、今日中に見て回れるかなぁ?」

「んー、やってできんこともないだろうが……あと五、六時間は洞窟に篭り続けなきゃならん計算になるなぁ」


 二人はラウル特製絶品クッキーをむしゃりながら、地面に広げた地図を眺める。レオニスがこれまで洞窟を歩きながらバツを描き込んでいった道や行き止まりは、既に洞窟面積の約半分くらいまでになっていた。

 朝早くにラグナロッツァを出立し、炎の洞窟にも午前中の早いうちから入ったので、時間的に言えば今日中に洞窟内を全部見て回ることも可能だ。

 だがそれは、あくまでも洞窟内部で何事もなく過ごせた場合の話だ。不測の事態が起きた場合はこの限りではない。


 また、レオニスはライトの体調も心配していた。

 いくら日々鍛錬していて、普通の子供どころかそこら辺の新人冒険者よりもはるかに冒険者然としているライトでも、実際に洞窟などを探検するのはこの炎の洞窟が初めてのことだ。

 如何にライトの才能や資質が抜群に高くても、冒険者としての実績や経験はまだまだ浅い。ライト本人はテンション高めで一見疲れていないように見えるが、この先に何が潜んでいるか分からない。

 また洞窟に潜ろうと思えば明日も来れるし、何も今ここで無理に探検を進めなくてもいいか……とレオニスは考えていた。


「この一番奥の大きな空間に、炎の女王がいるとされているが。今日はその手前あたりまで探索して、最後の一割は明日に持ち越すか」

「うん、炎の女王と謁見して話をするなら時間に余裕がある方がいいよね」

「だな。そもそも炎の女王とちゃんと会話できるかどうかも全く分からんがな」


 今回の炎の洞窟調査の依頼主であるプロステス領主アレクシスからは『可能ならば炎の女王にお会いして、解決策などを聞いてきてほしい』と言われている。

 炎の女王はこの洞窟の名前の由来にしてダンジョンボスではあるが、人族と会話できるくらいの知性はあるはずだ。向こう側が会話に応じてくれれば、炎の洞窟の異変に対する方策も話し合えるだろう。


 だが、炎の洞窟全体が異常事態に襲われている今、炎の女王とて何が起きているか分かったものではない。もしかしたら、炎の女王ですら狂乱状態にあってもおかしくないのだ。

 こればかりは炎の女王に直接会って、実際に確かめてみなければどうにもならない。


「とりあえず今日はもう少し探索を進めて、炎の女王に会うのは明日にするか」

「そうした方が良さそうだね」

「じゃ、ぼちぼち先に進むか」

「はーい」


 ライトとレオニスは立ち上がり、飲み物の空き瓶をそれぞれ仕舞いながらMP補給用の飴を口に含む。

 レオニスは広げた地図を折り畳んで再び手に持ち、ライトはもうそろそろ効果が切れるであろう魔物除けの呪符の六枚目を破る。

 小休憩していた小部屋空間から出て、洞窟の奥に続く本道に出たその時。ライトのマントの内側からフワッとした光が漏れ出た。


「……ン? 何だこの光?」


 自分の胸元から漏れる光に気づいたライトが、思わず口にすると同時にどこかから『フッフゥ~~~ン♪』という鼻歌交じりの声が聞こえてきた。

 ライトとレオニスが、その声のする方向に首を向けたその瞬間。二人と鼻歌の主はガッツリと目が合った。


「「『』」」


 何とも間の抜けた鼻歌の主。それは、かつてオーガの里でレオニスが取り逃してしまった大型の蝙蝠型魔物、マードンであった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「「『………………』」」


 あまりにも突然の遭遇に、しばし三者は凍りついたように固まる。炎の洞窟で凍るとは、これ如何に。

 その中でいち早く解凍したのはレオニスで、マードンを捕まえるべく飛びかかった。

 レオニスのその恐ろしい動きにマードンも解凍し、『ピエッ』と小さく叫びながら慌てて逃げ出そうとするも時既にお寿司。

 レオニスの素早さにマードンが敵うはずもなく、呆気なくレオニスに捕まってしまった。


 捕まえたマードンの両脚を片手で握りしめ、もう片方の手で空間魔法陣から縄を取り出しぐるぐる巻きに縛っていく。

 ガッチリみっちりギッチギチに縛り上げられたマードン、あっという間に完璧なるイモムシ状態リターンズである。


「よう、マードン。こんなところで再会とは、奇遇だなぁ?」

『ピエェ……』

「オーガの里ではラキ達がだいぶ世話になったな? あの時の礼をここで倍返しするべきか?」

『ピエェェ……』

「つーか、貴様、ここに何をしに来た? ……正直に吐け。嘘をつくと、お前のためにならんぞ?」

『ピエェェェ……』


 今にも射殺いころされそうな鋭い視線と『ドンドコズギャガガガ……』という地の底から沸き上がるようなドス黒いオーラが陽炎のように揺らめき立ち上る。

 レオニスから発せられるそのあまりにも凄まじい圧に、蝙蝠の魔物は涙目で震え上がる。

 だが、マードンとて一廉の魔物にして屍鬼将ゾルディスの側近中の側近という自負がある。レオニスの強烈な威圧に必死に抗い、勇気を振り絞って大きな声で返す。


『ピエェ……ききき貴様こそ、なァンでこンなところにンのだ!』

「俺はこの炎の洞窟の調査に来てんだよ。ここ数年炎の洞窟に異変が起きてるから調べてくれって依頼があったからな」

『……こここココにそンな異変など、おおお起きてはおらーンぬ!』

「何で炎の洞窟の住人でもない貴様がそんなことを断言してんだよ。……ああ、やっぱりこの異常事態は貴様らが仕組んだものなんだな?」

『……!!』


 あまりにも分かりやすいマードンの態度に、レオニスは早々に察する。

 そもそもこのマードンは、廃都の魔城の四帝の一角【愚帝】の配下である屍鬼将ゾルディスの側近だ。そんなやつが、この炎の洞窟の中を何の目的も無しに彷徨いているとは到底思えない。

 この炎の洞窟の異変は、四帝が世界中に撒き散らしている穢れもしくはそれと同様の呪いの類いである―――そう推察していたところに、四帝配下の手下が現れた。

 これはもはや、炎の洞窟の異変の元凶は四帝で確定したようなものだった。


「じゃあ、マードン。貴様が仕掛けた穢れがどこにあるか、案内してもらおうか」

『そンなもん、知ィーらんぷいーん!』

「知らん訳なかろう。んじゃ貴様、一体何しにこの炎の洞窟に入り込んでやがんだ、あァん?」

『…………らが…………せぇで…………』

「ン? 声がちっこい、も少し大きな声で喋れ」


 ワナワナと震えながら何事か呟いていたマードン。

 くぐもった小さな声だったので、その呟きをよく聞き取れなかったレオニスが注意を促すも、その言葉にプッチーン☆と切れたらしいマードンが突然大声で喚き出した。


『我だッて!こぉーンなクッソ暑いところに好き好ンで来とる訳ではないわッ!』

『ならば誰のせぇーいで来とンのかッてェ!? ンなもん貴ッ様らのせぇーいに決まッとるやろがえィ!』

『貴ッ様らが!『魔力の泉』を!潰して回ッとるせぇーいで!【愚帝】様から!泉の補填強化命令が出て!我がその作業に駆り出されッとるのダァァァァッ!』

『ゾルディス様ァァァァ!出張手当くらしゃァーーーい!』


 地面に転がされたイモムシマードンが、ジッタバッタと激しくのたうち回りながら絶叫する。屍鬼将ゾルディスのもとで働くマードン、相変わらずブラック企業勤めのようである。

 怖い上司ゾルディスに扱き使われる部下マードン、何とも憐れではあるが。公然と悪事を働く輩なので、全く同情はできない。


「はぁ……やっぱり貴様らの仕業ってことで確定か。さて、これからどうするべきか……ライトはどう思う?」

「うーん……このマードンてやつから、穢れを埋め込んだ場所を聞き出せれば一番いいし手っ取り早いんだけど……正直に言うかな?」

「そこら辺はまぁ、いくらでもやり方はあるさ」


 レオニスはそう言うと、改めてマードンの方に視線を向ける。

 いつもは穏やかな天色の瞳は凍てつき、突き刺すような冷酷な光がマードンを見下ろす。その残酷なまでに冷たく慈悲の欠片もないオーラに、マードンは『ピエェ……』と涙目になりながら再び絶望に包まれる。


「さて、マードンよ。どんなお仕置きがご希望だ? 羽か? 脚か? それとも爪か?」

「……あ、ライト。ライトはあっち向いてな、見ていて気持ちのいいもんじゃないから。何なら耳も栓しとけ、こいつは何もしなくても普通に煩いし」


 レオニスからの忠告に、ライトは慌てて後ろを向いて両手の人差し指で耳を塞ぐ。おそらくレオニスは、マードンを痛めつけて自白させようとしているのだろう。

 拷問と言えば聞こえがものすごく悪いが、炎の洞窟の異変を起こしている黒幕が四帝となれば手段など選んでいる場合ではない。


 もともと四帝はレオニスにとって不倶戴天の怨敵、それらにまつわる事象に関して一切容赦はしない。敵の持つ情報を得ることが最優先で、そこに怨敵にかける情けなど微塵もないのだ。

 ライトもそれが分かっているからこそ、レオニスの言葉に従いその場を見ないように行動したのである。


「……さぁ、どこからお仕置きを始める? 痛い思いをしたくなけりゃ、さっさと吐いた方が身のためだぞ?」

『ピエェ……ゾルディスしゃまァ……』

「今から俺が十数えるうちに言え。十、九、八、七、六」

『ピエェェ……』

「……五、四、三、二……」


 レオニスがマードンに向かってゆっくりとカウントダウンしていると、二のところで突如ライトとレオニスの背に猛烈な悪寒が走る。

 二人が思わず周囲を見渡すと、マードンのいる場所からすぐ後ろに歪んだ黒い空間が現れているではないか。

 レオニスはライトを己の背に隠しながら、黒い空間に向かって叫んだ。


「……何者だ!」


 レオニスの問いかけから数瞬の後、歪んだ黒い空間が徐々に人型を模り姿を現していく。

 しばらく経って完全に顕現したその何者かが、レオニスの問いに答えた。


『我こそは【屍鬼将ゾルディス】―――屍鬼の頂点に君臨せし者なり





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 屍鬼将ゾルディスとその側近マードン、188話ぶりの再来です。

 ぃゃー、阿呆の子系のマードンはともかくその上司が怖過ぎて怖過ぎて……

 前に屍鬼化の呪いを書いた際に後書きでも触れましたが、作者はホラー系全般苦手なんですよ。ぃぇ、漫画ならまだいいんですよ、某ホラーMとか某ソノラマ社のホラーミステリー系漫画雑誌とか好きでよく読んでましたし。

 でもねー、ゲームとか映画になると途端にダメで。あれ何なんでしょうね、立体映像になるのがダメってことなんですかね?

 もし万が一作者の夢に貞伽椰さんがお出ましになられたら、間違いなく就寝中にチぬ自信があります(;ω;)

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