第400話 砂漠蟹の捕まえ方

 生け簀で寛ぐサンドキャンサーを見学することができたライト達は、再び家の中に戻り商談を進めることにした。


「解体は先程も言った通りしなくていい。その分値段をまけてもらうことはできるか?」

「ああ、それはもちろん値引きさせてもらうよ。ただ、値段は時価というか捕れた砂漠蟹の大きさによっても変動するんだ」

「大きいのと小さいの、それぞれどれくらいの値段がするのか参考までに聞かせてくれ」

「一番小さくても1万G、大きいと5万G、中くらいのはその間の3万Gくらいが多いかな」


 改めて砂漠蟹の値段を問うたラウルに、リカルドは大きさの如何で価格が変わると言う。確かに目に見えるくらいにサイズが違えば、その価格もかなり変動するだろう。

 そして一番小さいのでも1万G、大きいものだと3万Gするとのこと。

 かつてツェリザークのヘルムドソン通りで購入した氷蟹、その部位を一匹丸ごと分として合算すると3万6千Gだった。

 砂漠蟹は氷蟹よりも味は若干劣るという噂だが、それでも大きいサイズになると氷蟹よりも少しだけ安い程度の値段はするようだ。


「しかし、それはこれから狩ってくるサンドキャンサーの大きさ次第で値段が変わる、ということになるんだよな?」

「ああ、そういうことになる。ちなみにお客さん達の方でサイズの希望はあるか? 絶対にすんげー大きいのがいいとか、小さいのや中くらいのでも構わないとか」

「そうだなぁ……ライトはどうだ? 大きさについて希望やこだわりはあるか?」


 リカルドから砂漠蟹の大きさについて問われたラウルが、そのままライトに質問をスライドしてきた。

 そもそもこのネツァクに砂漠蟹を買いに行こう!と言い出したのは、他ならぬライトだ。ならばその言い出しっぺで、砂漠蟹を所望したライト本人に意見を聞くのが筋というものである。


「え、砂漠蟹の大きさ? んーーー……小さいと言っても、結構な大きさですよね?」

「ああ、一番小さいものでも俺の肩あたりくらいはある」


 リカルドの身長は180cm前後くらいか。その肩というと高さ150cm程度、最小サイズでもかなりの大きさがあるようだ。

 そしてここが最も重要なのだが、ライトの主目的である『砂漠蟹の大鋏』という素材。これは大きさの如何を問わず、クエストで求められる規定の個数を満たせれば良い。

 つまり、砂漠蟹の大鋏は大小どれでもいいからとにかく一個入手できればいいのだ。


「大きさは特にこだわりはないです。大きいのでも小さいのでもどれでも……って、ラウルは大きい方がいい?」

「俺も大小どっちでもいいな。とにかく早く手に入れられることの方が優先だ」

「そうか。じゃああまり値段が高くなってもあれだから、中くらいまでのものにしとこうか」

「そうしてくれ。手付金は要るか?」

「前金として今日5000G預って、残りの差額は受け取り当日の支払いってことでいいか?」

「それでいい」


 ラウルも大きさよりも迅速に入手したいようだ。まずは砂漠蟹の味を知ることが先決で、大きさにこだわるのはその次の二回目以降でいいということだろう。

 ラウルは空間魔法陣から財布を取り出し、5000Gをリカルドに渡す。

 その様子を見て「おお……今時の執事ってのは本当に空間魔法陣使えなきゃならんのだな……」と呟いている。


「これでいいか?」

「ああ。そしたらこの台帳に、お客さんの名前と住んでる街を記入してくれ」


 ラウルはリカルドが差し出した台帳にサラサラと必要事項を記入していく。

 ラウルの名前はともかく、住んでる街がラグナロッツァであることを知ったリカルドが驚きの表情になる。


「お客さん方、ラグナロッツァの人なのか。かなり遠いところから来たんだな、旅の途中か?」

「おう、ちょっとした日帰り旅行で来たようなもんだ」

「日帰り旅行……? ネツァクからラグナロッツァまで隊商の馬車で片道十日、早馬乗り潰しても片道三日四日はかかるぞ?……そうか、お客さん方翼竜籠でネツァクに来たのか!」


 ぃゃー、首都に住んで屋敷を構えるような大店の商人ってのはやっぱ金持ちなんだなー。俺も一度でいいから翼竜籠乗ってみたいんだけどな、そもそも翼竜籠乗ってまで行くとこねぇんだよな!あーでも翼竜籠に乗って一日で首都に着くなら、今度俺達も兄弟でラグナロッツァ観光するかな。よし、兄貴に相談してみるか!


 リカルドが何やら勝手に解釈して納得してくれている。そもそも通常の感覚では、都市間の移動手段に転移門は選択肢にすら上らないものなのだ。故にリカルドが早合点するのも無理はない。

 だが、ライト達もここでいちいち訂正してもしょうがないので、無言を貫くことに決めた。

 何か別の話でも振るかー、と考えたライト。ここでふとあることを思いつき、リカルドに問いかけてみた。


「そういえば、お兄さんのヘラルドさんが狩りを担当してるってクレノさんから聞きましたが……まだ狩りに出たままなんですか?」

「兄貴か? そろそろ狩りから帰ってくる頃だぜ……っと、噂をすれば何とやら、だ」


 ライトがヘラルドのことに触れたちょうどその時。何か遠くからドスドス、という地響きを伴った振動が起きたではないか。

 え!何!?地震!?ちょちょちょ、待て待て待って、サイサクス世界にも地震あんの!?

 ライトが慌てて横にいたラウルにしがみつく。


 サイサクス世界に生まれてから、ライトは今まで地震というものに遭遇したことはなかった。前世の日本人としては地震もそこそこ慣れていたが、十年弱ぶりに味わう大地の揺れというのはやはり怖い。


 ラウルにしがみついたまましばし固まっていると、地震らしき揺れもピタリと収まった。

 リカルドが窓を開けて、外に向かって声をかける。


「兄貴ー、おかえりー。今日の成果はどうだー?」

「ただいまー。今日は結構良いのが釣れたぞー」

「おー、そりゃ良かった!」


 リカルドの会話を聞く限り、どうもルド兄弟の兄ヘラルドが帰ってきたようだ。

 ライトとラウルもリカルドのいる窓のところに近寄り、外の様子を伺う。

 すると、一人の男性が家の方に向かって歩いてきている。その人物こそ、ルド兄弟の兄ヘラルドである。

 ヘラルドは勝手口から家に入り、しばらくしてライト達のいる部屋に入ってきた。


「お、お客さんか?」

「ああ。ラグナロッツァから来たお客さんで、うちの砂漠蟹を一匹丸ごと買いたいって訪ねてきてくれたんだ」

「一匹丸ごと!?そりゃまた豪勢だな!お客さん、わざわざ遠路はるばるうちに来てくれてありがとうな!」


 ヘラルドが破顔しつつライト達に礼を言う。

 弟のリカルドと同じ鉄紺色の瞳に鈍色の短い髪で、肌は浅黒くリカルドより強く日焼けしている。

 ニカッと笑う顔もまたリカルドによく似ていて、とても爽やかな笑顔だ。


「ヘラルドさん、初めまして。ぼくはライト、こちらはラウルといいます。よろしくお願いします」

「おお、何だかすんげー賢そうな坊っちゃんだな。こちらこそよろしくな」



 ヘラルドが手を差し出してきたので、ライトもそれに応えて握手をする。

 リカルドよりも一回り大きい体躯から差し出された手はとても大きく温かい。


「ところで、ヘラルドさん。一つ質問してもいいですか?」

「ん?何だい?」

「ヘラルドさん、さっき『良いのが釣れた』って言ってましたけど……サンドキャンサーって、釣るものなんですか?」


 そう、ライトは先程の帰宅時のヘラルドの『良いのが釣れた』という言葉が非常に気になっていた。

 海や湖、川なら『釣る』のは当然だが、サンドキャンサーはノーヴェ砂漠の魔物だ。水の一滴もない砂だらけのノーヴェ砂漠で、一体どうやって『釣る』のだろうか?


「あー、うちの釣りは独特というか何と言うか……」

「もしかして、他人には明かせない秘伝的な方法なんですか?」

「いや、そんな大層なもんじやないがな。水魔法を使っておびき寄せるんだ」

「おびき寄せる……?」


 ヘラルドの話によると、これは、と思ったサンドキャンサーを見つけたらそいつに水魔法を使って真水を浴びせるという。

 水一滴もないノーヴェ砂漠で浴びせかけられる真水。その真水の美味しさに、サンドキャンサーは水魔法をもたらしたヘラルドめがけて夢中になり追いかけてくるのだ。

 それを走って逃げながらこの家まで連れてきて、生け簀の中に飛び込ませれば生け捕りの完了、という手法である。


 ヘラルド自身を生き餌に使うとは、何とも空恐ろしい漁だ。だが、サンドキャンサーに傷一つつけずに生け捕りにするにはこの方法が最も確実なのだという。

 確かに戦闘で弱らせてから持ち帰るという方法もあるが、それではサンドキャンサーの身にかなりのダメージ負わせてしまうことになる。そしてダメージを負ったサンドキャンサーは、その後の砂抜き作業においても支障を来たしてしまうのだ。


「ここまで走って逃げるって、命がけなんですねぇ」

「まぁな、自分を餌にするんだからそりゃあ文字通り命懸けだ。だが、これが我が一族の伝統的な漁法だしな。美味い砂漠蟹を得るには、これが一番確実な方法なんだ」


 ヘラルドは事も無げに、そしてそれが当然のことのようにさらっと言う。何とも豪胆で頼もしいオーラに満ち満ちたその姿は、弟同様間違いなく一流の職人の風格を漂わせていた。


「兄弟両方にも会えたことだし。ライト、そろそろ帰るか」

「あ、うん。ヘラルドさん、リカルドさん、今日はいろんなお話を聞かせていただき、ありがとうございました!」

「いや、こちらこそ予約待ちで長いこと待たせてしまってすまんな。また半月後に来てくれ、その時にはきっと良い砂漠蟹を渡せるから」

「よろしくお願いします!」


 ライトは再びルド兄弟と握手を交わし、ラグナロッツァに帰るべくルド兄弟の家を後にした。





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 サンドキャンサー生け捕りの驚きの方法、その名も『生き餌漁法』!ぃゃー、足の遅いハンターは絶対にできませんね。

 でもまぁ蟹は基本的に横歩きなので、上手く走ることでおびき寄せることができるのです。

 ……って、実は蟹は横歩きオンリーではなく、縦に歩くこともできるそうで。ただし横歩きよりは遅いから、敵から逃げるとか素早い行動をする時にはやはり横歩きが鉄則だとか。

 ゆっくりと前に歩いてくる蟹というのも、それはそれで可愛い、のかも?

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