炎の洞窟
第387話 ご近所さんとの打ち合わせ
グライフに冒険者復帰祝いの話を伝えたレオニスは、その後ラグナロッツァの屋敷に向かう。
ただし、屋敷に戻るのではなく二軒挟んだ向こう側のご近所さん、ウォーベック家を訪ねるためだ。
ウォーベック家の門扉の前に辿り着いたレオニス、そのまま中に入り屋敷の玄関をノックする。
しばらく待っていると扉が開き、ウォーベック家の執事が出てきた。
「ウォーベック家の御当主に、レオニスが訪ねてきたとお伝え願いたい」
「お話は伺っております。旦那様からもレオニス様が来たらお通しするよう言われておりますので、どうぞ中にお入りください」
「そうか、ありがとう」
執事の案内で、ウォーベック邸の当主用執務室に通されるレオニス。
今日レオニスがウォーベック邸を訪れることは、ラウルを通して事前にウォーベック家に伝えてあるのでやり取りもスムースだ。
本来ならレオニスからアポイントメントを取るべきなのだが、ご近所の
二階にある執務室に通されたレオニス。執事が二回ノックしてから扉を開くと、中ではウォーベック家当主のクラウスが待っていた。
「ようこそ、レオニス君。ささ、こちらの席に座ってくれたまえ」
「クラウス伯、久しぶりだな。あ、これ、うちのラウルから手土産として預ってきた。ホールの苺のタルトだそうだ」
「おお!ラウル君の新作スイーツか、いつも気を遣ってもらってすまないね!」
「いやいや、うちのラウルこそいろいろと世話になってありがたい。大晦日の聖なる餅も全部もらえて、そりゃもう大喜びさ」
レオニスがラウルから預ってきたという手土産、箱入りの苺のタルトのワンホールをクラウスに差し出す。
当主のクラウスだけでなく、ウォーベック家は一家全員がラウルの作るスイーツの大ファンなので、中身が苺のタルトと聞いただけで大喜びだ。
苺といえば、冬から春にかけて最も出番と需要の多い果物界の大御所スターである。それがラウル特製スイーツとして見目麗しいスイーツに生まれ変わるのだ、これを喜ばない者などいようはずもない。
クラウスはいそいそと自分の執務机の上に苺のタルト入りの箱を置いてから、再びレオニスの向かいの席に座る。
双方軽く挨拶を交わしたところで、レオニスが本日の用向きを話し始める。
「ラウルの手土産も渡したところで。本題といこうか」
「例の件だね。レオニス君の方の手筈が万端整った、と考えていいかね?」
「ああ。明後日には新しい装備が受け取れるから、そちらさえ良ければ今度の土曜日に向かうことができる」
「もちろんこちらはいつでも構わない。こちらとしては夏が来る前に、一日でも早く解決したい事案だからね」
クラウスの言う『例の件』とは、クラウスの生まれ故郷である商業都市プロステスの炎の洞窟の内部調査である。
プロステスが近年異常な暑さに襲われている原因となっている、プロステス近郊にある炎の洞窟。普通の冒険者や調査隊ではとても手に負えず、去年の暮れに別件でプロステス領主邸を訪ねたレオニスにプロステス領主アレクシス・ウォーベックが直々にレオニスに調査依頼を出したのだ。
「炎の洞窟は封鎖したりとかしてんのか?」
「いや、洞窟の手前で何度か立て看板で注意喚起する以外には特にこれといった方策は打ち出していない。今の炎の洞窟は常人が近寄れる場所ではないし、そもそも人の手で制御できるような代物でもないからな」
「そりゃそうだな」
「ただし、かなり離れた場所から洞窟を観測する人員は配置している。万が一炎の洞窟で何らかの異変が起きた際には、すぐに領主に知らせる手筈になっている」
炎の洞窟とは、炎の女王を頂点とする魔物達の住処だ。そこの魔物達は基本的に洞窟外に出てくることはないが、異常気象の元凶となっている今はいつ何が起こるか分からない。
そのため、炎の洞窟そのものには手を出せなくともせめて監視だけは怠らないようだ。
プロステス領主アレクシスの堅実な手腕が伺える。
「こないだ頼んでおいた、炎の洞窟内部の地図の件はどうなってる? 取り寄せはできたか?」
「ああ。兄上から写しをいただいて、既にこちらに届いている」
クラウスが席を立ち、執務机の引き出しから一通の封書を取り出す。
席に戻り再びレオニスの対面に座り、テーブルに封書を置いてレオニスの前まで差し出した。
「確かに受け取った。洞窟内部の地図があるのとないのとでは大違いだからな、助かる」
「役に立てたなら幸いだ。ただし、くれぐれもその地図は決して他者に見せたり渡したりしないでくれよ? ウォーベック家の家宝にも等しい、門外不出の品だからな」
「ああ、分かっている」
炎の洞窟調査の件で、レオニスとクラウスは今日以前にも数回打ち合わせとして話し合いをしている。
その際に、炎の洞窟内部の地図があれば欲しい、とレオニスがクラウスに頼んでおいたのだ。
洞窟の内部調査を円滑に進めるには、地図は不可欠だ。調査に何か必要な物資があるか?とクラウスに問われた際に真っ先に要求したのだが、まさかその地図が門外不出の品だとはレオニスも考えていなかった。
しかし、プロステスにとって炎の洞窟とは地理的にも歴史的にも重要で切っても切れない、非常に縁の深い場所だ。その関係性は密接で、炎の洞窟からは脅威だけでなく恩恵をも受けるプロステスにしてみれば、洞窟を無闇矢鱈に荒らされる事態だけは避けたいのだ。
それ故洞窟内部の地図は非公開で、門外不出の品としてプロステス領主であるウォーベック家が管理しているのである。
「調査が終わったら返却もしくは焼却処分した方がいいか?」
「いや、他者への閲覧及び譲渡の厳禁という事項を守ってくれれば、調査終了後もレオニス君が個人としてそのまま持っていてくれて構わない。調査終了後でも、いつまた炎の洞窟関連で君のお世話になるか分からないからね」
「まぁな、洞窟内部調査だけで終わるかどうかもまだ分からんしな」
「そういうことだ。このことは兄上も了承しておられるので、安心してくれたまえ」
「了解」
炎の洞窟の内部地図に関する取り扱いを確認したレオニスは、もらった地図を空間魔法陣に仕舞い込む。
「こちらの予定では、今週の土曜日の明け方に炎の洞窟に向かう。俺とライトの二人で潜るが、俺らも炎の洞窟に入るのは初めてだし、まずは小手調べ程度に入口付近や少し奥を見て回る程度になると思う」
「承知した。しかし……前回聞いた時も驚いたが、本当にライト君を炎の洞窟に連れていくのかね?」
レオニスの予定を聞いていたクラウスが、本当に心配そうにレオニスに問い質す。
そう、今の炎の洞窟は中堅の冒険者達ですら手を焼き奥に進むことすらできない、危険極まりない場所だ。そんなところに、まだジョブも持たない子供を連れていくなど非常識どころの話ではない。完全に自殺行為で非難轟々ものである。
「ああ。本人もやる気満々だし、俺もついているから大丈夫だ」
「そうかね? まぁ、現役の金剛級冒険者である君には万難を排して余りあるだけの力があることは、私としても知ってはいるが……」
「そういうこと。それに、今回の依頼は冒険者ギルドを通したものじゃないからな。何が起きても俺個人の自己責任だし、そのことであんた達ウォーベック家に非難が向けられることはないから安心してくれ」
「いや、ウォーベック家への非難などどうでも良いのだが……ただ、ライト君はハリエットの大事な友達なのでな。ライト君の身に何か一大事があっては困る、と心配なのだ」
レオニスとしては、炎の洞窟調査において万が一何か事が起きた時にウォーベック家が非難されては困るだろう、という考えで安心するよう説いたのだが。そうではなく、クラウスはライトのことを娘の友人として捉えており、ライト個人の身を純粋に案じていたのだ。
そのことを知ったレオニスは、しばし気の抜けた顔をしていたが、フフッ、と小さな笑みを漏らす。
「……そうだな。ライトの身の安全を心配してくれて、とてもありがたいことだと思う」
「だが、ライトもああ見えて中身は立派な冒険者だ。年齢こそまだ冒険者登録にも満たない幼い身だが、それでもあの子は生まれながらの冒険者なんだ」
「とはいえ、俺もそこまでライトに危険なことをさせるつもりはない。『炎の洞窟にいっしょに行く』というライトとの約束を果たせれば十分だ」
「洞窟の最奥には、二回目か三回目の調査で俺が単独の時に行く予定だ。だからクラウス伯は心配しないでくれ」
ライトの身を案じるクラウスに、レオニスは感謝を述べるとともに心配無用と伝える。
クラウスとしても、レオニスにそこまで言われては信じる他ない。
「分かった。君達二人の無事を心から祈ろう」
「ああ、そうしてくれ。炎の洞窟から出たら、領主邸に直行してアレクシス侯爵に調査報告を伝えればいいか?」
「そうだな、そうしてもらえればこちらとしてもありがたい。兄上にも今度の土曜日にレオニス君が炎の洞窟調査を開始する旨をお伝えしておこう」
「そうしてもらえると助かる。では、それでよろしく頼む」
「承知した。レオニス君もライト君も、くれぐれも気をつけてな」
レオニスとクラウスはガッチリと固い握手を交わし、レオニスはウォーベック家の屋敷を後にした。
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いよいよプロステスの炎の洞窟調査が始まります。
その前に装備の受け取りやらグライフの冒険者復帰祝いなどを挟みますが、それが無事終われば久しぶりの冒険譚のターン!
ライトもレオニスとの冒険を非常に楽しみにしていることでしょう。
ちなみに炎の洞窟の内部地図秘匿の件についてちょっとだけ補足。
炎の洞窟は天然のダンジョンで魔物も棲息しているので、討伐禁止などの法的措置は取られていません。特に許可など要らないし、観光資源化もなされていないので基本的に誰でも入ることができます。
ですが、プロステスと炎の洞窟は切っても切れない縁であることは周知の事実。レオニスだってそこら辺知っているくらいには、かなり有名な話です。
それ故に、冒険者達も炎の洞窟に押し寄せて魔物狩りをすることは滅多にありません。洞窟を荒らしてプロステス領主や市民達に睨まれたくないですしね。
そもそも冒険者ギルドにも炎の洞窟を対象とした討伐依頼など全く出されないし、あちこちで炎が渦巻く危険な場所ということもあって地図無しで近づく者もほとんどいません。
もっとも、もし地図を持っていたとしても危険が多過ぎて近寄りたくない!という気持ちの方が強いというのもありますが。
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