第386話 WINNERの勝鬨

 その後は様々な催し物で楽しい時間を過ごすライト達。

 これからオーガの女性陣が担う防衛策の一つ、弓の技術を的当てで競ったり、腕自慢の男達が腕相撲で勝負したり、ナヌスの魔術師達が様々な魔法を披露したり。

 それはもう騒がしくも賑やかで、やんややんやの歓声が絶え間なくどこかから聞こえてくる。


 ちなみに今オーガ族の中で一番の弓の名手は、ラキの妻リーネらしい。遠く離れた木を的に放つリーネの矢は、百発百中で幹に当てられる精度の高さだ。

 それを観戦していたレオニスが「おお、リーネすげーな!」と大絶賛し、リーネの伴侶であるラキもまた妻を誇らしげに見守っている。


 そして、急遽開催された腕相撲大会。参加に名乗りを上げた総勢約三十名が、トーナメント方式で勝敗を決していく。

 数々の名勝負を制して腕自慢達の頂点に立った優勝者。それは誰あろう、レオニスである。

 オーガ族と人族ではそもそも体格からして違うので、レオニスはハンデとして身体強化魔法OKの勝負だった。だが、それを考慮しても並み居る腕自慢のオーガ達をバッタバッタと倒していく光景は、おかしいとか異常を通り越してもはや神々しい。


 そういえば、かつてアクシーディア公国生誕祭の折に冒険者ギルドの出店で腕相撲勝負が人気コーナーだと聞いたレオニスが「挑戦者として出たい」とクレナに尋ねたことがあった。

 その際にレオニスは、クレナに「オーガならともかく、普通の人間がレオニスに腕相撲で勝てる訳がない」という理由で、いつもの寝言吐き呼ばわりとともに速攻で却下されてしまった。

 だがそのオーガ族を相手に腕相撲大会で優勝してしまうとは、クレナの真っ当な反論すらも覆してはるか斜めを上回る事態である。オーガですらレオニスに腕相撲で勝てないなどとは、一体誰が予想できようか。


 レオニスは準決勝でニル、決勝戦でラキと対決したが、どちらも手に汗握る白熱の勝負であった。

 決勝戦ではレオニスとラキ、両者とも勝負開始時から腕が動かず拮抗していた。双方ともに歯を食いしばり睨み合いながら、額から玉のような汗を垂らしつつ全力を振り絞る。

 この祝賀会に参加している全ての者達がレオニスとラキの勝負を見守り、双方頑張れ!と声援を送りながら野次を飛ばし囃したてる。

 そうして三分ほどの拮抗の後、先にスタミナ切れになったのはラキの方だった。


「ッしゃーーー!俺の勝ちーーー!イエーーーィ!」

「ぐぬぬぬ……腕相撲で人族に負けを喫するなど、オーガ族の名折れぞ……」

「フッ……ラキよ、お前もまだ若いのぅ。角なしの鬼アレを人族と思うからいかんのだ。そもそもあれは普通の人族ではないからな?」

「……そうだな、ニル爺の言う通りだ」


 ラキの腕を倒し机につけて優勝を決めた瞬間、破顔とともに右の拳を天高く掲げ雄叫びをあげるレオニス。ガッツポーズでWINNERの勝鬨を上げるレオニスの後ろで、ラキが思いっきり打ちひしがれている。

 そんなラキの肩にニルがポン、と手を置きながら慰めの言葉をかけ、ラキもまたニルの言葉に納得していた。

 なかなかに酷い言われようだが、風呂上がりの牛乳よろしく腰に手を当て勝利の祝杯エクスポをぐい飲みするご機嫌なレオニスには全く聞こえていないことだけは幸いか。


「いやー、レオニス殿は本当にお強いのぅ。さすがはカタポレンの森の番人と呼ばれる御仁だ」

「あー、うちのパパ負けちゃったー、レオちゃんホント強いねー」

「ぃゃぃゃ、族長に勝つ人間って一体何なんだよ……おかしくね?」

「しょうがないよ、うちのレオ兄ちゃんて『角持たぬ鬼』だしね」


 レオニスの強さに心底感嘆し称賛するヴィヒト、父親が負けるもあっけらかんと認めるルゥ、目の前で起きたことが未だに信じられないジャン、そしてレオニスの第二の二つ名【角持たぬ鬼】を完全に認めきったライト。

 この中で最も常識的な反応をしているのは、間違いなくジャンである。


 レオニスの尋常でない強さを改めて誇示した腕相撲大会だったが、優勝者であるレオニス本人が何よりも喜んでいるので良しとしよう。

 今回のことでレオニスの人外度が跳ね上がりしたような気がするが、多分気のせいではない。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 楽しい時間というものはあっという間に過ぎるもので、昼の日の高いうちから始まった三種族の宴は日も傾いてきてそろそろお開きの時間が迫る。


「空が茜色に染まってきたな。名残惜しいがぼちぼち帰るとするか」

「えー、レオちゃんもう帰っちゃうのー?」

「そりゃそうさ、良い子はおうちに帰る時間だぞ?」

「レオちゃんも良い子なの?」

「おう、俺だってもちろん良い子だぞ?ルゥやライトの次くらいには良い子だからな!」

「レオ兄ちゃん、本当に良い子だったのー? そしたら今度孤児院に行った時にマイラさんに聞くよー?」

「え、ちょ、待、ライト、ぃゃぃゃ待て待て、待つんだ、待ってくれ、いくら何でもそれは反則だろ!?」


 フォルやウィカと戯れていたルゥ達オーガ族の子供達が、レオニスやライトとの別れを惜しむ。

 そんなルゥを宥めるためにレオニスが良い子を自称するも、ライトに追撃を食らって本気で慌てふためく。

 レオニスがかつて育ったディーノ村の孤児院で世話をしていたシスターマイラなら、レオニスの幼少時代の昔話をいくらでも聞かせてくれるだろう。是非ともそれらを一度じっくり聞かせてもらった上で、レオニスが本当に良い子だったかどうかを判断したいものである。


「レオニス、ライト、今日のこの善き日の宴に参加してくれたこと、心より感謝する」

「こちらこそ皆さんの心のこもったおもてなしをしていただけて、すっごく嬉しかったです!ありがとうございました!」

「角なしの鬼よ、いつでも我が肩車に乗りに来るが良い」

「おう、ニルもまたぎっくり腰になるなよ!」

「レオちゃんもライトくんも、また遊ぼうね!その時はフォルちゃんやウィカちゃんもいっしょに連れてきてね!」

「キュゥン」

「うにゃーん」


 それぞれが再び会う約束を交わし、ライト達はカタポレンの森の家に帰っていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 オーガの里の祝賀会から三日後の水曜日。

 ラグナロッツァの冒険者ギルド総本部の依頼掲示板の前に、一人の男が立っていた。


 手入れの行き届いた防具に身を包み、如何にもの巨体ではないがその出で立ちからは強者の風格が漂う。

 防具類は戦士系や闘士系などの、いわゆる近接戦闘を得意とする者がまとうもので、その男の端正な顔立ちや知的な眼鏡、静かな佇まいには若干合わないどころかかなり違和感がある。だが男は人目を気にすることなく、真剣に掲示板に貼り出された依頼書を眺め吟味している。


 ふむ、そろそろここら辺の依頼をこなしてもいい頃ですかね……と男が独り言を呟く。そんな男の背後から、何者かの手が近づいてきた。


「よう、グライフ」

「……!! 誰かと思えばレオニス、貴方でしたか」

「裏拳でお出迎えとは、随分なご挨拶じゃねぇか」

「無言で背後に立つ方が悪いんですよ」


 背後からの気配を察知したグライフが、ほぼ無意識のうちにとっさに繰り出した裏拳をレオニスは右手で受け止めながらグライフの首元に左腕を回す。

 グライフの裏拳がまともに当たっていれば、レオニスの顔面が真ん中から凹んでいたであろう。もちろんレオニスがそんな下手を打つはずもないのだが。


「これでも一応気配消しながら近づいたんだがな?」

「余計にたちが悪いじゃないですか。後ろから絞め落とすつもりですか?」

「んな訳あるか。つーかグライフ、お前いつ冒険者復帰なんてしたのよ? 何で俺に教えてくれない訳?」


 グライフの裏拳の右手を前に押し戻し、背後からグライフの頬をツンツン、と突つくレオニス。

 首を左腕で押さえ込まれているため、逃げようのないグライフが渋い顔をしながらレオニスの問いに答える。


「わざわざ教えるほどのことでもありませんよ。それに、私が冒険者を引退して三年は経過してますからね。黄金級とはいえ出戻り直後で勘が鈍っていますし、今は三年のブランクを埋めて勘を取り戻すべく鋭意リハビリ中なんですよ」

「グライフ、お前ね……こんな鋭い裏拳出しといてリハビリ中とか冗談にも程があるぞ?」


 グライフの言い分を聞いたレオニスが、呆れながら今度はグライフの頬をムニムニとつまむ。

 頬弄りに耐えかねたグライフが右腕で強烈な肘鉄をレオニスに放つ。


「ぐおッ!……ちょ、おまッ、グライフぅぅぅぅ、何しやがんだぁぁぁぁ」

「私の頬を弄んだ代金ですよ。ありがたく受け取りなさい」

「拳士職のお前の肘鉄とか、洒落なんねぇだろが……」

「金剛級冒険者ともあろう者が、何を寝言吐いてるんです?寝言は寝て言うものですよ?私の肘鉄如きでどうこうなる身体じゃないでしょうに」

「お前とクレアが親戚だってのがよーく分かるわ……ホンットお前らって言うことそっくりだよね」


 グライフの肘鉄をまともに食らったレオニスが抗議するも、グライフに素気無くあしらわれてしまう。

 そしてクレアの遠縁の親戚であるグライフにまで寝言吐き呼ばわりされるレオニス。どうしてもあの血族に口喧嘩で勝てる気がしない。


「……で? 私に何の用事ですか? まさか私の頬を弄ぶためにわざわざ冒険者ギルドに出向いた訳じゃありますまい」

「そりゃそうよ、お前のほっぺたなんて弄ったところで何もならんだろ? つか、お前の冒険者復帰祝いをしようと思ってな」

「私の冒険者復帰祝い……ですか?」


 グライフに問われて、ようやくレオニスが本題を切り出した。

 そう、先日ライトとも話していた通り、グライフの冒険者復帰祝いをするということを伝えるために待ち構えていたのだ。

 グライフにしてみれば意外なことだったようで、少し驚いた表情になっている。


「そう!グライフ、お前が俺と同じ冒険者の世界に戻ってきたんだぞ? これが喜ばずにいられるかってんだ!」

「俺だけじゃないぞ? お前のことを知る冒険者なら、皆お前の復帰を喜んでるさ」

「だからな、お前の冒険者復帰祝いは絶対にやるぞ!……で、グライフよ、お前は何曜日が都合いい?」


 今度はグライフの肩に腕を回しながら肩を組み、嬉しそうに話すレオニス。グライフの冒険者復帰を、レオニスは本当に心から喜んでいるのだ。

 そんなレオニスの笑顔を見て、グライフもまたフッ、と微笑む。


「そうですね、場所はこの冒険者ギルドの直営食堂ですか?」

「ああ、そのつもりだ」

「でしたらいつでも構いませんよ。ああでも今度の土日は書肆の本棚の整理する予定ですので、そこを避けていただければありがたいのですが」

「土日以外な、了解。そしたら明後日の金曜日の夜はどうだ?」

「金曜日ですね、分かりました。ちゃんと予定を空けておきますね」

「じゃ、そういうことでよろしくな!……あ、そうだ、グライフにもう一つ言っておかなきゃならんことがあったんだ」


 グライフと約束を取り付けたレオニスは、もう一つ言っておかなければならないことをグライフにこしょこしょと耳打ちする。

 それは、フェネセンの行方不明問題である。


「ライトから聞いたと思うが、フェネセンの件な。お前のことだから大丈夫だとは思うが……あれ、まだ誰にも話してないよな?」

「ええ、特に明かしてはいませんが」

「ならいい、他の者には話さないでくれ。特にピースの耳には入れたくないんだ」

「ああ、ピース……確かにそうですね。分かりました、あのことは誰にも言いません」

「すまんな」


 極小の声のひそひそ話を終えた二人は、普通の声に戻って当たり障りのない話をし始める。


「じゃ、そういうことで頼むな!」

「分かりました。明後日の夜を楽しみにしていますよ。では私はこれで」

「おう、リハビリ頑張れよー」


 二人は話を終え、グライフは依頼書を片手に受付窓口に向かう。

 レオニスもグライフに会うという用事を無事済ませ、ギルドから出ていった。





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 オーガの里の大宴会も円満のうちに終了です。

 酔っ払いの乱闘なども起きず、老若男女皆が楽しめる祭りってのはいいもんですよねー。

 作者はお酒が全く飲めないので、結婚式や宴会などお酒が出る場所でもソフトドリンクオンリーでもっぱら食べる専門ですが。


 昔親戚に連れていってもらった神社の初詣のお祓い?みたいな儀式で、御神酒をその場にいる全員で飲んだのですが。お酒が苦手な私は飲むまではせず、ペロッとひと舐めしたんですよ。

 そしたらそのひと舐めから数分後。心臓がバックバクに煽ってきて顔も真っ赤になり身体がポッポポッポと熱くなってしまいまして。

 やっぱ酒はダメだ!飲んだらチぬ!となり、以後は誰からも酒を勧められることはなくなりました・゜(゜^ω^゜)゜・

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