第384話 最高の絶景

 翌日曜日。

 この日もライトとレオニスはともに出かける用事があった。

 行き先は目覚めの湖の近くにある、オーガ一族が住まう里。

 先日オーガの里における結界運用のための通行用アイテム『加護の勾玉』の必要分三十個が揃い、ついに正式に運用開始された。

 今日はその一大プロジェクトの無事完了を祝し、オーガの里で祝賀会が開かれるのだ。

 ライトとレオニスも、その祝賀会の賓客として正式に招かれたのである。


「ようやくオーガの里の結界運用が始まったんだねー」

「ああ。ここまでくるのに結構な日数かかったが、これでオーガ達も防衛面が強化されて一安心ってところだな」

「レオ兄ちゃん、お祝いの品は持った?」

「おう、忘れないように空間魔法陣に入れてあるぞー」

「フォル、ウィカ、おいで。今日は皆でオーガの里に行くよ」

「フィィィ」

「うなぁーん」


 オーガの里の目出度い席に招かれたライト達、格好もきちんとお洒落して祝いの品も忘れずに用意する。

 今日はオーガの里襲撃事件の時にライトとともに活躍してくれた、幻獣カーバンクルのフォルと水の精霊ウィカもいっしょにお出かけだ。もちろんこの二体も祝賀会に正式に招かれていて、ウィカは朝風呂に入ったついでに呼び出した。


 準備万端整えた二人と二体は、うららかな昼の日差しの中カタポレンの森の家を出発した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「レオニス、ライト、それに幻獣カーバンクルと水の精霊もようこそお越しくださった!」

「ナヌスの皆も既に広場に集まってくれている、ささ、こちらに参られよ」


 祝賀会の会場である中央広場に向かうべく、レオニスがいつも出入りしている道から里に入ったライト達。

 その入口で待っていたオーガ族族長ラキと長老ニルが、二人揃ってライト達を快く出迎えた。


「ラキさん、ニルさん、こんにちは!」

「おお、ライトも元気そうで何よりだ」

「今日は祝賀会にお招きいただき、ありがとうございます!そしてオーガの里での結界運用開始、おめでとうございます!」

「これはご丁寧な挨拶、誠に痛み入る。それもこれも、全てはライトと角なしの鬼のおかげぞ」

「ニル爺ェ、ライトは名呼びするくせに俺の呼び名は『角なしの鬼』のままかよ……」

「レオニスよ、お前の養い子のライトは本当に礼儀正しい子だな。ライトはお前の慕う兄姉の子と聞いたが、養い親のお前に似ずに良かったなぁ」

「ラキ、お前まで言うかッ……!」


 オーガ族の重鎮達に向かって、折り目正しい挨拶をするライト。そんなライトの姿勢に、ラキとニルは感心するとともに絶賛する。

 その分何故かレオニスが、心なしかぞんざいな扱いをされているような気がするが。多分気のせいだろう。キニシナイ!


 ここで、ラキがライトの前にしゃがみ込み話しかける。

 しゃがみ込んでもなおラキの方が、ライトよりもかなり目線が上の方なのだが。それでも少しでも背を低くして、ライトとの目線をより近づけて言葉を交わそうというラキの心遣いが感じられる。


「ライト、良ければ我の肩に乗るか?」

「えっ、いいんですか!?」

「もちろん。ライトは我の命の恩人にして、オーガの里の救世主だ。遠慮せず我が肩からの眺めを楽しんでくれ」

「……ありがとうございます!」


 ラキからの思わぬ申し出に、一瞬戸惑うライト。だが、その巨躯の肩に乗せてもらえるという魅惑の提案に抗えるはずもない。ライトは素直にラキの言葉に甘えることにした。

 破顔しつつ嬉しそうに礼を言うライトに、ラキもまた優しい笑みを浮かべながらライトの身体を両手でそっと包み込み、ゆっくりと己の右肩に持っていき乗せる。


「……うわぁっ!すごーい、高ーい!」

「我の肩から眺めるオーガの里はどうだ?」

「とっても見晴らしが良くて、すっごく最高です!」

「そうか、最高か、それは良かった」


 頬を紅潮させながら、興奮気味にはしゃぐライト。

 レオニスやラウルの肩車も楽しいが、ラキの肩は何しろ高さが桁違いだ。

 ラキの正確な身長は分からないが、レオニスの二倍以上はあるので五メートルくらいはあるはずだ。その肩となると少なくとも地上から四メートル以上の高さ、一般的な二階建て家屋の屋上あたりからの眺めに相当する。

 しかもラキはオーガ族の現族長にして、その精悍な体躯はオーガ族の中でも当代随一を誇る。

 オーガ族の中で最も大きくて、最も偉い者の肩から見渡す眺め。それは間違いなく贅沢で、最高の一言に尽きるというものだ。


 だがここでライトがふと何か気づいたようで、慌てながらラキに声をかける。


「……あっ、ぼく靴履いたままだ! すぐ脱いだ方がいいですよね、一回下ろしてください」

「ん? そんなこと気にせずとも良いぞ?」

「えー、でもラキさんの肩が汚れちゃいますよ?」

「ハッハッハッハ! ライトは本当に礼儀正しくて、気遣いができる人間なのだな。我が子達もライトのような善き鬼人に育ってほしいものだ」


 ラキの肩からの眺めに夢中になっていたライトだったが、靴を履いたまま乗せてもらっていたことに慌てたようだ。

 ラキ自身気にも留めていなかったことを気にするライトに、ラキが豪快な高笑いで気遣い無用と伝える。

 右肩に乗せたライトが落っこちないように、右手でそっと支えるラキ。その手の温かさがライトにも伝わってくる。


 そんな心温まる光景を、ライト達の後ろでじっと見つめていたレオニスとニル。

 あの大事件―――オーガを狙った屍鬼将ゾルディスによる襲撃事件が起きたのは、今から二ヶ月と少し前。あの時に起きた数々の危機が、まるで嘘だったかのように思える穏やかな光景。

 それを眺めている二人の顔にも自然と笑みが溢れる。


「角なしの鬼よ……今のこの平和があるのも、ひとえにお主とライトのおかげだ。改めて心より感謝する」

「いいってことよ。俺とお前らの仲じゃないか、友なら助け合って当然だろう? 何てったって俺達はズッ友なんだからな」

「ズッ友? 何じゃそれは?」


 ニルの感謝の言葉を受けて、レオニスもまた助け合って当たり前のことと返す。

 返すついでに以前ラキにも披露した新語『ズッ友』をニルにも披露するレオニス。もしかしてレオニスのお気に入りの言葉なのか。


「ズッ友ってのはな、『ずっと友達』の略語なんだ」

「ほほう、それは初めて聞く言葉ぞ。人族というのはまた面白い言葉を編み出すものよのぅ」

「何だ、ニル爺。俺より何百倍も長生きしてんのに、ズッ友の意味も知らんかったのか?」

「角なしの鬼よ、お主こそ数の数え方もまともにできんのか? 儂はまだ千歳にも満たぬわ」

「「………………プフッ」」


 ズッ友という新語を巡り、プププと笑うレオニスに掛け算のおかしさに呆れるニル。双方スーン、とした半目になりながら、互いの顔をしばし無言で見つめ合う。

 しばらくの沈黙の後、どちらからともなく笑いが漏れる。


「まぁ、我等がずっと友であることは儂も認めるし、そこに異存などあろうはずもない。互いに生ある限り、我等の絆は永久とこしえぞ」

「ああ。俺達人族の寿命なんて、オーガに比べりゃ儚く短いもんだろうが―――俺やライトにこの先子孫ができたら、よほどの馬鹿でもなけりゃずっと仲良くしてやってくれ」

「相承知した」


 レオニスとニル、二人して静かな笑みとともに末永い交流の約束を交わす。

 するとここでニルの方が、口角を上げてニヤリと笑う。


「……では、儂らもズッ友としての交流を深めようぞ」

「ン?…………おわッ!」


 突如ニルがレオニスの身体を両手でムンズ!と掴んだかと思うと、己の頭を越えて首の後ろにガシッ!と乗せたではないか。

 抵抗する間もなく、ニルのうなじに乗せられたレオニス。それはまるで絵に描いたような肩車の完成である。


「さぁ、角なしの鬼よ。お主も我が肩からの眺めを存分に味わうが良い」

「え、ちょ、待、恥ずッ!…………って、すげーな!」

「そうだろうとも、儂の肩車はラキにも負けんぞ?」

「おう!オーガ族長老の肩車なんてとんでもねー贅沢な眺め、生まれて初めてだぜ!ヒャッホー!」


 最初のうちこそ恥ずかしがったレオニスだったが、そんなのは一瞬で霧散しライト以上に大はしゃぎで大喜びしている。

 ニルもまたかつてはオーガ族族長を務め、今でもその体躯は現族長のラキにも劣らぬ立派な巨躯を誇る。そんなニルの肩車もまた絶景を極めるのは当然のことであり、レオニスが魅了されない訳がないのだ。


「ふぉっふぉっふぉっ、今日は我等オーガの里の新たなる門出を祝う目出度き日。角なしの鬼も心ゆくまで楽しんでいくが良い」

「ッしゃー!よーし、ニル!まずは手始めにラキとライトを追い越そうぜ!」

「おお、任せろ!『オーガの韋駄天』と呼ばれし我が瞬足、とくと味わうが良い!」


 ニルの言葉に、目をキラーン!と輝かせて前方をビシッ!と指差すレオニス。

 テンションアゲアゲのレオニスの提案に、ニルもノリノリで応じる。というか、ニルに『オーガの韋駄天』などという二つ名があったとは驚きだ。

 一気に駆け出したニルが、己のうなじに跨るレオニスの両足首を両手でガッシリと掴みながら、バビューン!!とものすごい勢いでラキの横を駆け抜けていく。


「「ワーーーッハッハッハッハ!!」」


 砂埃を巻き起こしつつ全力疾走するニルに、肩車されたレオニスが両手を天高く掲げ、全力万歳しながらニルとともにラキとライトを追い越していく。その瞬足ぶりたるや、まさに『オーガの韋駄天』の二つ名に相応しい疾走である。

 レオニスとニル、二人の豪快な高笑いが壮絶な速さで前方に遠ざかっていく。

 一方、突如レオニス達に追い越されたライトとラキは、ただただポカーンと眺める。


「……今のは何だ?」

「えーと、レオ兄ちゃんを肩車したニルさん、ですねぇ……」

「……ま、二人とも楽しそうで何よりだ」

「ですねぇー」

「キュィィィ」

「うなぁーん」


 突然の出来事にライトとラキは呆気にとられていたが、レオニスとニルの楽しげな姿を見て悪い気などしない。

 脳筋コンビの底抜けに陽気な背中を見送りつつ、ライトとラキはそのままのんびりと中央広場に向かっていった。





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 久しぶりのオーガの里です。

 オーガ族族長ラキは人間の年齢でいうと三十歳前後、三人の子供の育児も積極的に手伝う善きパパです。

 ライトを肩に乗せたのは親睦を深めるためもありますが、自分達オーガとは体格も歩幅も全く違う人族の子供をずっと歩かせるのは可哀想だと思ったからです。そう、ラキは子供にとても優しいお父ちゃんなのです。


 というか、久々の脳筋全開モード、書いててすんげー楽しいー。

 作者自身ゲームでは物理史上主義の脳筋一択なので、オーガ達の『力こそ全て!』はある意味作者の内面を体現しているかも。

 ここ最近書いててとにかく無条件で楽しいのは、オーガ族の脳筋風景と下っ端の魔の者達のわちゃわちゃ会話ですね。この二つは頭空っぽでもスラスラ書けちゃうー。ぃゃ、作者の頭は普段からアレですけど。

 でもなー、どちらもそれなりの事件が絡まないと話に出せないのが残念。オーガの里もついに結界運用が始まって、当分出番なさそうだし。

 でもまたそのうち何らかの形で出せたらいいな。

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