第383話 レシピアイテムと魔導具

「んじゃ、この水晶玉にカタポレンの森の魔力を吸わせて魔石にすりゃいいんだな?」

「うん。水晶玉はうちの方で形を整えたものを提供するから、レオちんはそれに魔力を蓄えさせて魔石に変えてちょー」

「了解」


 ピースが様々な形の水晶玉を出してきてレオニスに手渡す。

 完全な球体に半円状、ダイヤモンドのように美しくカッティングされたものなど様々な形状の水晶。それはおそらく貴族向けに作られているが、他にも魔石の形状や重さを画一化することで商品化したアイテムバッグの品質を均一化する目的もあるのだろう。


「当面は月に五十個の納品をお願いしたいんだけど、できる?」

「んー……なるべく希望に添いたいとは思うが、確約はできんな。今から新たに水晶玉専用の魔石生成魔法陣を設置しなきゃならんし、その場所の選定にも時間がほしい」

「分かったー。んじゃその間にこっちも水晶玉の生産進めとくねーぃ」


 レオニスとピース、二人はアイテムバッグに用いるための魔石に関するあれやこれやを話して詰めていく。

 だいたいの話が決まったところで、レオニスが徐に席を立つ。


「……さ、ピースにもまだ仕事があるだろうし、俺達はそろそろ帰るか」

「えッ、レオちんもう帰っちゃうのん!?」

「ああ。アイテムバッグの魔石のことを今日ここで話せたのは、ちょうど良いタイミングだったがな。これ以上ピースの仕事の邪魔しても悪いしな」

「悪くないッ!ヤダヤダ、まだ帰らないでぇぇぇぇッ」

「ぃゃ、だってお前、あの書類の山……」

「「「…………」」」


 半べそをかきながらレオニスの身体にしがみついて懇願するピースに、レオニスが親指でクイッ、と山積みの書類を指差す。

 その書類の山はもはや立派な塔と化している。

 聳え立つ書類の塔をしばし三人して無言で眺めていたが、いち早くピースが我に返り改めてレオニスに懇願する。


「レオちん!それでも!もうちょいだけ!ね、ね!?」

「……あー、レオ兄ちゃん。そしたらぼく、魔術師ギルドの売店を見に行きたいなー」

「売店!?そうだよね、ライっち魔術師ギルドに来るの初めてだもんね!小生が案内するよッ!」


 ライトの言葉にピースが瞬時に反応し、その首をギュルンッ!と90度曲げてライトの方を見る。

 実際ライトが魔術師ギルドの売店を見たいというのは嘘偽りない本当のことであるが、同時にピースに差し伸べた手でもあった。

 ピースを見ていると、ライトはどうしても親友フェネセンのことを彷彿としてしまう。何しろこの弟子ピース、言動がほぼほぼ師匠フェネセンと生き写しレベルで同じなのだ。

 それ故ライトもフェネセンと接しているような感覚で、ピースを助けたくなってしまうのだろう。


 それまでレオニスの身体に木登り状態でしがみついていたピース、ヒョイッ、と飛び下りてご機嫌でライトの手を取り己の手と繋いできた。


「さっ、売店は一階にあるからね、小生といっしょに行こうねライっち!」

「お、おい、売店なんてギルドマスター直々に案内してもらうほどのもんじゃ……」

「黙らっしゃい!レオちん、ライっちと小生の心温まる親睦タイムを邪魔する気ッ!?」

「ぃ、ぃゃ、そんなつもりは……」


 一応止めようとするレオニスに、ピースが再びギュルンッ!と首を90度曲げてレオニスの方をギラリと鋭い眼光を放ちながら睨みつける。

 ピースのあまりの剣幕に、レオニスも怯むしかない。


「ささ、ライっち、売店にレッツラゴーゴー♪」

「うん!レオ兄ちゃんも行こうよ!」

「お、おう……」


 一転して明るい笑顔になるピース、ライトと手を繋ぎながら意気揚々と執務室の扉に向かう。ピースに引っ張られながらライトがレオニスにも声をかけ、レオニスも慌ててついていく。

 こうして三人は、連れ立って一階にある売店に向かっていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ささ、ここが我が魔術師ギルドが誇る売店だよ!自慢の逸品がお手頃価格で買えちゃうんだ!」


 ピースが両手の指先を揃えてジャジャーン!と指したその先には、多数の品をこれでもかと並べた売店があった。

 小奇麗に並べられた各種呪符を始めとして、魔導具やエーテル類などの魔力回復剤なども売られている。


「うわぁ、いろんな品があるんだね!」

「主力商品はもちろん呪符よー。他にも魔導具とかあるけど、やーっぱお手軽な呪符類が一番人気なんだよねー」

「ピィちゃんは魔導具開発の方が好きなんだっけ?」

「そう!小生もともと魔術師ギルドの開発部門入りしたくて魔術師ギルド入りしたんだよねー」


 先日のアクシーディア公国生誕祭の折に、魔術師ギルドが出店していた店で見た数々の呪符が並んでいる。

 一番人気の『魔物除けの呪符』に『初級魔法お試しセット』、ラウルが買った『家内安全』やマキシが買った『悪霊退散』もある。ここら辺はスタンダードな定番品のようだ。

 他にも身体機能強化系、いわゆるバフ系補助魔法や敵の防御力を低下させるデバフ系補助魔法の呪符もあり、見ているだけでもワクワクが止まらないライト。


「ピィちゃんも呪符描いたりするの?」

「もっちろん!むしろ呪符描くのが小生の本来のお仕事よ?」

「そうなんだ、すごいね!」

「この呪符はねぇ、特殊な紙と特殊なインクで描かれているんだ。どちらも魔術師ギルド秘伝の製法で作られているから、偽造品や類似品は作れないんだよ!」


 ピースの解説を聞きながら、売店の商品を見ていくライト。

 何の気なしにふと壁側を見ると、液体入りの小瓶が並べられた棚が目に入った。

 引き寄せられるように小瓶のエリアにスススー、と近づいていくライトに、ピースもその後ろをスススー、とついていく。


「これは液体タイプの薬剤か何か?」

「えーとね、ここら辺は主に魔物除けとか結界、補助魔法系なんかだねーぃ。効能は呪符と被るものも多いんだけど、液体タイプは呪符に比べて持続時間が長いとか効果範囲が広いから、用途や予算によって使い分けができるんだ」


 棚に書かれている商品解説に『退魔の聖水』『闘水』などの、ライトも見慣れた単語が見受けられる。

 ああそうか、ここら辺のアイテムはこの世界では魔導具の一種として取り扱われてあるんだな、とライトは内心で思う。


 ライトの目の前に並ぶ、小瓶入りの液体アイテム達。

 それらの幾つかは、ライトが今取り組んでいるクエストイベント【湖の畔に住む小人達の願いを叶えよ】のお題で散々作ってきたレシピアイテムと同名である。

 今ここで実物を取り出して見比べる訳にはいかないので、ライトは脳内の記憶を頼りに比較してみる。

 瓶の形はともかく、まず液体の色は同じだ。そして商品解説にある効能や有効時間も一致する。

 これらのことから、ライトが作るレシピアイテムと魔術師ギルドで販売している同名の魔導具は同一の物であると思われる。


 と、いうことは。レシピ作成で作った品は、将来この魔術師ギルドに卸せばいいのか?買取価格はおいくらGかしら?等々、ライトの脳内会議がとめどなく広がっていく。

 いつ何時も将来設計を欠かさないライト、まさしく就職氷河期を生き抜いた歴戦の強者である。


「ライっちはこういうアイテム類に興味があるのん?」

「うん。ぼくも将来冒険者になったら、こういうアイテムのお世話になることも多いと思うしね」

「ライっちは勉強熱心なんだねぇ。うんうん、今から将来に備えて知識を蓄えていくのはとても良いことだと思うよ!」


 イノセントポーションやセラフィックエーテル等の回復剤は薬師ギルドや薬店開店に、退魔の聖水や闘水は魔術師ギルドに納入。

 ライトの就活および収入源の当てが増えるのは、実に良いことだ。

 生産職スキルで作ったアイテムの新たな使い道があることを知れたのは、ライトにとって大きな収穫だった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ううう、本当に、本ッ当ーーーに名残惜しいけど。小生また仕事に戻らなきゃ……ぅぅぅ」

「ピィちゃんも大変だよね。だけど、ピィちゃんにしかできないお仕事だから、頑張ってね」

「そうだぞ、ピース。お前がこうして魔術師ギルドを守ってくれているからこそ、フェネセンも安心してほっつき歩けるんだからな」


 今度こそ魔術師ギルドから去ろうとするライトとレオニスを、ピースが玄関外まで見送りに出ていた。

 名残惜しさのあまり半べそをかくピース。そう、ピースは二人との別れが惜しくて泣いているのだ。決して書類の塔が待ち構えている執務室に帰りたくないから泣いているのではない。……多分。

 そんなピースに、ライトとレオニスも精一杯慰めの言葉をかける。


「じゃあレオちん、魔石の件よろしくね」

「おう、任せとけ。準備が整ったらまた連絡する」

「ライっちもまた遊びに来てね? 約束だよ?」

「うん。ぼくもまたピィちゃんとお話したいから、次に会えるのを楽しみにしてるね!」


 にこやかな笑顔でピースの要望に応えるライト。

 そんなライトを見てピースが呟く。


「……うん。やっぱり君は我が師から聞いていた通り……いや、聞いていた以上にとても良い子だね」

「え? そ、そうかな?」

「うん。我が師がそりゃもうライっちのことをべた褒めしてたらかね。小生も今日、その理由の一端を知った気がするよ」


 ライトのことを手放しで褒めちぎるピースに、ライトは何となく気恥ずかしくなり顔を赤くしながら俯いてしまう。

 自分はそんなに褒められるほど立派な人間でもないのになぁ……でも、そう言ってもらえるのは素直に嬉しいな。

 ライトは再び顔を上げて、力強く約束を交わす。


「今度はお外で会おうね!またね!」

「ライっち、レオちん、またねぇぇぇぇ!」


 魔術師ギルドの建物から遠ざかっていくライトとレオニス、二人の背が見えなくなるまでピースはずっと手を振りながら見送っていた。





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 稀代の天才大魔導師の一番弟子、ピースとの初会談はこれにて無事終了です。

 魔術師ギルドに会いに行っただけですし、フェネセンのように風来坊でレオニスの屋敷に居候する訳でもないので、出てくる頻度は今後もそこまで高くはないかもしれません。

 ですがまぁ魔術師ギルドの総本部マスターという重職にあるので、いずれまた出番も増えるかも。


 ちなみに魔術師ギルドにも受付嬢はいますが、ごくごく普通の女性職員で冒険者ギルドのクレア姉妹ほどの名物看板娘ではありません。

 ぃゃ、ホントは魔術師ギルドにも名物受付嬢座らせようかしら?と考えたは考えたんですよ? でもねー、その考えは0.1秒で霧散しました。もう作者自身、クレア姉妹一族だけで手一杯のお腹いっぱいですからね_| ̄|●

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