第354話 再会の約束

 その後ライト達は、孤児院の子供達と交流を深めていった。

 まずはお互いの自己紹介から始まり、レオニスは冒険譚を話して聞かせ、ライトはミサンガ編み講座などをしている。その間にラウルはマイラの要望を聞きつつ、孤児院の厨房の手入れやお直しをしたりしている。

 レオニスの冒険譚は男の子に大人気で、ライトのミサンガ編みは女の子に大人気だ。ちなみにマキシはというと、女の子達に混じってライトのミサンガ編み講座を熱心に聞いている。


「へー、レオニス兄ちゃんもシスターに育ててもらったんだ!じゃあ、僕達の先輩なんだね!」

「ああ、ここじゃなくてディーノ村っていうところの孤児院で育ったんだ」

「ねぇねぇ、シスターは昔から怖かった?」

「ぉぅ、そりゃもちろん怖かったぞー?お前らがさっき食らってた脳天チョップな、俺も何度あれを食らったか分かりゃしねぇ……その度に目の前に星がチカチカ飛んでな、頭から煙が出たもんだ」

「やっぱりー?キャハハハ!」


 孤児院出身、そしてシスターマイラに育てられたという共通点があるだけに、両者ともすぐに打ち解けることができたようだ。

 シスターマイラが怖かった、という部分は全員声を潜めて話をしているあたり、やはりマイラの存在は昔も今も畏怖そのものであるらしい。


「まったく……そんなもん悪さして怒られる方が悪いに決まってるだろう?」

「あっ、シスター!」

「ほら、皆、おやつだよ。今日はラウルさんが作ってくれた、聖なる餅のお汁粉だよ」

「……えー、またお餅ー?お餅飽きたー」

「嫌なら食べなくていいよ。文句を言う子におやつを食べる資格はないね」


 頭から煙云々のエピソードを話していたところに、ちょうどマイラがラウルとともにおやつのお汁粉を運んできた。せっかくヒソヒソ声で話をしていたというのに、残念ながらその会話は全てまるっと筒抜けだったようだ。


 そして子供達は今日のおやつが聖なる餅を使ったお汁粉と聞き、がっかりしたように文句を言う。まだ一月も半ばのこの時期、大晦日に収穫?した聖なる餅を毎日のように食べつけていてもはや飽きてしまっているようだ。

 そんな子供達にマイラは『食べなくていい』とピシャリと言うも、レオニスは横から子供達の顔を覗き込む。


「あー、お前ら、そんなこと言っていいのかー?ラウルの作るお汁粉は、そりゃもう世界一美味いんだぞー?」

「……え、そうなの?」

「お汁粉だけじゃない、ラウルの作る料理は全部美味いからな。そこら辺の高級な店で食うよりも絶対に美味いからな!」

「………………」


 レオニスの言葉に、子供達は思わずゴクリと喉を鳴らす。

 孤児院の子供達は、高級な店での食事というものがどれほど美味しいものかは全く知らない。だがそれでも、自分達の日々の食事よりははるかに美味しいだろうということだけは分かる。

 それよりさらに上、世界一美味しいとなるともはや想像もつかない美味しさなのだろう、ということは本能的に理解したようだ。


「ぉぃぉぃご主人様よ。そんな本当のことを言ってくれるなんて、照れるじゃねぇか」

「うん、ラウル、お前そういう褒め言葉だけは絶対に否定しないよね……謙遜のケの字も知らないって、ホントにすげぇよね。お前の料理が美味いのは本当のことだからいいけどよ」

「おう、度重なるお褒めの言葉、誠に光栄だ。さぁさぁ、せっかくのお汁粉だ、冷めないうちに皆で食おうぜ!」


 ラウルの掛け声に、子供達がわぁッ!と歓声を上げる。食べ飽きただ何だと言っても、あまり贅沢なことなど言えないのだ。

 まだほんのりと湯気が立つ温かいお汁粉入りのお椀を、箸とともに一人づつ受け取り席に着く。

 全員に行き渡り着席したところで、マイラが手を合わせる。子供達はもちろんライトやレオニス、ラウルにマキシもその場でお行儀良く手を合わせる。


 マイラの「いただきます」の声に続き、子供達もライトもレオニスも「いっただっきまーす!」と元気に食事の挨拶をしてからお汁粉を頬張り始めた。

 あちこちでふぅふぅ、と息を吹きかけて熱々のお汁粉を冷ます音が聞こえる。


「このお汁粉、すっごく美味しーい!」

「ホントだー!こんな甘くて美味しいお汁粉、初めて!」

「お餅もいつもと全然違う気がするー!」


 ラウル特製お汁粉の美味しさに舌鼓を打つ子供達。

 はふはふ、と懸命にお汁粉を食べる子供達の生き生きとした表情に、マイラも頬が緩む。


「ラウルさん、本当にありがとうねぇ。私の料理の腕じゃ、せいぜい焼くか雑煮にするくらいしか能がなくてねぇ」

「いや、これくらい朝飯前だ。餅を使った料理のレシピもいくつか書いておこう」

「本当にありがとう。餅もあと半月分くらいしかないが、大事に食べていくことにするよ」


 マイラがラウルにお礼を言うと、横でお汁粉を食べていたレオニスが話に入ってきた。


「シスター、もう餅の在庫がそんなに少ないのか?こないだ降ったばかりだし、公共の場で降った分の寄贈もあったろう?」

「ああ、今年は聖なる餅はたくさん降った方だけど、寄贈は思ったほどもらえなかったんだよ……それに、私ゃこのラグナロッツァの孤児院には秋に来たばかりだから、毎年どれくらいもらっているかもよく分からないんだ」

「そうなのか……そしたら、俺が先月集めた聖なる餅を受け取ってもらえるか?今日ここに来たのはシスターに会うのが一番の理由だが、聖なる餅を寄贈するつもりでもあったんだ」

「それは願ってもないことだけど……いいのかい?レオ坊だって、聖なる餅が大好物だったろう?」


 レオニスの申し出に、マイラは歓迎の意を示しつつも若干戸惑っている。そう、聖なる餅はかつてレオニスも幼少期によく食べていて、飽きたなどと一度も口にすることなくずっと美味しそうに頬張っていたことをマイラは覚えていたのだ。

 マイラが自分の好物までちゃんと覚えていてくれたことに、レオニスは心の中でとても嬉しく思いながらマイラの問いに答える。


「俺の食う分くらいはちゃんととっとくさ。それに、俺が拾い集めた餅の量は半端じゃねぇぜ?千個以上はあるからな」

「千個以上!?そりゃすごい数だね、一体どこにそんなに保管しておけるんだい?というか、その寄贈してくれる分は今どこにあるんだい?袋とか箱とか全く見当たらないけど……」

「ああ、それは心配ない、ここに全部入っているから」


 マイラのもっともな疑問に、レオニスは事も無げに空間魔法陣を開いて聖なる餅をいくつか取り出してマイラ達に見せる。

 レオニスの空間魔法陣は孤児院を出て本格的に冒険者になってから会得したものなので、レオニスがそれを使えるということをマイラは全く知らなかった。故に、子供達と同じようにあんぐりと口を開けながらその様子を眺めていた。


「空間魔法陣……レオ坊、あんた本当にとんでもない冒険者になったんだねぇ……」

「これ、魔力がたくさんある人でないと使えない魔法なんでしょ!?すごいなぁ」

「私も使えるようになりたいなぁ、魔力がたくさんあるかどうかもまだ分かんないけど」


 マイラ達が口々に感心している傍で、レオニスは改めてマイラに話しかけた。


「聖なる餅を千個全部いっぺんに置いていっても置き場所に困るだろうから、これから毎月百個づつ届けに来ることにするよ。その方が保存状態も良く保てるしな」

「ああ、そうしてくれると私もありがたいよ。さすがに千個全部は置ききれないし、梅雨時にかびが生えたり夏場に蕩けても困るからねぇ」

「それと、餅を届けに来るついでにここの修繕も手伝おう。いくら何でもこの建物の状態はあまりに酷過ぎる。ディーノ村の孤児院だってもうちょいマシだったぞ?」

「本当にすまないねぇ、レオ坊だって忙しいだろうに……でも、レオ坊が会いに来てくれるだけでも嬉しいよ」


 レオニスの心強い提案に、マイラは心から嬉しそうに微笑む。

 もともと孤児院というものは、どこも少ない予算で遣り繰りしているものだ。だが、それにしたってこのラグナロッツァの孤児院はレオニスの目から見てもかなり酷い状況だった。


「孤児院で育ててもらった恩は、孤児院に返さなきゃな。シスターがいる孤児院ならなおさらだ」

「ありがとう。クリスマスには冒険者ギルドマスターがサンタさんとして慰問に来てくれて、子供達にもたくさんのプレゼントをくれたし。このラグナロッツァには、レオ坊以外にも頼もしい冒険者がたくさんいるんだねぇ」

「ぉ、ぉぅ、あの人か……あの人は毎年孤児院や恵まれない人達に自費でプレゼントを購入して配り歩く、聖人のような人だからな」


 話の流れでマイラの口から『冒険者ギルドマスター』という言葉が出てきた。それは誰のことかと言えば、当然の如くマスターパレン以外にいない。

 レオニスの頭の中には、真っ赤な衣装を着た筋骨隆々のあの人の姿が浮かびまくる。


 そういやあの人、毎年クリスマスには必ず孤児院にプレゼントを配りに行くもんな……てことは、シスターも当然会ったんだよな。でもまぁ、クリスマスにサンタのコスプレは当然どころかむしろあれが正装だもんな。

 ……とりあえず、生誕祭の間にシスターと再会しないことを願おう。半裸のアレを見たら、シスターが泡吹いて卒倒しかねん……


 レオニスは頭の中で爽やかに笑う赤い衣装の人を、パッパッ、と手を左右に振り追いやる。


「兄ちゃん達、また遊びに来てくれるの?」

「大きい兄ちゃんも…中くらいの兄ちゃんも、小さい兄ちゃんも、皆来てくれる?」

「大きいお兄ちゃんが作る美味しいお料理、また食べたいな」

「私はお料理を習いたい!」


 レオニスとマイラの会話を聞いていた孤児院の子供達が、期待と不安の入り混じった目でライトやレオニス、ラウル、マキシを見つめる。

 もともと孤児院という場所柄、訪れる人は少ない。たまに誰かが来ても行政の役人か借金取りくらいのもので、子供達に会いに来る人など皆無に等しい。

 今日のように、たくさんの来客と遊んだことなど子供達にとっては初めてのことだった。


 そしてそんな子供達の寂しい気持ちが誰よりも分かるのは、他ならぬレオニスだ。

 自分が過ごした孤児院時代の仲間達の顔が、今目の前にいる子供達と重なって見える。


「……もちろんだ。むしろ俺達の方からお願いせにゃならん。月に一度はシスターやお前らの顔を見に来てもいいか?」

「「「「……!!」」」」


 レオニスの答えに、息を呑みながら返事を待っていた子供達の顔が歓喜の色に染まる。

 その喜びに言葉に詰まった子供達だが、次の瞬間大喜びでレオニス達の周りに群がった。


「やったぁー!」

「もちろん!いつでも来てよ!」

「次もまたたくさんお話聞かせて!」

「待ってるからね、約束だよ!」


 レオニスに群がっていた子供達は、ライトやマキシの方にも来る。


「小さい兄ちゃんもまたいっしょに遊ぼう!」

「大きいお兄ちゃん、お料理教えて!」

「中くらいの兄ちゃんも、私といっしょに紐編みしようね!」


 子供達にせがまれたライト達も、ニコニコしながら彼ら彼女らの希望に応える。

 孤児院の子供達の気持ちが最も理解できるのはレオニスだが、ライトにとっても決して他人事ではなかった。

 レオニスが自分を探して引き取ってくれなければ、ライトもそちら側にいたのだ。そのことを思うと、親のいない者同士として自分でも何か力になれることがあれば協力したい、とライトは思っていた。


「うん!レオ兄ちゃんがここに来る時に、また皆でいっしょに来るね!」

「おう、料理の指南ならいくらでもしてやるぞ」

「僕も紐編みだけでなく、床や壁の修繕のお手伝いしますね!」


 皆が皆、それぞれに再会の約束を笑顔とともに交わしたのだった。





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 前々回から出てきているシスターマイラ。老齢であることと、かつては美貌を誇ったであろう整った顔立ち、という病者しか出てないので、後書きにて補足。

 年齢は還暦をちょっと過ぎた頃、細身の長身で服装はもちろん女性用の修道服。

 還暦ちょい過ぎで老齢呼ばわりは可哀想な気もしますが、その仕事柄心身ともに苦労も多く、年齢以上に老けて見えてしまうのは致し方のないことです。


 これから先、月に一度レオニス達が訪問する度に歓迎してくれることでしょう。レオニスも存分に恩返しできるといいね!

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