第353話 立ち位置の線引き
「……まぁ!この子が!?……そう、グランとレミの……」
レオニスからライトの出自を聞いたマイラは、目を大きく見開いて驚く。その後すぐに目を細め、嬉しそうに微笑んだ。
グランとレミが早世してしまったことは、マイラも知っているようだ。
マイラは腰を屈めてライトの顔をじっと覗き込む。
「ライト君、お顔をよく見せてくれる?」
「は、はい……」
「ああ、本当ね………髪と目元はレミ似で、鼻と口元がグランに似てるわ……君は本当にグランとレミの子なのね……」
皺々の細い両の手でライトの頬をそっと包み込みながら呟くマイラ。
その瞳には再び涙が滲み、はらはらと雫が零れ落ちる。その涙グランとレミ、二人の忘れ形見であるライトと邂逅することができた喜びの現れであると同時に、二人の夭折を心から悼むものでもあった。
「こんな可愛い子を残して逝ってしまうなんて……グランもレミも、さぞ無念だったろうに……」
「あんな良い子達が、何故こんなにも早く天に還らねばならなかったのか……」
「思い合う二人が結ばれて、子宝にも恵まれて、さぁこれからだ、という時に……何故、どうして…………」
「神様も、天に召すならば年寄りの私を先に呼べばよろしいのに……」
ライトの身体をグッと引き寄せ抱きしめるマイラ。マイラの頬を伝う涙がライトの頬に移り流れる。
ライトは目をぱちくりさせながら、次第にその目にも雫が滲んでくる。両親の死をここまで悼んでくれる人に出逢ったのは、本当に久しぶりのことだった。
こんなにも惜しまれる程に、父母は善い人だったのだ。
今のレオニスとの生活だって何ら不満はない。何不自由なく暮らしていけるのは間違いなくレオニスのおかげで、そこに不満を抱えるなどむしろ罰当たりというものだ。
だが一つだけ、今この瞬間だけライトは思う。レオ兄だけでなく、父さんと母さんともいっしょに過ごしたかった、と―――
ライトも震える手でマイラの身体を抱きしめる。
二人はしばらくの間、グランとレミの死を悼み分かち合った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……シスター。シスターが早くに召されても俺は悲しい。いや、俺だけじゃない、カイ姉やセイ姉、メイだって悲しむ。シスターに育てられた孤児達皆が悲しむ」
「グランの兄貴やレミ姉の時だって、涙が枯れ果てるくらいに嘆き悲んだ。シスターまで俺を置き去りにしないでくれ……」
ライトとマイラが抱き合う横にレオニスが立ち、二人の背に手を添えながら俯き言葉を絞り出す。
レオニスの言葉を聞いたマイラは、顔を上げてレオニスを見た。
「……ああ、そうだね……このやんちゃ坊主をこのまま置いて天に召される訳にはいかないねぇ」
「そうだぞ、シスター。俺にだって今はグラン兄とレミ姉が遺してくれたライトがいるし、ライトだけじゃないぞ?シスターにはいつか俺の嫁さんや子供だって見てもらわないとな」
「レオ坊のお嫁さんや子供?……それは私にとっても娘や孫にも等しいねぇ。それを見届けるまで、私ゃ死んでも死にきれないねぇ」
「そういうこった」
レオニスが懸命に紡ぐ言葉が、マイラの悲しみを徐々に解かしていく。
それはまるで子供が母親を慰めようとして、頑張って語りかけ続けている姿そのものだ。
実際孤児だったレオニスにとって、孤児院でずっと世話になってきたマイラは育ての親であり実の母親にも等しい人だった。
「じゃあ、まずはお嫁さんを連れてきてもらわないとねぇ」
「ああ、楽しみに待っててくれ」
「いつ連れてきてくれるんだい?」
「…………ン?あ、ああ、それはまたいつか、近いうちに、な……」
励ますつもりの未来の話に、その日はいつ来るのか?と乗り気で問うマイラは目を輝かせながらレオニスを見つめる。
そのキラキラした目とは対照的に、レオニスの方には若干の暗雲が立ち込める。
「そうかいそうかい、それはまた楽しみだねぇ。レオ坊が選ぶ人だ、絶対に可愛くて素敵なお嬢さんだろうねぇ」
「ぁ、ぁぁ、それはもちろんさ……」
「だけど、レオ坊。私が生きているうちに連れてきておくれよ?できれば私の足腰が元気なうちに頼むよ、レオ坊の結婚式には是非とも私も駆けつけたいからね」
「ぉ、ぉぅ……じゃあシスターもあと五十年は長生きしてくれよ?」
「任せときな!五十年と言わずに百年先を目指してみようかねぇ!」
「シスター、俺より長生きする気か……」
嫁や子供云々は、嘆き悲しむマイラを励ます方便だったのだが。励ましの役割を果たした後の矛先は、当然のことながらレオニス自身に向けられる。
現時点でそのアテは全くないレオニスは、目を泳がせながら曖昧な答えに徹するしかない。
というか、レオニスよ。嫁を見つけるのに今からあと五十年もかける気か。執行猶予を求めるにしても、それはちと多過ぎではないか。
だが、一見ノリノリに見えるマイラとてレオニスの意図や真意は分かっている。マイラが真に受けたフリをしたせいでレオニスは本気で内心焦っているが、マイラはレオニスの自分への心遣いがただただ嬉しかった。
マイラは立ち上がり、改めてライトと真正面に向き合い語りかける。
「ライト君といったね。君も私の息子、いや、孫も同然だよ。何たって、あのグランとレミの子なんだからね」
「……はい!」
「だから、もしよければいつでもここに来ておくれ。こんなボロボロの
「ありがとうございます!」
そんな話をしていると、突然孤児院の入口の扉がバターン!と勢いよく開いて何人もの子供達が一斉になだれ込んできた。
「シスター、ただいまー!」
「お祭り楽しかったー!」
「少ないけどおみやげ買ってきたよー!」
興奮気味に語る子供達が、マイラ目がけて一目散に突進してくる。もちろん床はギッシギッシと盛大に軋み、今にも床に穴が開くのではないかと冷や冷やしてしまう。
「ちょ、お前達!ここでは走っちゃ駄目だとあれほど言ってるでしょう!」
「大丈夫大丈夫!穴が開いたら塞げばいいんだよ!」
「お前達ね、屋根の穴塞ぐのとは訳が違うんだよ!」
「違わない違わなーい。それに、こんなとこにいるのなんて俺達だけじゃーん!」
「このおバカ!今ここにお客さんがいるのが見えないのかい!?」
「ン?お客さん??」
ライトを押し退けてマイラにまとわりついていた子供達、ようやく我に返りキョロキョロと辺りを見回してライト達と目が合う。
祭りの楽しさに興奮醒めやらず、押し退けてしまったことにすらろくに気づいていなかったようだ。
「……あっ、ごめんなさい!お客さんいたんだね!」
「こんなボロ屋にお客さんなんて、何年ぶり?」
「ていうか、本当にお客さん?いつも来る借金取りとは違う人みたいだけど」
「お前達って子は、本ッ当ーーーに失礼だね……」
口々に謝ったり訝しがったり、本当に賑やかな子達である。
そんな子供達の様子にマイラは痛む頭を片手でこめかみを押さえつつ、思いっきり眉を顰め苦々しい顔で天を仰ぐ。
だが、レオニスにとってそれはかつての自身の子供時代を思い出す、とても懐かしい光景だった。
「まあまあ、シスター。俺が子供の頃もあんなだったじゃないか。俺は気にしないし、むしろ懐かしいくらいだから。あまり子供達を叱らないでやってくれ」
「そうかい?……そりゃまぁレオ坊の子供の頃と大差ないっちゃ大差ないが……いや、むしろレオ坊達の方が酷かったような気がするね?」
「何ッ!?シスター、そりゃ酷くね?」
レオニスとシスターのやり取りを見た子供達が、不思議そうにレオニスの顔を見ながら尋ねる。
「お兄ちゃん、だぁれ?」
「シスターとお友達なの?」
「あ、他にも人いるね。この子やあっちのお兄ちゃん達もシスターのお友達?」
レオニスだけでなく、ライトやラウル、マキシの存在にも気づいた子供達が口々に矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
そんな子供達に、マイラがひとつひとつ丁寧に優しく答えていく。
「ああ、そうだよ。この大きなお兄ちゃんは昔私が別の孤児院にいた時に世話をしていた子でね。今は立派な冒険者になって、世のため人のために働く立派な人になったんだよ」
「こっちの子も、お父さんとお母さんがこの大きなお兄ちゃんといっしょに孤児院で育った子達でね。お前達と同じ、私にとって孫みたいなもんさ」
「あっちのお兄ちゃん達は分からんが……この大きなお兄ちゃんのお友達だろうね」
マイラの話を聞いていた子供達が、みるみるうちにその目を輝かせていく。
そして先程までマイラに向けられた勢いが、今度はライトやレオニスに向かっていく。
「冒険者!?すげー、俺、立派な冒険者って初めて見た!」
「お兄ちゃん、お名前は何ていうのー?」
「シスターの孫かー、そしたら住むおうちは違うけど私達と同じってこと?」
「あっ、でも着ている服はとても綺麗ね。私達とは違う子でしょ?」
それまでの言動から、もともとあっけらかんとした子達だということは見て取れたが、それでもライト達の小綺麗な身なりを見て『自分達とは住む世界が違う子だ』ということを瞬時に察したらしい。見た目や言動よりもはるかに聡い子達だ。
そして彼らの視線は嫉妬や羨望ではない。自分達とは違う、という『線引き』だ。
互いに交わることのない世界に立つ者という意識が、孤児の子供達側にはあった。
そんな子供達の思いを察したマイラは何と、子供達の後ろから全員にもれなく脳天チョップをかましたではないか。
その痛烈な衝撃に、子供達は全員しゃがみ込んで頭を押さえつつ悶える。
「痛ッてぇぇぇぇ……シスター、何すんだよッ」
「そうよそうよ、私達が何したって言うのよぅ」
「暴力反対ッ」
「お黙り」
子供達が口々に反論するも、マイラがものすごい圧で子供達を睨みつける。
その凄まじい圧に、子供達は全員怯むばかりだ。
「私ゃお前達をそんな腑抜けに育てた覚えはないよ」
「……ふ、腑抜けって何だよ、腑抜けって!」
「相手がどんな人か、よく話したり確かめもしないうちに自分とは違う子だって決めつけて逃げる子を腑抜けと言って何が悪い」
「そ、それは……」
「これが腑抜けじゃないと言うのなら、何て言えばいいんだい?臆病者か?戯け者か?どの道同じ意味だがね」
「「「「…………」」」」
マイラの紛うことなき正論に、子供達は黙り込む。
「いいかい。この子は赤ん坊の時に両親に死なれた親なし子だ。お前達と違くところは、その後引き取って育ててくれた人がいるという点だが」
「それでも親の顔も知らず、声も聞けず、愛を受けられなかった子供であることに変わりはないんだ」
「親の愛を知らないことがどんなに寂しいことか、お前達だって知らない訳じゃあるまい。むしろお前達こそよく知っているだろう?」
目の前にいるライトが自分達と同じ親なし子と知り、孤児達は全員びっくりした顔になる。
そしてマイラの厳しい言葉はなおも続く。
「それなのに、一見裕福な子に見えるからってどうして何も知ろうとしない?人に相性や好き嫌いがあるのは仕方のないことだが、それはせめて相手がどんな人間であるかを知ってから判断しな」
「尻尾を巻いて敵前逃亡するような腑抜けは、碌な大人にならない。この先孤児院を出た後だって、何もできやしないよ」
「お前達だって、いつまでもこの孤児院で暮らしていける訳じゃないんだ。外の世界に出た時に備えていかなくちゃいけない」
「お前達には、人を見る目というものを持ってもらいたい。善い人悪い人、優しい人や狡い人、外の世界にはいろんな人がいる。それを見分ける目さえ持っていれば、悪い奴に騙されたりすることなく何とか人並みに生きていけるようになるもんさ」
一頻りお説教した後、マイラは子供達の前にしゃがみ込んで全員の顔を見回す。
「……皆、私の言ってること、分かるかい?」
「……うん……」
「俺達が悪かったよ……」
「ごめんなさい、シスター」
「謝るのは、私にではないだろう?」
子供達がしょんぼりとしながらマイラに謝るも、謝る先が違うとマイラに促される。
子供達は全員ライトの方に身体を向けて、ペコリと頭を下げた。
「ごめんなさい」
「シスターの言う通り、君のことを変な目で見た私達が悪かったわ。本当にごめんね」
「もしよかったら、これからいっしょに遊んでくれる……?」
「!!……もちろんだよ!」
子供達からの歩み寄りに、ライトは明るい声で答える。
その後ろで一連のやり取りをずっと見守っていたレオニスも、ほっと一安心する。
「ぃゃー、シスターのあの脳天チョップが健在とはな……あれ、すんげー痛ぇんだよなぁ……」
「ん?レオ坊、何か言ったかい?」
「ぃゃ、何でもございません……」
かつての幼少期を思い出し、ぽろりと呟いたレオニスにマイラの鋭い視線が飛ぶ。
その視線を受けたレオニスは、思わず己の脳天辺りを両手で隠しながらおとなしく返事をする。
レオニスにとってマイラは、グランやレミ、アイギス三姉妹と同様で一生頭が上がらない人物なのだ。
大きくなっても変わらないレオニスに、マイラもふふっ、と笑いながらその邂逅の喜びを再び噛みしめるのだった。
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シスターであるマイラは、レオニスやグラン、レミとの交流もあるのでライトのことを無条件で受け入れられますが、孤児達にとっては微妙なところです。
自分達と同じ孤児でありながら、その後全く違う道を歩むライト。その姿は眩しくも羨ましく、妬み嫉みを抱いてもおかしくありません。
ですが、そうした負の感情に陥ることなく子供達を前を向かせ導くのがマイラの役割です。
レオニスがその後冒険者として大成したように、ラグナロッツァの孤児院の子供達もまた大きく羽ばたいてくれるといいな。
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