第345話 生誕祭初日と差し入れ
アクシーディア公国の建国記念日前日。
この日から『アクシーディア公国生誕祭』が開催される。
朝から音だけの花火が何発も打ち上げられ、盛大な祭りの開催の合図の音がラグナロッツァ中に響き渡る。
ライトもこの花火の音で起きたクチだ。
いつもなら眠い目をこすりながらもそもそと起き出すライトも、今日ばかりはベッドからガバッ!と自主的に飛び起きる。
まずは顔を洗ってパジャマから部屋着に着替え、一階に降りて食堂に入る。食堂では既にラウルとマキシがいて、二人で朝食の準備をしていた。
「ラウル、マキシ君、おはよーぅ」
「おう、ライト、おはよう」
「あっ、ライト君、おはようございます!」
ひとまず朝の挨拶を交わし、テーブルにつくライト。
ライトの目の前に、早速ラウルの手により朝食が並べられていく。
マキシもライトの横の席に座り、同じくラウルの手で朝食が出される。
「「いっただっきまーす」」
ライトとマキシ、二人して手を合わせてから朝食をいただく。
この『食事前の挨拶』という人族特有の習慣。八咫烏のマキシには全く経験のなかった習慣だけに、最初の頃はあまりよく意味も分からずただ周囲を真似ていただけだったが。最近ではその意味も理解して、もうすっかり馴染んで板についてきた。
ラウル特製朝食を食べながら、ライトはラウルに声をかけた。
「レオ兄ちゃんはもうお仕事に出かけたの?」
「ああ、夜明けの少し前くらいに屋敷を出ていったぞ」
「そっかぁ。というか、今日はラウルは朝ごはん食べないの?」
「俺はもう朝ごはん食ったぞ。しばらくはこっちの屋敷で寝泊まりするご主人様にも、ちゃんと朝飯食わせてやらなきゃならんからな。俺もそのついでに済ませた」
レオニスはもうとっくに仕事に出たらしい。しかも夜明け前に出勤とは、朝早くから本当に大変なことである。
「ねぇ、ラウル。今日はどうする?ラウルはどこか行きたい催し物とかあるの?」
「んー、俺は毎年屋台巡りで美味いもの探しするのが恒例だな」
「じゃあお昼はどこかの屋台で食べる?」
「そうだな。この祭りでしか食べられん料理もあるから、そういった珍しいもん探して外で食うか」
祭りの屋台で美味しいものを買って食べる。それは祭りの醍醐味にして最も楽しみなことのひとつだ。
食べ物の値段こそ若干もしくはかなり高めになるが、それとてお祭り価格として許されてしまう。野外での買い食いは、古今東西地球異世界問わず人々を魅了して止まないのだ。
「お昼ご飯食べたら、翼竜牧場行きたいんだけど。ラウル達もいっしょに行こうよ!」
「翼竜牧場?八咫烏の里に行く時に乗った、翼竜籠の発着場だったところか?」
「そう!翼竜牧場は生誕祭の間は『翼竜わくわくふれあい広場』って名前で無料開放してるんだって!こないだナディアさんからそんな話を聞いて、遊びに行く約束したんだ!」
「おお、そうか。遊びに行く約束をしたなら絶対に行かなくちゃな」
「うん!じゃあ、十時になったら出かけようか!」
「了解ー」
朝食を摂り終えたライト達は、それぞれ出かける支度をするために各々の行動に移っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おおお……すごいたくさんの人がいるねー」
屋敷を出ていつも行く商店街の大通りに辿り着くと、そこには既にたくさんの人々で溢れかえっていた。
ちなみに竜騎士団や鷲獅子騎士団などのデモンストレーション以外の催し物は、全て平民街で行われる。
公国直属の騎士団の催し物はラグナ宮殿を開放行われるが、それ以外のものは警備その他諸事情により平民街で行う方が都合が良いのだ。
大通りには数多の露店が並び、あちこちから食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってくる。
もちろん食べ物ばかりではなく、雑貨や武具類を並べている店もある。
あまりの店の多さ、多岐に渡る種類の品々にライトは終始目を奪われ通しだ。歩いている間ずっと物珍しそうにキョロキョロと見回している。
そんなライトの姿を見て、ラウルが心配そうに声をかける。
「ライト、そんなキョロキョロしてばかりいると俺達とはぐれちまうぞ」
「あ、うん、ごめんね。いろんなものがあってついつい見ちゃう」
「まぁ分かるがな。つか、マキシもライトと同じでキョロキョロし過ぎだぞ?」
「あ、うん、ごめんなさい。こんなお祭りとか初めてで、あまりに楽しくてついつい……」
キョロキョロと周りを見回してしたのはライトだけではなく、マキシも同様だったりする。
人族のお祭りということで見るもの全てが新鮮で、マキシにとっても何もかもが初体験なのだ。
「ま、二人の気持ちも分かるがな。とりあえずこの人混みだ、はぐれないようにライトとマキシはしっかり手ぇ繋いどけ」
「うん、分かったー。マキシ君、よろしくね!」
「はい、こちらこそ!」
ラウルに言われた通り、マキシと手を繋ぐライト。
マキシはラウルを気配で探知できるので、最悪ラウルとはぐれても何処にいるかすぐに分かるのだ。
あちこちフラフラとしかねないライトとマキシ、手を繋いで行動すれば二人の迷子防止対策として万全かつ完璧である。
三人が歩く姿は、傍から見れば『中くらいのお兄ちゃんが一番小さい弟と手を繋いで歩く横で、大きいお兄ちゃんが付き添いとして見守っている』という、何ともほのぼのとした図である。
まるでかつての現代日本の東京都心のように、溢れる人の波の中を泳ぐように前に進みがら祭りの屋台を眺め吟味していく三人。
だが、三人には先に行く場所があった。
その目的の建物の前に着いたライトは、見慣れた扉をそっと開いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「こんにちはー」
外の賑やかさに比べ、その建物の中は実に閑散としている。ぶっちゃけ受付窓口以外は人っ子一人いない状態だ。
そんな中で、静かに受付窓口業務を全うする一人の愛らしい女性がいた。
「あら、ライト君ではないですか。こんにちは」
「クレナさんもお仕事お疲れさまです!」
そう、その愛らしい女性とはクレア十二姉妹の五女クレナ。
そしてここは冒険者ギルドのラグナロッツァ総本部である。
いつもなら数多の冒険者で溢れかえるこの冒険者ギルド総本部も、さすがに生誕祭の間はほぼ誰も近寄らないと見える。
おかげで大広間は静まり返っていて、ライトとクレナの声だけが響き渡る。
「ライト君は今から生誕祭に繰り出すのですか?」
「はい!その前に、この総本部で待機しているレオ兄ちゃんやクレナさんに差し入れを渡しに来たんです」
「まぁ、差し入れですか?」
「えーと、レオ兄ちゃんは今どこにいますか?」
ライトは再度周囲をキョロキョロと見回すも、やはりこの大広間にレオニスはいないようだ。
「レオニスさんなら仮眠室で寝ていると思いますが。呼んできましょうか?」
「あっ、いえ!寝ているならそのまま寝かせといてあげてください!あっ、ラウル、差し入れ出してくれる?」
「了解」
レオニスが仮眠を取っているということは、夜勤に備えてのことだろう。仕事のために寝ているレオニスを、差し入れのためにわざわざ起こすなんて無体なことはしたくないライトは慌ててクレナを止める。
そしてラウルに差し入れを出すように頼むと、ラウルは空間魔法陣から差し入れの入ったバスケットをいくつも取り出しては窓口カウンターに次々と並べて置いていく。
その総数五個、しかも特大サイズのバスケットなのでかなりの量の差し入れだ。
その中身はサンドイッチや惣菜パン、カットした果物やシュークリームなどなど、様々な品が入っている。
「んまぁぁぁぁ、たくさんですねぇ」
「待機している人が何人いるか分からなかったんで、多めに持ってきたんです。それにレオ兄ちゃんもたくさん食べる人だから、そこまで余らないと思いますし」
「生誕祭の待機中にこんな素敵な差し入れをいただくなんて、初めてですぅ」
バスケットの中身を一通りチラ見したクレナが、心の底から感動している。
食事なども交代もしくは出前で摂るのだろうが、このような差し入れは今まで一度も受けたことがないようだ。
「皆さんで食べてくださいね!そしてお仕事頑張ってくださいね!明日はレオ兄ちゃんと一日出かけるから来れないけど、また明後日も差し入れしに来ますから!」
「ありがとうございますぅ。明後日も楽しみにしてますね。そしてライト君も存分に生誕祭を楽しんできてくださいねぇ」
クレナに丁寧に礼を言われながら、ライト達は冒険者ギルド総本部を後にした。
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いよいよアクシーディア公国生誕祭の始まりです。
開始を告げる花火は、運動会なんかで打ち上げられる音だけの花火のイメージまんまですね。
快晴の空のもと、朝から鳴るあの音はテンションアゲアゲなりますよねぇ。でも今の時代だと、騒音問題だとか近所迷惑とかで音も控えめもしくは無しとかなんでしょうねぇ。
除夜の鐘や盆踊りの音楽だって、うるさいからって無音にしたり中止に追い込まれる時代ですもんねぇ。季節の情緒や風情をも殺すような、行き過ぎた規制はよろしくないと作者は思います(`ω´)
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