第344話 リリィの不満と寂しさ

 翌々日の月曜日。

 ライトはいつも通りにラグーン学園に通学した。

 朝の授業前の時間や昼休みの時間も、話題はもっぱら明日から始まるアクシーディア生誕祭の話題で持ち切りである。


「皆、祭りは何を見に行くのー?私はねー、この『ミス・テリアス率いる凄腕手品師達のマジックショー』に家族皆で行くんだー!」

「僕は竜騎士団と鷲獅子騎士団の航空ショーが見られれば、あとはお店や屋台を見て回るくらいかなー」

「私はお兄様といっしょに『麗しの歌姫リサイタル』を観に行く予定ですの」


 皆それぞれに、祭りで見たいものがある程度決まっているようだ。

 特にイヴリンは街で配られる数多のチラシを机に広げながら、一枚一枚丁寧にチェックまでしているほどの熱の入れようだ。そのイヴリンが観に行くというマジックショーも、昨日の日曜日にポスティングされたチラシで得た情報らしい。

 そしてジョゼは、生誕祭で一番人気の目玉企画である竜騎士団と鷲獅子騎士団の航空ショーが見られれば満足なようだ。

 ハリエットの場合は兄のウィルフレッドとともに『麗しの歌姫リサイタル』なる催し物に出向くのだという。


 しかしこの『麗しの歌姫リサイタル』とは一体何だろう。

 その怪しくも胡散臭い響きは、どこか危険な香りがする。『ボエエエエ~~~~♪』という超音波的破壊音が、どこからともなく聞こえてきそうな気さえするのは何故だろうか。


 だがしかし。教室で皆でそんな風に楽しそうに会話している中、実に楽しくなさそうな人がここに一人。


「……皆、いろんなのを見に行けて羨ましいなー。私なんて、年末年始に続いて生誕祭も全ーーー部家の手伝いだよ!」

「そりゃあねぇ、リリィちゃんちは宿屋さんだもん。もう一月入ってからずっと宿泊客たくさん来てるんでしょ?」

「うん。もう先週から泊まり込んでる人も多くてさ、ずっと満室だよー」

「生誕祭は年末年始以上に稼ぎ時だろうしねぇ。国内だけじゃなく、国外からも観光客や商人がいっぱい来るし」

「そうなんだよねー。今うちのお店に来ると、いろんな外国語があちこちから聞こえるもん」

「リリィちゃん、本当に大変そうだね……」


 思いっきり口を尖らせて、ぶーたれた顔でブチブチとぼやくリリィ。宿屋兼定食屋のリリィの家では、生誕祭は年末年始以上の繁忙期らしい。

 生誕祭に商売をしに来る者のみならず、観光客も国内外から押し寄せてくるのだ。その繁忙期の手伝いは、宿屋に生まれた娘の宿命にして逃れられない運命である。


 そんなリリィを気遣うライトに、リリィが目を潤ませで口をへの字から波状に歪ませたと思ったら、何と突然ガバッ!とライトに抱きついた。


「うわーん!リリィの大変さを分かってくれるのは、ライト君だけだよぅ!」

「うわっ!リ、リリィちゃん、落ち着いて!?」


 割と本気で嘆いているのか、その目には本当に涙が滲んでいる。

 確かにこんな小さな子供ならば、家の手伝いなんて放り出して友達や家族と祭りに出かけたいだろう。

 だが、リリィは人気の宿屋『向日葵亭』の一人娘である。そして家族である両親も宿屋の切り盛りでずっと働き通しで、娘とともに祭りに出かける余裕など微塵もない。

 つまり、リリィの願いが叶うことはないのである。


 年末年始は平民はどこにも出かけない人々も多いから、リリィが家の手伝いをするのも抵抗はなかった。

 だが、生誕祭は貴賎問わず皆が祝い楽しむ場だ。現にリリィの大親友であるイヴリンだって祭りをとことん楽しむようだ。

 そんな中で、リリィだけが家の手伝いでどこにも出かけられないのはきっとかなり辛くて悲しいに違いないのだ。


 リリィだけでなく、自営業関連で出店する者達は祭りを楽しむ余裕などないだろうが、それでも時間を見つけて少しだけ抜け出すくらいの息抜きはできるだろう。

 それすらもできないのは、さすがに可哀想だよなぁ。リリィちゃんだって少しくらいは祭りを楽しみたいだろうに……と思ったライトの目に、イヴリンが持ってきていた数多の宣伝チラシの中の一枚がふと映った。


「あっ、ねぇ、リリィちゃん!このチラシにある『レインボースライムショー』の開催場。これ、リリィちゃんちの近くの広場じゃない?」

「……ぐすっ……うん……この広場、うちから歩いて一分もかからないところにあるぅ」

「午後の部は三時からだって。その時間ならお昼ご飯や晩御飯の時間の合間だし、一時間くらい休憩ってことで見に行くことはできないかな?」

「…………それ、いいかも」


 そのチラシには『レインボースライムショー』というカラフルなタイトルとともに『世界中で大人気!七色のスライム達が織りなす魅惑のショータイム!』という触れ込みが書かれている。

 興行の開催場所はリリィの家である向日葵亭とは目と鼻の先にある広場で、一時間の予定のショーを午前十時と午後三時の二部制で三日間全日開催するようだ。


 チラシを見たライトの提案に、リリィはそのチラシを手に取り無言のまま潤んだ目でじっと見つめている。

 ぐすん、と時折鼻をすするリリィの寂しげな姿に、大親友であるイヴリンも何か思うところがあったのだろう。その話に大いに乗ってきた。


「いいじゃない!そしたらさ、一日目か三日目の午後の部をリリィちゃんも皆といっしょに見に行こうよ!」

「そうですね。リリィさんだって生誕祭の間はずっとお家の手伝いをなさるんだから、それくらいは楽しんでもいいと思いますわ!」

「そしたら僕もいっしょにおじさんやおばさんに頼んであげるよ。お昼の休憩で皆でスライムショー見に行きたいって言えば、一時間くらいならきっと許してくれるよ」

「うん!ぼくも皆といっしょにリリィちゃんのお父さんとお母さんにお願いするよ!」


 いつも頑張るリリィのために、一肌脱ごう!とそれぞれが口々に提案する。

 そんな親友達の姿を見たリリィ。初めはボーッとしたまま聞いていたのがだんだんと頬が紅潮してきて、その眦にはいよいよ涙が溜まっていく。


「ううう……皆、ありがとう!イヴリンちゃん、大好き!」

「キャッ!……うん、私もリリィちゃんのことが大好きよ!」

「よし、じゃあ今日の帰りに皆でリリィちゃんちに寄っておじさんとおばさんにお願いしに行こう」

「「「「賛成ー!」」」」


 思わずイヴリンに抱きつくリリィ。その目からはついに一粒の雫が零れ落ちる。

 リリィの勢いある抱きつきにイヴリンは思わず少しよろけるも、すぐに態勢を整えてリリィに負けじと抱きつく。リリィの背中を優しくポンポンと軽く叩きながら宥めるようなイヴリンの抱擁は、まるで泣いている赤子を優しくあやすようなとても温かいものだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……という訳で。ぼくはお祭りの間、一回だけ学園の友達と『レインボースライムショー』を三日目の午後三時に観に行くんだー」

「そうか、そりゃ良かったな。だけど、子供達だけで行って大丈夫か?生誕祭中はどこもものすごく混雑するぞ?誰か大人はついていかないのか?」

「多分ハリエットさんのお兄さんもいっしょに来てくれるって」

「あー、中等部の生徒会にいるっていう兄ちゃんか?まぁ中等部の兄ちゃんがまとめて面倒見てくれるってんなら大丈夫か……」


 その日の晩御飯で、明日から始まるアクシーディア公国生誕祭について話をしている。

 今日から四日間、ライトもレオニスも生誕祭が開催される間はずっとラグナロッツァの屋敷で過ごす予定だ。


「マキシ君も生誕祭の間はアイギスお休みなんだよね?」

「はい。今日まではものすごく忙しかったですが、その分カイさん達も三日目はのんびり過ごすそうです」

「そっかぁ、アイギスは超一流の人気服飾店だもんね。ドレスや礼服の注文の量もすごいんだってねー」

「ええ、そりゃもう毎日いろんな生地や大量のレースに埋もれながら、アクセサリー作りまでこなしていましたからね……やっぱりカイさん達三姉妹はものすごい人達です」


 マキシはアイギスで働き始めたばかりなので、まだ物作りに携わることはできない。だが、三姉妹の作業を見ているだけでも楽しいらしい。


「そしたらマキシ君もぼく達といっしょにお祭り見て回ろうね!マキシ君は何を見たい?」

「えーと、どれも全部楽しそうで決められません……多分何を見ても楽しいだろうから、何でもいいです!」

「そうだねー、ぼくもきっとマキシ君と同じで何見ても楽しいだろうなー。あっ、でもぼく、竜騎士団と鷲獅子騎士団の航空ショーは絶対見たいんだ!」

「竜に鷲獅子ですか!?人里でそんなすごいものまで見れちゃうんだ!ラウルもその航空ショー?見たことあるの!?」


 竜と鷲獅子、どちらも強大で神獣の中でも高位とされる生物だ。

 もちろんそれはマキシも知識として知っているが、実物は未だ見たことがないらしい。

 そんな高位の神獣を、人里であるこのラグナロッツァで見れるということにマキシは驚きを隠せない。


「おう、もちろん見たことあるぞ。といっても、毎年ものすごい人集りで遠くから見るのが精一杯だがな」

「遠目からでも見れるなんてすごいことだよ!僕も絶対に見たい!」

「うん!皆で行こうね!!……って、そういえば、レオ兄ちゃんの方はどう?二日目のお昼は交代できそう?」


 ラウルとマキシとともに航空ショーを見る約束に興奮気味のライトだったが、そういえば肝心のレオニスの予定をまだ聞いていなかった。

 ちょっぴり不安そうにレオニスの顔を覗き込むライトに、レオニスはフフン☆とばかりに不敵な笑みを漏らす。


「ああ。一日目と三日目の日中と二日目の夜勤で詰める代わりに、二日目は朝から夕方まで非番にさせてもらったぞ」

「やったぁ!そしたら二日目はいっしょにお祭り見て回れるね!」

「おう、ライトの見たい催し物を皆で見に行こうな」

「うん!!」


 約束通りに中日の二日目を非番にしてきたレオニス。その言葉を聞いたライトは、満面の笑みで喜んだ。


「ライト達は明日朝早くから祭りに出かけるんだろう?そしたら今日は早く寝とかないとな」

「はーい!」


 翌日から始まる国を挙げての一大ビッグイベントに、ライトはいまから胸を弾ませるのだった。





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 作者はごくごく普通の会社員家庭に育ちましたが、店舗を構えた自営業の大変さはちょくちょく耳にしたことがあります。

 特に飲食店系は土日祝も休めず、子供ができても泊まりがけの旅行ひとつさせてやれやしない、などの苦悩があるそうで。

 リリィちゃんのおうちも人気の宿屋兼定食屋ということで、おうちの手伝い自体はしなければならないことなのですが。それでも今回は周りの友達のおかげで生誕祭を楽しむことができそうです。リリィちゃん、良かったね!

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