第343話 交渉成功と生誕祭の予定

「ただいまー」

「おかえりなさーい!兄ちゃんにお客さん来てるよー!」


 ライトがナディアから生誕祭のことをあれこれと聞いている間に、シグニスが朝イチの届け物の仕事から帰ってきたようだ。

 そう、ドラグエイト便は籠で人を運ぶだけではない。急ぎの届け物や手紙を届けたりする業務もあるのだ。

 もっともそれらの料金もそれなりの値段がするので、主な取引先は貴族であり平民が利用することはほとんどないのだが。


「俺にお客さん?誰だぁ?」

「あっ、シグニスさん、おかえりなさい」

「おっ、誰かと思ったらライトか!」


 自分に来客と聞き、特に心当たりもないシグニスは訝しがっていたが、それがライトだと知り明るい笑顔になる。

 ライトはビッグワームの大顎の買い取りのために、もう何度もこの翼竜牧場に足を運んではその都度シグニスの餌やりやナディアの掃除の手伝いをしたりしている。なので、シグニスやナディアともすっかり顔馴染みで仲良しなのだ。


「今日はどうした、ビッグワームの大顎の買い取りじゃなくて、俺に用事があんのか?」

「はい、実は折入ってシグニスさんに相談したいことがありまして……」

「俺に相談?何だ?」


 シグニスは普段相談事や仕事以外の頼まれ事などあまり受けたことがないのだろう。不思議そうな顔でライトを見つめるシグニスに、ライトは話し始めた。


「シグニスさん、お仕事の途中に黄大河の上を通ったり横切ったりしませんか?」

「黄大河か?んー、毎日ってほどじゃないがちょくちょく上空を通り過ぎたりはするな」

「その黄大河の水を汲んできてもらうことって、できますか?」

「黄大河の水を、か?何でまたそんなもんを?」


 突飛としか思えないライトのお願いに、シグニスがもっともな疑問を問いかけた。


「えーと、学園の勉強で魔法とか魔術の研究をするために、いろんな場所の水を集めたいんです」

「でも、いろんな場所の水を集めるといってもなかなか難しくて……特に黄大河はほとんどアテがなくて」

「以前シグニスさんの翼竜籠に乗せてもらった時に、黄大河の上を横切ったのを思い出したんです」


 ここでもラグーン学園の名を活用するライト。

 いや、ライトとて毎回こうして体のいい隠れ蓑にすることに全く罪悪感がない訳ではない。結局嘘をついていることに変わりはないのだから。


 しかし、だからといって真の理由を言う訳にもいかない。

『この世界はゲームが舞台で、ぼくだけが使えるゲームシステムのイベントをこなすために必要なんです!』

 などと本当のことを言ったところで、誰にも理解してもらえる訳などないのだから。


 今日も今日とて心の中で『ごめんなさい』と誰に言うでもなく詫びるライト。

 そんなライトの心中など知る由もないシグニスは、感心したように口を開いた。


「そっかー、ライトは頭良さそうだもんなー、将来に向けていろいろと勉強してんだろ?偉いなぁ」

「ぃ、ぃゃ、そんな大層なもんじゃないですよ……アハハハハ」

「そういうことなら、俺もできる限り協力するぜ!仕事に出かけた帰りなら少しばかりの寄り道もできるしな」

「!! ありがとうございます!!」


 シグニスはライトのお願いに快く応じた。

 シグニス自身が先程言った通り、黄大河の上空は結構通るから希望に応じること自体はさほど難しくないからだ。

 だが、シグニスにはひとつだけ気がかりなことがあった。


「しかし、水を汲むってどれくらいの量がいるんだ?俺は空間魔法陣なんて使えないし、こないだ聞いたアイテムバッグとやらもまだ出回ってないから大量には持ってこれんぞ?」

「あ、それでしたら!この空のポーション瓶十個に満杯に詰めてもらえれば大丈夫です!」


 シグニスのもっともな質問に、ライトはリュックから空のポーション瓶十個が入った袋を取り出した。

 ちなみにこのリュックはアイテムリュックではなく、何の変哲もないごく普通のリュックである。

 ライトから空き瓶入りの袋を受け取ったシグニスは、袋の中を見て確認している。


「空き瓶十本か、この程度なら余裕だな。よし、分かった。今度どこか出かけた帰りに黄大河通ったら、プテラナの休憩ついでに立ち寄ってくるわ」

「お願いします!……そしたら、報酬は何がいいでしょうか?」

「ン?報酬までくれるのか?」

「もちろんです!だってわざわざ手間を取らせる訳ですから」

「んー、報酬ねぇ……別に俺はそのくらいのことで報酬なんてもらうつもりはなかったが……」


 ライトの報酬の申し出に、シグニスはしばらく無言で考える。

 どうやらシグニスは本当に報酬をもらうつもりなどなかったようだ。


「……そうだな、そしたらまた今度ラウルの兄さんの振る舞う料理、でどうだ?」

「もちろんそれでも構いませんが……本当にそんなことでいいんですか?」

「もちろんさ!前に昼飯としてご馳走になったサンドイッチとか、すんげー美味くて感動もんだったぜ!」

「分かりました!でしたら今度、ラウルの作ったご馳走をバスケットいっぱいに持ってきますね!」

「おう、それで頼むぜ」


 ラウルのご馳走でいいなんて、シグニスさんてば本当に良い人だなぁ……よし、ラウルにとびっきり美味しいものをたくさん用意してもらおう!

 シグニスのささやかな希望を聞いたライトはそんなことを思いつつ、それに応えると約束したのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ねぇ、ラウル。来週って建国記念日の生誕祭があるんだよね?」


 翼竜牧場からラグナロッツァの屋敷に帰宅したライト。

 ラウルとともに昼食を食べながら、生誕祭のことを尋ねた。

 ラウルもまたこのラグナロッツァに長年住んでいるので、生誕祭のことは熟知しているはずだ。


「おう、そうだな。四日後が建国記念日でその前後合わせて三日間がアクシーディア公国生誕祭だな」

「来週の火水木の三日間なんだよねー。ぼくも学園の友達から聞いて知ってるし、その日はずっと学園もお休みになるんだー」

「ほう、そうなのか。じゃあ俺といっしょに祭りを見て回るか?」

「うん!!」


 ラウルからのお誘いに、喜色満面の笑みで答えるライト。


「生誕祭の間はアイギスも休みになるらしいから、マキシもいっしょに連れてってやろうか」

「いいね!マキシ君もぼくといっしょで初めての生誕祭だから、きっとすごく喜ぶと思うよ!……あ、そしたらレオ兄ちゃんもいっしょに行けるかな?」

「さぁ、どうだろうな?レオニスがどういう予定は分からんから、今日聞いてみるといい」

「うん、そうするね!」


 できればレオニスともいっしょにお祭りに行きたいな、帰宅したらすぐに予定を聞こう!とライトは考えていた。

 そんなところに、タイミング良くレオニスが帰ってきたようだ。


「ただいまー」

「あっ、レオ兄ちゃん、おかえりー!アイギスでの用事はもう済んだの?」

「おう、今日は出来上がった品を受け取りに行って代金を支払ってくるだけだからな。……あ、そういやついでにマキシの働いてるところも見てきたぞ」

「そうなんだ!マキシ君、どんなことしてた?」


 アイギスでの用事のついでにマキシの働いている姿も見てきたというレオニス。

 ライトはまだ見に行ったことがないので、どんな様子だったか気になって仕方がないらしい。

 ワクテカ顔で尋ねるライトに、レオニスもまた笑顔で話を続ける。


「えーとな、俺が店に行った時には店の前の掃き掃除をしていてな。午後からは生地の水通しだか地直し?を手伝うとか言ってたな」

「そっかー。マキシ君も頑張ってるんだね!」

「もうすぐ生誕祭も間近だからか、カイ姉達も忙しそうにしてたな。だから俺も仕事の邪魔にならないようにさっさと帰ってきたんだ」


 レオニスの話によると、いつも予約で満杯のアイギスが最もイソガシイのは生誕祭の前らしい。

 騎士や貴族の礼服、踊り子の煌びやかな衣装、それはもう毎年たくさんの注文が入るのだ。


「ねぇ、レオ兄ちゃんは生誕祭の間はお仕事あるの?」

「俺か?ラグナロッツァの警備は公国直属の騎士団が総出でやってるし、冒険者ギルドも休みじゃないがさすがに生誕祭の祭りの期間はほとんど仕事はないんだが……」

「じゃあ、いっしょにお祭りを見に行ける?……って、何か用事あるの?」


 早速ライトはレオニスに生誕祭の間の予定を尋ねるも、何だか妙にレオニスの答えの歯切れが悪い。

 仕事はないのに何かあるの?と不思議に思ったライトは、素直に聞き直した。


「それがなぁ、俺や聖銀級の冒険者はラグナロッツァの冒険者ギルド総本部で待機するのが通例になっててなぁ」

「え、何で?」

「公国直属の騎士団が全面的な警備を担ってはいるんだがな。万が一重大事件が起きた場合に、俺達高位の冒険者も駆けつけて騎士団の補佐をすることになってんだ」

「ええええ、そんなぁ……」


 レオニスによると、普段のような仕事はないものの万が一の場合に備えて冒険者ギルド総本部にて詰めておかなければならないらしい。

 ここラグナロッツァはアクシーディア公国の首都にして、サイサクス大陸一の大都市だ。また、アクシーディア公国の国家元首であるラグナ大公の住まう地でもある。

 そんな重要な地で祝う建国記念日と生誕祭には、それこそ世界中から人が集まる。この時期にもしテロが起きたり魔物の襲撃が起きては困るのだ。


「じゃあ、レオ兄ちゃんはお祭り行けないんだね……残念……」


 しょんぼりとするライトに、レオニスは慌てて声をかける。


「あっ、でもな?今まではライトがずっとカタポレンの森にいたから、俺も生誕祭での待機は日中の時間を全部引き受けていたが、他の連中は交代で昼間の祭りに行ったりしてんだ」

「……そうなの?」

「ああ。でも今年からは、ライトも一日の半分はラグナロッツァで過ごすようになっただろ?そしたら生誕祭にだって皆と出かけたいってのは俺にも分かる」

「うん……」

「だから、もしいっしょに祭りに行くなら、俺も今年からは交代で昼間に祭りを見に行く時間を作る」


 他の冒険者が交代しながら祭りを見に行けているのならば、レオニスにだって同じことをできるはずだ。

 レオニスが自分のために祭りを見に行く時間を作る宣言をしてくれたことに、それまで沈んでいたライトの顔がパァッ!と明るくなる。


「本当!?いいの!?」

「ああ、もちろんだ。何、冒険者ギルドの連中に否やは言わさん。俺だって今まで生誕祭中は散々貢献してきたんだからな!」

「やったぁ!そしたら皆でお祭り見に行けるんだね!」


 飛び上がって喜ぶライトに、レオニスやラウルの顔も自然とほころぶ。


「できれば交代は中日にしてくれると嬉しいな!竜騎士団の航空ショーとか大人気の催し物がたくさんあるんだって!」

「ああ、そうらしいな。俺も話には聞いてるが、かなりの人気らしいな」

「レオ兄ちゃん、絶対にお休み取ってね!約束だよ!」

「ああ、俺は約束したことは必ず守るぞ。それはライトもよく知ってるだろう?」

「うん!!」


 ラウルやマキシ、そしてレオニス。自分がが大好きな者達とともに初めての生誕祭に行けることに、歓喜するライトだった。





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 前話のナディアに続き、シグニスも久々の登場です。

 この獣人族兄妹もなかなかのお気に入りキャラなのですが、どうにも出す機会に恵まれず……でもまぁイノセントポーションのレシピ材料=ビッグワームの大顎繋がりでたまぁーに出せるだけマシっちゃマシなんですが。


 そしてレオニスも生誕祭に行けそうで何よりです。

 というか、レオニス自身今まで生誕祭や祭りにあまり興味がなかったので総本部ギルドでの待機もこなしていただけだったりします。

 ですが、可愛いライトにおねだりされては願いを叶える一択しかないでしょう。

 そういう意味ではレオニスもライト同様に生誕祭を楽しむのは初体験かもしれません。

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