第321話 それぞれの未来
その日の午前中を全てレシピ生成に費やしたライト。
そろそろ昼食の時間になるので、転移門でラグナロッツァの屋敷に移動した。
「ラウルー、いるー?お昼ご飯いっしょに食べていーい?」
空に向かって呼びかけるライトに、その名を呼ばれた万能執事ラウルが音もなくライトの目の前に現れる。
「おう、小さなご主人様の頼みとあらば叶えるぜ。つーか、飯ならいつ来ても出してやるから安心しな」
「ラウル、いつもありがとうね!」
ライトがいつも出入りに使う二階の執務室から出て、隣の部屋にいるマキシと合流して三人で仲良く一階に下りていく。
食堂に入り、ラウルがちゃちゃっと空間魔法陣からお昼に最適な品々を出してテーブルに並べる。
「「「いっただっきまーす」」」
食前の挨拶を三人して合掌しながら唱える。
その後はラウル特製の美味しいピザやサラダを頬張るライト。
「今日はレオニスは仕事か?」
「ううん、冒険者ギルドの総本部に情報収集に行ってるよ」
「情報収集?何の調べものしてんだ?」
「腕のいい杖職人探ししてるの」
ライトは昨日、神樹ユグドラツィから枝を分けてもらったことをラウル達に話した。
その枝を使って装備品を作り、ユグドラツィの分体としていろんなところに連れて行ってあげると約束したこと、ライト用の装備にワンドを作る予定でいること、そのために腕のいい杖職人を探していることなど。
「もちろんラウルやマキシ君にも、木刀やペーパーナイフなんかを作ってプレゼントするからね」
「はい、楽しみにしてます!」
「…………」
ライトの言葉に、マキシは嬉しそうな返事をするもラウルは何故か無言のままだ。
考え込むような素振りのラウルに、ライトが不思議そうに顔を覗き込む。
そんなライトの顔を真っ直ぐに見据えたラウルが、徐に口を開いた。
「……なぁ、ライト。ひとつ頼みがあるんだが」
「頼み?なぁに?」
「そのツィちゃんの枝、俺にも少し分けてくれないか?」
「そりゃもちろんいいけど。やっぱラウルは包丁の柄に使いたいの?」
「何ッ!?何で俺の考えてることが分かるんだ!?」
ライトに思いっきり図星を指されたラウル、思いがけずガビーン!顔で驚愕している。容姿端麗な美青年顔が台無しである。
そんなラウルに対し、ライトとマキシはスーン、とした生温かい表情でラウルを見つめる。
「……そりゃあねぇ、ラウルがこの世で一番好きなものは皆知ってるし」
「ですよねぇ。ラウルが一番大好きなことって、間違いなくお料理のことですもんねぇ」
「そんなラウルがツィちゃんの枝の話を聞いて、何を欲しがるか分からない訳ないよねぇ?」
「「ねーーー?」」
「ぐぬぬぬぬ……」
ライトとマキシの言い分があまりにももっとも過ぎて、ぐうの音も出ないラウル。
ライトがマキシとともに「ねーーー?」と声を合わせた後、ラウルに向かって笑顔で言い放つ。
「昨日ツィちゃんとこから家に帰る途中、レオ兄ちゃんも言ってたよ!『ラウルなら『包丁の柄を全部交換したい!』とか言い出しそうだな』って!」
「何ッ!?レオニスにまで即バレしてたってのか!?」
「そりゃね?ぼくよりレオ兄ちゃんの方がラウルとの付き合い長いもん、ぼくよりもっとラウルのことよく分かってるよ」
「ぐぬぬぬぬ……」
自分の思考が簡単かつ完璧に読まれてしまっていることに、ラウルはかなりショックを受けているようだ。
「とりあえず、ラウルとマキシ君にもツィちゃんの枝を一本あげる。これで二人の好きなものを何か作るといいよ」
「えっ、僕もツィちゃんの枝で何か作っていいんですか?」
「もちろん!マキシ君だってツィちゃんの友達だもん!」
「友達……そうですね、ツィちゃんとはまだ一回しかお話してないけど……祝福いただきましたもんね!」
「そうそう、マキシ君もラウルもツィちゃんの立派な友達だよ!」
ニコニコ笑顔のライトが、アイテムリュックからユグドラツィの枝を一本取り出してまずはマキシの分を渡す。
枝一本とは言うが、どれも立派な杖を作れる程度の太さをレオニスが見繕って切り取ってきたものなので、かなりの大きさだ。
「うわっ、立派な枝ですね!」
「神樹の枝だからねー。これでも細い若枝だけど」
「この葉っぱはフォルちゃんが喜んで食べそうですよね」
「うん、葉っぱはフォルのご飯用にとっといてね。小枝とか小さ過ぎて使わなそうな部分あったら、もちろんそれもとっといてぼくにちょうだいね!」
「はい、分かりました!」
「……で、ラウル、まだ黄昏れてるの?」
マキシに神樹の枝を渡したライト、未だに打ちひしがれているラウルの顔をラウルに渡す分の枝を抱えながら覗き込む。
「ラウルさ、今年の抱負で『オリハルコンの包丁が欲しい』って言ってたよね?」
「ん?あ、ああ……」
「そしたらさ、そのオリハルコンの包丁の柄にこのツィちゃんの枝を使うのは、どう?」
「……!!」
数日前の元旦に、新年の抱負を語り合ったライト達。
その時のラウルの抱負『オリハルコン包丁、ゲットするぜ!』という野望?をライトはちゃんと覚えていたのだ。
「……そう、だな。俺のオリハルコン包丁の柄に、神樹の枝を用いる……何て贅沢な仕様だ!間違いなく世界一素晴らしい包丁が出来上がるに違いない!」
「うん、あまりにも贅沢過ぎて畏れ多い包丁になりそうだよね……でも、料理一筋のラウルにきっと相応しい包丁になるよ!」
「よーし、俺のオリハルコン包丁、待ってろよ!絶対に作ってみせるからな!」
ライトの励ましの言葉に、ラウルは俄然やる気を取り戻した。
天高く掲げた拳にグッと力を込めて握りしめながら、高らかに宣言するラウル。その姿はまるで、どこぞの覇王もしくは拳王を彷彿とさせる世紀末的オーラを感じさせる。
ラウルって、料理のことになると本当に生き生きとするよねー。何かに打ち込んだり、夢中になれることがあるってのはいいことだー。ぼくも何かひとつだけでもいいからそういう大事なもの、熱中できる趣味とか見つけたいな!
そんなことを考えつつ、ラウルの燃え盛る闘志を微笑ましく見守っているライトだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、と。じゃあぼくは今からペレ鍛冶屋さんに行ってくるね」
お昼ご飯を食べ終わったライト、自分が使った食器を下ろしながらラウル達に話しかける。
「ライトもペレ鍛冶屋に行くのか?何か用事でもあんのか?」
「うん、さっきツィちゃんの枝をもらったからぼくのワンドを作るって話、したでしょ?レオ兄ちゃんもだけど、ぼくも腕のいい杖職人さんなんて全く知らないから、同じ職人さんのペレ鍛冶屋さんに聞いてみるんだ」
「ああ、そういうことか。だったら俺といっしょにペレ鍛冶屋行こう」
「え?ラウルもペレ鍛冶屋さんに用事あんの?」
「ああ、今日は土曜日だからな、研ぎに出した包丁を受け取りに行くんだ。ついでにオリハルコン包丁の見積もりも聞いてみたいし」
ラウルの話によると今は週に二回、水曜日と土曜日にペレ鍛冶屋に通っているらしい。毎回一本包丁を研ぎに出し、研ぎ終わった包丁を受け取ってまた新たな包丁を研ぎに出す、を水曜日と土曜日の週二で繰り返しているらしい。
ペレ鍛冶屋の研ぎの完璧な仕上がりに大満足のラウル、今ではすっかりペレ鍛冶屋の上得意様になっているようだ。
ラウルがライトとともに初めてペレ鍛冶屋に訪れてから、二ヶ月以上は経過している。それから今でも週に二本の包丁を研ぎに出し続けているとは、ラウルが豪語する包丁三桁所持という話は紛うことなき真実ということか。
「そしたらマキシ君もいっしょに行く?」
「いえ、ぼくはこれからアイギスに行くんです」
「あ、そっか、今日が初めてのアイギスでのお仕事なんだね!」
「はい。お昼ご飯食べた後に来てね、と先日言われましたので」
マキシはこれからアイギスに初出勤のようだ。
そういえば新年の挨拶回りの時にそういう話になってたな、とライトも思い出す。
マキシが親友ラウルを追い求めて八咫烏の里を飛び出し、念願叶いこのラグナロッツァに辿り着いてから早四ヶ月。
取り戻した魔力に身体を馴染ませるリハビリや、人族の里に住み続けるための常識や行動を理解するべくラウルとともに市場観察するなど、のんびりと過ごしながら準備をしてきたマキシ。
それらの数々の努力が今日ようやく実を結び、そしてこれからさらに大きく花咲かせてゆくのだ。
そう思うと、ライトの胸もじんわりと熱くなった。
「そっかそっか、マキシ君もついに外で働くようになるんだね。頑張ってね!」
「はい!アイギスの皆さんを紹介してくれたライト君やレオニスさん、そしてアイギスの三姉妹の皆さんの期待に応えられるように頑張ります!」
「……これからは俺が年中付き添って守ってやる訳にはいかんが。マキシも頑張れよ」
「……うん!ラウルもありがとう!僕もラウルに負けないくらい、一生懸命頑張るよ!」
ライトだけでなく、ラウルからも励ましの言葉を受けるマキシ。
一瞬だけハッ!と息を呑んだマキシだが、次の瞬間にはパァッと明るい笑顔に満ちる。
マキシの満面の笑みにつられ、ライトやラウルも笑顔になる。
彼らの眼差しは、三者ともそれぞれの明るい未来を目指していた。
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ライトの残り少ない冬休み、結局ずっと忙しくなりそうです。
そしてマキシもアイギスでのお試し勤務も始まり、これから本格的に人里で暮らしていくための活動というか修行開始ですね。
さて、マキシにはどんな仕事が合うでしょう?鍛冶?裁縫?接客?その修行の様子はまたこれからのお楽しみです。
というか、ラウルの夢であるオリハルコン包丁。本当に作るとしたら、一体おいくら万Gになるんでしょうね?
一般的な執事のお給金だけでは、数年単位の貯金が必要そうな気もしますが……ラウルよ、頑張って貯金に励んでくれたまえ!
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