第303話 餅降る聖夜

「ところでさ、ラウル達は年末年始はどう過ごすの?」


 ラウル達にプロステス土産を無事渡し終えたライトが、新たな話題を振る。

 そう、今日は12月30日の小晦日で明日は大晦日。本当にあと二回寝ればお正月なのだ。さすがにもうそろそろ年末年始をどう過ごすか、明確にしておかなければならない。


「んー、特には決めてなかったな。毎年完璧なお節料理を作っては俺一人で寝正月で過ごしてたし」

「寝正月……って、ホントに寝ては食ってゴロゴロ転がる、アレ?」

「おう。気が向いたら空間魔法陣の食材の下処理したり、包丁やまな板の手入れしたりとかな」

「それ、普段の生活と何も変わらないんじゃ……」


 ラウルの年末年始の過ごし方は、普段と大して変わらないらしい。

 というか、テレビもゲームもスマホもインターネットもないこの世界で、寝正月ってどう過ごすの?寝転がるにも限界あるし、することなーもなくね?とライトは内心思う。

 とはいえ、同級生達の話によるとこのサイサクス世界にも一応トランプやいくつかのボードゲーム類はあるらしい。お正月には家族皆でボードゲームするんだー!なんて会話も、ラグーン学園のあちこちで耳にした。

 ただし、レオニスがその手のものにあまり興味を示さないのか、一度も買ってきたことがないのでライトも見たことがないのだが。


 ライトがそんなことを考えていると、マキシがラウルに向かって声をかけた。


「……ねぇ、ラウル、お正月って何?」

「ああ、これは人族の習慣だから八咫烏のマキシにはまだ分からんよな。いいか、人間は一年を365日と一周として暦というものを定めてだな……」


 まだ人族の習慣や生活様式に慣れていないマキシが、ラグナロッツァ滞在歴の長いラウルから『正月とは何か』というレクチャーを受け始める。

 そもそもマキシは八咫烏で、人族との関わりなどほんの数ヶ月前まで一切なかったのだ。正月が何か分からないのも致し方ないことである。


「俺もこの人族の暦や習慣というものを完全に理解するまで結構時間はかかったが、慣れれば意外と便利なものだ」

「そうだね、八咫烏に限らず野に生きる者には暦なんてないもんね。感覚的に使うのは月の満ち欠けで、新月半月満月くらい?それに四季の移り変わりを合わせて、大まかに一年を感じ取るもんね」

「で、今日は人族で言うところのラグナ暦812年12月30日。明日の12月31日は『大晦日』と呼ばれる、一年365日の中の一番最後の日とされているんだ」

「その最後の日が過ぎると、次の新しい一年が始まるんだね!」

「そう、明後日の1月1日からはラグナ暦813年になる」


 ラウルから教わる新しい知識に、ワクテカ顔のマキシ。

 マキシはもともと頭が良く賢いので、こうした未知の情報に対しても飲み込みが早い。


「で、人族ってのはこの一年の最後の日や次の新しい一年の始まりをとても大事にするんだ」

「そうなんだね。僕、人里に来て初めてのガンタン?ネンマツネンシ?だから、とても楽しみだな!」


 人里に出てきて初めて過ごす年末年始に、今からワクワクが止まらない様子のマキシ。

 そんなマキシの初々しい姿を皆微笑ましく見ていたが、これまでの年末年始話で何かを思い出したのか、レオニスがラウルに問うてきた。


「あ、そういやラウル、明日の餅拾いは例年通りか?」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「あー、今年はお隣のウォーベック家やご近所全般の餅も集めてくれって依頼が俺個人に数件きてるから、こっちの屋敷の方の餅拾いはライトとマキシに頼もうかと思ってな」

「ン?餅拾いって、何?」


 突如現れた謎の言葉『餅拾い』。その未知なる初耳ワードに、今度はライトがレオニスに問うた。


「ああ、ライトはこっちのラグナロッツァで年越しするのは初めてだから知らんよな」

「餅拾いってのは文字通りの意味でな、餅の精霊『カガー・ミ・モーチ』が撒く餅を拾うことさ」

「カガー・ミ・モッチは毎年小晦日と大晦日の間の夜にどこからともなく現れて、人里に雪を降らせるかのように大量の餅を撒いていくんだ」

「も、餅の精霊……??」


 なんとこのサイサクス世界には、餅の精霊なる摩訶不思議な存在がいるらしい。その名も『カガー・ミ・モッチ』、名前の由来が『鏡餅』であることは言うまでもない。

 しかも特定の夜に現れて餅を撒くとか、まるで和風サンタクロースのようだ。プレゼントの代わりに餅を撒くのだろうか。


「でな、その餅のすごいところは普通に食えるだけじゃなくて、煮ても焼いてもすんげー美味いんだ。しかも日持ちも良くて保存食にもなるし、さらには栄養満点でこの餅を細かく砕いてお粥にして食べると風邪くらいならその場ですぐに完治しちまうんだ」

「へ、へぇー、そんなすごいご利益があるお餅なんだ……」

「もちろん三が日に食べる雑煮の餅だってカガー・ミ・モッチの餅だぞ。ライトも今まで正月に食べてたやつな」

「えッ、そうなの!?」


 本日二度目の初耳事実に、心底驚愕するライト。

 確かに去年や一昨年の正月にも、カタポレンの森の家でレオニスが作った雑煮を二人して食べた記憶がある。

 その時は「このお餅、美味しいねー!」「そうだろそうだろ?」という程度の会話で済ましていたが、よもやその餅が餅の精霊からもたらされたものだとは夢にも思わなかった。


 そしてその餅の精霊『カガー・ミ・モッチ』という名をライトは知っている。

 前世のゲーム、BCOでは冬の季節限定イベントに出てきた臨時討伐モンスターの名前だった。



『あのカガー・ミ・モッチが、この世界では餅の精霊として出てくるのか……つか、餅の精霊って一体何?ホンットこの世界、ゲーム以上に謎いわ』

『でもまぁ良いアイテム?をばら撒いてくれるらしいし、そんな良い存在があってもいいよな』

『しかしそうなると……もしかして、カガー・ミ・モッチって倒したり討伐したらダメなやつ?』



 前世のゲームでのカガー・ミ・モッチのグラフィック、ぷっくりと膨らんだスライムの亜種のような餅型モンスターを思い浮かべながら考察するライト。


「その餅の精霊を見た人はいるの?夜中に起きてたら見れる?」

「いや、カガー・ミ・モッチの姿を見た者はいない。物語の挿絵や絵本なんかには想像で描かれているけどな」

「そうなの?もしかして見ちゃいけないやつ?」

「正解。カガー・ミ・モッチは人の視線があるところには現れない。もちろん人が出歩いてる場所にもいかない。だから今日の小晦日の夜0時を過ぎて大晦日になったら、次の日の朝まで外に出ることはご法度だ。0時になる前なら出歩いてもいいがな」


 この世界でカガー・ミ・モッチと呼ばれる餅の精霊?がライトの知るカガー・ミ・モッチと同じものなのか、是非ともその目で直に確かめたかったライト。

 だが、これもまたサンタクロースと同じく人の目には映らない存在らしい。


「そうなんだー。餅の精霊なんて初めて聞いたから見てみたかったけど。ダメなんだね、残念ー」

「ああ、別に法律でそう決まってる訳じゃないが、カガー・ミ・モッチが人の目を感じて逃げると、そこだけ餅が降らないんだ。そして一度通り過ぎた場所に再び戻ってくることはない」

「えっ、そうなの?餅が降るのは一度きりなの?」

「そりゃそうさ。餅の精霊が出るのは何もこのラグナロッツァだけじゃない、他の街や都市、ある程度の規模がある人里全てに出現するんだからな」

「他の街も全部回ってるの!?それじゃ戻ってくる暇なんてないねぇ」

「そういうこと」


 何と餅の精霊カガー・ミ・モッチはアクシーディア公国の全ての街に餅を振らせて回るのだという。

 大勢の人のいるところ全てに餅を授けるために頑張る餅の精霊、何という慈愛に満ちた精霊だろう。餅を降らせるその姿も、さぞかし神々しいに違いない。


「で、もし窓の外を覗き見して万が一餅が降らなかったとなると周囲にもバレるし、下手すりゃ近隣の家にも撒かれなくなったりして恨みを買うことになる」

「そ、それはまた大事おおごとになるというか、絶対にトラブルのもとだね……」

「そ。だから皆その時間帯だけは家の中に篭もるんだ。ライト、お前も夜になったらいつも通り普通に寝とけ?間違っても今日だけは窓の外見たりするんじゃないぞ?」

「うん、分かった……」


 確かにそんなに良いことづくめの餅ならば、誰もが皆欲しいだろう。それが近所の誰かのせいで手に入らなくなったら、巻き込まれた周囲は大激怒ものの村八分案件である。

『星降る夜』ならぬ『餅降る夜』はクリスマス以上に神聖で、決して侵してはならない聖なる夜なのだ。


「じゃあ、朝になったら庭とか屋根に餅があるの?」

「ああ。降る量はその年によって違うが、朝になったら外にはたくさんの餅がそこかしこに落ちてるぞ」

「それを皆で拾って正月に食べるんだー、何だかとっても面白そう!」

「しかも餅の形もいろいろあってな?丸型や四角形だけじゃなくて、星型や月形、花の形をしたものだってある」

「何それすごい!」


 餅の形も王道の長方形や丸型のみならず、星月花など様々な形があるとは、何とも面白く夢のある話だ。


「大晦日の朝は、自分ちの屋根や家の前に落ちている餅を皆して拾うんだ」

「そしたら、公園とか学園とか大通りなんかに落ちてる餅はどうするの?誰が拾ってもいいの?」

「いや、そういった公的な場所は安全面やトラブル防止のために勝手に拾ってはいけないことになっている」

「あー、そうだよねぇ」

「市場の大通りは商業ギルドが回収者を派遣するし、公園は公園の管理者が同じく回収者を使って餅拾いさせるし、学園も同じだろうな」


 レオニスの話だと、そういった公的な場所で回収された餅は全て孤児院や診療所などに寄贈されるのだという。社会的にもとても優れた素晴らしい制度だ。

 そして孤児院に寄贈されているということは、きっとレオニスやアイギス三姉妹、そしてライトの父グランや母レミもかつて正月にたくさん餅を食べたのだろう。


「孤児院時代は普段あまりたくさん食べれなかったが、正月だけは餅を腹一杯になるまで食べることができた。だから、孤児院育ちは皆この時期が来るのが楽しみだったんだ」

「俺やグラン兄が成長して冒険者になれたのも、あの餅のおかげと言ってもいいくらいだ」


 レオニスが子供の頃のことを思い出しながら、優しい眼差しと微笑みで当時のことを語る。

 きっとレオニスにとっても懐かしい思い出のひとつなのだろう。


「じゃあ、ぼくもカガー・ミ・モッチのお餅をたくさん食べて、大きくなる!」

「そうだな、それが一番強くなる秘訣かもな」


 レオニスの話を聞き、ライトもそのエピソードに肖るべく餅をたくさん食べる!と宣言する。

 そんなライトの頭をくしゃくしゃしながら優しく微笑んだ。





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 餅の精霊『カガー・ミ・モッチ』。その慈愛に満ちた行動を反映してか、属性は光属性の中でも特殊な神聖属性です。

 ある程度の人数がいる集落ならば、総世帯数が一桁の小さな村でも必ずカガー・ミ・モッチが現れて餅を降らせます。

 ですが、カタポレンの森に住まうライトとレオニスは二人きりの住まいで、集落でも何でもない孤島状態なので餅が降ることは今まで一度もなかった訳です。


 そしてこの真ん中の『・ミ・』が何というか、ヒヨコか何かの顔に見えて仕方ない……

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