第304話 一面に広がる餅景色

 レオニスから餅の精霊カガー・ミ・モッチの話を聞いたライト。翌日の朝イチに餅が降り注いだ光景を見んがため、ラグナロッツァの屋敷に泊まることにした。

 もちろん夜もレオニスの言いつけ通り、普通にベッドに入って就寝する。決して窓の外を見ようとはしない。


 いや、本音を言えばカガー・ミ・モッチの姿を一目だけでも拝みたいところではあるのだが。有名な民話『鶴の恩返し』のような目に遭いたくはない。

 己の好奇心に負けて未来の幸せを手放す訳にはいかないのだ。ここは冒険者にも必須の『自制心の鍛錬』にもなる!と思いつつ、布団に潜るライト。


 そして、布団に潜ってしえしまえばこっちのものだ。

 午後にカタポレンの家で散々イノセントポーション作りをしていたこともあり、ライトは早々に寝息を立て始める。

 そして朝まで一度も目を覚ますことなく、ぐっすりスヤスヤと夢の中にダイブしていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ンぬぅーーー…………」


 目を覚まし、むくりとベッドから起き上がるライト。

 その顔はあまりスッキリとしていない。どうやら変な夢を見たようだ。


「焼きたて熱々の巨大カガー・ミ・モッチに伸し掛かられる夢とか……圧死するかと思ったわ」


 目を擦りながらボサボサ頭を軽く横に振り、腕と背を伸ばすライト。

 片手は空を掴み、もう片方の手で胸を押さえながら苦しそうに『ううう、ギブギブギブぅぅぅぅ!』と夜中に呻いていたのは、その夢のせいだったようだ。

 そんなプチ悪夢を見たのは、前世のゲーム内で散々カガー・ミ・モッチを討伐していた仕返しか、はたまた過去の所業への罪悪感によるものか。


 だが、今世のカガー・ミ・モッチは餅の精霊という非常に謎々しくもありがたい存在として人々に親しまれている。

 そのことを思い出したライトは、窓の外が明るく既に朝になっていることに気づき、急いで窓の傍に駆け寄って外を眺める。

 窓の向こうには、地面の色が見えないくらいにたくさんの餅が出現していた。

 その神秘の光景に、ライトは迷わず窓を開け放つ。


「うわぁ……これ、全部お餅なの!?」


 生まれて初めて見る、雪一面ならぬ餅一面の景色。外気の寒さに晒された白い吐息とともに、感嘆の声を上げるライト。

 雪一面は日の光が反射して『白銀の世界』などと称えられるが、この餅一面の世界はうっすらと金色に輝いて見える。これは餅の精霊が神聖属性だからだろうか?

 神聖なる餅の精霊が人々に授けし神聖なる餅、そのありがたみも倍増間違いなしの神々しい光景である。


 ライトは窓を閉めて急いで顔を洗い、急いで着替えて一階に駆け降りる。

 そして玄関の扉を開けると、そこには二階で見た餅一面の景色が広がっていた。二階の窓よりも間近で見る餅は、より一層輝いて見える。

 キラキラと輝く数多の餅で埋め尽くされた庭の、何と美しきことよ。ライトは思わず息を呑みながら、その絶景にしばし見惚れていた。


 すると、ライトの背後から声をかけられた。


「ライト、おはようさん。初めて見る餅景色はどうだ?」

「あっ、ラウル!おはよう!すっごい綺麗だねぇ!」

「だろう?俺も数年前に初めて見た時には、そりゃもうびっくりしたもんだ」

「カタポレンの森には降らないし、こんなこと起こらないもんねぇ」

「だな。人族だけの恵みの餅雨ってところか。つーか、今年はまた大量に降ったもんだな」


 ラウルがライトの横に来て、今年の餅景色をともに眺める。

 ラウルの話によると、餅が地表を埋め尽くすほど降るのは珍しいようだ。少ない年だとぽつりぽつりと落っこちている程度で、これほど大量の餅で覆われることは数年に一度くらいらしい。

 農業で言えば大豊作、漁業で言えば大漁の快挙である。


「これほど降ったなら、俺も急いで近所を回らなきゃな」

「ああ、ラウルはご近所さんの餅拾いの依頼がきてるんだっけ?」

「そうそう。ここらに住む貴族は皆、年末年始は一家全員でどこかに静養に出かけるからな。使用人もそれに合わせて休暇を得てそれぞれ実家に戻ったりするし、最低限の警備だけになるから誰も餅拾いする人がいないんだ」

「拾ったお餅はどうするの?そのお家とラウルで半分づつ分けるとかするの?」

「いや、拾った餅は俺の好きなようにしていい、とどの家からも言われてる。だから拾った餅は全部俺のものにする予定」

「えー、この量のお餅全部!?」

「もちろん!だって俺には空間魔法陣があるからな。もらえる物は全てもらう、それが食材ならばなおのことだ!ひとつ残らず全部俺がいただくぞ!」


 天高く掲げた拳にグッと力を込めて握りしめながら、高らかに宣言するラウル。その姿はまるで、どこぞの覇王もしくは拳王を彷彿とさせる世紀末的オーラを感じさせる。

 確かにラウルも空間魔法陣持ちだ、大量の餅も全て収納してしまえるだろう。


 特に食材に対しては、並々ならぬ熱意を持つラウル。その滾る熱意によって、近隣の貴族邸宅に降った全ての餅は余すことなくラウルの空間魔法陣に収納されることだろう。

 料理人ならではの精力的な意欲で燃え盛るラウルに、ライトは苦笑いするしかなかった。


「さ、今日は忙しくなるぞ。ライトもマキシといっしょにこの屋敷内と屋敷前の道に落ちている餅を拾っておいてくれ」

「うん、分かった!ぼくもアイテムリュック持ってこなくちゃ」

「俺はマキシを起こしてからすぐに出かけるからよろしくな」

「うん!……あ、そういえばレオ兄ちゃんはもう起きてるかな?」

「ああ、レオニスならもう出かけたぞ。今日は冒険者連中も餅拾いに駆り出されるから、レオニスはそれ以外の仕事を任されるんだと」

「そうなんだー」


 後でレオニスに聞いたところによると、この餅拾いは石級や木級などの階級が低い冒険者や登録したばかりの新人、紙級冒険者達にとって絶好の仕事らしい。

 確かに地面に落ちている餅を拾い集めて指定された場所に届けるだけなので、完全にノーリスクの安心安全な仕事である。

 しかも請け負う場所は明確な所有権のない場所、昨晩の話で出たようなラグーン学園や大きな公園等々かなり広域範囲なので、雇用面でもかなりの大人数がその仕事を受けられる。

 多くの初心者にとって、この餅拾いは年に一度のボーナスステージのようなものなのだ。


 なのに、もしここで空間魔法陣持ちのレオニスが出張ったら、間違いなくレオニス一人で全部片付けてしまうだろう。それは雇用面や実績を積みたい低ランクの冒険者達にとっても芳しくない。

 そうした初心者向けの仕事を、金剛級冒険者であるレオニスが奪ってしまう訳にはいかないのだ。


 ライトがアイテムリュックを前面装備にして一階に降りてくると、マキシが既に待っていた。


「ライト君、おはようございます!」

「あっ、マキシ君、おはよう!マキシ君ももう外のあれ、見た?」

「はい!一面真っ白で、すっごく綺麗ですよね!」

「うん、綺麗だよね!雪じゃなくて餅だけど」


 マキシも既に外の餅景色を見たようで、興奮気味にその景色を褒め称える。ライト同様にマキシもまた初めて見る光景なので、その美しさに興奮するのも無理はない。


「じゃ、早速餅拾いに行こうか。まずは玄関から門扉まで道を作って、門扉の外の道でうちの壁があるところまでを拾って、外の分を全部拾い終わったら屋敷内の庭や屋根にあるのを拾おう」

「分かりました!」

「マキシ君はこの籠に入れていってね。籠がいっぱいになったら、玄関の横に出して積んでおいて。後でぼくがアイテムリュックに入れるから」

「はい!」


 ライトはマキシに背負い籠を渡す。普通の人はこの背負い籠を使って餅拾いを行うらしい。一応この屋敷にもデフォルトで置かれている装備品?のうちのひとつだ。

 ライト達は予定通り、玄関から門扉までの道を作るべく餅拾いを始めた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……ふう。結構拾ったけど、まだまだたくさんあるなぁ」


 玄関から門扉までと門扉の外の道の分を拾い終えて、マキシが玄関横に積んだ餅をアイテムリュックに収納しきったライトがぽつりと呟く。ここまでするのに一時間くらいかかったか。


 ふとライトがお隣の貴族邸宅に目を向けると、ラウルが屋根の上で餅を空間魔法陣にポイポイーと放り込んでいる。その表情の輝きたるや、実に嬉々とした顔である。

 美味なる食材を得られる喜びを、ラウルは存分に堪能しているようだ。


 あー、ラウルとっても嬉しそう。お餅全部もらえて良かったね、ラウル!

 しっかし、空間魔法陣いいなー。ぼくも容量制限無しのアイテムリュック持たせてもらってるけど、やっぱ出し入れは断然空間魔法陣の方が使い勝手良いよねー。リュックだと出し入れが狭いし。

 うーん、やっぱりアイテムリュックとはまた別に、空間魔法陣も習得したいなー。埒外の存在らしい俺に、この世界の魔法が習得できるかどうかは分からんけど!


 ラウルの嬉しそうな姿を眺めながら、玄関横で一休みしつつあれこれと思いを巡らせるライト。

 そんなライトに、同じく横で休憩していたマキシがまだ餅が一面に残っている敷地を見渡しながら話しかける。


「まだまだたくさんありますねぇ。でも、本当にたくさんの形があって面白いですね!」

「うん、花型とか葉っぱ型とか、中にはハート型もあったね!」

「えー、ハート型ですか!?僕それはまだ見てないなぁ、見つけたら別個にとっておいてもいいかもですね!」

「そうだねー、ぼくも次に珍しいの見つけたら取り分けておこうかな!」


 昨晩レオニスが語っていたように、丸型や長方形だけでなく星月花の他にも様々な形をした餅だった。その大きさはどれも同じくらいで、ライトの手の大きさくらいか。

 そしてそれら定番の形以外にも、葉っぱやハート、中には蛇や猫と思しき動物型に、果てはスライム型?と思われるものがちらほらとあった。

 そういった珍しい形は、もしかしてレアなのだろうか?レアなら後でレオニスやラウルにも見せてあげよう!と思うライトとマキシ。


「さ、じゃあまた餅拾い頑張ろうか!」

「はい!」

「マキシ君は屋根とベランダの餅を全部下に落としてね。もう後は敷地内のを拾うだけだから、ぼくも遠慮なくアイテムリュックにじゃんじゃん放り込めるし。どんどん拾っていこーぅ!」

「了解でーす!」


 ライトとマキシ、二人ともまた餅を回収するべく元気な掛け声とともに作業を再開した。





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 第159話のフードバトル頂上決戦以来、二度目の『私は一体、何を書いているんだろう?』という気分に包まれている作者。

 ホントにねぇ、前話から『餅降る聖夜』とか『餅景色』とか『餅一面の世界』とか、何事?一体どんな世界よ?( ̄ω ̄)

 もうね、我ながら全く以て訳分かんねぇこと書いてるなー、という自覚はちゃんとあるんですよ?

 でも、雪の代わりに餅が降る世界ってのがあってもいいんじゃない?むしろ八百万の神々の御座す日本ならば、餅の精霊や餅神様なんてのがいてもおかしくない、はず!とも思ったり。……餅神様、餅の精霊の上司か生みの親として存在していそう。


 こんな面白おかしい世界を生み出せるのも、二次元世界だからこそ許される小説ならではの数少ない特権の一つと思って、皆様にも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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