第284話 かつての感覚

 ラグナロッツァの屋敷に帰宅したライト。

 馬車の座席部分に乗せたビッグワームの大顎は、翼竜牧場を出立した時点でとっととライトの持つアイテムリュックに仕舞い込む。


 10時半頃に帰ってきたので、一度カタポレンの家に帰ってイノセントポーションの作成レシピを実行するか?とも考えたが、小一時間しかない中で慌てて作成して失敗してもつまらんな、と思い直す。

 それよりも早めにプロステス入りして、受付嬢チェックする方がずっと有意義だ!と考えて、ゆったりと一休みするライトだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ライトが翼竜牧場に出かけていた頃。

 レオニスも予定通り、プロステスで大教皇エンディとオラシオンの二人と合流していた。

 待ち合わせ場所は冒険者ギルドプロステス支部前である。

 レオニスがしばらく待っていると、ラグナ教の旗を掲げた三台の馬車が連なって到着し、レオニスの目の前に停車した。


「よう、オラシオンに大教皇様。久しぶりだな」

「レオニス卿、おはようございます」

「ご無沙汰しております、レオニス卿。お待たせしてしまい、申し訳ございません」

「いや、俺も到着したばかりだから気にしないでくれ」


 各馬車から一人づつ降りてきた三人の人族、エンディ大教皇とオラシオンの他にホロ総主教も加わりレオニスのもとに集う。


「マスターパレンの案とはいえ、急な予定を捩じ込んじまってすまんな」

「いいえ、私達の方こそ申し訳ないです。年の瀬も押し迫ったこの時期に、私達のためにプロステスまでご同行いただけるなど感謝しかございません」

「……で、例のやつらは馬車の中か?」

「はい。道中も我等の言いつけを守り、おとなしくついてきております」

「そうか」


 ライトの提案とマスターパレンの決断により、プロステス行きが決まったのが四日前。

 ラグナ教へはその日の晩前にレオニス自らが伝えたが、ラグナ教側が再調査要請の準備ができたのは実質三日。

 もともとラグナ教側に再調査要請を断ることなどできないが、それでもなかなかに急なゴリ押しだということはレオニスにも理解できた。


 同じラグナロッツァ住まいのハリエットが、同じくプロステスまで片道四日かけて移動すると言っていた。

 ハリエット達ウォーベック家の移動は旅行も兼ねてののんびりな移動とはいえ、それを差し引いて考えてもラグナ教側が三日でプロステスまで馬車移動してきたのは相当な強行軍だったはずだ。


 そのことに対して詫びつつも、馬車の方にちろりと目線を遣りながら小声で馬車の中を問うレオニス。

 そう、今回の再調査は当時のラグナ教プロステス支部に在籍していた魔の者の職員を伴って行われる。今回ラグナ教側は、多数の魔の者達をなるべく人目につかぬように連れてくるために、転移門ではなく馬車での移動にしたのだ。


「じゃあ早速教会に移動するか」

「承知しました」


 レオニス達はすぐにラグナ教プロステス支部に移動した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 レオニス達の乗った馬車三台は、目的地のラグナ教プロステス支部に到着した。

 先頭の馬車の御者が門を開けて、全ての馬車を中の敷地に入れていく。

 完全に中に入ってから、馬車の中にいた魔の者達に降りる許可を出した。


「あーーーッ、疲れたぁ!」

「やーっぱプロステスの空気が一番美味ぇわ!」

「おお、懐かしき我が家よ!」

「「「たッだーいまー!」」」


 馬車から降りた魔の者達が、背伸びしつつ口々に古巣への帰還を喜ぶ。

 そして全員で声を揃えて、皆両手を挙げながらただいまの挨拶をする魔の者達。その顔は相変わらずウッキウキのニッコニコで、花が咲き誇るかの如き満面の笑みである。


「さ、あまり時間もないからな。手際良く案内してくれ、頼むぞ」

「おう、俺らに任しとき!」


 影狼巡回員Dのシャルフに水蜈蚣門番Eのトルド、血煙鷹大工Fカイトが張り切って先頭を歩く。他にもここプロステス支部所属だった数人の魔の者がついてきていた。


「はいはーい、まずは俺らの住んでた部屋ねー」


 まずは教会とは別棟の、司祭や他の職員達が住み込み暮らしていた建物に入る。見た目は質素な集合住宅だ。

 ホロ総主教の解説によると、この建物は住み込みで働くラグナ教職員のための住まいで、アクシーディア公国内にある全てのラグナ教支部に備えられているという。

 このラグナ教という組織、なかなかにしっかりした福利厚生のようだ。


「日当たりの良い南側の一階二階は俺ら下っ端、日の当たらない北側や地下室とかの良い部屋はえりぃと様達の部屋ねー」

「一応共同の食堂もあるけど、わしらとえりぃと様達がいっしょに飯食うこた一度もなかったのぅ」

「オレらは街の人達からもらったものなんかを部屋に飾ったりしてたけど、えりぃと様達の部屋は入ったこともねぇからなぁ。どんなだか全く分かんねぇや」


 人族にとっては日当たりの良い南側の部屋が良いとされるが、魔の者達にとっては逆らしい。やはり基本的に日の光は苦手なものなのだろうか?

 口々に説明しながら、集合住宅の中を案内していく魔の者達。その証言通り、めぼしいものは特になさそうだ。

 そして、下っ端の魔の者達の部屋は物が溢れそうな賑やかさであるのに対し、『えりぃと様』と呼ばれる幹部達の部屋は本当に殺風景で、備え付けの家具寝具の他のものが一切ない。

 こういうところにも、彼らの意識的な乖離が見て取れる。


 集合住宅の検分を終えて、一行は教会堂に向かう。

 教会堂は事件発覚後にエンディが封印魔法をかけて封鎖したため、まずはファサードと呼ばれる建物正面の扉の前にエンディが立ち、封印魔法を解除する。

 エンディが一言二言呟きその手を扉に翳すと建物全体が薄っすらと光り、その淡い光は数秒で消え去った。

 どうやら封印魔法は無事解除できたようだ。


「はいはーい、教会堂の中の案内も俺らにお任せねーぃ」

「翼廊とか内陣後陣はもう一通り見たッしょ?もう一回見とく?」

「ああ、前回は急ぎでざっとしか見てなかったからな……今回はもう少しじっくり見ておくか」

「そうですね、今日は午前中のみといえど検分するのはこのプロステス支部一ヶ所のみですからね」


 魔の者達の案内で、教会堂の中に入っていくレオニス達。

 扉を潜り教会堂の内部に入った途端、レオニスの背筋にピリッとした悪寒が走る。


「……!!」

「?レオニス卿、どうかなさいましたか?」

「……いや、何でもない」

「ならいいのですが……何か気づいたことがあれば、どんな小さなことでもいいので教えてくださいね」

「ああ、分かった」


 瞬時にして険しくなったレオニスの表情に気づいたオラシオンが、レオニスに何事かと問うもレオニスは即座に表情を和らげて否定する。

 そしてレオニスは、オラシオン達とともに歩きながら頭の中で考えを巡らせる。



『もうずっと何年もラグナ教の神殿や教会に入ることなんぞなかったから、すっかり忘れてたが―――』

『この感覚は……間違いない、かつて俺がジョブ適性判断の時に感じた悪寒だ』

『しかし……何故今になってこの感覚に襲われる?この間もこのプロステス支部や他の教会支部にも入ったが、何ともなかったぞ?』

『あの時と今日とで、一体何が違う?何か違う点があるはずだ―――』



 そこまで考えて、レオニスははたと思いつく。



『……そうか、あのラペルピンか!』



 先日の大主教悪魔発覚事件の時に、レオニスはライトから八咫烏の羽根の御守であるラペルピンを託され、それを服に着けてから各拠点を回っていた。

 今回の再調査と異なる点といえば、そのラペルピンの有無くらいしかなかったのだ。



『あのラペルピンには破邪魔法だけでなく、邪悪な気から身を守るような効果もあるということか……』

『今日は魔の者達を連れての検証だから、あれは着けてくることができなんだが……そうか、あれにはそういう効果もあったのか』

『フェネセンのやつめ、ライトのためにどれだけ付与魔法を盛ったんだ……ありがたい限りだがな』



 八咫烏の羽根の御守りである、アイギス特製ラペルピン。世界でたった二つだけの、ライトとフェネセンが持つお揃いの御守。

 その絶大な効果を改めて実感し、その付与魔法をモリモリにつけたであろうフェネセンに対し感謝の意を抱くレオニス。悪寒で顰めたレオニスの表情が、小さな微笑みとともに和らいでいく。

 それと同時に、悪寒を感じた原因が分かったレオニスはさらに考えを巡らせていく。



『……だが、俺とて昔の小さな子供の頃とは訳が違う。あの頃よりも魔力耐性はかなり上がっているし、ここに入った時に感じた悪寒もかなり小さなものだった』

『この程度ならば午前中くらいは耐えられるだろうし、逆に考えればこの悪寒をより強く感じる方に何かがあるはずだ』

『そう、この悪寒は邪気を感知する探知機とでも思えばいい』



 何とレオニスは、己の身を襲った悪寒すらも逆手に取って利用しようとしていた。

 レオニスは心の中で雄叫びを上げ、その身の内に業火の如き闘志を燃やす。



『廃都の魔城の四帝め、今に見てろよ―――貴様等の陰謀は全て叩き潰してやる!』





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 ラグナ教悪魔潜入事件の再調査再開です。

 捕らわれの身の魔の者達も相変わらず軽いノリで、書いててなかなかに楽しかったりします。

 ですが。教会堂の作りとか間取りとか、毎回毎度調べちゃあ頭の中が煮えそうになるんですよねぇ……おかげで下書き作業が進まないこと進まないこと_| ̄|●


 でもまぁそれも、基礎知識のないニワカ者がそれっぽく書き綴るための必須努力なので。これからも頭煮え煮えさせつつ頑張りますぅ(;∀;)

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