第273話 マキシの決意

 ユグドラシアが休息に入ったあと、ウルス達は家族皆で話し合うことにした。


「マキシ、今まで本当にすまなかった。今更何をどう取り繕おうとも、言い訳にしかならないが……」

「ミサキの言葉で目が覚めたよ。魔力があろうとなかろうと、お前はお前であることに変わりはない」

「それなのに、私達はずっと引け目に感じていて里の者達にも強く諌めることができなんだ。臆病者と謗られても致し方なきこと」

「……そうよね。魔力のない八咫烏がいたっていいわよね。私達はどうしてそんな簡単なことに気づけなかったのか……」


 改めてウルスとアラエルが、父として母として子を守れなかったことへの悔悟の念を洩らす。


「……もういいんです。過ぎたことはモクヨーク池の水に流してしまいましょう」

「「マキシ……」」

「それより!僕、今回の里帰りのために皆にお土産買ってきたんです!」

「……お土産?」

「はい!人里には、それはもうたくさんの素敵なものや美味しいものがたくさんあるんですよ!」

「そうなのか?我等は人里どころかこの里の外にすらも滅多に出ないから、外界のことはさっぱり分からぬ……」

「皆の分買ってきてあるんです!今ここでお渡しするので、皆こっちに来て見てください!」


 マキシはそう言うと、空間魔法陣に収納してもらってあるラウルに頼んで出してもらい、家族皆が集まる前でお土産を披露した。

 まずはアイギス特製のアクセサリー類。綺麗な青いベルベットの小箱、この艶やかな入れ物を見ただけでも家族達の目はキラキラと輝き期待感に包まれる。


「えーっと、どれに何が入ってたかな……」

「これがウルス父様、こっちがアラエル母様の分」

「これはフギン兄様、ムニン姉様はこれ」

「トリス姉様、ケリオン兄様、スレイヴ兄様のはこれ」

「そして、ミサキにはこれだよ」


 マキシが小箱を開けて中身を確認しながら、それぞれに見繕ったお土産を渡す。

 それはペンダントだったり足輪だったり、タイピンやイヤリング等々。どれも必ず美しい宝石とともに繊細な細工が施されている。


 足輪以外は実際に身に着けられないものばかりだが、八咫烏達は普通のカラスよりも格段に大きいのでそもそも人間用のアクセサリーはサイズ的に合わないのだ。

 マキシもそれが分かっている故に、実用性よりも鑑賞用として購入したのである。


 そして、ウルス達八咫烏の目の輝きといったら、それはもうキラッキラである。その姿はまさしくマキシがアイギスに入店した時の反応と全く同じだった。


「何と……これ程までに美しいものが人里にはあるのか」

「まるでモクヨーク池の水に映る陽の光のような煌めきね!」

「この輝き、煌めき、美しさ……何もかもが心躍らずにはいられない……」


 皆それぞれに土産のアクセサリーに見入っては大絶賛する。やはり皆キラキラ輝くものが大好きなようだ。

 宝石の色も男性陣にはサファイアやエメラルド、女性陣にはルビーやピンクトルマリンを用意したのも好評を博している。


「こんなことで、僕が勝手に里を飛び出したことを許してもらえるとは思っていませんが……」

「皆に心配をかけてしまったことへのお詫びとして、受け取ってもらえると嬉しいです」


 おずおずと切り出したマキシに、真っ先に反応したのはフギンとムニンだった。


「マキシ、私達の方こそすまなかった。人里で魔力を取り戻し、その長期療養で帰りたくても帰ってこれなかったとは……事情を知らなかったとはいえ、お前から話を聞く前に怒ってしまったのは私の落ち度だ」

「私も頭ごなしに怒ってしまってごめんなさい。そしてマキシ、貴方が今まで背負ってきたものの本当の意味と重さを、私達は今まで知らなかった。貴方に許してもらえるとは思っていないのは、むしろ私達の方なのよ」

「フギン兄様、ムニン姉様……」


 厳格な長兄と長姉が、末弟のマキシに心から謝罪した。

 そう、この長兄達は厳格な性格ではあるが、己の過ちは過ちとしてきちんと認めて謝罪することのできる器も持ち合わせているのだ。

 そして、ライトオリジナルの『長期療養のために帰れなかった』という気遣いのオプション追加も効果を発揮したようだ。


「だが、これからまた家族としてこの里で皆で暮らしていこう」

「そうね、マキシの魔力だって本来の姿を取り戻せたんだもの、もう里の者達だって文句は言わないわ。いいえ、もしまだ文句をつける奴がいたら、今度こそこの私がけちょんけちょんのこてんぱんのボッコボコのぺっちゃんこに蹴散してやるわ!」


 穏やかなフギンとは裏腹に、ムニンが鼻息も荒く息巻いている。それは、これまでマキシを守ってやれなかったことへの反省と挽回の意も込められているのだろう。

 そんなフギン達に対し、マキシは静かに言った。


「フギン兄様、そのことなんですが……僕はもう八咫烏の里に戻る気はありません」

「今日一晩泊まった後、明日にはまた人里―――ラグナロッツァに帰ります」

「……何ですって!?」


 マキシの宣言に、ムニンがびっくりしたように問い返す。


「どうして!?何故そんなことを言うの!?」

「今の貴方なら、誰も貶したり嘲笑ったりなんてできないわ。だから帰ってきても何の心配もいらないのよ!?」

「それとも……やっぱり貴方はもう……私達のことを許してはくれないの……?」


 ムニンが悲痛な叫びを上げる。

 それでもマキシは静かに語りかける。


「いいえ、ムニン姉様だけでなくウルス父様やアラエル母様、兄様姉様達皆のことは大好きだし、大事な家族です。昔も今も、そのことに変わりはありません」

「だったら、どうして……」

「ラウルやライト君は、ありのままの僕を受け入れてくれました。魔力のない、八咫烏らしからぬ僕のことを嘲笑いもせず、対等な友人として認めてくれたんです」

「…………」


 マキシの言葉に、ムニンは何も言い返せなかった。


「この里で、魔力のない僕を認めてくれていたのは……ミサキだけでした」

「ラウルは妖精で、ライト君は人族です。どちらも八咫烏からしたら翼すら持たぬ異種族です」

「普通なら異種族に対して、何らかの偏見なり差別的な意識を持ったりするものです。それは人族も変わりはないですが、特に僕達八咫烏は異種族に対してかなり排他的で交流など全くありませんよね?」

「ですが……ラウルやライト君は、異種族である僕に対して一切偏見など抱くことなく、友人として受け入れてくれたんです」

「僕は、そんな彼らの傍にいたい。そして外の世界をこの目でもっともっと見たいんです」


 ムニンも他の八咫烏達も、もう何も言えなかった。

 八咫烏が排他的種族だというのは、紛うことなき事実である。異種族との交流が皆無故に、無能者の烙印を押されたマキシを里の外に避難させたくてもその宛が全くなかったのだ。


「そして、僕はこの里を出るまで知りませんでした。外の世界は本当に広くて……僕達の知らないもの、素晴らしいもの、綺麗なものがたくさんあって」

「もちろんそればかりじゃなくて、危険もたくさんありますけど。それらも含めて僕は知りたい」

「僕は僕の知らない外の世界を、果てしなく広がる世界を、これからももっと知りたいんです」

「そしてその素晴らしさを、八咫烏の皆にも教えたい。先程の皆へのお土産のように、外の世界には皆の知らない素敵なものがこんなにたくさんあるんだよ!ということを伝えたいんです」


 一度知った外の世界の素晴らしさを、もっともっと知りたいと願うマキシ。そしてそれを八咫烏の皆にも伝えたいという。

 そんなマキシの知的好奇心を抑制することなど、誰にもできないのだ。


 一同が静まり返る中、口を開いたのはウルスだった。


「……そうだな。マキシはもっと外の世界を見てくるべきであろう」

「……父様!」

「私はマキシを守るために、家の中に閉じ込めることしかできなかった。マキシの魔力では、とても里の外では生きていけないと……そう思っていたからだ」

「それは……」

「だが、そうではなかった」


 ウルスはマキシの前に立ち、マキシを真っ直ぐに見つめた。


「お前は自ら外の世界に飛び出し、様々な他者の助けを得て本来あるべき姿を取り戻した」

「それはこの八咫烏の里という鳥籠の中にいては、決して成し得なかったことだ」

「そう、お前を一族の殻の中に閉じ込めておくことでお前の身を守ろうとした私の判断は―――間違っていたのだ」


 ウルスがその両翼でマキシの肩を掴んだ。


「お前はお前の手で、自らの未来を切り開いたのだ。今まで誰よりも不自由だった分、これからは己の思うように生きなさい。お前にはその権利も資格も十二分にある」

「父様……」

「そして、この閉鎖的な八咫烏の里に外界の新たなる風を取り込む架け橋となる役目もまた、お前にしか担えない役割であろう」

「新たなる風……架け橋……」

「そう、外の世界をもっともっと見たい、それを皆に伝えたいと言ったお前ならばできるはずだ」

「……はい!頑張ります!!」


 ウルスからの提案に、マキシは力強い返事とともに快諾した。

 そんなマキシに、ウルスはいくつかの注文をつける。


「ただし。年に何度かはこの里に帰って、お前の元気な姿を家族皆に見せて安心させておくれ」

「その時にはもちろん、今回のように友達や知り合いを連れてきてくれてもいい。お前が認めた者ならば、我等も心から歓迎しよう」

「そうして数多の交流を繰り返すうちに、この里もまただんだんと変わっていけることだろう。……私はそう信じている」


 そう言い終えた後、ウルスは翼を置いていたマキシの肩を引き寄せてそっと抱きしめた。


「今まで本当にすまなかった。これからはお前の望むように、自由に生きなさい」

「父様……ありがとうございます」


 マキシもウルスの身体を抱きしめた。

 マキシより一回りも大きな父の立派な身体。それでも今では父の背に両翼を回せば、その先端が届くくらいにはマキシも大きく成長した。

 それは、穢れに侵されていた頃の小さな体躯では絶対に無理なことだった。


 こうしてマキシは父に認められて、里の外の世界で自由に生きることを晴れて許されたのだった。





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 例のモクヨーク池。単語として出てくるのはこれが三度目ですが。慣れてくると何だかカッコいい響きに思えてきました。

 そう、言うなればニューヨークの姉妹都市ならぬ姉妹池、みたいな感じ?

 ぃぇーぃ、私のセンスは世界一ィィィィ!……嘘ですごめんなさい、自治会内一くらいです。


 そしてマキシも念願叶い、人里でライト達とともに暮らしていけることになりました。

 マキシの家族達も皆口にこそ出していないものの、やはりマキシが八咫烏の里に戻りたくないと思っているだろうことは薄々感じています。それは今までの経緯を考えれば当然と思えることで、だからこそこれ以上の無理強いはできなかったのです。

 生まれ故郷というだけの理由でこれ以上里に縛り付けるよりも、外の世界でのびのびと生きていってほしい―――父ウルスの、己の過ちを認めた上での決断だったのです。

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