第249話 ラグナ大公の意向

 その後いくつかの質問をした後、レオニス達は研修所を後にした。ホロ総主教とエルメス司祭は、引き続き監視役を担うためそのまま研修所に残る。


 ちなみに、あの研修所にいた魔の者達には全てに名前がついていた。丘ゴブリンAはリグ、影狼Dはシャング、包帯魔女Iはミライ、などなど。

 確かに人族の里の中で潜みつつも長年暮らしていくならば、互いを呼び合う名前くらいなければ不便極まりないだろう。

 彼らはもはや名も無き有象無象の素材集め用モンスターではなく、立派なネームドモンスターとなっていた。


 研修所から大教皇の執務室に移動した一行は、新しく設えられたソファに腰を下ろし、ふぅ、とひと息ついた。


「皆様、お疲れさまでした。今お茶をご用意いたしますね」


 エンディが部屋の隅に置いてあるワゴンのもとに行き、ソファの横まで運んでからお茶を淹れ始める。

 四人分のお茶を淹れ、レオニス達のテーブルにもそれぞれの前にお茶を置く。

 お茶の良い香りに誘われて、皆ティーカップに手を伸ばし一口二口啜って喉を潤す。

 ふぅ、と人心地ついたところで、レオニスが口を開いた。


「大教皇、あんたが俺達第三者を複数人呼んだ意味がようやく分かったよ」

「……私どもができることを精一杯、誠心誠意していきたいだけでございますよ」

「確かになぁ、あれを毎日見てればキッツいわなぁ」

「…………」


 レオニスが右手で己の頭をガシガシと掻きながら、俯き大きなため息をつく。

 先程まで四人がいた、魔の者達が拘留されていた研修所。そこでの光景は、レオニス達にとってもかなり衝撃的であった。

 見た目も人族もしくは獣人族などの、どこにでもいそうな外見。大勢でわちゃわちゃと会話しているところを見ても、人畜無害を絵に描いたかのような平穏な光景。


 ここまで悪意を感じられない者達が、実はその正体は魔の者だと言われて一体何人の人間が信じるだろうか?ほとんどの者が「えー、ウッソだー!」と笑い飛ばすだろう。

 だがそれは、誰にも覆しようのない真実なのだ。


 決して相容れることのない、人族と魔族。魔族から襲いかかられれば反撃するし、人族だって魔物相手に素材集めと称してジェノサイド狩りすることだってある。

 だが、先程のように人族が使う言葉と全く変わらぬ言葉を用い、人族と変わらぬ意思疎通ができる者が相手となると迷いが生じるのも無理はなかった。


「しかし……どうしたものですかね」

「ああ、全く何もせずに放免という訳にはいくまい」

「だよなぁ……つーか、マスターパレン、ラグナ大公との謁見はどうだったんだ?」

「そうですね、まずはラグナ大公のご意向によって対処の仕方も変わりますね」


 ふと思い出したように、レオニスがパレンに向かってラグナ大公との謁見の結果を尋ねた。

 それを受けて、パレンが謁見での内容を話し始めた。


「うむ。では私から、ラグナ大公のご意向を皆に伝えよう」

「まずはラグナ教について。今回ラグナ教内部に長年悪魔が潜んでいたことは、ラグナ大公も大変憂慮しておられた」

「だが、ラグナ教が担う数々の役割を考えるとやはり解体は難しいだろう、という見解でもあった」

「これは悪魔出現後、ラグナ教自らが即時に神殿職員と全支部幹部の招集、調査を敢行したことが大きい」

「長年悪魔の侵蝕を許していたことは、決して看過できることではない。だが、自ら襟を正し内部の浄化に努めたことは大いに評価する―――ラグナ大公は、そう仰っておられた」


 図らずも、ラグナ教内部に潜む悪魔の正体を暴いたあの日。

 その場に居合わせた大教皇エンディは、そこで打ちひしがれることなく即座にライトとレオニスの協力を取り付け、すぐに他の悪魔の炙り出し調査を敢行した。

 その迅速さが誠実であると評価されたようだ。


「そして事件については、このまま伏せられるものであれば世間への公表は無用」

「ラグナ教はこの国にとってこれからも必要な存在なのだから、要らぬ混乱や過剰な不信感を生み出すべきではない、というのがラグナ大公のご意向だ」

「故に、この件に関しては箝口令を敷くこととする。ラグナ教関係者全員はもとより、レオニス君、オラシオン君、君達も事件の口外を禁ずる」


 パレンの言葉を聞いて、それまで神妙に聞き入っていたエンディの目が徐々に開かれていく。

 それはまるで、暗闇に射した一条の光を見つけたかのような眼差しだった。

 箝口令を言い渡されたレオニスとオラシオンも、無言でこくりと頷く。


「ただし、ラグナ教にこのまま何もお咎めがない訳ではない」

「まずは今日より一年を期限とし、二度と悪魔に潜入されることのない鉄壁の体制作りを何よりも最優先とすること」

「その間並行して後継者の育成や引き継ぎを行い、一年後に大教皇および総主教は引退しその座を退くこと。その後一聖職者としての在籍継続は可だが、名誉教皇等の上位神品への再就任は不可とする」

「潜入していた悪魔の手先が何を目的としていたか、継続して調査すること。何か新事実が発見され次第、即時ラグナ大公にもお伝えすること。伝達役は、引き続き私が受け持とう」

「ラグナ教に対しては、とりあえずはこんなところだな」

「……ありがとうございます。ラグナ大公の慈愛に満ちた寛大なる御沙汰、心より有り難く頂戴いたします」


 ラグナ大公の、ラグナ教に対する意向をパレンが一通り説明し終えたその直後。エンディは胸のところで両手を組み、パレンに向かって跪きながら感謝の意を全身で表した。


「エンディ大教皇様、お立ちください。まだまだ問題は山積みですぞ。大教皇様にはこれよりもっと、もっとたくさん働いてもらわねばなりません」

「……はい。もとより我が生涯全てをラグナ教に捧げるつもりでおります」

「そしてこの件が片付いたら、改めて私とともにラグナ大公に御礼を申し上げに参りましょう」

「……はい!」


 実際のところ、ラグナ教に対するラグナ大公からの処遇は思っていたよりかなり軽めのものだった。

 大教皇や総主教への引退宣告も含まれているが、これらはもとより沙汰が下されずともそうするつもりでいた。

 そして一年間もの期限までつけられているのは、ラグナ教をしっかりと立て直すための猶予でありラグナ大公の温情に他ならない。


「また、既にこの件に深く関与しているレオニス、オラシオンの両名にも、引き続き悪魔関連の調査協力を命ずる。ラグナ教と連携して事に当たるようにせよ、との仰せだ」

「悪魔が潜んでいたエンデアン、ファング、プロステスの領主の関与の調査も私に一任された」

「これは公にできない案件なので、冒険者ギルドとしても表立って高額な報酬は出せない。だが、調査にかかる費用が発生したらギルドの予算から賄おう」

「また、事件解決の暁にはラグナ大公から個人的に報酬を出すという確約もいただいている」


 パレンがレオニスとオラシオンに、調査命令とともに報酬の件について説明をする。

 そう、いくら国家機密案件に関与していて半ば強制的に協力を強いられたとしても、国家の手先として働かせるならば報酬は必須だ。

 ましてやこの三人は元冒険者に現役冒険者。報酬なくして動かせないことを、ラグナ大公は理解しているようだ。


「レオニス君とオラシオン君も、引き続き私とともに事件の調査に尽力してもらうことになる。よろしく頼むぞ」

「ああ、もちろんだ」

「もちろん私も協力を惜しみません」

「あとは、後日確保された残りの魔の者。先程まで聴取していた者達の処遇についてだが―――」


 レオニスとオラシオンの協力への同意を得た後、パレンが改めて魔の者に対する処遇の話に移行する。

 他の三人も、息を呑みつつパレンの言葉を待つ。


「ラグナ大公のご意向は……『魔の者はすべからく処分するべし』である」

「「「……!!」」」


 ラグナ教への温情判決とは打って変わって厳しい沙汰に、レオニス達は言葉を失う。

 だが、パレンの言葉はそれだけでは終わらなかった。


「ただし、生き残った魔の者達の話などから潜入していた悪魔達の目的や策略を探り、奴等の奸計を暴くこともできるかもしれぬ」

「よって、悪魔の目的を暴く調査が続くうちは、他の魔の者達を生かしておくことを許可する」

「「「……!!」」」


 パレンから出た思いもよらぬ言葉に、絶句したままの一同の顔は更なる驚愕に染まる。


「なお、生存を許すにあたっては魔の者達への監視は24時間常時絶やさず行い、少しでも不審な行動や叛意を示した場合は即処分すること」

「これらを遵守できなかった場合には、ラグナ教および本件に関わった全ての者に国家反逆罪を適用する」

「……以上が、ラグナ大公のご意向である」


 ラグナ大公との謁見の結果は、これで全てのようだ。

 一通り話し終えたパレンが、喉を潤すためにお茶を一口飲む。他の者は未だ無言のまま、パレンが茶器に触れる小さな音だけが響く。


 最後の方、国家反逆罪まで突きつけられるとはなかなかに物騒な話だ。

 だがそれでも、全体的に見ればかなりの情状酌量を得たといえる。

 ラグナ教も解体命令には至らなかったし、魔の者達も条件付きではあるが即時極刑は免れた。

 国家反逆罪云々も、魔の者達への管理や監視をきちんと行えば問題はないのだ。


「ラグナ大公への報告をあんたに任せたのは正解だったな。さすがはマスターパレンだ」

「ええ、実にその通りですね。さすが全ての冒険者の頂点に立つ御方です。魔の者達への即刻処分の回避も、パレン卿が進言なさってのことでしょう?」

「いや何、実際にまだ彼の者達から引き出せる情報があるはずだ、と思ったのでな」


 レオニスやオラシオンがパレンの交渉手腕を絶賛するも、当のパレンは事も無げに軽やかに受け流す。

 フッ、と笑う口元から覗く純白の歯と涼やかな糸目が、いつも以上にクールに輝いて見える。これはあれか、『出来る男のオーラ』というやつだろうか?


「じゃあ、魔の者達に関しては当面は神殿側で徹底管理と監視継続ということでいいな」

「ええ、そしてこれまでに得た彼らからの証言の裏付け作業も必要ですね。大教皇様、悪魔がいた三ヶ所の拠点はまだ封鎖中なのですよね?」

「はい。先日急遽閉鎖措置を施して以降、誰一人として立ち入らせておりません」


 オラシオンがエンディに、例の拠点三ヶ所の現状を尋ねた。

 その三ヶ所は、事件発覚の翌日に敢行した緊急閉鎖をそのままずっと維持しているようだ。


「でしたら厳重な監視のもと、魔の者達を連れて再度現場検証すべきでしょう。長年暮らし続けた彼らだけが知り得る、新たな情報が見つかるかもしれません」

「……そうですね。住み慣れた場所に戻って直に見ることで、過去の悪魔達の言動など何か思い出すこともあるかもしれません」

「ラグーン学園ももうすぐ冬休みに入りますので、私もお手伝いすることができます。何なりとお申し付けください、大教皇様」


 オラシオンがエンディに向かい、恭しく頭を下げる。

 本当は気の置けない兄弟なのに、エンディのラグナ教大教皇という社会的地位が二人の仲を遠ざける。

 何か言いたげな表情で、エンディがオラシオンに向けて手を伸ばしかける。

 だが、その手を止めて堪えるようにグッと握りしめる。


「……ありがとうございます。皆様方にはこれからもお手数おかけすると思いますが、何卒よろしくお願いいたします」


 三人に向かって、深々と頭を下げるエンディ。

 大まかではあるが、今後の方針も決まったことだしここで解散となった。

 帰りゆくオラシオン達の背を、エンディは寂しそうな微笑みで見送っていた。





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 ラグナ大公は、本作の主人公達が住まうアクシーディア公国の一番偉い人、国家元首です。

 皇帝や国王に相当する人ですが、公国ですので大公という敬称です。ここら辺を検索して調べ始めると、また泥沼なりそうな複雑さでイヤンなんですが。


 アクシーディア公国はその前身、アクシーディア王国の王族が廃都の魔城爆誕時に全滅してしまったので外から遠戚を迎え入れました。そこら辺は第80話にて触れています。

 それ故そのまま王国を継承せずに、新生アクシーディア公国として再出発しました。


 今のところラグナ大公が今後の作中に直接出てくる予定はありませんが、それなりに聡明な国家元首として立ち回ってくれることでしょう。

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