第248話 半端者の苦悩
丘ゴブリンAが人間側の面子をゆっくりと見渡し、レオニスに目を留めた。
「ここにいる人間の中では、あんちゃんが一番強そうだけど。あんちゃんが一番偉い人ってことでいいのか?」
人間側一同は、皆少しだけ目を見開いた。
丘ゴブリンがレオニスの強さを瞬時に見抜いたことに、内心驚いたのだ。
だが、純粋な強さだけなら丘ゴブリンA大正解だが、現実はそうではない。
丘ゴブリンAのご指名を受けたレオニスが、ふぅ、と小さなため息をつきながら口を開く。
「残念、不正解だ。この中で一番偉いのは俺じゃない」
「そうなのか?」
「ああ、俺もお前達と同じさ。組織の中じゃ下っ端のペーペーもいいところでな、こき使われる側だ」
「そうなんかー。ンじゃあんちゃんは、オイラ達と同じ下っ端仲間なんだな!」
「そういうことだ」
丘ゴブリンがギザギザのノコギリ歯を見せながら、とびきりの笑顔でニカッと笑う。
丘ゴブリンに下っ端仲間認定されたレオニスも、ふふっ、と小さく笑う。
ただし、レオニス以外の人間側の面子の顔には『嘘つけー!』という文字がデカデカと浮かび上がっていたが。
「そしたら、誰が一番偉い人ってことになるんだ?……あの赤いポンポンをつけている、糸目のおっちゃんか?」
再び人間達を見回した丘ゴブリンの目は、今度は山伏姿のパレンを捉える。
確かに人間側のこの面子の中では、冒険者ギルド総本部マスターであるパレンが最も地位が高い。丘ゴブリンAの鋭い観察眼は、どうやら本物の目利きのようである。
いや、本来なら国際組織であるラグナ教の頂点たる大教皇エンディもパレンに並ぶ影響力のある偉い人、となるところだろう。実際その影響力は、冒険者ギルド総本部マスターに勝るとも劣らない強大さがある。
だが今回の件に関してだけは、大教皇どころかラグナ教そのものに発言権など一切ない。
事件の渦中にある組織であり、長きに渡り獅子身中の虫を飼い続けていた戯け以外の何物でもないだから。
丘ゴブリンの二巡目のご指名を受けたパレンは、コホン、と軽く咳払いをした。
その涼やかな糸目で丘ゴブリンを見つめながら、ゆっくりと話しかける。
「……そうだな。今ここにいる人間の中では、かなり偉い人、ということになるかな」
「じゃあ、オイラ達のこれからを決めるのは、おっちゃんなのか?」
「いや、私ではない。私はあくまでも今ここにいる人間の中では偉い方だというだけで、私よりもっと偉い人が外にはたくさんおられるのだ」
「そうなのかー。人族もいろいろとめんどくせーんだな」
「そうなんだ。すまんな」
丘ゴブリンAが、少しだけがっかりしたように俯きながら呟く。
だが、ここでめげてはいられない、とばかりにすぐに顔を上げて再びパレンに問うた。
「ンじゃ、オイラ達のことは誰が決めるんだ?」
「ンッフゥ……そうだな、この国の大公……王様、と言えば分かるか?まずはその人に相談、ということになるだろうな」
「そのおーさまっての?どんな人?オイラ達を煮たり焼いたり、すぐにコロしちゃいそう?」
「「「「…………」」」」
丘ゴブリンの直球ド真ん中な質問に、人間側は絶句したまま誰一人として答えられない。
彼の陽気でつぶらな瞳が、一転して寂しげな翳を帯び曇る。
「オイラ達ね、今回のことでよーく分かったんだ」
「この世界には―――オイラ達半端者の居場所は、どこにもないんだってこと」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
静まり返った大広間に、長い沈黙が横たわる。
その沈黙を破る丘ゴブリンAの、静かな声だけが大広間を支配する。
「今まで教会でオイラ達をこき使っていた、おッかねぇ人達……全員死んじまったんだってな」
「何かもっと上のもっとおッかねぇ人達?が仕込んだ、毒?でコロされたってのは、ここに来る神殿のあんちゃん達から聞いたよ」
先に行った事情聴取や普段の監視中の会話などで、それぞれの支部に起こった一連の出来事を聞いたのだろう。
「オイラ達を教会に縛り付けていたおッかねぇ人達は、もういない。オイラ達は自由になったんだ」
「自由になったんだから、教会の外だって何だってどこにでもいけるし、もう誰にも怒られない」
「だけど…………」
言葉とは裏腹に、丘ゴブリンAの表情がどんどん沈んでいく。
「人族の里に居過ぎて、今更もう同族のもとにも帰れない。帰ったところで誰も喜ばないし、受け入れてももらえない」
「だからって、人族の里にももう居られない。オイラ達は魔物だって、人間にバレちゃったもの」
「人族は魔物を嫌うし、魔物だって人族を嫌って襲う」
「誓って言うけど、オイラ達の中には人間を襲う気のヤツは一人もいないよ?そんなことしたって楽しくも何ともないってこと、オイラ達はとっくの昔に知ってるもん」
「だけど……そんなこと言ったって、人間達は信じてくれないっしょ?」
淡々と言葉を紡ぐ丘ゴブリンA。
彼の言葉は全て正鵠を射ている。見た目こそ陽気なやんちゃ坊主風だが、先程の人を見る観察眼といいなかなかどうして冷静沈着かつ頭脳明晰なようだ。
だがその正鵠を射た分析は、ここにいる魔の者達にとっては絶望的な未来に他ならない。
『人間達が信じてくれる訳がない』、寂しげにそう呟いた彼のつぶらな瞳が徐々に潤んでいく。
「……オイラ達さぁ、これから一体どうすりゃいいのかなぁ」
「魔族のもとには戻れない、人族の中にも入れない。そんなオイラ達は、ンじゃどこに行けばいいの?」
「それとも…………」
「もうどこにも行かせてもらえずに、このままここで人族にコロされるしかない、のか?」
ずっと俯いていた丘ゴブリンがパレンに問うために、つい、と顔を上げた拍子に溜まっていた涙がポロリと溢れ頬を伝う。
その悲痛な言葉を皮切りに、大広間にはすすり泣く音があちこちから聞こえてくる。
泣き叫ぶでもない、喚くでもない、押し殺しきれない嗚咽が微かに漏れて静かに響く。
これでは、まるっきり人間ではないか―――
あまりにも人間に染まり過ぎた、哀れな魔の者達。
彼らの喜怒哀楽は、もはや人間のそれと遜色ないほどに豊かだった。
そんな彼らの深い悲しみの一端に触れたレオニス達は、どうしていいか分からなくなる。
何が正しいのか、どうすればより良い未来が得られるのか。各々が懸命に考え、模索する。
そんな中、人間側で最初に言葉を発したのはパレンだった。
「私には、君達を絶対に助ける!などという無責任なことは言えない。何故ならば、私はこの国で一番偉い人ではないから」
「もし一番偉い人が、君達を処分しろと命じたら……部下である私は、その命令に従わなくてはならない。だが―――」
「なるべくそうならないよう、最大限の努力はしよう」
息を呑みながら、パレンの語る言葉をじっと聞き入っていた丘ゴブリンA。
マスターパレンの思いのこもった真摯な言葉に、丘ゴブリンAの潤みきった瞳から止めどなく涙が溢れ落ち続ける。
「ホントに?信じていい、の?」
「ああ。このマスターパレン、決して嘘は言わん」
「オイラ達、もとは魔族の魔物だよ?人間が魔物を助けちゃってもいいの?」
「ンフォ?君達は魔族でも人族でもない、半端者なんだろう?」
「……うん……」
パレンからの突然の質問に、丘ゴブリンAは俯いてしゅん、としてしまった。
だが、パレンはそれに構うことなく、この場の全員が度肝を抜かれる驚愕の言葉を堂々と言い放つ。
「ならば君達は魔族ではない。『半端者族』という種族である」
「……ン!?」
「よって私は魔族を助けるのではない、ここにおる新たなる種族『半端者族』を救う手助けをするだけなのだ!!」
右手を握りしめ、その拳を天高く掲げるパレン。その拳から、神々しいまでの旭日が360度全方位で光り輝く。
パレンの背後にも太陽の如き燃え盛る炎がメラメラと揺らめく。どこまでも熱く滾る炎はマスターパレンの正義そのものだ。
パレンのとんでもかっ飛び理論と熱い正義に、それまで無言だったレオニス達も追随し後押しする。
「……ククッ、そうだな、マスターパレンの言う通りだ」
「ええ、私達が手助けするのは魔族ではなく、半端者族という新種の種族ですからね。さしたる問題はないでしょう」
「ラグナ教の神は、この世界に生きとし生ける者全てにあまねく光をもたらしてくださいます」
レオニスにオラシオン、そしてエンディまでもがマスターパレンの提唱を全力で肯定する。
この面子が一丸となれば、もはや向かうところに敵無しと言っても過言ではないだろう。
百万どころか億をも超える無敵の味方を得たパレン、山伏姿で錫杖を高々と掲げさらなる気炎を揚げる。
「居場所など、なければ新たに作ればよいのだ!」
「この広い世界、どこかに必ずや半端者族の住まう新天地を見つけられるであろう!」
「このパレン、か弱き者の助けを求める声あらば、地の果てまでも駆け付けようぞ!ンッフォォォゥ!」
マスターパレンの頼もしい雄叫びに、全ての魔の者達はただただ無言で感激の涙を溢し続けていた。
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底抜けに明るく見える魔の者達も、それなりの苦悩を抱えています。
そんな彼らに救いの手を差し伸べるマスターパレン。そう、格好こそアレですがアメコミヒーローのような正義の塊なのです。
というか、つり眉に垂れ系糸目というお顔の造形もまんまアメコミヒーロー系だったりします。
これからマスターパレンがどんどん活躍してくれるといいな。衣装だけは毎回ずっと奇天烈系でしょうけど。
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