第242話 サイサクス世界における日常風景

「さて、肝心の蒼原蜂だが……あの辺りにいるかな」


 朝靄の草原のど真ん中に到着したライトとレオニス。

 見渡す限り青々とした草原を見回しながら、レオニスがとある方向を向く。

 レオニスの視線の先には、広い草原の中にポツンと立つ大きな木。周囲を見回すと、その樹だけでなくいくつか同じように樹木があるところが何ヶ所か見受けられる。


 そう、蒼原蜂というだけあってその名の通り蜂型の魔物だ。そして蜂というからには、当然巣を作る習性がある。

 蜂の巣を作るには、これまた当然木が必要だ。蒼原蜂を狩りたければ、巣があるであろう木のところに行くのは必然、という訳である。


 二人はとりあえず、レオニスが最初に目をつけた大きな木に近寄っていく。さすがにライトは危ないので途中で足を止め、木からかなり離れたところで遠目にレオニスを見守る。

 すると、レオニスの予想通り大きな蜂型の魔物がレオニス目がけて襲ってきた。


 今回の目的は『蒼原蜂の前翅』、つまり前翅の採取が最優先である。故に、素材を傷めそうな電撃魔法や火炎魔法などは絶対に使えない。

 そうなると、やはりここは選択肢は一択。肉体ひとつでの勝負である。


 巣を襲いに来た外敵者レオニスに対し、容赦なく蒼原蜂の大群が襲いかかる。

 そしてそんな蒼原蜂に対し、レオニスもまた容赦なく拳を振るう。前翅を避けてとにかく胴体部分を狙い撃つ。鉄拳パンチ、手刀、回し蹴り、衝撃波、あらゆる技を駆使して蒼原蜂を迎撃かつ駆逐していく。

 襲いかかる蒼原蜂が一匹もいなくなったところで、レオニスは一旦動きを止めた。


「ここのはとりあえずここまでか。見たところ50匹ってところだな」

「多分っつか、間違いなくこれじゃ足らんな。よし、次行くぞ」


 足元に転がる数多の蒼原蜂の屍を、手際よくちゃちゃっと空間魔法陣に丸ごと収納していくレオニス。

 傍から見ればまるで血も涙もないジェノサイダーな姿だが、何故か血塗れとか肉片四散といったスプラッタ満載の惨劇にならないのはゲーム世界ならではの不可思議さか。


 素材を収納し終えて、最寄りの大きな木のあるところに移動するライトとレオニス。

 そこは先程の木より低木だが、三本の木があり蒼原蜂の巣も複数あったようで初回より大量の素材が確保できたようだ。

 そしてここでもまた、先程と同じ光景が繰り広げられていく。一見無慈悲な大量殺戮、でも冒険RPGゲームでは日常的な風景。


「よし、とりあえず蒼原蜂はこんなところかな」

「レオ兄ちゃん、お疲れさまー」

「お次は狗狼の呪爪だが……狗狼の生息地は氷の洞窟周辺だから、ツェリザーク経由で行かなきゃならんな」

「えっ、そしたらアル達にも会えるかな?」


 レオニスの言葉に、ライトが敏感に反応して如何にも嬉しそうな声でレオニスに問うた。

 そんなライトのワクテカ顔を見たレオニス、ライトの頭をくしゃくしゃと撫でながら答える。


「そうだな、そしたら狗狼狩りはまた来週の土日にするか。氷の洞窟周辺に行くなら、ライトの言う通りアル達親子にも会っていきたいしな」

「やったぁ!レオ兄ちゃん、ありがとう!」

「いや何、オーガ達の素材集めもそこまで進んでる訳じゃなさそうだったしな。俺もまたラキにアイテムバッグ作って渡さにゃならんし」


 ライトがアル達に会いに行くのは、前回の素材収集目的の訪問時以来二度目のことだ。日時的に言えば、二ヶ月半ぶりくらいになるか。

 前回会った時に、フェネセンから思いがけずアルとライトにお揃いのイヤーカフをプレゼントしてもらった。

 フェネセン曰く「身につけておくだけで、その者の居場所が分かるというスグレモノ」だそうで、いわゆるGPS探知機のような魔導具だ。

 これさえあればアル達のいる位置が確実に把握できるので、探すのにそう苦労はしないだろう。


「じゃあ、アル達に会うためにまたラウルに美味しいお土産作ってもらわなくちゃね!」

「そうだな、俺は前回どうしても都合悪くていっしょに行けなんだからな、俺もアル達に会えるのが楽しみだ」

「うん!!」


 ライトの楽しみがまたひとつ増えた瞬間だった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 朝靄の草原での素材集めを終えたライト達は、ひとまずカタポレンの家に帰った。

 時刻は正午を少し過ぎた頃。お風呂でさっと汗を流した後、のんびりと昼食を摂る。


「レオ兄ちゃん、今日の午後はどうする?」

「俺はラキに渡すアイテムバッグを作らにゃならんから、午後からはそれに専念するわ。ライトも何かやりたいことあったら好きにしていいぞ」

「了解ー。そしたらぼくは、クレアさんに会いに行こうかなー」

「ん?クレアに何か用事でもあんのか?」


 唐突に出てきた某ラベンダーカラーの無敵受付嬢の名前に、レオニスが不思議そうな顔つきで問い返す。


「うん。久しくクレアさんに会ってないし、来週の素材集めでツェリザーク行くなら先にお話して挨拶しといた方がいいかな、と思って」

「そうだな、先に話しておけば物事も円滑に進められるな」

「それにさー、レオ兄ちゃんはこないだ屍鬼化の呪いの件でクレアさんに会ってるからいいけどさ?ぼくだってたまにはクレアさんに会いに行きたいもん」

「お前な……クレアに会うのって、別にそんな羨ましがられるようなことじゃねぇぞ?」


 何気に羨ましそうにレオニスを横目で見遣るライトに、呆れ気味に返すレオニス。


「えー、そんなことないよ!クレアさんは冒険者ギルドの花形受付嬢だよ?『サイサクス大陸全ギルド受付嬢コンテスト』の殿堂入りもしてるくらいなんだから!」

「……あいつがそんなもんの殿堂入りしてるとか、俺今初めて聞いたわ」

「そうなの?あまり大々的に宣伝してないのかなぁ?でもツェリザークの冒険者ギルド支部長さんは、クレアさんのこと大絶賛してたよ?」

「そうか……まぁ仕事面に関しちゃクレアは有能だからな、ハハハ……」


 クレアの受付嬢コンテスト殿堂入りを、どうやらレオニスは全く知らなかったらしい。

 いや、レオニスとて冒険者の端くれなんだからそれくらい知ってて当然なのでは?と思わなくもないのだが。

 レオニスはその手の話に全く興味示さなそうだし、もし話に聞いても「へー、ほー、ふーん」で受け流されて3秒後には忘れてそうなのもまた事実である。

 だが、クレアの仕事面での有能さはレオニスも認めるところなので、乾いた笑いとともにではあるが肯定はしてみせた。


「ま、気をつけていってこいよ」

「はーい」


 昼食を食べ終えた二人は、各々のすべきことに取りかかるのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「クレアさん、こんにちは!」

「あら、ライト君じゃないですか。お久しぶりですぅ」

「はい、こちらこそご無沙汰してます!日曜日だというのに、お仕事お疲れさまです」

「お気遣いいただき、ありがとうございますぅ。ですがこれも冒険者ギルド受付嬢の務めですから」


 カタポレンの家からディーノ村冒険者ギルド出張所に移動したライトは、早速クレアに挨拶した。

 にこやかに挨拶するライトに、クレアも微笑みながら挨拶を返す。


 クレアの勤務先であるディーノ村の冒険者ギルド、時間帯が悪いせいか今日も人っ子一人いない閑古鳥パラダイスである。

 だが、そんな閑古鳥パラダイスにあっても常に姿勢正しく凛とした姿で受付窓口に座るクレアは、まさしく受付嬢の鑑だ。


「今日はどうしました?何か御用がおありですか?」

「あっ、はい。実は来週の土日のどちらかに、ぼくとレオ兄ちゃんの二人でツェリザークに行きたいので転移門を使わせていただきたいんです」

「ツェリザーク、ですか?この極寒の時期に?」

「はい。素材集めの関係で、氷の洞窟周辺にいる狗狼を狩りに行くんです」

「そうですか。そしたらまたアルちゃん達にも会いに行くんですか?」

「はい!レオ兄ちゃんともそのように話してて、アル達に会えるのが今から楽しみなんです!」


 とても嬉しそうに話すライトに、クレアも思わず微笑みを浮かべる。


「分かりました、所長にもそのように伝えておきます。アルちゃん達にも、クレアと癒やしの天使クー太ちゃんがよろしく言っていた、とお伝えください」

「分かりました!転移門使用の件、よろしくお願いします!」


 要件を伝えたライトは、冒険者ギルドを後にした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その後ライトはディーノ村にある父母の家に立ち寄り、窓を開けて換気したり中の掃除などをしていく。

 ディーノ村に立ち寄った際には、必ずしていくことのひとつだ。

 雨漏りなどで床が傷んでないか、家の状態もチェックしていく。常に住んでいる訳ではないが、レオニスも気にかけている思い出のこの家をなるべく綺麗に保っておきたいのだ。


 一通り家のチェックを済ませた後、ライトはディーノ村での最後の用事をこなしに行く。

 他の二つの用事同様―――いや、それ以上に最も重要な、そして誰にも知られてはいけない秘密の用事。

 ライトの父母の家の裏山に人知れず存在する『転職神殿』に向かっていった。





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 RPGゲームでお馴染み、素材集めのための狩り作業風景です。

 今回レオニスが蒼原蜂を容赦なくジェノサイドしてますが、巣は破壊していないので絶滅したりはしません。数日もすれば再び蒼原蜂の成虫が飛び回るくらいに原状回復します。

 こうした素材集めのために用意されたモンスター類は、上記のような理由のもと枯渇することなく涌き続けます。いわゆるリポップというやつですね。もっとも巣を持たない虫型以外のモンスターも、素材集め要員ならすぐにリポップで増殖しちゃうんですが。

 でもって、どれだけ素材用モンスターを大量ジェノサイドしようとも、血塗れドロドロ四肢爆散スプラッタにはなりません。ゲームでそこまでリアル再現やったら、それこそ大量の離脱者出ちゃいますし。


 ゲーム世界ならではの完全なご都合主義ですが、その果てしなく不可思議かつ奇っ怪な現象に気づいて感心したり慄いたりすることができるのは、現状ではヴァレリアが言うところの埒外の魂を持つライトだけなのです。

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