第183話 市場での再会

 ペレ鍛冶屋を後にしたライトとラウルは、食料品を扱うエリアに移動した。

 普段ラウルが買い出しに出る場所でもあるので、ラウルにとっては勝手知ったる庭のようなものである。


「おや、ラウルさん。日曜日に買い出しとは珍しいね」

「南国の珍しい果物が入ってるよ、どうだい?」

「ラウルの旦那、今度いっしょに飲みに行こうぜ!」


 ラウルは己のことを『人見知りの激しい軟弱者』と公言して憚らないが、市場では様々な人達から親しげに声をかけられまくっている。ラウルはその都度「ま、たまにはな」「お、いいな。とりあえず5個くれ」「良い店あったら連れてってくれ」等、ちゃんとした返事を返している。

 やはり長年通う市場、ラウルにとってはホームにも等しいここならではの交流なのだろう。


 オススメされた南国の珍しい果物を筆頭に、様々な店で様々な食材を買っていくラウル。

 そんなにたくさん買い込んで大丈夫なの?とライトは心配しかけたが、よくよく考えたら先日のフェネセンとのフードバトル対決からまだ日も浅いことに気づく。

 あの時は本当に壮絶な戦いだったし、本当にラウルの空間魔法陣の食材ストックが底を尽きたんだろうな、とライトは察する。


 だが、ラウルは人前では空間魔法陣を使わないようにしている、ということで購入していいのは両手に持てる範囲までだ。

 ライトも少しだけラウルの買い物の荷物を持ってあげた。

 だが、如何せん買い込み量が多過ぎてどうにもならないので、人目のない路地裏にこそっと入ってからラウルの空間魔法陣に二人して素早く荷物をポポイのポイー、と放り込んでいく。


 再び身軽になったところで、表通りに出たライトとラウル。

 改めて肉屋などを眺めていると、横に若手の冒険者っぽい男女二人組が品物を覗き込んできた。


「おじさーん。この干し肉をあるだけくださいなー」

「はいよー。モルガーナちゃん、いつも御贔屓にありがとう!今日も可愛いね!」

「やだー、おじさんてば口が上手いんだからー!」


 肉屋のおじさんが言った名前に、ライトは聞き覚えがあった。

 気になったライトがふと横を見ると、その男女は見覚えのある顔だった。


「……モルガーナさんに、クルトさん?」

「……ん?……えーと、君は……」

「確か、レオニスさんとこのライト、君?」


 その若い男女、モルガーナとクルトもライトの顔を見てすぐに誰だか思い出したようだ。


「お久しぶりです。と言っても、お会いするのはまだ二度目ですが」

「そうね、レオニスさんと食事させてもらった時に初めて会ったから……二ヶ月ぶりくらい?」

「そうですね、そのくらいになるかな。皆さんはあれからまた冒険や討伐に出てたんですか?」

「大きな仕事はあんまり出てなくてこなしてないけど、まぁそれなりにね」


 モルガーナとクルトは、若手の新進気鋭五人組パーティー【龍虎双星】のメンバーだ。

 かつてライトがレオニスとともにラグーン学園の入学準備に奔走した日に、冒険者ギルド総本部で出会ってその日の晩御飯を直営食堂でいっしょに食べたことがある。

 まだ幼くジョブも持たないライトの、数少ない現役冒険者の知り合いである。


「お二人とも元気そうで何よりです。他の龍虎双星の皆さんもお元気ですか?」

「ええ、おかげさまで。ガロンは相変わらず猪だし、ヴァハやネヴァンももうそろそろ階級が上がりそうだから頑張ってるわ」

「そうなんですか、すごいですね!」


 挨拶がてらの雑談を交わしながら、ライトはふと思い立つ。


「そういえば、ネヴァンさんって回復師、でしたよね?」

「ええ、うちのパーティーの優秀で頼もしい回復師よ!」

「そしたら、ラグナ神殿にはよく行くんですか?」


 そう、ライトはネヴァンが回復師というジョブだったことを思い出し、ならばラグナ神殿のことについて聞いてみようと考えたのだ。


「ラグナ神殿?そうねぇ、あの子の回復師というジョブは敬虔な祈りが力の源とされているから、神殿には結構足繁く通ってるはずよ」

「そうですか……ぼく、神殿のことについて知りたいことがあるんですが。ネヴァンさんにお話を聞きたいと言ったら、お願いできますか?」


 ライトの唐突な申し出だったが、モルガーナとクルトは顔を見合わせてからライトの方に身体を向き直した。


「私達、三日後に遠征に行くの。今日はその準備の買い出しに来てたんだけど」

「この後ネヴァン達とも合流するから、ライト君もいっしょに来る?」


 ここで、ラウルがライトに話しかける。


「なぁ、ライト。込み入った話をするなら、いっそのこと屋敷に来てもらった方がいいんじゃないか?レオニスも別に文句は言わんだろう」

「ん?んー、そうだね……」

「ライト君、こちらの方はどなたで?」

「あっ、紹介が遅れてすみません。こちらはラウル、レオ兄ちゃんからラグナロッツァの邸宅の管理を任されている執事です」


 クルトがラウルのことを尋ねてきたので、ライトは慌てて紹介する。


「ああ、レオニスさんのお屋敷の執事さんですか。僕はクルト、龍虎双星というパーティーのリーダーをしてます。レオニスさんにもお世話になってます」

「私はモルガーナ、クルトと同じく龍虎双星の一員ですー。ラウルさん、よろしくね!」

「ああ、うちのご主人様のご同業の方々か。俺はラウル、小さなご主人様のご紹介の通り、屋敷の執事をしている。よろしくな」


 だいぶ遅れてしまったが、それぞれが自己紹介をする。


「もしクルトさん達さえ良ければ、龍虎双星の皆さん全員でレオ兄ちゃんのラグナロッツァの家に来ていただけませんか?」

「もちろん買い出しとか用事が終わってからでいいですし、夜に来ていただければ晩御飯もご用意しますし」

「それに、夜ならレオ兄ちゃんも家に帰ってきてると思いますが……」


 ラウルの提案を受けて、ライトはクルトとモルガーナを屋敷に来るように誘ってみた。

 誘われたクルトとモルガーナはしばらくきょとんとしていたが、クルトの方が先にハッ!と我に返る。


「えっ、レオニスさんのお宅に僕達がお邪魔してもいいんですか!?」

「お邪魔も何も、ぼくの方からお願いして来てもらう訳ですし……」

「わ、私、今からドレスに着替えてくるわ!!」

「ちょ、モルガーナ、着替えもいいけどそれより先にネヴァン達に連絡しといて!僕はガロン捕まえるから!」

「あ、あの……レオ兄ちゃんの屋敷の場所はご存知ですか?」


 それまで二人してあばばばば、と慌てふためいていたクルトとモルガーナはピタッ、と完全に動きを止めた。


「えーと……確か、貴族街にあるんですよ、ね?」

「はい」

「貴族街なんて、滅多に入ることないから分かんない……」

「うん、どのお屋敷も立派過ぎてどこの誰の家だとか覚える以前に全部同じに見えるし……」


 二人ともがっくりと膝を折り、打ちひしがれている。

 住む世界が違う者あるある話であるが、かくいうライトも貴族街のお屋敷なんてレオニス邸と両隣三軒くらいしか分からないので、クルト達の心境は痛いほどよく分かる。。


「じゃあ、どこかで待ち合わせした方がいいですかね」

「そうしていただけると助かります……」

「えーと、どこなら分かりやすいかな……ラグーン学園は分かりますか?」

「ああ、ラグーン学園なら私達も中等部まで通ってたから分かるわ!」

「でしたら、貴族門で18時に待ち合わせ、でいいですか?」

「了解ー!」


 ライト達は18時に待ち合わせの約束をして、それぞれ分かれていった。





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 裏路地に入って、購入した食材類を空間魔法陣にポポイのポイーと収納していくライトとラウル。

 こういった、いわゆる『人目を忍ぶ秘密の行動』というのは、陰で誰かに見られていたり何かと事件が起こる元だとかのフラグになったりしますが。

 今回は普ッ通ーーーに何も起こりません。市場は平和そのものです。ビバ平和!


 そして、新進気鋭の若き冒険者パーティー『龍虎双星』の再登場です。

 昨日のイグニスに続き、久しぶりの再登場キャラ達なのですが。初出は50話にして実に130話以上ぶりという、作者もびっくりの超絶おひさでした。昨日のイグニスのおひさなんて、まだ可愛いもんだった……

 まぁ、彼らはライト達の近くに常時いる訳ではないので、致し方ないのですが。

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