第182話 善良なる破壊神

 ヨンマルシェ市場に到着した、ライトとラウル。

 ライトがラウルといっしょに外に出かけるのは、何気にこれが初めてのことだ。


「ライトはどこか行きたい店はあるか?」

「んー、特にここってのはな……あ、ひとつだけある」

「どこだ?」

「鍛冶屋さん。名前は確か、ペレ鍛冶屋って名前だったかな」


 ライトは当初特にどこという目的はなかったのだが、かねてから行きたかった場所がここヨンマルシェ市場にあったことを思い出した。それは『ペレ鍛冶屋』である。


「鍛冶屋?また珍しいもんをご所望だな。何か用事でもあんのか?」

「うん。こないだ同級生の子の話で知ったんだけど、その鍛冶屋さんにもぼくと同い年でラグーン学園に通う子がいるって聞いたんだ」

「同じクラスの子なのか?」

「ううん、隣のB組らしいんだけど。同じクラスのイヴリンさんのお父さんが、その鍛冶屋さんによく包丁を研ぎに出してるんだって」

「ほほう、鍛冶屋ってのは包丁研ぎもするのか」

「そうらしいよ。だから、もしかしたらラウルのお料理作りの役に立つかもしれないと思ってさ」


 以前、同級生達とヨンマルシェ市場に出かけた時に聞いた話をラウルに説明して聞かせるライト。

 ラウルの料理に欠かせない包丁研ぎ等の手入れを勧めたいというのも、もちろん本当のことだ。

 だが、ライトにはもうひとつ重大な目的があった。それは隣のB組にいるという同学年の子、イグニスである。



『破壊神イグニス……クラスが違うからなかなか会えないが、せっかく市場に来たんだからこの機会にイグニスの実家であるペレ鍛冶屋に入って中を見ておきたい』

『もしイグニス本人がいれば話もしてみたいし、いなけりゃいないでペレ鍛冶屋の鍛冶の腕も見ておいて損はないし』



 ライトは脳内でそんなことを考えながら、ラウルとのんびり会話しつつ歩いていく。

 しばらくすると、目的地であるペレ鍛冶屋の前に到着した。


「ライト、ここか?」

「うん、そうだよ。じゃあ、入ってみようか……ごめんくださーい」


 ラウルが扉を開き、ライトが先に店の中に入る。

 こじんまりとした店だが、壁にかけてある剣や立てかけてある槍、巨大な斧などどれも立派な仕上がりだ。

 奥の方には工房があるのか、カン、キン、といった金属音が聞こえてくる。


 そのままカウンターの前でしばらく待っていると、店の奥から一人の子供が出てきた。


「らっしゃーい。用件は何だい?」


 ライトと同じくらいの年の子で、鼻の頭に絆創膏を横一文字に貼り付けた男の子。

 かつてライトが前世において、スマホの画面越しに散々散々呪いの言葉を吐いては浴びせ続けてきたNPC。その面影は色濃くありつつも、より幼い風貌と少年特有のまだ愛らしい声が画面越しでなく直にライトの目と耳に飛び込んでくる。


「…………イグニス、君?」

「ん?君、誰?おいらのこと知ってんの?」


 ライトは懐かしさのあまり、思わずその名を口にした。

 ふいに自分の名を呼ばれたイグニスは、不思議そうにライトを見つめる。

 だが、しばらくしてイグニスの方がハッ、とした顔になりライトに向けて指を指す。


「……あー、こないだの神殿訪問で具合悪くなってブッ倒れた子?」


 あー、そういやあん時はA組B組C組の三組合同での訪問だったっけ……とライトは内心考えていた。


「う、うん、そうだよ」

「君、A組っしょ?あの後大変だったんだってねー、イヴリンやリリィがすげー心配してたぜ?」

「えっ、そうなの?それは悪いことしちゃったな……」


 イヴリンやリリィはイグニスと幼馴染なので、先日の騒動の話も聞き及んでいるのだろう。

 騒動は先週の金曜日に起きたことで、目が覚めてからも今週はずっと安静にして学園を休んでいたのでまだ学園の同級生達に会えていない。学園に行ったら、皆に謝らなくちゃ……イグニスの話を聞いて、ライトは改めて思った。


「何でブッ倒れたのかは知らんけど、もう具合はいいのか?」

「うん、もう大丈夫。この通り元気になったよ」

「そっか、そりゃ良かったな!」


 ニカッ!と人懐っこい笑顔で良かったと朗らかに言うイグニス。

 ライトとは同じクラスでもないのに、体調の回復を喜んでくれるのは彼が善良な人柄であることを示しているのだろう。

 ライトもイグニスのそんな一面を垣間見て、何だか嬉しくなった。


「ありがとう!イグニス君もお店のお手伝いしてるの?」

「ああ、鍛冶場はじいちゃんと父ちゃんの仕事場だし、おいらはまだちっこい子供だから入れてももらえないけど。店番くらいなら、おいらでもできるからな!」

「そうなんだ、イグニス君て偉いね!」

「そ、そうか?……へへっ、そんなでもないけどな」


 絆創膏の貼られた鼻を人差し指で擦りながら、イグニスは照れ笑いする。

 こんな素直な良い子が、かつての世界では破壊神とまで呼ばれて全てのユーザーから忌み嫌われようとは、一体誰が想像できるだろう。

 そう、彼が鍛冶仕事さえしなければ。破壊を司る大鎚ハンマーをその手に握りしめさえしなければ。誰も不幸にならないのだ。


「ところで、今日の用件は何だい?」


 ライトが半ば涙ぐみながらそんなことを考えていると、イグニスの方から改めて用件を問われた。


「……あ、えっとね、ぼくの横にいるラウルがお料理作りがとても上手で大好きでね?この鍛冶屋さんでは包丁も研ぐってイヴリンさんから聞いてたから、ちょっと見てみたいなーって思ったの」

「そっか、イヴリンからの紹介ね」

「今日は市場にふらりと来てからこの鍛冶屋さんのことを思い出したから、研いでもらいたい包丁とかは持ってきてないんだけど」

「うちはいつでも持ち込み歓迎だぜー」


 イグニスが右手の親指をグッ、と立てながらいい笑顔でウィンクしてくる。どうしてなかなか営業上手だ。


「料金とか日数は、どれくらいかかるの?」

「他の仕事の量にもよるけど、今の時期なら普通の包丁一本で料金250G、預かった日の二日後にお渡しだ」

「ラウル、どうする?試しに一回研いでもらってみる?」


 とりあえず包丁の持ち主であるラウルに意向を聞いてみようと振り返ると、ラウルは壁に飾られた剣をまじまじと眺めていた。


「ラウル、どうしたの?」

「……ん?ああ、いや、この鍛冶屋はなかなかに良い仕事をするようだ、と思ってな」

「そうなの?」

「ああ、ここに飾ってある剣を見れば分かる。坊主、この剣を鍛造したのはこの工房か?」

「ああ、その剣はうちのじいちゃんが鍛えた業物なんだぜ!じいちゃんはこの国一の名匠だからな!」


 ラウルの問いに、イグニスは胸を張りながら誇らしげに答える。

 すると、店の奥から何かがすっ飛んできてイグニスの後頭部をカーン!と直撃した。


「要らんこと言ってんじゃねぇ!」


 店の奥から聞こえてくる声、その年老いた感のある声音からしてイグニスのじいちゃんなのだろう。

 一体何が飛んできたのかと思い、イグニスの後頭部を直撃した後に床に落ちたものをライトが拾い上げてみると、それは小粒の石炭だった。


「いってぇー……じいちゃんめ、ホンット恥ずかしがり屋なんだかr」

「何か言ったかゴルァ」


 イグニスの小さな独り言が言い終わらないうちに、またも小粒の石炭がイグニスの後頭部にスコーン!とヒットする。

 イグニスのじいちゃん、鍛冶の腕だけでなく投球技術もかなりの腕前のようだ。


「……で、ラウル、どうする?包丁研ぎの依頼、する?」

「ああ、俺は今まで自分の道具は自分で研いだり手入れしてきたが、一度本職に本格的に研いでもらうのも良さそうだ」


 ラウルの答えを聞いたライト、イグニスの方に顔を向き直して話を進める。


「じゃあイグニス君、今度うちのラウルが包丁持ってきて研ぎをお願いしてもいいかな?」

「もちろんだぜ!いつでも大歓迎さ!」

「良かったね、ラウル!」

「ああ、ペレ鍛冶屋だな、近いうちに包丁研ぎの依頼をさせてもらおう」


 話がきれいにまとまったので、ライト達は次の店に行くことにした。


「じゃあイグニス君、ラウルが仕事をお願いするけど、よろしくね!」

「毎度ありー!」


 店の前まで見送りに出て手を振るイグニスに、ライトも同じくイグニスに向けて手を振りながらペレ鍛冶屋を後にした。





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 以前から名前だけは出ていた鍛冶屋の倅、イグニスの初登場です。

 おおお、ようやくイグニス出せたー!と思いながら、はて、初出はいつだったっけ?と見返してみたら。何と89話ですと。ぃゃーん、100話近くも前じゃーん!

 でもでも、その布石あってこそ今日の登場に繋がるのです。


 そして、ゲームのNPCとしてのイグニスは蛇蝎の如く嫌われていたせいで、ライトの印象も最悪でしたが。実際に会ってみると想定外の善良な性格で、だいぶ印象が変わったようです。

 まぁねぇ、NPCのイグニスとて壊したくて壊す訳ではなく、また故意に壊す訳でもないですし。ただ単にゲームシステムの成功確率かつユーザーの運次第なんですが、それ以上にイグニスの鍛冶の腕がヘッポコ過ぎるだけなんですよ。

 それって鍛冶屋としてはかなり致命的なんですがね……


 イグニスもフェネセンみたく、これから作中で活躍させることができればいいんですが。何しろ二つ名が『破壊神』ですからねぇ……活躍させようと足掻く度に何かしら壊して恨みばかり買いそう。

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